ひとりごと〜プリママ編2002〜



めじ8才 春まで数ヶ月 前祝い プリシン養護学校へ行く 最後の運動会
後悔 授産施設見学 不安な目 誕生日会 初めてもらった招待状
ナイス・シュート! 学校楽しいよ! やったね! ざけんなよ! 守ってください
うまれるまえから ゆとりがもてるかな 試練だ〜 あーのこと 進級式 御一行様




■2002/12/13 めじ8才 

今日はめじの8才の誕生日です。
「何才になったんだっけ?」と半分からかいながら聞く。
「・・・えっ・・8才だよ」(知ってるのに何できくんだよ)

最近あまりベタベタとしなくなりました。幼児の頃はいつもニコニコして訳のわかん
ないこと喋ってかわいい男の子だった。2年生になるとちょっぴり冷めたような会話
をするようになりました。

朝私が「今日帰ってきて、お母さんがいなくても遊ぶ約束をしてきて出かけるのなら
紙に書いてから行ってね」と登校前のめじに言った。
買い物へ行っているうちにめじは帰宅したらしい。テーブルの上に紙がのっていた。

    Kくんちに行きます。
    4:35分にうちにつくようにします。

ちゃんと書いていったぢゃん。えらい!この35分っていうのが微妙。めじらしい。
そしてほぼ時間通り帰ってきました。こんなことができるようになったのね。
もう2年生。でもまだ8才。なんにも喋れなかったのに。

めじご希望のプレゼントは「ベイブレード」。なんで今頃欲しがるのか?
「リュウクンちにあったべイブレードが欲しい!」とな。
あげたい物と欲しい物は一致しないのね。昼休み夫と買いに行きました。

今それを組み立て中!どうかプリシンに投げられませんように。
こんなに喜ぶとは思わなかったよ。
私の母には「マリオカート」をねだってる。明日買ってもらうそうです。
ただし条件付き!九九を完全に覚えたらね〜と。
孫にあま〜い母は絶対買ってあげるんだろうな。

8才のお誕生日おめでとう。楽しい1年になるといいね。



■2002/12/12  春まで数ヶ月 

ずっと考えないようにしてきた来春からのこと。
プリシンが学校へ通うようになると、生活が一変します。
送迎のこと。めじの通級のこと。あーのお迎えのこと。

あーのお迎えが困難になってくる。保育園大好きなプリシンを連れて園へは行けな
い。遊べなくてパニックになることが目に見えてるから。「遊ばせればいいじゃない」
と思うだろう、誰もが。私にそれに付き合う気力が残ってるだろうか?
小さな子達にケガをさせないように気を遣って見るだけの気力。わからない。

めじの通級ももう通えなくなるだろう。通級は親が必ず一緒に行かなきゃならない。
プリシンは連れて行けない。一時ケア施設にお願いしたがダメだった。
兄弟児の習い事のために利用されるのはダメなんだって。
習い事じゃないのに。義務教育なのに。いくら説明しても分かってもらえなかった。

バリアフリーって言葉はよく聞くけど。障害児の受け入れは整ってきた世の中。
兄弟で障害児っていうのは珍しいのだろうね。まだそんなマニュアルはできてない
んだろう。例外は認められない。

春まで数ヶ月。どんなに考えても答えは出ない。



■2002/11/05 前祝い 

今日はプリシンの前祝いをしました。同じクラスの仲間を6人+兄弟児を招きまし
た。本当は明日が誕生日なんだけど、当日は家族でお祝いをしたかったので。

プリシンが大声で奇声を発しても皆動じない。いつもこうだもんね。
ケーキを囲んで皆でお祝い。1番大きなケーキを注文したんだけど切り分けたら少し
づつになっちゃった。誰が大きいのを取るか?でモメだした。
そんな時誰かが「プリシンの誕生日なんだもん、プリシンが1番大きいのだよ!」と
言ってくれて円満解決。しかし・・・プリシンはケーキがあまり好きではない。
皆で分けて食べてもらいました。

「誕生日会に呼ばれなかった子の気持ちを考えたことがありますか?」
園長先生が懇談会で話してた。もし自分だったら悲しいだろうな。
プリシンは過去に一度だけよばれたことがあった。
でも行かなかった。用事がある日だったから。その用事にほっとした覚えがあるな。

今日のことで誰か傷ついた子がいるだろうか?かなり迷ったんです。
でもどうしてもやりたかった。いろんな意味で生涯一度限りのことだと思ったから。

本人はなーんにもわかってないけど、楽しい時間を過ごせて嬉しそうでした。
プレゼントもいっぱい!手作りのものになんだかジーンとしてしまった。
プリシンと今日来てくれた女の子が並んで描いてある絵が入ってた。
ふたりの名前とはぁとが書かれている。大切にとっておこう。
プリシンが成人したころこの絵を見て、今日のとこを思い出してみようと思う。
老後の楽しみ。

あと数ヶ月この仲間達と過ごせる。残り少ない数ヶ月を思いっきり楽しんで欲しい。
明日は保育園でお祝いをしてもらえます。どんなカードをもらってくるのだろう?
1番楽しみにしているのは私です。



 ■2002/10/30 プリシン養護学校へ行く

通えたらいいなぁ・・・と思っている養護学校へ行ってきました。
数日間保育園を休んでるあーも一緒に行ったのですが
ハンパに元気なのでもぅーウルサイ!「おなかがすいた」
「いつかえるの?」←見通しがつかないと不安なのか???ヤバ・・

当のプリシンもいつも通りでした。部屋では椅子に座ってなんかいられず走り回る。
校長室の応接間(?)にいたのですが、間仕切りの向こうへ行きたがる。
何度も夫が戻しに行くはめになっていた。
そのうち用務員さんみたいなおばちゃんが「お父さんいいわよ、おばちゃんと
遊びに行こうね」と外に連れていってくれた。はぁー助かる。
・・・しかし一抹の不安が残る。あのおばちゃんで大丈夫なんだろうか??

プリシンの特徴等の聞き取りが終わったころ、校内を見学することになった。
さてプリシンはどこへ?
面接をしていた先生が「校長はどんな子供とでも遊んじゃうんですよ」

へ?あのおばちゃんが校長先生だったの?
用務員さんみたいな服を着ていたからそうは思えなかった。
よく考えてみればそうだよね。私達は校長室にいたんだもん。

プリシンは中庭で小石をバラまいて遊んでました。それを散らかすそばから、箒と塵
取りで片付けてくれていた校長先生。疲れただろうなぁ。
授業中ということもあって校内は静か。教室の中では個別に課題に取り組んでいる
子供達。なんで座っていられるの〜??みんな静か!

どの子も入学したての時は落ち着かなくて大変だったんですよ。
毎日の積み重ねで見通しがつくようになると落ち着くようです。
案内してくれた先生から聞く。

プリシンも毎日を安定した場所で過ごせたらいいなぁと思ってます。
何よりも彼のことを理解してくれる先生がいる所に通えたら・・・。
この学校へ通えたらいいけれど、なにせ狭き門!
はぁー・・・どうなるんだろうねぇプリシン。
プリシンはそんな親の思いも気付かないで走り回る。

彼の行く学校が決まるまでは落ち着かない我が家です。
 


■2002/10/12 最後の運動会

プリシン最後の運動会が無事に終わりました。
最後って保育園生活でのことです。

涙なしでは見られませんでした。
かけっこではスタートラインにみんなと並んで立ち、みんなと一緒にスタート!

競争意識なんて全くないから、それはそれはのほほ〜んとしてました。
機嫌がよく笑いながら走るプリシン。最後にゴールを目指して走る。
観客席からは拍手。それにつられてプリシンも手をパチパチ。
無事ゴールを果たしたプリシン。

えらいよ〜!えらい!去年までは伴走してもらったのに、今年は1人で走れた。

年長になると出場する競技が増えます。自転車レースもその1つ。
6人グループで競うので連帯責任がかかります。
めじの時に経験していたのでプリシンはどうしようか・・?
出来ないのはみんな分かりきってる。でも何もしないわけがいかない。
夏頃から少しずつ練習しました。

ペダルを取った状態の自転車で早朝の町を練習しました。
足で地面を蹴って前に進む。
泣きながら怒りながら・・・でも少しでも出来るようになって欲しい。

園庭を1周できるようになりました。今日も出来るかな?半分期待、半分あきらめ。
レースでは同じグループの子が「自転車に乗れないプリシンとTちゃんには1周では
なく半周でいいか?」と交渉してくれた。他の仲間が「いいよー!」とハンデをくれ
る。出来ないからダメではなく、その子に出来ることで勝負をしようと思ってくれる。
嬉しいです。本当に。

いざレース開始!プリシンは2番手。ノロノロとしながらプリシンスタート。
いつもは彼に伴走者がいると聞いていたのに、今日は1人で走る。
笑いながら楽しそう。仲間の声が響く。「こっち!こっちー!」声のするほうへ向かう
プリシン。ここまで出来るようになったのね・・・。
そしてバトンタッチ。順調に他のメンバーが走る走る。

なんと!プリシンのいるグループが1位になれました。
ハンデを貰っているけどプリシンも速かったよ。
寄り道もせずに泣かないで自転車に乗って地面を蹴って。

みんな飛び上がって喜んでました。私もうれしい。
みんなと一緒に同じように参加することが出来て。

園生活最後の運動会。思い切りプリシンを誉めまくりました。
きょとんとしているけど・・・お疲れ様。ふとんに倒れこんで1分で夢の国へ。
疲れたよね。


■2002/08/16 後悔 

後悔するくらいなら叱らなきゃよかった。
後悔するくらいならもっと可愛がってあげればよかった。
生まれてきてくれた事をあんなに喜んだのに。
なんで毎日あなたは叱られてばかりなの?

プリシンが脱走した。探しても探してもどこにもいない。そして事故の通報が。

死んでしまった。見つけてあげられなかった。

後悔。
私には後悔しか残らなかった。最後に接した時を思い出す。
後悔。

泣いてる。後悔して泣いてる私。

薄暗闇の中プリシンを探す。いた。
眠ってる。夢だったんだ・・。

夜中に夢だったということに気が付かされる。
よかった・・・生きてる。

寝息を確かめて夢だったことを確認する私。

このまま突然の別れがきたら後悔ばかりするだろう。
もっともっと可愛がってあげなきゃ。もっと存在を認めてあげなきゃ。

日々の生活では余裕がない。
でも彼にとってそんなことは関係ない。

夢で再認識。夢を見なきゃ私は道を踏み外していたかもしれない。



■2002/07/29 授産施設見学 

今日は知的障害者通所授産施設を見学してきました。
めじの通う訓練会の自主訓練のひとつです。
お母さん仲間にグループホームの寮母さんを仕事にしている人がいて
その人が紹介してくれた所です。

その施設では6つの作業班に分かれて仕事をしています。
喫茶店では食事ができ、近隣の会社員が食べにきているようです。
米を精米したり陶器を作ったり。喫茶店にも置かれているパンを作ってる人たち。
豆腐や厚揚げを作ってる人たちもいる。手工芸の部もあった。

豆腐やパン、クッキー等は販売されている。
儲けを主としていないから量産はしていない。物理的に無理なのかも。
作業場を見学させてもらったが、みんな真面目に取り組んでいた。
突然の来訪者に落ち着かない人もいたけど、みんな明るく楽しそうに作業していた
な。

ここの施設に通ってきている人たちは手帳のランクで言えば、中度〜重度の人た
ち。言葉がない人が多かった。実労5時間、月曜〜金曜9時〜16時勤務。給料は
¥7000。立派な労働者です。重い米俵(?)を担いで運ぶ係りの人。繊細な豆腐を
パック詰めする人。レジでお金を扱う人。丁寧にサンドイッチを作る人。
スピード感はないけれど真面目に取り組んでます。そして丁寧です。

この施設は駅からも近く隣りに大型マンションがあって、通りすがりに買っていく人
たちが多いそうです。だから品質にはシビア。おいしくなければ2度と来てくれませ
ん。売上=給料なのでみんな頑張ってます。私はパンを買いました。素朴でおいし
いと思います。たくさん作って売る!という姿勢は感じられず、ゆっくり丁寧に作られ
てる気がしました。我が家からは遠いけどまた買いに行きたくなる味です。

仕事ができる手を育てるのは、やっぱり幼いうちが勝負なんだなと思いました。
将来のために一つでも多くのことができるようにしてあげたい。
これってどんな子にも共通して大事なことだと思います。
いつまでも親がそばにいて手伝ってあげられないんだから。

今回は子供の将来を見据えるいい機会でした。
 


■2002/07/24 不安な目

今日のプリシンは保育園ではなくて、一時ケアのお世話になりました。
預ける時の彼の目が気になります。

不安そうにして、職員の方に連れていかれます。
振り返って私を見ます。知らない人だもんね。大人だって不安になるよね。

彼をお願いして外に出る。なんの為にこんなことをしているのだろう?
他人にお願いしてまで私は何をしたいのだろう?
仕事をしながらずっと自問自答を繰り返す。

いずれは他人のお世話で生きていくだろう。
その為に少しでもいろんな世界を体験してもらいたい。慣れていて欲しい。

まだ生まれてからたった5年しか経っていないのに
あんな不安な思いをさせていいのだろうか?

誰に預けても反応はないものだと思っていた私。
私のことどんな風に思っているのかな?ごはんを作ってくれる人・・?
着替えさせてくれる人・・?いつも怒ってる人!かな?
今朝、悪さをしたプリシンを怒ろうと彼を捜す。
めじが必死にかばう。頭をなでながら。

こんな恐怖の母でも別れる時はすがるような目を向けてくれる。

なにもかも確認していないと不安なのは私だ。いつも不安。
何が不安なのか私にもわからない。


■2002/07/10 誕生日会 

昨日、めじが同じクラスの子の誕生日会に誘われて行ってきました。かなり楽しみ
にしていたので、当日まで喧嘩なんかしなきゃいいなーと考えてました。
昨日の朝「今日Y君のお誕生会に行くから、走って帰ってくるね!」と言い残し学校
へ行きました。言った通りに走って帰ってきためじ。
そして「じゃ!イッテキマス!」と飛び出すめじ。
手にはプレゼントを持って。相手のお宅に電話をしてご挨拶。
「今、家を出ました。5時には帰るように言ってます。ご迷惑をかけるかもしれません
がどうぞよろしく」

はっきり言って心配です。昔のあの子は他人の家の中を探検して歩いてました。
そして冷蔵庫を勝手に開けてみたり。ジャーに残っていたごはんを勝手に食べたこ
ともあります。いつだって私がついていました。でないと何をするかわからないから。
信じる信じないということではなく、やってはいけないことがわからないんです。

小学生になって近所に友達ができました。学校でもクラスの子達と遊んでいるよう
です。少しずつ身についた社会性。もう私はついて行けない。だから待ちました。
そろそろ帰ってくる時間。外で水撒きをしながら待ってました。

そして手にお土産(むこうのお宅でもらった物)を持って
暑さで顔を真っ赤にしながら帰ってきました。

ドキドキドキ・・・聞きたい。何をして遊んだのか?
そんな母に気がつきもせずさっさとお風呂に入っていくめじ。

そしてごはんを食べながらゆっくり聞いてみました。
同じクラスの子がめじをいれて5人来ていたそうです。
そしてボールを持って学校へ行き
みんなでドッジボールとサッカーをやって遊んだらしい。

話す様子からとても楽しかったみたい。泣いた跡もなく、嬉しそうに話す。
そして「喧嘩しなかったよ」と。ヨカッタ、ヨカッタ・・・。

「めじの誕生日にもみんなをよびたい」とポツリ。
そうだね、みんなをよんで来てもらおうね。
めじの誕生日は12月。まだまだ先の話ですね・・・。
 


■2002/07/03 初めてもらった招待状

めじは学校から帰ると、学校で配られたプリントを私に出します。
どれどれ・・・?と目を通すのがいつもの日課です。
算数のテストだったり行事のお知らせだったり。

いつもは「はい」って無表情に手渡してくれますが今日は違いました。
「これね〜・・・」なんだかモジモジしてます。よく見るとピンク色の封筒!
表には子供の字でめじのフルネームが書かれてる。そーっと開けてみると・・・

「お誕生日会のお知らせ」でした。差出人は私も知ってる子。
たった1年間だけ行った幼稚園で同じクラスになった子で
この2年生になってまた同じクラスになった男の子。
本人同士はすっかり忘れていたけど、母同士は再会を喜んだっけ。

「へぇ〜Y君のお誕生日会に招待されたんだ〜」と私が言うと
「へへへ・・うん。席がめじの後ろなんだ」と話してくれた。

なんだかうれしそう。保育園時代に誕生会にお呼ばれしたことがあったけど招待状
を貰ったのは初めて。めじもうれしそう。

「Y君は何が好きなんだろうね?何かプレゼントを用意しなきゃね」
とめじに問い掛けると「それはまだわからないな〜」とめじ。

いったい共通の話題は何なんだろう?学校ではどんな話をしてるのだろう?

お呼ばれした日は習い事の日。
「どうしよう・・・?」と悩むめじ。どうしても行きたい←お誕生会

じゃぁ先生に電話して曜日を変えてもらおうか?と提案すると
ほっとしたように「うん!」と返事が。
早速変更の電話を入れた母でした(=⌒▽⌒=)


■2002/06/26 ナイス・シュート!! 

寒いですね〜。6月ってこんなに寒かったっけ?
雨が続くと洗濯物も乾かないし。やーでーすーねー。

でも洗濯物を干すという作業がなくなるから助かっていたりして。
朝の時点で雨が降ってると、洗濯物は乾燥機に放り込みます。
外で干すよりずっとふっくら仕上がるしね。

物投げ王のプリシンに仕事を与えました。
「乾燥機めがけて洗濯物を投げ入れる」・・・これが思っていた通り上手なんで
す!!

彼も怒られないで投げられるもんだから、超ゴキゲン!
100発100中!問題行動が特技に変わるとき。

しばらく彼には活躍してもらいましょう。
梅雨明けと同時に彼の任務は終了だけどね。
明日もがんばってもらいましょ。


■2002/06/14 学校楽しいよ! 

行ってきました、授業参観。3、4時間目なので時間たっぷり。
私が学校に着くともう2年生は校庭で整列中。
1〜4組全部のクラスがドッヂボール大会。

ドコにいるのかなぁ〜?探す探す探す・・・。
いた!いたけど・・・。みんなは白い体操着。
なんでめじだけコーヒー色した体操着なわけ〜?
余計に目立つぢゃん。そういえば先週持ち帰らなかったな・・。

そしてクラス別にドッヂボールが始まった。
最初は子供達だけでやっていたが、そのうち親も参加するハメになった。
それもボールは2個!これって難しい!

お母さん達はキャーキャー言って逃げていたが
そのうちみな熱中しはじめた。私もその1人。

毎日のようにめじとドッヂボールのシュミレーションをやっていた。
(この日のためではなく日課なんです)
平和なボールのなげっこなんかじゃない。顔面めがけたりわざと足を狙って投げた
り。
ヒーヒー言ってためじもどんなボールにも喰らいついてくるようになってきた。
熱血親子だよな・・、これじゃ。朝の日課。

これのおかげか?めじもちゃんと参加していた。
フラフラすることなく真面目に取り組んでる。よかった。

ゲームが終わりあるお母さんに話かけられた。
「すごい燃えてましたネー」あはは、ついね。
話をしているうちにどうやらめじの隣りの席のお母さんだった。

「え〜?めじくんのお母さんなの?」
「うちの子ねー毎日めじくんこと話してるんですよー」

・・・・え?何って言ってますぅ・・・?
「今日は○○をやってみんなを笑わしてたとか、こんなことやってたとか」
「私もそれを聞くのが楽しみなんですよー!!」

そうか・・めじはおもしろい子と思われているのか。
変な子とは思われていなかったようなので、ちょっと安心。

次の授業はクラスで工作。めじの席は一番前のど真ん中。
説明をする先生の話も聞いているようなのでこれまた安心。
彼のツボにはまった課題だったようで、熱中して作業もすぐ終わってた。
わからないところは先生に質問してたし。

なんとかやっていけてるんだな。そう思ったらなんだか体の力が抜けてきた。
まだまだいろんな事があるのだろうけど、それに向かっていく力をつけて欲しいなと
思います。学校が好きなめじ。今日の彼を見てたらわかるような気がしてきました。
 

■2002/06/08 やったね!

昨日プリシンは園で行ったスケートで氷の上を歩いたそうです。
先生が嬉しそうに教えてくれました。

いつもスケートに行くとマンツーマンで先生と過ごすプリシン。
私も何度も見に行きました。
いつも泣いてばかりで氷の上で正座をしてる。
先生も色々と工夫をしてくれて、ボールを投げさせて取りに行かせる。
そしてまた投げさせるということをしてくれたり。
ホッケーのバーにつかまって氷の上を歩かしてもらったり。

でもいつもいつも泣いてました。
スキーウエアも嫌い、スケート靴も、手袋も、ヘルメットも。
それでも母はスキーウエアを着れるようになっただけでも嬉しかった。

「今日ね歩いたんですよー!少しづつ手を離したんですよ。でも
泣きながらでも歩いたんですよー!!」

はぁーそうなんだ。一瞬何を言われているの分からなかった。
在園中は無理かもね・・・と思っていたからびっくり。

彼はスケートを楽しいと思ってないかもしれない。
嫌なスキーウエアを着なきゃならないし。寒いし。手袋はうざったいし。

いつも一緒の先生がいる。声をかけてくれる仲間がいる。
寒いスケート場だけど、ココは保育園と同じ・・・?助けてくれる人がいる。

みんなと同じことをさせてくれる。みんなも仲間としてみてくれてる。

きっと言葉では伝わらない何かを彼は感じ取ってるのではないだろうか・・?

彼の晴れ姿を見たかったなぁと思う母です。


■2002/06/02 ざけんなよ! 

ヨノナカイロンナヒトガイマスネ
いるいるいろんな人。あたりまえだけどね。

この人いい人だわ〜と思っていた人の別の顔を見たときの落胆。
ナンカ付き合い難い・・・と思っていた人のやさしさに触れた時の気持ち。
日々繰り返されてます。

プリシンを通して出会った人たち。
たくさんいます。そしていろんな人がいます。
そしていろんな事を言われます。
遠まわしに敬遠する人。ズバリ本音を言う人。

みんな何を言うのは自由。人伝に耳に入ることも多い。
でも言われた私は傷つくこともあります。
言われるだけ行動に問題があるのは事実。
常人には理解し難い行動をとるプリシン。そんなこと分かりきったことなのに。追い
討ちをかけるように言うのは辞めてください。

今日も朝から暗い気持ちになりました。
私がいないところでいろいろと言われているのが分かったから。
誰も見方がいなくても私は平気。たとえ誰にも理解されなくても、私だけは見捨てな
い。見捨てるもんか!


■2002/05/24 守ってください 

今日はプリシンの腎臓の検査の日でした。彼の診断名は水腎症。
私のおなかの中にいるときから、腎臓の奇形が発見されてました。
腎機能は正常なので、日常生活は困ることはありません。
でも定期的に検査をしていかなければなりません。

幸いなことに少しづつ良くなってきていました。
でもそのペースが大分落ちてきて、やっぱり手術を考えなければならなくなっていま
した。今日の検査で日程が決まるかも・・・?だったのですがまさかの追い上げをみ
せてるそうです。先生曰く「もうちょっと様子を見ましょう。また良くなってきてますよ」

うーん・・・願いは通じるのでしょうか?
ここ数日検査のことを考えてばかりいました。
できることなら手術は避けたい。全身麻酔は恐い。
麻酔から覚めなかったらどうしよう・・?術後はおとなしくなんか絶対できないし。体
を切るのはいやだ、かわいそうすぎる・・・。

かなり後ろ向きな考えですが、いつもこう思ってました。
検査のたびに泣き叫ぶ我が子をみるたび
「健康な体に産んであげられなくてゴメンね」と心の中で詫びて・・・。
今日もそうでした。でも検査結果を聞いて飛び上がるほどうれしかったです。
「自然に治ることもある」という言葉を信じて。

彼は悪運が強い。走行中の車から転落した時だって擦り傷だけですんでるし。
傷は絶えないけど、何かに守られているような気さえしてくる。
守ってください!と見えないなにかに願いを託したい母です。


■2002/05/23 うまれるまえから 

    うまれるまえからかみさまに まもられてきたともだちの 
    たんじょうびです おめでとう 

    うまれてきょうまでみんなから あいされてきたともだちの
    たんじょうびです おめでとう


今日は我が家の娘、あーの4才の誕生日です。
彼女は自分の誕生日を待ちこがれていました。

「あとなんにちであーちゃんのおたんじょうび?」
「ほいくえんでカードをもらうんだー」
「好きななかまはなおちゃんとしんちゃん」

毎日のように言ってました。ここまで自分の誕生日を楽しみにするとは・・・!

あーの通う保育園では誕生日当日にお祝いをしてくれます。
休日だと次の日になります。
「うまれるまえから」の歌は仲間の数だけ歌われてきました。
あーもよく歌ってます。暗唱できるくらいです。
思えば保育園でお祝いしてもらったのはこれで4回目。今日は彼女が主役です。
事細かに今日のことを話してくれました。大勢の仲間に祝ってもらうのはうれしいよ
うです。聞いていて目に浮かぶような・・・。

4年前彼女は生まれてきた。あの日のことは忘れないだろうな。
かなり大変だったお産。夜明けと共に生まれてきた。本当にうれしかった。
やっと会えたね、という気持ち一生忘れない。

そんな彼女はひとつ大きくなることを心から喜んでる。
子供はどんどん大きくなっている。そんな子供についていけない自分がいる。
かわいくってしょうがない自分。まだいいよねっていい訳しながら。

4才のお誕生日おめでとう。どんな4才になるのかな・・・?


■2002/05/13 ゆとりが持てるかな? 

基本運営方針

T区に住む障害をもった方とその家族の方が、地域で安心して普通に暮らし続けて
いくための支援を行う「障害者地域ケアシステム」の拠点を目指します。
プリシンが今日面接を受けた地域活動ホームでもらったパンフレットに書いてありま
す。兄と妹の行事の時に、一時ケアを受けたくて面接を受けました。出来たばかり
の新しいところです。我が家の暮らすT区にできるのをずっと待っていたのです。

面接って言っても主に私からの聞き取り調査でしたが。
プリシンとあーはお姉さんにずっと遊んでもらってました。

彼の特徴を包み隠さず全部伝えたつもりです。面接をしてくれたのは20代の女性。
このホームの母体となる所でいろいろな方たちを見てきたそうです。
だからか?プリシンの特徴を話しても驚きもしませんでした。

無事登録完了!
ああ・・うれしい。これでいざという時はお願いすることができる。
なによりうれしいのは1時間¥300で見てくれるというところ。
ショートステイ(宿泊)もあります。これはまだお世話になるつもりはないけれどね。
これでようやく結婚式に出席できます。


■2002/04/20 試練だぁ〜 

今、頭の中にいろんなことが渦巻いていてまとまらないけど
思いつくまま書いてみます。

昨日はプリシンの行動に泣かされました。
正気とは思えぬ行動に、それも他人を巻き込んで。
ただただ謝るしかありません。これから先もこんな事はいっぱいあるのでしょうね。
本人は反省するどころか、こっちの気持ちにおかまいなく普段と同じ。
はぁ・・・やりきれない思いです。

今日は昨日の事件のお詫びの品を受け取ってもらって一件落着・・・。
といけばよかったのだけど。そうはいかないんだな、これが。

公園へ行けない私達はまた森で遊んでました。
ここなら誰にも迷惑かけないでしょう、って。でもそうはいかなかったんです。

川で遊ぶプリシンを冷たい視線が射す。後ろを見ると年配のおばさま。
川で遊ぶなと注意を受ける。鯉がいるからだと。
夫が「知的障害がある子なので・・・」と言った。

フンッ!だからなんなのよ!
私の散歩コースでこんな事されちゃ嫌なのよ!

・・・・こんな事は言いませんでした。でもそんな感じを受けました。
ここでも私達の居場所はないのか?
公園へ行けなくて、ようやく探した家族で遊べる所。ムッカァ〜!!

そこでめじがそのおばさまに一言。「鯉なんていないよ!」
彼はそのままの事を言っただけです。ホントにいなかったから。
ただそこで遊ばれるのが嫌だっただけなんでしょうね。
あ〜また行く場所がなくなちゃったな・・・。と思ったけど、けど!です。

・・・また行ってやろうじゃん。

だってさ〜川の中をかき混ぜてたら問題かもしれないけど
ちょこっと入って出て・・・を繰り返していただけなのに。
そんなことも嫌なのね。ふふん、顔は覚えているんだよ!
また文句言われたら次は言い返そうと、帰りの車中の話題だった。
そしてめじのナイスな一言を夫は褒めていた。
・・・思ったことそのまんま言っただけなんだけどね。めじには裏がないから。
まだまだ試練は尽きなそうな我が家。


■2002/04/16 あーのこと 

ね〜今日は保育園行く日?

あーが毎朝聞いてきます。

赤い日と青い日はお休みなんだよね←カレンダーの事です。
○○先生が保育園辞めちゃったから、あーちゃんも辞めるんだ。昨日は保育園で誰
とも遊ばなかった。ただ散歩してただけ。保育園キライ。園バスキライ。

朝は大変です。
朝起きてから園へ行くまで、時間があるせいかいろんな事を言います。
おなかが痛いと言ったり、わざと咳をして風邪ひいたから休むとか。

そんな彼女の今朝の一言にはドキッとしました。
「あーちゃんたちがおなかいっぱいごはんとか、お菓子とか食べられるように
保育園に行ってくるね」

よく仕事へ行く父にむかって「いっぱいおしごとしてあーちゃんたちにお菓子いっぱ
い買ってね」と言っている。仕事=保育園と頭の中でできあがっているようです。

キライだ!と言っているわりに園での様子をよく話してくれる。
それを聞くのが唯一の私の楽しみ。

フルタイムで仕事をしていないのになんだか娘に申し訳なく思う。
訓練会へ行く兄たちのお弁当を羨ましそうに見ているあー。

そして「あーちゃんもおしゃべりできなかったらよかったのに」・・・・言葉が出ません
でした。私がやっている事は何なんだろう?子供達を思う気持ちはみんなそれぞれ
同じつもりでいた。違うように感じるのかな・・・?
なんだか私の頭の許容量がオーバーしてしまって、考えがまとまらない。


■2002/03/30 進級式 

今日はプリシンとあーが通う、保育園の進級式でした。
とうとうプリシンは年長さんです。
縁あってこの保育園にお世話になって4年目の春を迎えました。

初めの頃は椅子に座って話を聞くこともできなかったのに
回数をこなしたからでしょうか?
今日は見事に1時間強、静かに座っていられました。

普段の生活からは想像がつかない姿です。

幸いなことに彼はピアノの音が好きです。
式の途中に何回かピアノが弾かれ、体でリズムをとったりして
音楽を楽しみます。

そんなことが落ち着いて座っていられることに、繋がっているのかも?

大勢の人が苦手で、会場に入るだけで泣いていたのに
最近の彼は大丈夫になったようです。

とてもうれしいことです。

もっとうれしいのは、ずっとプリシンに関わってくれていた先生が
また担任を持ってくれたことです。

できればもう1年見てもらえたらうれしいな・・と
夫婦共々話していたのです。

とてもうれしい春です。

園行事が増える年長。
どんな姿を見せてくれるのか?
楽しみでもあり心配でもあります。

あと1年思い切り楽しんで欲しいです。


■2002/03/21 御一行様 

我が家はどこへ行くにも車を使っています。
駅から遠いし、子供を3人連れての移動は車が便利。
この土地に住むようになってから、あたりまえのように車を使ってました。

先日あーがポツリと言った言葉。
「電車に乗ってみたいなぁ・・」

乗せたことはあるのですが、覚えていないようでした。
何年前だっけ?

きょうは久しぶりに家族で行動できる日だったので
思い切って電車に乗りました。

目的地は鶴見線の海芝浦という駅です。
海の上にホームがあるらしいという情報をもとに行動しました。

プリシンは2駅以上電車に乗ったことがなかったのです。
どうなるのか不安でしたが、今日はプリパパもいるし・・・。
なんとかなってしまいました。

車中は奇声はもちろんのこと、座り込みもしました。
そんな彼の行動に私たちはもう慣れているし、なんとも思わないんです。

周りの視線はちょっと感じたけど。

鶴見線って初めて乗りました。
乗っていると民家は見えなくなり、段々工場ばかりの風景になってきました。

窓の外は工場か海。
なんか別世界に迷い込んだみたい。

目的地の海芝浦に到着すると、本当に海の上にホームがありました。
少し離れた所にベイ・ブリッジが見えて・・・。

ちょっとでも手を離すとプリシンは
ホームの柵から身を乗り出して・・・!
「落ちたら海だよ〜!」と柵から引き離しました。

プリシンよりもあーのほうが何かと大変でした。
のどが渇いたの眠いのと次から次へと要求ばかり。

風に飛ばされそうになりながらも無事に帰ることができました。

電車とバスを乗り継いで過ごした1日。
やればできるじゃない。

プリシンの奇行になんとも思わなくなってる私たち。
またたまには電車で出かけようか?と話しました。

しかし・・・疲れましたわ。←本音


■2002/03/12 訓練会最後の日 

今日でプリシンが通う訓練会が終りました。
また4月から担当の先生が変わってスタートします。

今まで担当してくれてた先生は60歳台のプリシンにとってはおばあちゃん先生。
でも今まで出会った人の中で一番知識と経験が豊富な方だ。
めじも1年半お世話になった。それからのおつきあいだからもう2年半がたつ。

人との出会いは不思議なものだ。2人の自閉症児を抱えて、途方にくれてた時に出
会った先生。私を助けて支えてくれた。

厳しいことも言われたこともある。それでもあの先生が好きだった。
色々なことにも相談にのってくれた。親よりも別の意味で理解してくれてた。

その先生と今日でお別れ。訓練会を辞めるわけでもないのに涙が止まらない。
子育ての難しさを同じ目線で慰め理解してくれたから。

この子たちがいなければ出会うことのなかった先生。
悲しいわけでもないのに、口を開くと何も話せない。初めて人前で大泣きしました。
今までのいろんな出来事がそうさせたのでしょうね。

絶対最後の日は泣かない!と決めていたのに・・・。
卒園式よりも泣けて泣けて困ってしまいました。
そんな私を見た先生も困ってしまっただろうな。

本当に今までありがとうございました。


■2002/03/01 定期検査 

今日は朝早くからプリシンとべったりな1日を過ごしました。
こ〇ども医療センターへ行ってきました。6ヶ月ごとの神経内科の診察です。

何回か来て私は学習しました。
受け付けが予約時間の30分前から始まります。
ここで明暗がはっきりと分かれます。

なにが明暗かって・・・?
それは「待ち時間」です。
プリシンをつれての待ち時間は大変なんです。
雨なんか降られたらモー最悪!外を歩けないしね・・。

なんとかして待ち時間を少なくしたい!それには並ばなきゃいけないんです。
大人が2人いれば交代で子供を見れる。でも大抵私1人なのでそれはできない。
気合いを込めて並びました。前から3番目!いいぞ〜!

私のポケットの中にはプリシンの好物「メントス・グレープ味」をしのばせて。
持ってることを悟られないようにしてました。
あと5分!なんて長い時間なんでしょう!

意外にもおとなしく並んでるプリシン。あと少し!というところでふざけだした・・・。
ゆっくりとポケットからメントスを見せる。
とたんにおとなしくなった。そして受け付けの順番が回ってきました。

はぁ〜よかった!いつもより早い番号札。
でもまだ時間がかかりそうなので、放牧の旅へ。

何年もここに通ってるから、どこで時間を潰すか心得てます。
病院から5〜6分のところに大きな公園があります。
そこはほとんど遊具がなくてただ広い公園。
プリシンの放牧の場としては最高な所です。

誰もいない公園。思いっきり走ってました。石を投げたり、ブランコに乗ったり。
雨上がりの滑り台に近寄った時は思わず止めてしましました。

そろそろ時間だな・・。
「ジュースを買おう」でようやく公園から離れたプリシン。
病院へ行くとモニターにはもう順番がまわってくる時でした。
買わないでいたら大暴れになるだろう。慌てて買うと名前を呼ばれた。

診察室では最近薬を使用していることを告げた。
副作用がある場合もあるので血液検査をしてほしいとも言った。
問題行動の蛍光灯割りには目を丸くしてたな・・。

いざ!血液検査へ!案の定泣くわ暴れるわ大変な騒ぎ。
でも看護婦さんって慣れてるんですね〜。
大人3人で押さえました。ブスッ!ギャ-!大粒の涙がボロボロ・・・。
「あら!この子スゴイわ〜。まだなんにもしてないのに
血が勝手に入ってきたわ!」

泣いたからでしょうか・・?
それともほうれん草ばかり食べてるから、血の気が多いのでしょうか?
気休めに持たされたピカチュウのぬいぐるみが
叫び声を出すプリシンに噛みつかれて憐れな姿になってました。
そして無事放免。

ああ・・・やっと終った。おなかすいたな・・。
プリシンもきっとおなかがすいてるだろう。
売店でパンとお茶を買って2人で椅子に座って食べました。

しかし、あの病院はいつ行っても人がいっぱいだ。

今日のプリシンは今までで一番いい子だった。
かなりの時間座って待てるようになったし。

疲れていたけど、帰り道なんだかうれしくて
気持ちよくスピードを出して帰りました。

次は腎臓の検査で5月に行く。もう半袖を着てる季節かな・・・?



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