〜この旅について〜
ホームページを開いた2001年5月。
わたしは、とても暗くて狭い場所にいました。
周りは夏に向けて、どんどん明るくなっていくのに、わたしの心は暗いまま。
周りの人々はどんどん先に歩いていくのに、わたしはうずくまったまま。
何かの「きっかけ」があったわけではないのです。
小さな頃から、わたしの中にあった「種」が「その時」に芽吹いただけでした。
その芽はどんどん大きくなり、わたしの元気な部分を吸い取って成長していきました。
そして、ある日・・・薬を大量にのみ、手を切りました。
今は、その場所からずいぶん遠くまで歩いてきたような気がします。
同時に同じ場所で足踏みしているような気もします。
ただ、見える景色が明るくなった、そう思うようになりました。
大量服薬を繰り返し、手を切ることを繰り返してたくさんの心配をかけたお友達には、
「頭の中で茉莉花ちゃんのお葬式を何度あげたことか・・・」と今、笑って言われます。
薬の管理を他人に任せられないこの状況での治療は不可能です、
実家に戻りなさい、そういった主治医も、
「正直言って、ここまで良くなると思っていなかったよ」
と褒めてくれるようになりました。
ここまで歩いてこれたのは、わたし一人の頑張りではないことはよくわかっています。
状態が悪くなり、症状が出ている時には、
多くの人に迷惑をかけ、人の心を傷つけるようなことをたくさんしました。
それでも、わたしを苦しさや辛さから救い出そうと、いろんな人が手を貸してくれました。
そんな手に支えられて、わたしは「自分の足」で立ち、歩いていたのだと思います。
今の生活が送れるのは、「自分の足」で立つように支えてくれた人々のおかげです。
あそこで、主治医の言葉通りに実家に帰っていたら・・・
あそこで、今の仕事につながる勉強をやめていたら・・・
きっと、わたしはここで、こうやって笑ってはいないでしょう。
現在、緩やかですが「病的である」という状態から、抜け出し始めています。
一進一退しながら、明るい方向へ向かって一歩ずつ足を運んでいます。
「1ヶ月、2ヶ月単位で、悪くなっても良くなることはないからね」
「1年、2年、10年経ったら、今より、ましになると思ってね」
「死なんといてね。死んだら、良くしてあげることができないから」
そんな主治医の言葉を受け、今は、対症療法に近い薬餌療法を受けています。
このページは病気を客観的に捉えたくて始めたページでした。
病的である状態から遠ざかり始めている今、
「病気であるわたし」を知る意味がどこにあるのか?
そんなことを思うようになりました。
「病気であること」がもっと顕著だった時、
わたしにとっては「病気の自分」という場所が居心地のいい場所でした。
「病気であること」から遠ざかり初めた今は・・・。
もっともっと居心地の良い場所を探しています。
陽ざしはまばゆいくらいに明るく、空はどこまでも青く高く、
地平線の見える広い草原は、風が吹くと草が波のようにそよぐ。
そんな場所が、わたしの終着点だったらいいな、と思っています。
心機一転、当初のこのページの主旨から方向転換をして
「私らしく存在できる場所をさがす旅」を続けようと思います。
良かったら、一緒に歩きませんか。
あなたの抱えているもののすべてを理解することはできないけれど、
お喋りしながら、歌を歌いながら、手をつないで、
一緒に明るくて広い場所を目指しませんか。
さぁ、はじまりです。
〜茉莉花(04.01.16)〜
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