幼児期 

 

 


3歳から保育園に入りました。人より行動が遅く、泣き虫ですがお友達のあとを一生懸命ついていくような感じで頑張っていました。不思議とクラスにはおっとりした子もいてその子と良く遊んでいるようでした。この頃から発達相談センターの先生に勧められ体育教室に行くようになりました。

上手ではないのですが、楽しく身体を動かしていました。

年長さんになり、保育園の行事で音楽発表会がありました。それはいくつもの幼稚園や保育園が参加するものでした。そのときに衝撃的な出来事がありました。かおりは出来ないながらも一生懸命練習していました。しかし発表会が終った後、香織がピアニカが鳴らなかったと言うのです。私が次の日ピアニカを見てみると、そのなかにティッシュがつまっているではありませんか!!

ショックでした。先生の表向きな態度と裏向きの態度があったことに驚きました。表向きでは「お母さん大丈夫ですよ。頑張ってますよ。」などといっているのに!!でも、私は言えませんでした。なぜなら、娘が手がかかると知っているからです。親は何だか遠慮がちに生きていますよね。

たまには宗教に誘われる事もありました。

いよいよ小学生になるので、公文がいいと聞き公文教室に通わせることにしました。経済的にも体育教室と公文教室とでは大変なので、体育教室のほうをやめました。公文の国語は今でもかなり力になったと思います。公文は毎日15分位お話を一緒に読んだりしました。自分でも読めるように目の届く所にいつも置いていました。継続は力なりですね。

長女の先生が入学にあたって、相談に乗ってくれました。普通学級で学ぶ事に決めました。ランドセル、机も買って楽しみでした。