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■2003/06/07 (土) プリシン、初めての歯医者 |
「しんちゃん、きょうは、いっぱい、びょういんでないたね〜」
布団の上でじゃれあいながら、あーちゃんはプリシンに話し掛けている。
そう、今日プリシンは泣いた。
それも、かつて聞いたことのあるどの泣き方とも違っていた。
不安げで悲しげな大絶叫だった。
乳歯が抜け切らぬうちに、永久歯が捻じ曲がって生えてきてしまい
これはまずいと、朝一番で歯医者に連れて行ったのである。
駐車場に着き、誘導の係員がいることにまず驚いた。
なんなんだこの歯医者は。
かみさんが知人に紹介されたというその歯医者は「障害歯科」
初めて聞く言葉だった。24時間対応、年中無休、
寝たきりの高齢者を送迎するためのバスまである。
思わず建物を見上げてしまった。
建築家の感性を最大限に表現したモダン・アート。
ベージュの色彩、全面のガラス張り、北欧建築をイメージさせる作りは
ネオリアリズムをテーマにしたと容易に想像がつく。
サブカルチュア的なものも視野に入れているような・・・・な〜んちゃって。
そんな、自分でもまったく意味不明なことを書きたくなるほどの近代的な建物だった。
治療台に座らされ、椅子を倒された瞬間からプリシンは大絶叫。
思い切り抵抗を続けるプリシンに、どうやって乳歯を抜くのだろうと思っていたら
助手の人が、緑色のネットが付いた板を持ってきた。
パンツ一枚にさせられたプリシンがその上に寝かされ
気をつけの姿勢のままネットに包まれていく。慣れた手付きだった。
グルグル巻き、完全に上半身は固定。
例えるなら「羊たちの沈黙」の、捕らえられたレクター博士のよう。
その姿を酷いとも哀れとも思わなかった。
処置の最中に手を出したりしたら、それこそ危険だ。
この方法でいいのだと思う。
麻酔をし、乳歯を一気に抜いた。
汗びっしょりで長いこと泣き続けたプリシンは
よほど疲れたのか7時半に就寝。お疲れ様。頑張ったな。
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■2003/06/08 (日) 口笛を吹く父親 |
休みだ!と思った途端、気が抜けるためなのか
少しずつ蓄積されていた疲れが、一気に全身を重くする。歩くのもかったるい。
プリシンと2人でいつもの森に来たけれど、追いかける気力もなかった。
最短コースを選び、途中の小川で遊ばせることに。
着替え一式はいつも持ち歩いているので、今日は好きにせいと
水辺に座って、プリシンが水と戯れる姿を黙って見ていた。
水底の土や石を掴んで、投げるというのがお決まりの行動。
以前なら迷うことなく飛び込んだのだが、
靴を濡らさぬよう気をつけて遊ぶプリシンには感心した。
保育園時代からの積み重ね、注意の繰り返しの成果。
ゆっくりと少しずつだけどプリシンも成長している。
森に着いた時、ちらっと見かけた2人がいた。
知的に障害のある青年と初老の父親。
森の中で再び見かけると、父親の方しかいなかった。
はぐれてしまったらしく呆然と立ち止って、一定のリズムの口笛を吹いていた。
驚いたことに、ゆっくりと青年は戻ってきたのだ。
「お父さんと一緒に歩かなきゃだめじゃないか!」注意する声が聞こえてきた。
言葉を話せないのか、黄色いTシャツを着た青年は「うぅ、うぅ」とただ頷いていた。
やがて落ち着くとはいうけれど、プリシンはどんな青年になるのか。
その頃まで同じように走られたら、きっと追いつけないだろう。
青年と父親の2人を見ながら、そんなことを考えていた。
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■2003/07/03 (木) 惑い |
中央自動車道「甲府昭和IC」を降り、ナビを頼りに
目的地である会社に向かって車を走らせていた。
山間を抜ける。緩やかな勾配。
人も車も少なくなり、緑の色だけが濃くなる景色。
流れの速い浅瀬の川を見つけた。荒川という名の川だった。
大小石だらけの川で、急流のため釣り人もいない。
聞こえるのは鳥の囀りとせせらぎの音だけ。
思ったのは、プリシンをここで遊ばせることができたらということ。
こんなところに住んでいたら、生活は大きく変わるだろう。
歩いてすぐの場所にこんな川があったなら、
プリシンはいつまでもいつまでも、声をあげて遊び続けるだろう。
いずれは自然に囲まれた場所で暮らしたいというのが、漠然と持ち続けている夢。
ただし、膨らんだイメージの「その先」で思うこともある。
仮に夢が叶ったとして、はたしてそれがプリシンの幸せに繋がるのかということ。
人口密度の低い地域だからこそ、プリシンの噂はまたたく間に広がるだろう。
奇声を上げ続けるプリシンを好きなだけ遊ばせるなんてことは
いくら川が近いからとはいえできないかもしれない。
地域の人々の助けがなければプリシンは生きられない。
「場所」ではない?親が元気なうちはいいだろう。自然が溢れていた方が。
どうすればプリシンが将来生き易くなるのかを、考えなければいけないのでは。
どう人とコミニュケーションを取ればいいのかを。
人里から遠くへ遠くへと考えるのは、苦労を背負い込みたくないからと
安易に逃げているのかもしれない。
それがいいのか悪いのか、考えるほどにその判断がつかなくなる。
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■2003/07/09 (水) 追憶 |
弟夫妻が、生後2ヶ月の息子を連れて遊びに来た。
名はキー君。めんこい。本当にめんこい。
顔を近づけ「ばぁ〜」と驚かせれば、つるんつるんの顔を
くしゃくしゃにして笑みを浮かべる。なんと愛くるしい顔なんだ。
みっちゃん(義妹)が、手のひらで頭を押さえる変な抱き方をしていたので
こうした方が楽だよと、肩抱きを実践してあげた。
「だめなんですぅ〜、その抱き方だとキー君泣くんですぅ〜」と
みっちゃんは言うが、キー君は泣きもせず、
それどころか背中をトントンと叩くとうっとりと目を閉じた。
「すっごーい。さすがお兄さん!」ふふふ、鼻高々。
プリシンを思い出していた。よく泣く子だった。
何が原因で泣いているか分からず、かみさんと交代で深夜に抱き
泣き止むまでひたすら揺すり続けた記憶は、生涯薄れることはないだろう。
表情豊かなキー君を抱きながら思う。プリシンの乳児期と全然違うことを。
プリシンは2、3才の頃ビデオばかり見せていた。
喜ぶ姿が嬉しくて、何度も何度も同じアニメを見せていた。
自閉症だと医者から告知され、きっとビデオが悪かったのだと自分を責めた。
ビデオが助長したのかもしれないが、それ以前の乳児期のあの頃から
障害の症状は現れていたのかもしれない。
当時はそんなこと気が付きもしないから、大変な子だねとかみさんと笑い合っていた。
何もかもを知った今の自分があの頃に戻れたなら、何かが変わるのだろうか。
それとも何も変わらないのだろうか。
何もかも最初から決まっている、宿命だったのだろうか。
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■2003/07/12 (土) 父懇 |
「養護学校で父親懇談会があるってよ。行く?」
と、将軍様から訊ねられたのは2週間ほど前。
「へ〜、養護でもそういうのがあるんだ〜」
何をやるのかも分からず、興味本意で行く返事をした。
今日がその当日。
出席者は約20名。小中高、全校一斉の父懇だから人数的に決して多くはない。
校長先生の挨拶から始まり、まずは自己紹介。
入学することができ嬉しく思っていること、現在のプリシンの様子、
何故今日出席しようと思ったかを赤面し、どもりながら
なーんのユーモアも交えず(浮かばず)早口で喋った。
高校生の男の子を持つある父親が声をかけてくれた。
「うちもね、全然言葉が無かったよ。
簡単な言葉を話すようになったのは、4年生の時だったかな」
世代を超えたお父さん方の話を聞くことができ、出席して良かったと感じる。
頭を悩ます事例も、共通する部分がたくさんあった。
●町内の子供会とどう接すればいいのか
小学校中心に活動しているのはおかしいと。
「お楽しみ会に呼びかけすらなかった」と話される方がいた。
ちなみに我が家も子供会には入っていない。(話せば長い経緯がある)
●長い夏休みをどう過ごしたらいいのか
地域活動ホーム、一時ケアなどを利用するしかないのだが
夏休みはどうしても混む。もちろん有料。みなさん頭を悩ませていた。
圧倒的に多かったのはプールだが、お父さんが連れて行けるのは休日だけ。
平日昼間の面倒見るのはやはりお母さん。そこにも問題があった。
子供が高校生くらいになると、女子更衣室で一緒に着替えるなんてことが
できなくなるのだ。性教育の問題なども話題に上がった。
いつか手を離す日のために
回されてきた小冊子のタイトルがこれだった。
「今」に振り回されているのは、どのご家庭も同じだ。
将来に馳せる想いも同じ。いつか手を離す日のために
今どうしたらいいのかを、みなさん真剣に考えていた。
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■2003/07/21 (月) 卒園文集 |
卒園文集のページを開くと、子供たちのつぶやきが書かれていた。
1人1人が丸々1ページづつ。
「すずめが大きくなったらカラスになるんでしょ」
「カサだって、あめにぬれたくないんだよ」などなど
プッと笑ってしまう楽しい言葉から、心が温かくなる言葉まで実に様々。
ただ、プリシンには言葉がない。つぶやくことがない。
プリシンのページには一体何が書かれているのか。
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「同期会」この春卒園した園児が一同に、古巣である保育園に集まった。
ほぼ全員の出席。途中で引っ越してしまった子供たちもこの日のためにやってきた。
久しぶりの対面であるはずなのに、在園時代と同じよう一気にはしゃぎだす。
プリシンもグイグイと手を引かれ、大勢の仲間の中に紛れていく。
今は別々の環境の中で生活していても、一緒に過ごした時の繋がりは強い。
仲間、仲間なんだな。いつまでも仲間でいてほしいと願う。
焼きそばを作ったり、かき氷を食べたり、
お父さんお母さん方と一緒に、ビール片手に夕方まで園庭で過ごした。
最後に配られた卒園文集。
今日の同期会に間に合わせるべく、文集委員のお母さん方は
家庭の時間を割き、いろいろなことを犠牲にして作られた。まさに労力の結晶だ。
帰宅してざっとページをめくった。
全ページ、モノクロの写真で散りばめられていた。
そしてたくさんの園児たちの言葉。つぶやき集。
プリシンのページを開いた。たくさんの言葉があった。
言葉がないはずのプリシンのページに、たくさんの言葉があった。
「プリシンってすごいんだよ みずのなか はやくはしれるんだよ
プリシンは みずからうまれたのかな」
「プリシンってあたまがいいんだよ あっちむいているあいだに
きゅうしょくのおさら すっと とっちゃうんだ」
「まほうがあればなあ プリシンが どっか いかなくなーれ!」
プリシンの言葉ではない。
仲間からプリシンへの想いが、1ページぎっしりと詰まっていた。
胸が熱くなる。
プリシンのことが大好きだったリコちゃんのページも開いてみた。
「プリシンは どんなしょうがっこうにいくんだろう
ぽんぽんのできるがっこうかな」
うん、と心でつぶやいた。
相変わらずお皿に小石を乗せてポンポンしているよと。
ここでもたくさんの仲間と、素晴らしい先生方に囲まれて楽しく生活しているよと。
そして、モノクロの卒園文集にたった1ページだけカラーを見つけた。
それは園長先生のページだった。
卒園していくみんなに、谷川俊太郎さんの詩がメッセージとして残されていた。
1枚のカラー写真とともに。
その写真に写っていたのは、日に焼けたランニング姿の園長先生、
ぴったりと寄り添う大型の愛犬、そして、
満面の笑みで園長を見つめているプリシンだった。
どうもありがとう。
どうしてこの写真を選んでくれたのか、文集委員のお母さん方の想いを汲み取れば
感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。涙が次から次から溢れてきた。
明るい陽射しを浴びて、見つめあう園長先生とプリシン。
プリシンは言葉がないけれど、その写真の2人には確実に会話が存在していた。
生きるということ
今生きているということ
鳥は羽ばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりは這うということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくもり
いのち≠ニいうこと
生きる/谷川俊太郎
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