命名
もう10数年前のこと、子犬を飼うことになったうちの家族は名前をいろいろ考えていた。私は一人でももこと決めていたので勝手に”あと一週間でももこがくる”などと犬の話題のたびにももこを連発していた。もちろん家族は不満で弟には勝手に決めるなと怒られていたが私は無視してももこが、、、ももこに、、、と執念のように言い続けた。名前に多少反対していた父だが当日”ももこがきたぞ”とすっかり洗脳されていた。かくしてももこはうちのアイドル犬になった。が、よく家族を裏切り脱走をはかり近所に大迷惑をかけてくれた上に飼い主である私の右手にも大怪我をさせてくれたものだった。だが親ばかという言葉があるように裏切られてもかまれても私にとってとても可愛い一番思い出のある犬だった。
2度目の命名
ももこが来て一年後父がもう一匹もらいたいといいだした。ももこの世話で大変だった私たちは反対したが父が自分が散歩もいき世話をみると約束したので獣医さんいわく80%のチャウチャウ犬を迎え入れることになった。(約束は守られず散歩は私と弟がメインだった。)私は今度もはりきって彼女が来る前からアムと呼んでいた。が、今度はさすがに却下され弟がつけたチャムとなった。多分チャウチャウ犬のチャウと私のアムが重なった名前のような気がする。弟の単純さがよくわかる。彼女はももことは正反対の犬でとても温厚でふくよかな犬であった。脱走したくても体が太っていて壁が上れずももこが脱走するたび悲しそうに泣いて柵の外を見つめていた姿がとても懐かしい。
永遠の家族
散歩が大好きな二匹を時々近くの海につれていっていった。人がいない道で二匹を離すとももこはあっという間に私から離れ好きなところにいくがチャムは途中までももこについていき私のほうを振り返る。私が見えないと探しに来る弱虫なとこがあった。そこがとてもかわいいチャムだった。二匹が逃げると身軽なももこを捕まえるのにはかなり時間がかかるが体の重いぽてぽてしたチャムを捕まえるのはけっこう簡単だった。彼女はチャウチャウのハーフなのでちょっと大きいのだか、、よくただの肥満犬に間違えられたのは屈辱だった。そんな彼女達ともお別れの日がきた。ももこは私が北海道で伝道していた時に病気でなくなった。手紙で知ってアパートのベランダで泣いた。チャムは亡くなる1年半は右前足に大きな腫瘍ができていたため切断し3本足で重い体を支え頑張っていた。彼女の姿はいつも胸をうった。ももこが死んで1年ちょっとでチャムも私たちが寝てる間庭の蛇口のところで倒れていた。第一発見者は私だった。二匹とも今は庭の隅で眠ってる。私にとって永遠の家族である。
現在
チャムが亡くなる前父が3匹目の犬をもらってきたりゅうという一時期はやったラブラドールだ。私は子犬の頃を知らないのであまり愛着がなかった。ただでさえ甘えん坊で私がチャムをいたわると必ず邪魔をした。それが始めはイヤだった。母親がかわりのチャムが死に今度はゴールデンレッドリパーの子犬がもらわれてきた。名をももと父がつけた。兄弟の中では一番ぶさいくな犬だったらしい。たしかによそのゴールデンの方がかわいい。。ちょっと目がつっているのだ。りゅうもわがままな犬だったがももはその上をいきそのお陰でりゅうがとても大人しくなった。二匹の間に9匹の子犬が生まれるが1匹だけ死んでいた。ももことチャムの隣に仲間が増えた。結局一匹を残し全てもらわれていった。犬が親子で住めることはほとんどない。そう言う意味で一匹ラッキーな彼はそのまんまラッキーと名づけられた。彼は父似でラブラドール系だ。始めは番犬で飼った犬が今では番犬ではなく人間が好きで好きでたまらないペットになってしまった。きっと泥棒にもしっぽを振るような気がする。3匹は今も元気である。元気すぎて怖いくらいである。私にとって彼らもまたかわいい家族なのである。
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