【周期2目】
基礎体温=検温せず。生理が来てしまったことの報告と今後の相談のために病院へ。次回チャレンジは6月頃に可能との事。それまで 子宮を休める為に治療はお休みする事勧められたが、私としては、年齢も年齢なので、一周期たりとも無駄にはしたくない。確立的には殆どゼロに近いだろうけど、クロミッドを使ったタイミングをする事にしてもらった。これだと卵巣に負担も無いらしいです。
【本日の会計】 クロミッド 5日分 ¥510 交通費 ¥1,320也
2002年03月20 日
【周期25目 ET後11日目】
基礎体温=35.5。 また検温ミスかと思ったけど、昼過ぎとぅとぅお客様がやってきた。あー今回も玉砕也。
2002年03月19日
【周期23日目 ET後8日目】
基礎体温=36.40。一応高温キープ。
体調=何か、こう生理が来そうな感じがするんだけど・・・。
2002年03月17日
【周期22日目 ET後7日目】
基礎体温=36.70。ET後一週間目の検診。内診と超音波とで卵巣の腫れの有無のほか、異常がないかを診てもらいました。異常はなし。
体調に特に変化なし。 【本日の会計】
漢方薬(当期芍薬)を出してもらったので 薬代のみ ¥110也 交通費 ¥1,320也
2002年03月16日
【周期21日目 ET後6日目】
基礎体温=36.40。私にしてはまずまずの高温。今朝も横断歩道を猛ダッシュしてしまいました。
体調に特に変化なし。
2002年03月15日
【周期20日目 ET後5日目】
基礎体温が35.5!!何?これ!!!ホワイトディだったので、日本酒をお猪口2杯程頂いてしまいました。
体調=なんとなく生理が始まる前の様な・・・・お腹が痛いわけではないけど痛い様な・・・。
2002年03月14日
【周期19日目 ET後4日目】
久しぶりに基礎体温を計ってみた。36.6で一応高温。今朝横断歩道を猛ダッシュしてしまいました。
体調に特に変化なし。
2002年03月13日
ET後はお姫様生活をするつもりでした。あすの月曜日も休暇をとりました。前回は実家の母にも来てもらって、食事の支度、洗濯、掃除をやってもらいました、が、それはそれで、なにもしていない時間お腹の中の卵の事をついつい考えてしまったてりするので、今回は重い物を持たない以外は普通に生活する事にしました。母にも来てもらはなかったです。食事の用意、買い物、お天気が良かったので布団も干しました。掃除もしたし。いつもの休日と同じです。ただ明日が休暇なので、その分随分気持ちをゆったりとすごせました。身体も、前回の後は、お腹が張ってる様な気がしたり、トイレにも(特に大きい方は <苦笑>)怖くて行けず、おかげで便秘になりましたが今回はいたって普通です。ただ、昨日の施術中痛みを我慢して身体全身に力が入っていたからだと思うのですが、全身筋肉痛です。ハハハ。
2002年03月10日
いよいよ、ET当日。お昼12時に来院する様に言われてたんだけど、ぐずぐずしてたら家を出るのが遅くなってしまって、危うく遅刻するところでした。受付を済まして、個室に案内されます。そこで用意されているパジャマに着替え呼ばれるのを待ちます。今回ETするのは、凍結保存してあった、グレード2の胚を融解した物です。まれに融解がうまくいかず、ETできない事があるらしいのですが、まさに私がそれにあたってしまったのです。技師さんの説明では、凍結時4分割してた物が融解時2分割分が死んでしまったとの事、残りの2分割は生きてますがこのままETするかどうかは先生に判断してもらいます。との事でした。もしもと言う不安はありましたが、まさか現実になるとは。けれど、不思議とそんなに落ち込む事はなく、持参していたお守りをギュット握り、きっと大丈夫と自分に言い聞かせてました。
しばらくして、施術室に呼ばれ、胚の映像を見ながらドクターの説明を受けました。技師さんの説明どおり4つの細胞の内2つは死んでいました。でも私には生きてる2つの細胞には限りない生命力を感じる事ができました。輝いてました。ドクターはの判断は=”残った細胞は非常にきれいで、生き生きしてます。大丈夫、戻しましょう。この二つには生命力がある”
前回、初めてのETは殆ど痛みを感じることなく、あっと言う間に終わったので、今回も楽勝だと思いながらベッドにあがりましたが、なんのなんの、今回の痛いったら。子宮口がなかなか出てこないらしく、機械で思いっきり無理やり入口を開けられていたのだと思いますが、お腹が痛いとかでは無く、とにかく中の方が裂けそうな痛みでした。時間も倍程かかった様に思います。 無事移植が終わり、機械を取り除かれた後は、さっきの痛みは全く消えました。あー痛かった。 ET後は部屋に戻り、着床を促す注射を打ってもらって、うつ伏せの状態で3時間程休んでから帰ります。
どうなる事かと思ったけど、無事ETを済ませて帰ることができました。 *越木岩*の神様ありがとうございました。
*越木岩神社 我が家の近く(兵庫県/西宮)にある神社 秀吉もここを参って子宝に恵まれたとか。 私は今日、ここで頂いたお守りを持っていきました。
【本日の会計】
¥200,000也。
交通費 ¥1,320也
2002年03月09日
HCG注射(周期12日目)。本日はHCGの注射。注射は今日で終了。あとは土曜日まで体調を整えてETを待つばかり。婦長さんが注射をしてくれる時『どうかうまく行きます様に』とお祈りして下さった。私は今まで、人に励しの言葉を掛けるのが苦手だった、かえって迷惑がられたりするかも知れないと思ってたから。でも、今周期はいろんな人に励まして貰えてる。それがとてもうれしくて、すごく元気になれて、前向きになれる。 これからは相手がどぅ思おうといっぱいいっぱい励ましてあげようと思う。迷惑がられるまで。
【本日の会計】
会計は無し(凍結胚の移植費用に込み、たしか¥200,000かかるはず)。
交通費 ¥400也
2002年03月06日
HMG注射7日目(周期11日目)。本日も注射。と超音波による内診。今日新たな卵胞が確認できた。しかしながら、今周期のこの卵胞は生かされる事なく、自然消滅するらしい。せっかくの卵ちゃん達なのに。もったいない。ETは土曜日の昼から行われる事に決定。明日から注射はHCGに変わる。頸管粘液も結構多い。身体の受胎準備が整ってるって感じがする。いい感じかも。 会計待合で技師さんに会った。 いよいよですね、がんばってくださいね。と言ってくれた。この技師さん、ノリピーに似てて、私ファンなのです。
【本日の会計】
HMGの注射+超音波内診料で ¥2,800也。 交通費 ¥400也
2002年03月05日
HMG注射6日目(周期10日目)。引き続き注射。と超音波による内診。今日現在、左の卵胞 9ミリ&11ミリ 右は15ミリが1ヶ確認された。子宮内膜は11ミリ。 卵胞の成長が近頃にしてはなかなか良い。明日再度内診を受ける事に。
【本日の会計】
HMGの注射+超音波内診料で ¥3,220也。 交通費 ¥400也
2002年03月04日
HMG注射5日目(周期9日目)。今日は休診日なので、AM9:30〜10:00の間に病院へ行かなくてはいけなかったのに、寝坊してしまった。半分わざと。けさ、めんどくさい気持ちがピークになって、どうしても布団から出る事ができなかった。 15分遅刻して詰め所へ入ったら、ドクターも仕事されていた。 先生ってお休みなしで働いてるだなぁと思うと、自分のことなのにめんどくさいとか思ってた自分を反省。 授乳室で顕微で双子ちゃんを出産された方から"私も随分治療通ったよ。大丈夫絶対に授かるから"と励ましの言葉をもらった。どうか、私もあやかれます様にと、双子ちゃんの頭をナデナデさせてもらって帰ってきたのでした。
【本日の会計】
昨日支払い済みの為 無し。 交通費 ¥1,320也
2002年03月03日
HMG注射4日目(周期8日目)。土曜日で会社は休日。休みの日は昼前まで寝ていたいけど。自宅からの片道は約50分。めんどくさいなぁ。
【本日の会計】
HMGの注射 明日日曜日の分とで¥1,840也。 交通費 ¥1,320也
2002年03月02日
HMG注射3日目。婦長さんが射ってくれた。全身の力を抜いて、息を吐きながら受けてみたけど、やっぱし痛い。
【本日の会計】
HMGの注射 ¥930也。 交通費 ¥400也
2002年03月01日
注射2日目。本日は休診日の為、詰め所でのお注射。仕事をダッシュで抜けて片道約10分かけて 注射1分程 そして復路また10分。 ゼイゼイ。 本日は会計は無し(昨日まとめて支払済み)
2002年02月28日
今周期のETに向け治療が始まった。 まず本日から5日間HMGの注射をする事に。 しかしこの注射は痛い。毎回思わず声をあげてしまう。
【本日の会計】
HMGの注射と漢方薬(当期芍薬散2週間分)で ¥2,090
2002年02月27日
きのう、とぅとぅ月のお客様が本格的にやってきました。 ぐすん。
2002年02月24日
来周期、凍結胚のETを予定している。前周期、今周期は治療はお休みでした。今周期のホルモン検査の結果は良好だったし、排卵日だったであろう日にちゃんと仲良くしたし、誕生日月は妊娠しやすいなんて話も聞くので、自然妊娠をLittle期待していたんだけど、今朝の体温はガクンと落ち込んでおりました。あーあっ。 それはそぅと、確定申告(医療費還付金請求)の為に昨年一年間の医療費と交通費をざっと計算してみたら、なっなっなんと 約55万円も使ってました。 顕微授精をしたから仕方ないんだけど。あーそれにしても共稼ぎだと言うのに貯金増えない訳よね。
2002年02月22日
気がつけば、私の不妊治療暦ももぅ5年になります。適当にお休みしながらの治療でしたが、昨年末にはとぅとぅ顕微授精に臨む段階にまで来てしまってました。 私自身は人が言うほどや、人から心配される程、ストレスを感じてとか、疲れてたとかって言うことは無いと思ってたんですが(思い込んでました)、今振り返って見ると、治療と言うことにかなり呪縛されてた自分がいた事に気づきました。 まもなく 2回目の顕微授精(今度は凍結胚の移植のみ)に臨もうとしていますが、いま不思議と心穏やかです。毎回沸いてくる、【今度こそ】と言うガッツな力みもありません。 あきらめの境地とでも言うのでしょうか。ははははは。
2002年02月21日
ここでは、私の約5年間の不妊治療記を記して行きたいと思います。現在も治療中。私と同じくコウノトリのプレゼントを心待ちにされている方々のお役にたてればと思います。
2002年02月20日
2回目の顕微授精−転医編
2回目の顕微授精−プログラム編
私のホームページへ
|
SweetHome-Ivoryのページへ
|
メイン
|
今すぐ登録