study in england
■出発前
イギリスが最初の海外生活の拠点となりました。15歳でした。「どうしても外国で住みたい!留学したい!」という思いから、両親を説得、なんとか高校1年生の夏からイギリスに留学を決定することができました。イギリスについてからも学ぶ言葉は多かったけれども、最初から全くしゃべれなかったのが、しゃべれるようになったという達成感は感じられませんでした。最初に学校に行ったときは、アメリカ風のアクセントをしていたので、「アメリカ人か?」とかよくつつかれました。
■学校生活
私の学校はイギリスにどこにでもある公立の大学準備科(=日本の高校)でした。15歳だったけれど、ちょうど統一試験のある学年にあたってしまうため、一つ上の学年に飛び級させてもらいました。制服はすごかったです。黄色と茶色のストライプのネクタイに黄色のブラウス、スカートは茶色でした。周辺の学校からのあだ名は「バナナスクール」納得でした。幸い私は飛び級で一学年上にいたので、制服はまぬがれました。

生物のクラスで。一緒に合宿もやりました。
■ホストファミリー
私のホストファミリーは労働者階級でした。大変喧嘩の多い家族で、家族構成も複雑でした。イギリスには階級制度がまだ根強く残っており、一番印象的だったのが、学校に初めて行ったときに、留学生3人を並べて「住所は?」とクラスメートが聞いていき、私の住所をいうとすぐに「あ、最低クラスね」と言ったことでした。悲しいというより、ショックのあまり何も言葉にでませんでした。結局最後の1ヶ月でホストファミリーが私の面倒をみきれなくなり、家族だけで旅行にいったり、ご飯を抜かれたりしたので、最後は自分でホストファミリーを探すという悲惨な結果になってしまいましたが、最後のホストファミリーは今でも仲良く、電話をしたり、手紙を書いたり、遊びに行ったりしています。
■人種差別
私がイギリスに行った年はちょうど1995年です。終戦50周年で日本が謝罪をするかどうかとメディアの焦点になっていたさなかでした。8月15日は「ジャップスデイ」といって、(そのときはウェールズにいたのですが)日本の敗退を祝う日です。その日、気をつけてとホストファミリーに言われたけれど、学校に行くために外にでたら、つばをはかれてしまいました。しかも見知らぬ人に。
学校にはスクールバスで通っていましたが、スクールバスの中ではごみを投げられるなど日常茶飯事だし、公共のバスに乗ったら、「中国に帰れ」とか、「中国人はうるさいからいやよ」と言われたり、やたらめったに中国人、アジア人に対する差別と日本人に対する差別が向けられました。
■感想として
イギリスはイギリスでもいいところはあるのだけれど、私の住んでいたミッドランドという地域は比較的保守的で外部からのものも人もうけつけません。ロンドンなどという開けた場所で勉強できたらよかったのですが、こういった田舎も体験してもよいのでは。でも差別には本当につらい思いをさせられました。その一年のおかげで今の私があるので、この1年間は修行(?)の一年だったと思っています。