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自分を見直す年表づくり
不幸のどん底を振り返る〜失恋(この頁)
小さな目標と大きな夢
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甦った記憶 
気持ちのアップ・ダウンについて

不幸のどん底を振り返る

(2003.3.11)

一人暮らしをしながら会社勤めをしていたとき、私は大失恋をした。
失恋なんてよくある話と笑えるのは、今余裕のある人だけで、失恋したその時は、目の前真っ
暗という感じ。

私は恋愛もそれ以外もかなり順調な人生を歩んでいたので、初めての挫折それも大失恋にか
なりショックを受けていた。親にも友人にも相談できなかったし、打ち明けることもできなかっ
た。

そんな私の異常事態に気が付いたのは、当たり前だけれど、職場だった。
一睡もせず何も食べずに出社すると、朝一番に先輩が、スタッフルームへ私を連れて行った。
勤務時間が始まっているのに、そんなのおかまいなしだ。

先輩が過去に大失恋をしたという噂は聞いていたけれど、幸せだった頃の私は、そんなのわ
たしには関係のない話、と聞き流していた。けれども、自分がどん底に落ちると、先輩はとても
頼りがいのある存在になった。

先輩に打ち明けて、そして二人で席に戻った。

あとで知ったのだけれど、先輩はすぐに、私がいまプライベートで苦しい状況にあるから、仕事
の割り振りを先輩に任せて欲しいと上司に掛け合ってくれていた。

「しんどかったら、デスクで寝ていてもいいし、スタッフルームに泣きに行ってもいいけれど、た
ぶん単純作業をこなすのが、精神的に一番いいと思う。」 そういって、先輩は、私の抱えてい
る仕事を全部引き受け、かわりにソフトに入力するだけの仕事を大量にくれた。

モクモクと入力していく。ただモクモクと。モクモクと。

夕方になって、退社しようとすると、上司から 「もうちょっと居て」と呼び止められた。
知らないうちに、同じチームの皆んなで飲み会にいくことが決まっていた。
なんだか気乗りしない私はほとんど無理やりタクシーに乗せられて、1件目のレストランで、と
にかくたくさん食べさせられ、飲まされた。
その次はカラオケで、だれかが栄養ドリンクをかってきて、全員1本ずつ飲まされた。
何を歌ったのかよく覚えていないけど、終電がなくなっても、歌って踊って、飲んで飲んで飲ん
で飲まされた。失恋の話をいっぱい聞いてもらった気がする。

タクシーでマンションまで送ってもらって、部屋についた途端、気持ち悪くなって吐いた。吐いた
まま、着替えもせずに、ベッドまで行き着かずに、泥のように寝た。
朝起きて、異臭の臭う部屋を掃除して、シャワーを浴びて、出社した。うちのチームは私以外
みんな遅刻してきた。仕事さえこなせば、出社退社は適当なので、「こんなときは朝、ゆっくりく
ればいいのに。」と言われた。

これらを全部仕切ってくれた先輩に、「何をしてもいいけれど、自殺と復讐だけはしないと約束
して。」と言われた。

それからは誰かれとお昼や夕食に誘ってくれた。一人にしておくと、なにも食べないからだ。同
期に誘われて、週末に温泉旅行にいったり、他の同期から前に失恋をしたときに読んだという
本をプレゼントされたりした。

飲みにいって歌って踊って、どこのお店も閉店時間になってからは、ホテルのバーでさらに飲
んで、タクシーで送ってもらうということもちょくちょくあった。信じられないけど、ほとんど全部上
司のおごりだった。

会社の人たちは、私と同じように幸せそうに見えていたけれど、結婚式の直前に好きな人がで
きて婚約破棄をした人や、8年に及ぶ不倫の末泥沼になって別れた人、嫁姑問題に挟まれて
ついには奥さんを選んだ人、駆け落ちまでして結婚したのに最後は裁判で離婚した人。まわり
の人たちにそんな古傷があるなんて全く知らなかった。

エリート新人なんてからかわれていた私に対して、それまでは、誰も心を開いてくれていなかっ
たのだとわかった。

あの頃、私は不幸のどん底にいると思っていた。
でも何年もたって振り返ってみると、なんと周りの人たちに恵まれていたのだろう。どれほど助
けてもらっていたのだろう。
就職のために一人で上京したわたしには、傍に家族も友人もいなかった。会社の同僚や先輩
は、そんな私に、労力と財力を惜しまず、手を差し伸べてくれた。

私が実はそんなに恵まれた環境にあって、とても幸せだったことに、本当の本当に気が付くの
に、何年もかかってしまった。

不幸のどん底にいるときは、前も後ろも見えなくて、ただ天をあおぐばかりだけれど、きっと幸
せのかけらが転がっているのだ。けれどそれに気付くのは難しい。

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