♪愛花梨誕生♪

2002.4.8 (月曜日)
15:00 愛花梨ママより陣痛が来たみたい。30分に一回陣痛らしきものがあると携帯に電話が入る。
昨日ほんとのおしるしがありそろそろと考えていたがびっくりした。
ただ仕事中であり16;00から会議があった為なんとか帰宅するまで待ってくれと願いつつ電話を切る
16:00 こちらから電話すると苦しそうな声で20分間隔になったから早く帰ってきてとカミさんの訴え。
どうしても抜けられない会議だったのであと少し待ってくれと祈る。
17:30 退社
18:00 おにぎりで簡単に晩御飯をとりその時を待ちました
19:00 陣痛が10〜15分間隔となり病院へ電話する。今から来て下さいと指示を受け家を出る
19:40 病院に到着
子宮口は3cmのままで先週の健康診断時と変化なく、助産婦さんから15分間隔の陣痛なので様子をみて
入院するか決めますと言われる。
カミさんんとまたなんちゃって陣痛かと顔を見合わせる。
20:30 カミさんの痛みが強くなりDrの診察を受けるとすでに破水していると言われた。
カミさんはお風呂に入ったときかも・・・・
子宮口は開かないが陣痛の間隔が10分間隔になってきた。
カミさんの「痛いよ〜〜」の声がLDRに響く
21:00 お隣さんが出産を終え赤ちゃんの声が聞こえる
カミさんが体熱感を訴え検温すると37.8℃、血液検査をしてなにかに感染していると言われる。
抗生物質を点滴される。
23:00 テレビを見る余裕もなくなり側臥位のまま腰をさすってほしいと言う。
腰をさすっているとも苦しい表情になりゴミ箱へ晩御飯の消化されていないおにぎりと水を戻し
その後水分をとらなくなる。
2002.4.9
0:00 日付が変わり縁起の悪い数字の日付になったなと話す
熱は38.5℃となる
23:00以来ずっと腰をさすり(こすり)続けている
1:00 テレビを消しラジオをつけてみる。
ガクトのオールナイトニッポンを聞きながら腰をさすりつづける。
子宮口は8cm開く
40分くらいに一回診察を受けるようになり旦那さんは外でお待ちくださいと言われ
10分程度であるが横になれた
3:00 診察で外で待ってるときにおとなりの旦那さんに奥さん大変そうですねと言われる
でも初産はこんなもんですよとも言われちょっと安心するがさすりすぎて手の感覚が低下し
指先を見ると指紋がなくなっていた。
4:00 再び診察で外に出され今回は長い。自分もあまりの眠さに待合室で20分ほど寝入ってしまったが
まだ先生、助産婦さんはLDR内にいて安心する。
4:30 旦那さんお部屋にどうぞと言われ入室するとカミさんが分娩台にのっている。
ビデオカメラをONにしカミさんの右側につく。
いきみが始まり自分は右下肢を引くのを手伝い体幹を屈曲方向へ押す。
カミさんの呼吸に合わせて自分の呼吸も止まる。
2回目のいきみで愛花梨の頭が確認できる。助産婦さんが愛花梨の頭をつまんで引っ張ってるように見え
大丈夫だろうかと心配になったが5回目のいきみのあとするっと愛花梨が産まれた。(5;03)
その後吸引を続けるが力強い産声が聞かれず、7分後の5:10に産声が聞かれカミさんは号泣していたが
自分はホッとして終始笑顔だった(と思う)。
ただ助産婦さんが聴診していると肺に雑音が聞かれますとDrに報告し記念写真をとって保育器へ
カミさんは愛花梨に触れたが自分は結局まだ触っていません。
5:20 再び待合室で待つように言われ待っているとお隣の御主人と一緒になり大変でしたねと言われた。
おとなりは3人目で病院に来て2時間で生まれたそうだ。
6:00 Dr より愛花梨の状態について説明を受ける。
カミさんの破水により羊水が濁っていてそれをかなり飲んでいるので抗生物質を点滴し、経口からの栄養は
しばらく行いませんと言われる。その羊水より感染して肺炎になるのが心配だが赤ちゃんはとても元気ですと
言われ安心する。
7:00 7時間立ちっぱなしでカミさんの腰をさすっていたので正直ふらふらだったのでシャワーを浴びる為一時帰宅
HPに愛花梨の写真を載せ実家に愛花梨の写真を持って行く。
8;20 病院に戻るとLDRより一般病棟へ戻っていた。
カミさんの病室です。10階建ての9階です。
全員個室であとクロゼットとお風呂、トイレがあります。
冷蔵庫、ケーブルテレビ完備です。
マジホテルみたい。
あとアメニティが充実していて
ねまき、ガウン、スリッパ、下着、ブラシ、インスタントカメラ、石鹸、シャンプー、リンス
ベビー用品
11;00 新生児室へ行くがガラスごしにしか会えなかった
12:00 昼食はバイキングであるが今日までは病室で食事
今日はオムライスとサラダ、デザート
13:00 今日からカミさんは一日2回点滴
16:30 愛花梨にはもう会えないとの事で帰宅する。
平成14年4月9日火曜日は我々夫婦にとって一生忘れられない一日となりました