昨晩おまえのベッドを組み立てました。台座にカバーを新しく張りました。このベッドはおまえのいとこが、最初に使ったもので、もう10年ぐらい前のものであるけれど、現代のものも、そう形や機能は変わらないみたい。
おまえを迎え入れる準備はもういっぱいできている。
おまえは、この父に似て思い切りが悪い人なのかもしれない。今いるところがいいような気がして、いや外に出たほうが、多分、いろんなことがあって、いいのは分かっていても、もうちょっともうちょっとと布団をかぶっているのだろう。しかし、どうしたって、そこには、もう長くは居られないことは、これは絶対なことなのだから、おまえが少しでも長くそこにいたいと思うなら居るがよい。そしておまえの体調が整って最高のコンディションの時に、おまえの力を振り絞って、母親と協力して、私の前に現れてくれ。
予定日だが、何の徴候もなし。一週間くらい遅れそうな様子。
おおい。もう予定日過ぎたぞ。なにしとんや。
別に心配はしてないけれど、あんまり遅くなって、おなかの中で大きくなったら、母親が困るし、おまえもしんどいやろ。この前の日曜日が、ご対面の予定日だったんだけど、その気配はちっともなかった。わたしとしては、次の日曜日ぐらいになるんじゃないかなと思うので、落ち着かなくなったり、そわそわしたりはない。母親のほうも普段と少しも変わった様子はない。ぼくは普段から集中力に欠けるが、少しこのごろ集中力が以前より乏しさが増した気がしないでもない。おまえがなかなか出てこない為なのかもしれん。
出てきたところでもっとおまえのことに気をしょっちゅうとられて、もっと浮ついてしまうかもしれない。
昨晩、おまえへの手紙をおまえの母が読んで「あんたは気楽でええな」と言った。その通りだ。わたしは全く気楽だ。ただおまえのやってくるのを待っているだけでよいのだ。重たいことも、苦しむこともないのだ。だからおまえは父よりも母のほうを大事にしなければいけない。母を困らせたり、悩ませたりしては絶対にいけない。わたしと母とどちらがおまえを大きく愛しているか。それは母のほうだと思う。わたしだって大きく大きく愛しているが、母は考えられる以上のところの大きさでおまえを愛しているに違いない。わたしはおまえよりもおまえの母をより大きく愛していることをおまえに言っておかなくてはならない。その愛する母が愛するおまえ、そしてわたしが愛するおまえの愛され方は、わたしから母へ、母からわたしへの愛よりも、母からとわたしからの愛で、それ以上のものになるから、心配しなくてもよい。わたしたちが愛した分だけわたしたちを愛してくれることを望むのは、ずるい考えに違いない。愛されたいから愛すのではなく。愛するから、愛し続けたいために、おまえからの愛も小さくても欲しくなるのだ。おまえが小さな口から笑い声を出すのは愛されようとしてではなく、わたしたちの愛を感じてくれたからだ。そうやって、わたしたちの愛を感じながら、それもおまえの決して重荷にならないような愛をおまえに、わたしたちはプレゼントし続けたい。
午後7時過ぎ帰宅。食事を済ませ、しばらくして、少量の破水。痛みはほとんどない。今のうちにと風呂に入る。髪を乾かしている時にまた少量の破水。しばらく安静に。10時ごろから少しずつ陣痛が始まる。破水も少量とはいえ、あったので、産院に電話。11時ごろ2度目の電話。今から来てくださいとのこと。車で産院へ行く。車中、それまであった陣痛の間隔が長くなる。おかしいなといいながら産院に付く。まず尿の検査。その間に入院帳に名前、住所を書き込む。室は3畳ほどの個室。入院用の服に着替える。分娩室に入り、陣痛の度合いや胎児の心拍数等の様子をしばらく調査。小一時間ほどで室に戻り、それから浣腸をしてもらいに。付き添いようのベッドを出してもらい横で寝る。本当に眠ってしまう。介抱しに付いてきて、痛みで苦しむ配偶者の横で、ぐうすか眠るのはどんなものか。とはいえ、何度か目は覚ましたつもり。朝方5時過ぎ、室を出て行くので、どこ行くのと尋ねれば、トイレとの返事。だが、なかなか帰ってこない。もし何かがあったり、始まったりしたら、呼びにきてくれるはずとじっと待つが何もない。6時過ぎ起きだし、布団をたたんで、看護婦さんにあいさつ。分娩室にいるから、入ってもよろしいかと問うと、よいとのことで入る。昨晩と同じように陣痛の強さ周期等の分かる装置を身に付け横たわっている。5分間隔ぐらいで強いの来る。
7時半頃、実家と家に電話する。
8時頃、朝食ですと枕元に持ってくる。まる子とても食べてる場合でないので、わたしが食べる。
10時頃、まる子の母が来る。11時頃分娩室から出るようにいわれる。外のベンチで待つ。出産後へその緒を切るために、帽子と衛生服を着せられて、廊下のベンチで待つ。まる子のいきむ声、看護婦さんの声が途切れ途切れに聞こえてくる。11時半頃、先生がやってくる。わたしの前で「さあ、行こか」というので、私もついて入っていくと、まだやと追い出される。
元気な泣き声が聞こえてくる。立ち上がる。お呼びの声を待つ。かかる。入る。わたしの子供がいる。まる子がいる。とても元気だ。新生児を見るのは初めてだが、思っていたよりしっかりとした顔をしている。ちっともしわだらけなんかじゃない。大きな口をあけて泣いている。まぶたがはれぼったい。ふわっとした上気した心持になる。
「早く手を洗って」といわれ、蛇口のほうへ行きかけると、「そっちじゃない」。消毒液の入った金だらいが先生の横においてある。わが子を見ながら洗っていると、もっと上のほうまでと先生が一緒に私の腕を洗う。看護婦さんが自分で洗いなさいと注意する。みんな急いでいるみたいだ。
ハサミをわたされる。「さあ、ここを切って」と、先生がつまんで平らにしてくれているところを、まる子の顔を見て、さあ切りますよと目で合図して、ギシギシとふたおしで切り離す。 「カメラを持ってきてないのか」と、先生がいうので、あわてて持ってますと廊下に取りに出る。もっと撮りたかったけど、うまく撮りたかったけど、ピントを合わせるのが精一杯だった。まる子よくがんばってとてもえらかった。
後産のためいったん廊下に出る。まる子の母に元気な子だと報せる。分娩室の中があわただしくなる。先生の大きな声が響いている。看護婦さんがどたばたと走っている様子。私は別に不安な気持ちは起こらない。初めてのことだから出産とはこんなものかなと。とにかく元気な子が生まれたと。
30分経っても呼んでくれない。ちょっとおかしいな。
実家に電話を入れる。姉がでる。姪が「おとこのこ」と電話のうしろでしゃべっている。
45分ほどして「どうぞ」といわれる。まる子の母がまる子に「おめでと」といっている。時間がかかっていたのは、まる子の出血が多かったため。中では緊張した場面もあったみたいだ。上手に処置をしてくださった先生たち、どうもありがとう。
まる子は点滴を2,3本打ち続けるため分娩台に寝たまま。しばらく横にいる。看護婦さんが来て何かするみたいで、ちょっと出て行ってくれというので、分娩室を出る。友人N、M、Kに電話する。M、Kは不在。Nは「女の子やろ」。仕事帰りに寄るとのこと。病室に戻り、ベッドに腰掛、辞書など見て名前を考え出すも、また、うとうとしてしまう。小一時間ほどして目がさめ、ふんわりとした気分でぼんやりしている。と、室はどこかと訊いている声がする。トントンとノック。「おめでとう」と、義姉、姪、母が入ってくる。わたしひとり寝そべっているので、あらま。まだ分娩室にいるからと、そっちへ行く。おめでとうの言葉、なんやかやのことばのやりとり。まる子、昨晩は一睡もせず飲まず食わずなのに割としっかりしている。わたしにはとうていできない。分娩室から新生児室をのぞき込んで、うちの子を探すがよく分からない。看護婦さんに頼んでつれてきてもらう。近くにつれてきてくれたら、やっぱりこれがうちの子だ。大きな手、長い指、大きな足。
母たちが帰って1時間ほどして、まる子が病室に戻ってくる。実に12時間余り堅い分娩台にへばりつきっぱなし。お尻が痛くて仕方ないけれど平らに寝とくようにとのこと。夕食がくる。ちょっとさめているが、とてもおいしそう。20時間ほど飲まず喰わずのまる子はご飯を見て元気凛々。看護婦さんに、全部食べないようにといわれ、「えぇ、そんなあ」と思わず口からもれてしまいそう。実はわたしも朝にまる子のをちょっとつまんだだけで、腹がペコペコやせる思い中。まる子は横になったまま、私が食べさせる。時々私の口へも運びながら。味付けは大変良かった、と二人の意見が合う。二人でほんとにきれいに平らげる。 Nが6時半ごろ来る。寿司の盛り合わせを持ってきてくれる。ありがたや。
まる子分娩台で点滴を受けているとき涙ぐんでいたら、助産婦さんがどうしたのきくので、喜びの涙だといったのを、心配で涙ぐんでいるものと思い、赤ちゃんを枕元に連れてきてくれて、触らせてくれたとのこと。
面会時間の8時までいて帰る
友引
11時ごろ行く。私が行ってすぐ赤ちゃんが室に来る。3時間ごとに粉ミルクをやる。そのころになったらちゃんと泣き出す。平均よりもたくさん飲むから飲ませすぎないように。胃拡張になったら困るということで。1時ごろ、初めて親が子にミルクを飲ます。40ccペロンとたいらげる。オムツも替える。緑色のウンコ。
昼1時頃、まる子の母と産院に行く。赤ん坊もうすでに来ている。8時過ぎに室につれてきたらしい。もっと早くくればよかった。まる子11時頃電話してきたけれどそんなこと一言も言わなかった。
まる子の母がスーパーで買った1リットル瓶ジュースの栓を、一階の自動販売機の栓抜きで開けようとしたら、瓶が割れて、その辺りびちょびちょになる。日曜で誰も周りにいなかったので助かった。
3時頃、義母を送って帰り、カップヌードルを食べ、また出かける。途中、写真屋にフィルムを出す。インスタントカメラのフィルムを買う。インスタントはうまく撮れない。フラッシュがつくとびくっとなるので、なるべく使わない。
日曜だから来客があるかなと思っていたら、なかった。ないほうが母子共にいいだろう。インスタント写真を持って帰る。
7時前に会社を出て急いで帰る。写真屋へ写真を取りにより、まる子のところへ急ぐ。写真の出来はまずまず。Mおばちゃんと義母が来た。ちょうど赤ん坊が眠っているときばかりで、おばちゃんが『おきいな』と言うが起きない。そこへ姉が来て顔だけ出して帰る。赤ん坊起きずじまいでおばちゃんたち帰った後、姉、兄、S叔母がくる。兄、大きな子やなと驚いたよう。ミルク調子よく飲む。
C叔母、中村屋の洋菓子を持ってきてくれる。駅から尋ねまわしながら来る。自分も初孫がもうすぐできるらしいので、いろいろと聞いて帰ったらしい。N夫人と下の子が来る。うちの子いたって調子よい。まる子も良い。家に帰って飯を食って、実家にベビーバスをとりに行く。誕生の写真を持って。
明日退院。M銀行西支店へ退院費用15万円を出しに行く。いつものように産院へ行く。母子ともに元気。ミルクを飲んでいるところ。ほんと健やか。明日から24時間まる子の世話で育つ。母乳も段々出だしてるみたいだし、よしよし。
友引
きょうは退院。朝から雨。久しぶりの恵みの雨。生まれた次の日も恵みの雨だった。1時に会社を出、駅から自転車でずぶずぶ濡れながら大急ぎで帰る。まる子からまだかと3度電話があったらしい。看護婦さんへのお礼を途中で買う。イズミヤ休み、コトブキまで行く。2時20分着く。父母が来ている。赤飯をたんと作って持ってきてくれた。うちに2箱、看護婦さんに2箱。寄って帰るかというも、仲人宅に行くのでと、産院で別々に帰る。3時過ぎ家に着く。それまでどしゃ降りだった雨も止んで、傘もいらずに我が子は車から家の中へ。すやすや。ベッドへ入る。すやすや。ちょっと肌寒い感じ。落ち着くと空腹が私とまる子にやってくる。赤飯をぱくつく。
名前はまだない。あわてず、あせらず、じっくりと。
まる子に熱が出る。でも、しんどくないと言う。乳腺が張ってるためかも。産院を出る前にも37度以上あったらしい。まる子安静に、とはいっても、3時間おきにミルクを欲しがるから、夜中も頑張らなくっちゃ。私も夜中目がさめ、ミルクやり手伝う。 見れば見るほど、しっかりした顔してる。
ほめる言葉を忘れずに。「ありがとう」「ご苦労さん」「よくやったね」「じょうずね」タイミングを逃がさない。後では何のことか分からない。すぐその場でそのときに何に対してほめたかをはっきり分からせる。悪いと知ってすることは別として、過失でやってしまったことに対して、即座に「ごめんなさい」の言葉。これらは日々親が自然に口にできるよう心しなければならない。
叱るにしても、思わず興奮して怒鳴りつけるようではだめ。感情的な態度に対して幼児は恐がるだけ。常に幼児の心理的な反応を読み取る。ほめるのは簡単みたい。しかるのが難しい。本人は何もちっとも悪いと思ってないことばかりなのだろうが、よくないことをたくさんするに決まっているから、その時どうするかだ。笑ってほっとけば悪いことを悪いと分からない。
会社を出るの8時半を回る。走って帰る。まだ名前のない坊主にただいまのあいさつ。
まる子まだ熱あり。
帰宅9時まわる。まあ産院じゃないく、自宅だから何時に帰ってもわが子に逢えるから心は安らぐ。ぼちぼち御祝いの品が届いたりする。これはとても嬉しい。包装を開けるのもわくわくする。
今日は一日我が子と一緒に居られる初めての日だ。オムツを替えたり、ミルクをやったり、そして、お風呂入れに立ち会う。手を差し入れては、皆に文句を言われながら、何やかやとかまいたくなる。大きなおなか、大きな足、太いもも、どこから見てもたくましい。
今日も帰宅9時まわる。名前を決めなければならないのに、困ったものだ。顔を見る。とてもいいものだ。
今日も9時まわる。名前は明日届けることにまる子と決めている。今晩は徹夜だ。12時から2時間ほど、うとうと。
友引
午前4時ごろ決定する。充と書いて、***と読む。朝、出生届けにまる子が記入。市役所へ届け出しに行く。允だ。允だ。我が子は允だ。
バラの苗木をもらって帰ってくる。
名前の届出も済み、まずはまずまず。私の体重が減り加減。允は丸々とミルクたっぷり肥満気味。
まる子の祖母、N叔父一家、来る。
まる子の会社の先輩、IさんMさん、来る。
友人K夫婦、来る。Kの声が大きい。
おしゃぶりをくわえさす。上手にちゅっちゅっとくわえている。ミルクが出ないけれど、元気よくすっている。口元が落ち着くのかな。知恵の早い子だ。
友引
健康保険の扶養、届出。
Y叔母、M叔母、来る。
まる子の友人IK、来る。 まる子の友人MよりTEL。Iと後日来訪。
写真、S商会でプリントはだめ。以後間違ってもここでプリントしないよう気をつけよう。
N、Oとマージャン。15000円入る。ひそかにポケットに允の写真を入れて打つ、だから勝てた。
まる子の後輩のNさん、Hさん、来る。まる子ちょっと頑張りすぎたのか、夜床について、急に寒いとガタガタ歯をならし震えだす。37.2℃。それに乳房も何かに打ち当てたような痛みがあるという。体の震えはなかなかおさまらない。どうしたんだ、いったい。腰をさすったりしてやっていたが、そのうち私はぐっすり眠ってしまう。夢で、まる子の熱は気にしなくてもよいようなのを見る。その通りであるよう願う。
友引
三井積立定期預金。允名義まずは1万。
まる子、産院に行く。乳腺炎だと判明。抗生物質をもらってくる。赤くなっているところを冷やすこと。四六時中、アイスノンか氷袋を乳房にあてている。薬飲むため、母乳を允に与えられず、搾乳機で吸い出しては捨てる。1階に200ccほど出ていたのに。
薬飲んで、体のだるさ熱ぽさはひいたよう。風呂の中で乳首をもむとよいと友人Iから言われ実行したのが、乳腺にばい菌が入る原因になったと思われる。早く全快しますように。
1ヶ月検診。允はすべて○。体重5100g。たいしたもんだ。
允よく眠るようになる。ミルクも5,6時間間隔。ほんとうにおりこうさんだ。
友引
お宮参り。快晴。10時半過ぎ、父、母、来る。允を見て、お茶を飲んで、ひといきついて、母に允は抱かれて、茨木神社へ。
お宮参りは一月め、で、つつがなくすみました。 允は家を出て帰るまで、一度も泣かなかったし、オムツもぬらしていなかった。約1時間の外出で。
茨木神社へは、わたし、まる子、母が允を連れて行く。ご祈祷が終わって靴を履いていたら父が来ていた。用事を済ませてきてくれたのだろう。私の父も5人目の孫だが、年がいって出来た孫ほどだんだん可愛くなるのではないだろうか。神社から家に帰る途中、Oさんちにお祝いのお礼による。允を見て、大きな子やなと驚いていた。お宮参りに来ていた子たちの中でも、允が一番だったみたいだ。体の大きさが自慢の允だ。
母を送って実家へ行く。允の写真を見て、兄が、兄の次女の小さいときにそっくりだという。兄の子供姉妹、允を見たい見たいと言うから、家に連れてくる。妹は允の横にちょんと座って、允にお布団をかけたり、おしゃぶりが落ちればあわててくわえさせたり、ずっと允を見ている。
夜、お祝いや、ひもせんの整理。允はお金持ちだ。戴いた品物を並べて写真に撮る。箱を開いて中身の評が、まる子、義母、私で繰り広げられる。金賞 トレーナ地のつなぎ。銀賞 横しまの服。銅賞 くまのセーター。義母賞 ラブリーセット。まる子賞 靴と靴下。