我が子が産まれてから
あたしは産まれる前日にNICUのある病院で看護婦を
している友人に電話をしていた。
「産まれるかも・・・。NICU空いてるかなぁ?」
何で電話したのか いまだに 不明。
しかし 産んでシマッタ。
34週5日。もう少しで 後1週間と2日あれば
36週、いわゆる10ヶ月だった。
泣かなかった。しばらくして泣いた。しかし
「いい!!すぐ見てね! はい!」我が子見たのは
0.05秒。しかも 眼鏡をしてなかった。
さるにしか 見えなかった。
とうちゃんと同じ市内のNICUがある病院に行ってしまった。
正直な話 どうでもよかった。NICUが市内にあった。
空いていたんだ。友人のいる病院だ。
24時間点滴していた 生活とおさらば出来る。
嬉しかった。しかし呼吸が止まっていたらしい。
知らなかった。
NICUに行かれてしまって 離れ離れになった。
産んでから 5時間後とうちゃんがやってきた。
ポラロイド写真だ。病院がくれたそうだ。
やはり さるだった。毎日新生児室で 赤ん坊を見るのが
唯一の楽しみだった。入院中色んな赤ちゃんを見てきた。
しかし 我が子は まったく違う。黒い 心電図の配線つき
オムツがでかすぎる。でも 爪をみるとあたしに似てる
そこから 母性が騒ぎ出した。うずうずしてる。
落ち着かない。みんなの世話をしてしまう。
看護婦におっぱいを出したいとせがむ。
しかし すぐに乳は出ないのだ。 2〜3日後からだった。
皆はあかちゃんに あたしは母乳パックというビニールに
お乳をあげていた。いや・・入れていた。
そしてソレを冷凍庫で凍らせるんだ。そして そのお乳を
母にNICUの病院まで 毎日運んでもらった。
産んでから7日目。退院だ。我が子との面会だ。
とうちゃんと車で行った。とうちゃんは無言だった。
NICUのとこに行き 気が付く。
装備がすごいのだ。我が子はすでにGCUにいるとのこと。
しかし 入口から 赤外線?の青い光の中にある靴に
履き替える。インターホンで予約した○○です。と話さないと
入れない。手荷物も 入口で置いてかないといけない。
鉄の扉を開くとまだ扉がある。その間には
また赤外線で消毒してる割ぽう着、手の消毒、そして
頭には 帽子だ。まるで ICUにでも居るかのようだ。
そして 次の扉を開くと また消毒液で腕まで洗うのだ。
そして 気が付く。
ピッピッピッピ。ピコーん。ピコーん。
この心電図等の音は 今も脳裏に焼きついている。
我が子は 保育器の中で 裸だった。
写真の通り 配線があり 鼻から管も付いていた。
そこから お乳を飲ませてるとのこと。
2060gで産まれ その後いったん体重は減る。
1900gぐらいだった。
今までの 新生児室の赤ちゃんと あまりにも違う。
抱っこをさせてくれた。思わず
「・・・・遅れて ゴメンね。 母ちゃんだよ。」
そのときだ 我が子が 目を開けたのだ。
思いっきり あたしの子供だ。とうちゃんも目を開けたのは
初めて見たと 感激していた。
そして 産後まもなく毎日 ここに通うこととなる。