FM東海の歴史

1970年当時、矢野さん、内木さんの対談からの抜粋です。

東海大学 矢野 創(やの はじめ)元技術部長
望星高校 内木 文英(ないき ふみえ)編成部長



昭和30年頃  免許申請を検討
         富士山頂から電波を出し教育放送を実現しよう松前総長推進
         東日本がカバーできる。研究班が富士山登頂する。
昭和32年1月 富士山FM局申請
昭和32年6月 実用化試験局申請
昭和33年3月 東京実験局開設申請
         東京都を中心としてFM多重化放送を送る実験をするため
昭和33年12月31日 
         代々木校舎 2号館 4あるいは5階から日が暮れるか暮れない頃
         ベートーベン第9を放送
         86.5MHz, 1kW, JS2AO
昭和34年6月1日 望星開始生徒50名スクーリング出席者30名教師20数名
昭和35年5月2日 実用化試験局 開局式
           84.1MHz, 1kW, JS2H

■望星高校開校
 文部省は開校を結構だと言う(直接の関わりがないから)
 東京都は駄目と言う。受信機の値段が3万円もするからと云うのが理由だったそうだが、
 本当はFMの事を知らなかったのじゃないかと云う話もあった。

■FM東海の3つの目標
 1.放送による教育
 2.文化的に優れた音楽を送る
 3.FM放送の技術開発
  主に Multicast 方式の研究
  FM-FM方式 最初に実験したが現在はNHKのTVで実施
  FM-AM方式 現在のFM方式

■電界強度測定
 非常に苦労した。ある日、あまりにも疲れて車が田んぼに落ちたことがある。
 不幸中の幸い、乗っていた人は大丈夫だった。

■放送内容
 昭和34年1月 5:30PMから2時間の放送 前半がポピュラー、後半がクラシック


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