
1999年8月1日
長男 修斗誕生
2000年1月半ば
生理の遅れに気が付く。まさか・・・もしや
2000年1月27日
チェック・ワンでくっきりと陽性ライン確認!!
自分の計算で行くと8週目あたりかな。
10月の半ば頃が予定日かな。
修ちゃんが1才と3ヶ月を過ぎた頃かぁ。。ちょっと早かったかなぁ。
パパにはまだないしょ。 2月12日のお誕生日に公表しよう。
2000年1月29日(月曜日)
修斗のお世話になった産婦人科に行く。
超音波検査でたい嚢を確認。お医者様のお話だと、「5週目位かな」とのこと。
あれれ??ちょっと小さいのかな。
とりあえず自分の両親には報告。
2000年1月30日火曜日
夕方少量の出血。腹痛なし。念のため様子を見る。
2000年1月31日水曜日
出血が続くが腹痛はなし。心配になり両親に修斗を頼み病院に行く。
流産の可能性あり、出来るだけ安静にと言われる。止血剤の薬をもらう。
パパの協力も必要になってきたので流石にパパに報告。
2000年2月1日・2日(木・金)
相変わらず出血が続く。修斗は実家の両親に預かってもらって、昼間はなるたけ安静にするようにしているけど出血は
止まらず不安が続く。
2000年2月3日(土曜日)
修斗をパパの実家に連れて行ってもらう。
午前中病院へ。「心拍が弱っている、後は赤ちゃんの生命力に期待しましょう」といわれる。
2000年2月4日(日曜日)
相変わらず出血は止まらない。「もうダメかもしれない」という気持ちと「お願いだから助かって」という不安な気持ちで
一日をすごす。
2000年2月5日(月曜日)
午前中お医者さんに行く。やはりダメだった。タイ嚢の中にはほとんど何も残っていない。わずかに残ったものを取りだ
してもらう。そして小さなガーゼにくるまれた小さな小さな命だったモノを見せてもらう。最後までママのお腹の中でがん
ばってくれていたんだね。お医者さんの前だったけど泣いてしまう。
水曜日にもう一度検査してそれまでに出血が止まらないようだったらきちんと処置をするとのこと。
2000年2月7日(水曜日)
相変わらず少量の出血が続き、午前中お医者さんに検診に行く。やはりきちんと子宮内をきれいにした方がよいとのこと。
手術の同意書の書類をもらう。
2000年2月15日(木曜日)
術後1週間後の検診。経過は良好とのこと、
先生曰く「今回は本当に残念だったけど、次回の妊娠には全然影響ないから、次の生理がきたらすぐにでも妊娠可能とのこと。
前向きに頑張ろう。