妊娠悪阻との闘い



2003年1月6日

【16W6d】

W病院で検診。

ケトンが消えてた。 やっと【妊娠悪阻】から復活だ。

子宮口の開きも今のところ問題ないようだし、胎児も確実に成長してる。
来週からの会社復帰の許可も出た。 明日から歩行のリハビリ開始だ。
やっと普通の妊婦になれる。
転院については切り出せなかった。



2003年1月5日

【16W5d】

昨日、美容院まで歩いただけなのに、今日は筋肉痛がすごい。
会社復活が決まったら、まず歩行のリハビリをしなければなぁ。



2003年1月4日

【16W4d】

今までお世話になったW病院だが、遠い事もあって、分娩は近くのY クリニックでお願いしようと前々から決めていた。
先日少し体調が良かった時にYクリニックに分娩の予約をいれたけど、人気クリニックだけあって6月の分娩はもう締め切られてしまってた。あー残念。 で友達からの口コミもあって、K病院を受診することにした。
BOSSも明日までお正月休みだし、私も今日はまた少し体調が良いので、善は急げとK病院デビューした。
車で20分程で私の感覚では遠いと言えば遠いけど、キリスト教系の病院だけあって、ドクターもナースも穏やかな感じがしたので、ここに決めることにした。
紹介状はもってなかったので、今までの経過を口頭で説明する。
高齢と言う事で羊水検査を薦められた。もともと私としては受けとき たかった、検査可能な週数もリミットにきてた。BOSSに相談したら、受けた方がいいだろうと言うことで再来週の検査予約を入れた。

病院から戻って、美容院へ行く事にした。
入院前からカットに行きたかったのが今になってしまって、もぅボサボサ。
美容院は自宅からわずか300m程の距離なんだけど、そこまで行くのに一揆には歩けず、下り坂にもかかわらず、10分程もかかってしまった。帰りは登りで自信がなかったので、BOSSにお迎えをお願いした。
担当の美容師さんは私が激やせで頬がこけてしまってるのを見てビックリしてた。
入浴やシャンプーは衰弱した身体にはこたえる。
できるだけ入浴時の負担を軽くする為にセミロングからショートに思い切ってカットしてもらった。
あーさっばりした。



2003年1月3日

【16W3d】

朝目覚めて、何だか、急に悪阻の状態がましになった様な気がした。
ほんとに急に。
まるで、北京原人みたいではあるけど、寝室からトイレまで立ち歩行が出来た。 頭のフラフラ感も少しまし。
経産婦のナースが16週には大概の人はツワリがましになるって言ってたけど、今度は本当みたい。
おせちがまた少し口に出来た。 吐かなかった。



2003年1月2日

【16W2d】

BOSSは自分の実家へ年始にでかけた。私は寝たきりでお留守番。

BOSSがでかけるのと入れ替わりで、義母よりTEL有り。

この時初めて、妊娠の報告と今悪阻でひどい状態と告げる。

電話の向こうでは私の妊娠の報告を受け、大騒ぎになっているのが手にとってわかった。

しゃべるのも結構辛いのに、義姉には約30分も話を続けられて、参った。

気をつけてねぇって言葉はうれしいけど、さっさと電話きってくれっ!!って感じ。

夜、おせち料理が少しだけ食べれた。 吐かなかった。うれしい。



2003年1月1日

【16W1d】

2003年が始まった。私は相変わらずの状態。

昨日から16週目に入り、所謂安定期を迎えた。胎児の方はひとまず安堵。

毎年、お正月のしつらえには結構力いれるんだけど、今年は何もなし。おせちもBOSSがスーパーで適当に購入して物。

是非とも、越木岩神社へ初詣に行きたかったのだけど、起き上がれない。BOSSが私の分もとお参りしてきてくれた。



2002年12月25日

【15W1d】

今日はクリスマス。

 クリスマスの頃には元気になって、ディナー食べれるかなぁなんて話していたのに、悪阻の状態は相変わらず。

体重は妊娠前よりなんと−7Kgにまでも。 流石に心配。

もぅ立って歩行出来なくなってた。家の中の移動は四つんばいの移動。しかも、のそのそと。

お水をカブカブ飲んでみたい

。 辛い、ほんとに辛い。 これが悪阻ではなく、もし、不治の病とかだったら、もぅ死んでもいいなぁってBOSSに言ってみた。

BOSSは無言だった。



2002年11月11日

【13W1d】

先週12週を迎えたけど、悪阻の状態は良くなるどころか、ますます悪い。

ありとあらゆる臭いが鼻につく。BOSSの体臭(普段けっして臭い訳ではありません)、自分自身の頭髪の臭い、洗面所の臭い、台所の臭い、よそから入ってくる調理の臭い、冷蔵庫の臭い、シャンプーや歯磨き粉の臭い、自分の息の臭い。

生きて呼吸している限り色んな臭いが入ってくる。もぅそれが耐えられなくて、ゲロゲロ吐く。吐いて嘔吐物の臭いにまた吐く。

口をゆすぐ為に水を口に入れると、その無機質な味があわずまた吐く。この頃の私は眠れている時以外は洗面台を抱えて過ごしていた。

そして、罰あたりにも、こんな苦しい思いをするのだったら、もぅ子供はいらない!!とさえ思っていた。



2002年11月27日

【11W1d】

今の私は点滴で命を繋いでいる。水分も点滴でとらなければ、脱水症状に陥ってしまう。 この頃は水分不足で尿もでなくなってきた。

全身の肌はカサカサ、こころなしか、お腹が膨らみ始めたので、鏡に映った姿はまさに栄養失調の民。

もともと低血圧であったが、ますますひどくなって、点滴の為の血管が出ない。ナースが3人がかりで刺針するけど、みんな5回づつトライしてギップアップ、刺せるところがないらしい。

やむ終えずドクターにさして貰うことになったけど、腕は既に青タンが出来ていていたいので、手の甲に刺された。ここ痛いのよねえ。

しかも、針は先の方がわずかに入ってるだけなので、絶対に動くなと言われて、約一時間半、微動だできず肩がこった。

妊娠12週目には悪阻もましになるはずだとナースに励まされて、あーあと一週間の辛抱かぁと病院を出る。



2002年11月22日

【10W2d】

病院の待合で順番を待つのがつらい。

 今や座ってるだけでもしんどい。周りの妊婦は幸せそうで、元気そぅで羨ましい。

とぅとぅケトンは+3にまで。もぅ水さえも受付なくなってきていた。寝ても覚めても、右を向いても、左を向いても、気持ち悪い。

吐くものが無いのに、吐くから、そのウメキ声はエクソシストの様にすさまじい。血も吐くし、時々は吐いてる途中に鼻の粘膜が傷ついて鼻血がでたりもする。

体力がどんどんなくなっていくので、今まで気持ちよく包まっていた布団も重くなってきた。

再度入院を進められる。かたくなに拒否。

また体重が1Kg減。

このまま【悪阻】が悪化すると、母体が持たなくなって、中絶という事になりかねないと言われる。



2002年11月18日

【9W1d】

約一週間ぶりの点滴。

本当は毎日通わなくてはいけないのだが、今や、体力的に無理。

BOSSも仕事があるので、送ってもらうわけにも行かない。

今日の尿検査でケトンは+2と悪阻の症状が進んでしまってる。

この頃の胎児は自ら栄養補給できるので、食べれなくても心配はないが、ケトンが+2と言うことは母体の方が栄養失調状態で心配だそうだ。妊娠週の修正がされた。今日で9W6d。

口に出来る物もだんだんなくなってきた。

サツマイモ、ジャガイモ、時々カップヌードルが食べたくなる、妊娠前は大嫌いだった所謂ジャンクフードが食べたくなる。でも食べると結局吐く。

流産防止の薬を一日三回服用しているので、それを吐いてしまっては効き目がなくなってしまうからと、喉まで込みあがってきた、嘔吐物を飲み込み飲み込み、薬が消化されるのをひたすら待つ。なんと辛いことか。

近頃は窓を開けて入ってくる風や、日中差し込む暖かな太陽の光にさえ吐き気がするので、寝室は窓もカーテンも閉じたまま、布団に潜り込んで過ごす。寝室からトイレまでも歩む力がなくなってきて、壁に寄りかかりながらでないと歩けない。

とにかく、何かを口にすると胃のの底の底まで吐いてしまうので、怖くて食べれない。



2002年11月02日

【8W1d】

退院一週間目の検診

西宮から大阪市内の病院まで、車と言えどもしんどい。

振動で吐き気が増す。

来週には会社へ復帰するつもりでいたけど、尿検査でケトン体+1が出てたみたいで、【妊娠悪阻】の診断が下る。

 また入院という事になりそぅだったけど、かたくなに拒み、通院で点滴と言うことにしてもらった。もぅ、入院はごめん。

この時点で体重は妊娠前の−3Kg。理想としていた体重だ。

まだ、お腹は出てないけど、胸はかなり張ってきてて、ウエストはきゅっとくびれて、手足も一回り細くなり、ナイスバディである。

顔も小顔になった。ヌードを写真に残しておくべきだったなぁ。









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