1.返ってこない敷金
「敷金の件なんですけれども、クロス張替、ジュータン張替、ハウスクリーニングで、消費税込みで18万7950円かかります。敷金14万円と、3月分の退室してからの家賃の日割り4万0640円(18日分)を差し引いて、7310円の負担となりますが、これくらいでしたら、相殺しようと思います」
平成12年3月29日の午後3時半。仕事中に、13日まで住んでいた賃貸マンションの管理会社Fから携帯に電話がかかってきた。
一瞬、意味が分からなかった。1年10カ月ほどしか住んでいなかったマンションの敷金14万円は1円も返ってこないということだ。と同時に、不信感を覚えた。予め、3月分は13日分を計算してもらい、振り込んだので、4万0640円(18日分)は存在しなかった。いい加減な計算、そして7310円の負担をチャラにすることで、納得させようとしている。管理理会社は、修繕費を操作しているのではないか……。
だが、計算の間違いをここで指摘すれば、今度は4万円ほど請求される。
「そんなに、かかるもんなんですかねえ?」
「ええ。敷金を超えるかたもいますし」
「敷金って、全額返ってくるものじゃないんですか?」
「原状に戻して、その差額を返すのが原則です」
一言でも「分かりました」と答えれば、承諾したことになる。取り敢えず、「検討します」と言って電話を切った。
答えを保留したものの、この時点で私は敷金に関する正確な知識を持ち合わせていなかった。最低でも半分ぐらいは戻ってくるのだろうと訳もなく思っていた。全額返ってこない。まったく予想していないことだった。そして、敷金が返ってこない場合どうすればいいのか、対抗手段を思い浮かべることすら、できなかった。自分の無知と無力さを思い知った瞬間だった。
私が、そのマンションに引っ越してきたのは、2年前の平成10年の4月ごろだった。それまで実家から会社に通っていたものの、残業などで遅い帰宅、長い通勤時間、また以前から、親が息子の自立を望んでいたので、家を出ることにした。
初めての一人暮らし。訳も分からず、某賃貸情報誌に載っている仲介業者に行き、管理会社Fのマンションの審査に申し込んだ。新宿区にありながら辺りは静かで、交通の便もよく、家賃は希望額の7万円ちょうど。1階だったが、タイル張りでオートロックも付き。審査を通り、迷うことなくそのマンションに決めた。だが、次第に管理会社Fに言い様のない不信感を抱くようになった。
・審査に通り、すぐ、契約日を指定され、家賃が発生したこと。
・審査というのも、一度落ちて、仲介業者が勝手に再度申し込んだら、通ったこと。
・仲介手数料とは別に、書類作成費をとられたこと。
・特約で指定の借家人賠償保険に加入させられたこと。
・入居後1カ月後、カビがはえると相談しても「換気してください」の一言で片付けられたこと。
・更新の場合、更新料1カ月分とは別に0.5カ月分を更新手数料として払わなければいけないこと。
更新はしないという結論に達するのに時間はかからなかった。また、退室の際、立ち会いは行わず、鍵の郵送で済ませるというのがその管理会社の決まりだった。
半地下ということもあるのだろうか、ベッドで隠れていた部分などにカビが少々生じた。だが、煙草も吸わないせいか、全体的に綺麗に使っていた。