
1985年の秋 我が家の次女として、誕生しました。マルマルしてかわいいかったです。
ある日、母乳の時突然目がぴくぴくとなり、動作が止まってしまい又一時すると母乳を飲むという繰り返しで、時には、目が左右にランランと動き又動作が止まってしまいます。そしてまた、しばらくすると普通に戻りという繰り返しで、近くの小児科の先生に診てもらい九大病院に行くことになりました。色々検査したのですが、別に大きな問題はなく、安心して帰りました。
その後 家に帰りしばらくすると激しい痙攣がおきました。もうビックリで慌てて救急車を呼び 九大病院にいきました。
その翌日から、入院です。色々検査しましたが、原因がわからず 薬を飲む事になりました。薬は、注入器で入れる事になりました。退院の日先生(有名な先生)が、2人に1人は遅れるから、お姉ちゃんとなるべく遊ぶようにといわれました。遊ばせると発達に良いからということでした。ショックでした。主人は、どんな子でも育てるよ!がんばろう!といってくれましたが、不安でした。
退院後部屋の模様替えをして、目の届く所にベットを置きいつも気をつけていました。薬のせいか、良く寝ていました。
はいはい つかまり立ちも普通よりも遅く、歩くのも1歳6ヶ月過ぎでした。言葉も遅く単語を少し話す程度でした。
3つ違いの姉がいるので、姉の真似をして、よく遊んでいました。2歳6ヶ月すぎた頃、発達障害センターに訓練に行く事になりました。3ヶ月程通ったような気がします。
早めに集団生活に溶け込ませたほうがいいと、アドバイスを受けたからです。そして、来春から保育園と考えていました。保育園選びも大変でした。理解してくれる所をと近所の保育園を何ヶ所か見て、障害児も受け入れている保育園があり、そこに決めました。
なんとなく同じ年の子に比べ動作が遅く甘えん坊かな?という感じでした。
私の実家の母なんかは、『大丈夫よ。ちゃんと「これは何?」と香織に質問するとちゃんと答えて理解できているじゃないの。』と言ってくれました。孫は、かわいいものです。このときよくスーパーのチラシで、遊びました。売り出しの商品や、色んなものが載っていますよね。それを切り取り物の名前を言って貼ったりして、遊びました。結構楽しいですよ。やってみては?