はるきが生まれた日 いよいよ本番
2001年11月10日のできごと
2001年11月10日
産院に到着すると、なんとまず分娩室で!ベテランそうな助産婦さんに診察を受ける。
NSTでは、陣痛は2〜3分おきだったり、5分くらいあいたり。けっこう痛くなってきた。
痛みが来ると、お腹がきゅ〜っとしまって圧迫されるような・・・
まさに「子宮が収縮」だなあと思っていた。(妊娠中はあんまりお腹が張ったりしなかった)
内診。子宮口は2cm開大。2日前とかわっていない。
病院のパジャマに着替え、T字帯をつけられ(これすごくしっくりこなかった・・・)、点滴だか注射だかわからないけどいろいろ腕に刺された。
「うまくいけば明け方くらいに生まれそうね」と助産婦さん。けっこうはやいなあ。
うまくいってくれ、と思いつつ、ダンナ間に合うかなあと心配にもなる。
私があれこれ考えている間にも、助産婦さんはチャッチャカ仕事を進めていく。
浣腸。恥ずかしいけど、しなきゃいけないですかとは言えない。
「これでもっと陣痛が強くなってお産が進むから」
そうでしたか。・・・もっとってどれ位痛くなるのだ?ちょっと、コワイ。
「なるべく我慢してから出すようにして」と言われたので、分娩台の上でふう〜なんて一息ついていたら
「何やってんの!間に合わなくなるよ」
そして私はトイレへ走りました。トイレに入ってから我慢しろってコトだったのね・・・恥ずかしい〜。
さて、やっと陣痛室へ移動。6つのベッドのうち、2つは使用中だった。
お二方とも陣痛はあまり進んでいないようで、特に隣のベッドの人は、雑誌を読んだりメールを打ったり余裕。
うらやましいような気もするけど、でもそれだけ先が長いってことか。
真夜中なので、両親は陣痛室には入らずロビーで待っていてもらい、ひとりで陣痛の波に耐えていた。
どうしても痛いときには声を出したくなる。でも、周りの人に迷惑(うるさくて眠れない)かな〜とも思いなるべく静かにしようと努める。
でも痛い。うう。
そうしてなんとか陣痛をやり過ごしていると、ダンナが到着した。午前3時頃。
やっぱり、痛いときに手を握ってもらったりすると落ち着くし、安心する。昼間ならついててもらうところだけど、
話もできないし、私の両親と一緒にロビーで待つことに。ひとりの戦い、ふたたび。
眠いのに眠れない。あたりまえ。
それでも、眠気に負けてほんの少しうとうと・・・としたと思ったら、お腹がキュ〜ッと痛くなって、目がさめる。
痛み+吐き気を感じるようになってきた。ヤバイ。
「うんちがしたいような感じになってきたら、分娩室へいらっしゃい」と助産婦さんに言われていたので、
4時頃(そろそろ明け方だし)、分娩室へ行ってみる。
ダンナ、両親に「ちょっと行ってくる〜」と言うと、3人やけにあたふたしていて、その様子が笑えた。
分娩室で見てもらったところ、子宮口はまだ4cm開大だって。
まだまだじゃん!と自分にツッコミを入れたくなった私・・・。
陣痛で気持ち悪くなるなんて聞いたことなかったけど、
助産婦さんに言うと「そういう人もいるわよ」と言ってビニール袋をくれた。冷静だなあ。
でも、陣痛室に戻る前にまた吐き気がしてきたので、洗面所に行って少し吐いた。
吐き気はなくなって良かったけど、うーん先は長いのか?苦しいぞ。
またまた、ひとりで耐える時間。
もう気を遣う余裕もなくなって、痛みが来たときはうなりまくっていた。
とにかく上を向いたり右を向いたり左を向いたりお尻を押さえたり四つん這いになったりして時間をやり過ごしていった。
「この痛みは今だけ!」と自分に言い聞かせて。
マクラが床に落ちようが、かまっちゃいられない。
そうやってうなっていると、様子を伺いに来た助産婦さんがちょっと驚いたような表情で
「もう分娩室移動したほうがいいわよ」と。
やっときたか!明け方も明け方、5時30分すぎだったかな。
ちょうどその時は痛くて歩くどころではなかった。が、助産婦さんはそんなに甘くない。
「痛くないときにササッと行っちゃおう」と言って先に行ってしまった。
私は陣痛が遠のいたスキにパタパタと分娩室へ向かった。
どうなるんじゃいと思いきや、すでに子宮口全開大だそうで(おっと〜、はやいじゃん。いつの間に)。
助産婦さんは殺気立って、私を着替えさせ、点滴を入れ、もう一人の若い助産婦さんに「お産になるから先生呼んで!」と叫んでいた。
院長先生到着。ちなみに、この院長先生は病院の4、5階を住居としているので、
24時間いつでも出産には立会い、そして一緒に写真に写ることで有名。
(超じいさんなことでもかなり有名。24年前、私の母が妹を産んだのもこの病院で、この先生だった)
しかし、こんな早朝にすいません。よろしくお願いします(とは、その時は考える間もなかったので今言います)。
その時の私は、すでにお腹が痛くて苦しくて、もうヘロヘロ。
助産婦さんは私を頑張らせようと思ったのか、「もうすぐ赤ちゃんに会えるわよ!」と言ったが、
ヘロヘロの私は「よし頑張ろう」と思うどころか「はあ〜もうすぐですか〜(ヘロヘロ)」などと答えていた。
まだいきんじゃダメ、と言われるかと思っていたのに、「はい、いきんで!」だって。はやっ。
お腹の痛みにあわせて「うーん」といきんだら、
「声出しちゃダメ!」「ここつかんで!」
と、分娩台の腰のわきについたハンドルを握って、あごを胸につけるような感じでいきんでと命令される。
もう、言いなり。言われた通り2回くらいいきむと
「うまいわよ!」(何がどううまいのか…)「赤ちゃんの頭見えてきてるよ!」
よし、ベビーもがんばれ!もうすぐだ!
そのあと2〜3回いきんで、助産婦さんがお腹を押して(痛かった)、院長先生が切開をして(たぶん。まちかまえてた)、
最後に私は一声叫んだようだ(よく覚えていない)。
「はい、いきむのやめて〜。ハッハッハッ」と言われて、ハッハッハッという真夏の犬のような呼吸をすると、じゅるるーと赤ちゃんが出てきた。
6時15分だった。
はあ、と力抜けてたら、「目あけて」と言われて見ると、私の足の間からブヨブヨした白っぽいへその緒が伸びていて、
その先に血まみれの赤ちゃんがいた。立派なタマの付いた男の子。
赤ちゃんが出てきたらめちゃめちゃ感動して泣いちゃうかも、なんて思っていた私。
実際には・・・・・・「やっと終わった〜」って感じでした。ごめんね赤ちゃん。
赤ちゃんは院長先生が取り上げて、たぶん口とか鼻に入った羊水を出してもらった後、
産声を上げた。お腹から出てすぐじゃないのねえ。
「ホエエーホエエー」と、なんか変な声だった(現実って、こんなもの)。
そこへ、パパになったダンナがカメラを持って登場。
へその緒がついたままの赤ちゃんをパチリ。
院長先生が赤ちゃんを私の胸の方までもってきて(へその緒が引っ張られて痛い)、助産婦さんに
「はいご主人、こっちから!」と仕切られ、2ショットでパチリ。
生まれたての赤ちゃんは、少し生臭いようなにおいがした。ついさっきまで、お腹の中にいたものだもんね・・・
いよいよへその緒を切る。またまた助産婦さんに仕切られ、慌ててダンナがパチリ。
そして赤ちゃんは処置(身体計測、診察など。後から知った)のため別室へ。ダンナはそちらへくっついていった。
一人になった私に、若い助産婦さんがなんと
「胎盤見る?」
と言う。あんまりさらっと言われたので、一瞬何のことかわからなかった。
胎盤って一般人に見せるモンなのか?とも思ったが、めったに見られるものでもないので、勇気を出して「見ます」と答えた。
見せてもらった胎盤は、・・・・・・でっかい血のカタマリ。アカンボよりでっかいように見えた。
まわりに薄い膜のようなものが破れてまとわりついていて(この膜で赤ちゃんと羊水と胎盤が包まれていたらしい)、
さっき切られたへその緒がびよよ〜んとくっついていた。
その時の私にとっては、赤ちゃんが出てきたことより胎盤の方がすごいインパクトだった。
人間ってスゴイ。そんなものをホイホイつかんでしまう病院関係者もスゴイ。慣れっておそろしい・・・と、思いました。
そんな私も、分娩台の上で処置を受ける。
麻酔かかってるんだろうけど、縫ってるのがわかる。それどころか、引っ張られて痛いぞじいちゃん(けっこう時間かかるし)。
足、腕がガクガク震えている。まるで自分のものじゃないみたい。
助産婦さんはそれを見て「力、いっぱい入ってたからねえ」とあっさり。(実際、この後2〜3日、筋肉痛に悩まされた)
ぺしゃんこになったお腹は、何か冷たいものを乗せられ、腹帯をぐるぐる巻かれた。うーん、引き締まる。
そんなこんなしていると、再び赤ちゃん登場。今度はダンナだけじゃなくて、私の両親も入室OK。
じじばばになった両親も、赤ちゃんを抱っこして撮影してもらい、嬉しそう。
赤ちゃんは目を閉じて、口をパクパクさせてあくびを連発している。おもしろい。
ママになった私は、心の中で赤ちゃんに「はじめまして」と言ってみた。
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