シャモンの部屋

シャモン(♂)

 

私の実家で飼っていた中で唯一のオス猫です。
野良猫だったのを父が拾ってきたのですが、その時はもう仔猫と呼べる大きさではなく家族はみんな「今更しつけることが出来るのか」と正直心配でした。
そんな心配をよそに、彼は意外なほどすんなりと家族の一員になっていたのです。
近所がなわばりの野良猫だったので、エサだけ食べたら出ていくかもよなんて思ったりもしましたがいっこうに出ていく気配はありません。
その日のうちにトイレもマスターして、ソソウもしませんでした。
ただ野良猫時代のくせなのか、しばらくはエサをやればやっただけ平らげてはお腹をこわしていましたが、それでも家の中を汚したことは一度もありません。
オス猫ゆえか抱かれるのはキライでした。プライドが高い、そんな感じです。
無理に抱くと、怒ったりはしませんがするりと逃げ出しました。
この家に住んでやっているだけで、飼われているんじゃないんだと言われているような気さえしたものです。
それでも、1日として帰ってこない日はありませんでした。

 

そんな彼が半日姿を見せない日がありました。
当時車で配達をする仕事だった私は、その日もいつも通り遅めの昼食をとるために家に帰っていました。
「シャモンの姿が朝からみえない」と、祖母が心配して何度も玄関前へ出ていきます。
私の実家は玄関のすぐ前がけっこう頻繁に車の行き交う道路です。
今まで飼っていた猫が何匹も交通事故で亡くなっていましたので、無理もない心配かもしれません。
そして、私が仕事に戻るほんの少し前に祖母があわてて家に入ってきました。
向かいの家とその隣の家とのすき間に、シャモンがうずくまっているというのです。
行ってみると確かに薄暗いところでうずくまっている白いかたまりがあります。
私が呼ぶと、少しずつ少しずつ出てきました。なんだか口元がひどく汚れています。
遠慮でもしているような様子の彼を引きずり出すようにして明るいところに出して見るとあごが左にずれているようでした。したの歯も折れてしまっています。
口の周りから胸元まで血で汚れ、すでに乾き始めていました。鼻の辺りからは粘液が止めどもなくたれています。
車かバイクにはねられたのでしょうか。
仕事に戻らなくてはいけない私は、とりあえず彼を家の中に連れて入り段ボールの中にタオルをしいて寝かせて、後ろ髪を引かれる気持ちで家をあとにしました。

 

私が帰る前に、まだ学生だった弟がタクシーで病院に連れていってくれていました。
あごなのでギブスをするわけにもいかず、結局特に何と言う治療もしないまま帰ってきたようでした。
命には別状はないとのことでほっとしました。
しかしつらいのでしょう、段ボールのなかでじっとしています。
せめてミルクでも、とお皿に入れてやっても飲みませんでした。
なにもしてやれないし、じっとしているしかないのだろうから、彼を一階の居間に残して二階の自室に上がって寝ることにしました。
夜中、妙な音で私は目を覚ましました。ず〜、ず〜という湿っぽい音。
畳の上に布団を敷いて寝ているそのすぐ頭の先で、その音はしているようでした。
灯りをつけてみると、その音の主は彼でした。
いくら一緒に寝ようと部屋に連れて入ってもすぐ出ていってしまう彼が、自分から部屋にやってきたのです。
「痛いの?つらいの?でも、ごめんね、なにもしてやれないよ・・・」
私がそう言うと、彼は少しだけ私に近づいてうずくまり目を閉じました。
心細いんだろうか、そんなことを考えているうちに薄情な私は眠ってしまったのです。
翌朝起きてみると、こちらが拍子抜けするほど彼はすっかり元気になっていました。
その日の夜には、砕けたあごで甘がみしながら遊ぶようになっていました。
ぐらぐらする歯で噛みつかれるのは、あまりいい感じではありませんでしたけど。

 

事故があってから、彼は時に甘えてくるようになりました。
夜には部屋にやってきて、一緒に寝ることさえ・・・。ものすごい変化ですよね。
あごは少しずれたまま固まってしまいましたが、何の支障もないようでした。
それまでも十分かわいいと思っていましたが、甘えてこられると格段にかわいく感じるなんて、現金なモノです。

 

その後、私は自分の勝手で一人暮らしを始めるため家を出ました。
仕事もして、身の回りのこともしているとなかなか実家に遊びに行くこともできません。
最初の何ヶ月かは自分のことで精一杯でした。
そんなある日、実家の母から電話がありました。
「あのねえ、あんたには言ってなかったんだけど・・・・」
私がその電話を受ける何日も前に、彼は事故で死んでしまっていました。
何も気づかずに日々過ごしていた私。虫の知らせも何もありませんでした。
「ああ、そう・・・」
電話口で母は泣いているようでした。
電話を切ったあとも、私の涙は出ませんでした。実感すらわいてこないんです。
でも、実家に遊びに行っても彼はもういませんでした。

 

彼の名前は私がつけました。
白い毛は少し長めで、とてもやわらかかった。
全然啼かない子で、大嫌いなシャンプーの時だけほんとにかすかな声で啼きました。
お嫁さんにともらってきた小さなメス猫が車にはねられて死んでしまったとき、一晩中そばに寄り添っているような情の深い子でした。
死んでしまった彼を見ていないからか、いまだに「いない」と言うことは理解できても、「死んだ」と言う実感はありません。

 

 

 

 

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