10.少額訴訟<1:予想外の幕開け>
6月9日。霞が関の東京簡易裁判所。
内勤のため、スーツを着るのは久しぶりだった。紺のスーツ。消費者センターの人に裁判へは正装していくことを勧められていた。「服装は判決に影響はしませんが、裁判とはいえ、裁くのは人です。心証を悪くする必要もありませんし、裁判は公式の場ですからね」
確かに裁判官、裁判所の職員、被告等が正装をしているのに、原告一人がジーパンという訳にもいかなかった。
時間の1時半より10分ほど前に、法廷406号室に入り、出頭表に署名する。中には司法委員、裁判所書記官がいる。程なくして、被告代理の管理会社のYが1人で入る。この間、電話でずっと交渉をしてきた相手だ。言葉遣いから若い人を連想させたが、茶髪の中年女性だった。
当日、追加して提出した証拠等の確認を書記官と行っているうちに、その書記官が「起立」と叫んだ。裁判官の入廷だった。少額訴訟の場合、裁判に不慣れな一般市民を気遣ってか、裁判官も書記官も黒い法衣ではなく、スーツ姿で行われる。もちろん、傍聴人はいない。
通常の法廷とは異なり少額訴訟は、丸いテーブルが中央に置かれているだけ。裁判官、司法委員、裁判所書記官、被告、原告の5人がテーブルを囲んで座る。
事前に読んだ本では、本人かを確認する「人定質問」が行われるとあったが、審理はそのまま始まった。裁判官は、意外なことを言う。
「被告はやはり大家ではなく、貸主代理の管理会社になります。契約書にも一切、大家の名前が表記されていませんし、原告も裁判に関して素人のかたなので、間違った手続きになってしまいましたが……」
それを聞いたYが、苦笑する。
裁判官「ということで、大家に対する訴えをいったん、取り下げて、
管理会社を利害関係人として訴えるということで、被告は構いませんか?」
Y「はい」
裁判官「原告の方も?」
私「それで支障がなければ構いません」
審理が始まった。
裁判官「退室の際、(鍵を郵送するだけで)立ち会わないということですが」
Y「ええ、わが社では前からこの方法で、やっております」
裁判官「それは今でも続けているのですか?」
Y「はい、そうです」
Yは、なぜ裁判官が明け渡しの方法に疑問を持つのか分かっていないようだった。
先が思いやられた。