就職活動体験記
■やりたかったこと
海外で住みたかったので、
1)海外(香港)で就職活動
2)日本の企業から海外へ出向
3)技術を身に付けて海外で転職
のどれかを選択したいと思ってました。結果的に3)を選んだことに
なるのですが、今後の海外に住めるかどうかはまだ検討して
みないとわかりません。
とりあえず皆さんの参考になれば、と思います。
■学校活動
10月ごろ リクナビなどの情報サイトに登録し始めます。
私は要らなかったけど、
こういうサイトからの情報誌を活用させる人も多いみたいですね。
私は一つ登録し忘れて、全く資料が来なかったので、
かなりあせりました。
同じ時期に、学部で企業の人事を招いてゼミ発表をする
「オープンゼミナール」というイベントの幹事をやっていました。
企業の方にきてもらうため、教授と学生2人の3人で○下電器や
○商岩井などのに営業に出向きました。人事の人とは以来
仲良くなりました。
■OB訪問
とりあえず、たくさんの人に話を聞きました。具体的には、
日立システム、三和銀行、ニューヨーク銀行、メリルリンチ、
日興證券、東京三菱銀行、伊藤忠、三井物産、東芝、
さくら銀行、東京海上、マイクロソフト、アクセンチュア、などです。
あとは、香港で就職した先輩たちの話もかなり参考にしました。
最初は知り合いの先輩からはじめたものの、外資系金融業界
にはうちの先輩があまりに少ないので、イギリス留学時代の
友達の友達の上司にお会いして、そこからの紹介という形で
色々な方とお会いすることができました。コネクションもあそこまで
使えるとは思ってなかったです。
ニューヨーク銀行もかなりかっこよかったですが、メリルリンチでは
応接室に通して頂き、メリルリンチのロゴの入ったカップでコーヒーを
頂いたことが非常に鮮明に残っています。
あのイメージがなければ、就職活動のやる気にはつながらなかったかも
しれないです。
■エントリー
最初に書いた、海外に住むための手段として考えうるすべての
選択肢にエントリーしました。エントリー数はおそらく100社から200社
だったと思います。最初は手っ取り早く、香港で金融、コンサル関係の
会社に英文履歴書を送ったり、香港では人材紹介が主流なので、
人材紹介会社に登録したりとしてみました。
■香港での就職活動
香港で就職した友達によると、香港政府は職があれば、ビザを発行
するだろうという話でした。なので、とりあえず仕事を探したのですが、
「専攻」「言語」「年令」がキーポイントだったように思います。
私は国際関係学専攻ですが、実際の仕事とはあまり結びつかない
学問なのでビザが取りにくいといわれました。香港では、広東語と
北京語と英語ができて当然で、プラスαであるはずの日本語は
香港ではしゃべれる人も多く、あんまりプラスには
ならなかったです。
とりあえず、履歴書をメールでやりとりするような活動でしたが、
ほとんどビザが下りないと言われて断念しました。
■OBOG懇談会
うちの大学では、大学のキャリアセンター主催の懇談会が年に2回あります。
CA(Career Advisor)と呼ばれる卒業生で社会人の方が大学に集まって、
各企業ごとにブースに別れ、相談会を開きます。
私の年は11月ごろに1度土日をかけて行われましたが、日曜日しか
参加しませんでした。これはかなり失敗だったと思っています。
できるだけ多くの企業を回れた方がよかったです。
ここで、初任給に惹かれて訪れたN証券の先輩に外資金融を進められ、
ここから先輩に色々お世話になりました。
■東京商社OB懇談会
海外での仕事に憧れていたので、商社にもかなり興味がありました。
ここでは、オープンゼミナール営業用に作った学校の名刺を配り歩いた
のを覚えています。各商社が部屋に別れていて、お話を聞くのですが、
会社の特色がよく表れていたと思います。
商社ではその出身校によって採用人数が決まっていると思いますが、
うちの大学の女子を取る気で話をしているところは少なかったです。
懇談会終了後の懇親会(飲み会)では、商社っぽい飲みップリで、
ちょっと違うかも、と思いはじめました。
楽しそうではあるけれど、商社で何がしたいのか、はっきりいって
いえなかったです。
■オープンゼミナール当日(12月1日)
当日には30社の方が参加していただけました。苦労の甲斐が
あったように思います。関西で初の試みということで、
朝日新聞社が取材にきていました。名前が新聞に載ったりして
ちょっと嬉しかったです。企業からの参加者の中で、大学の入学
パンフレットを見た人に「あなた、○○高校出身でしょ?」
といわれてすごく驚きました。見る人は見てるんですね。
■業界勉強会(12月)
学校主催、会社主催の業界勉強会が開かれました。参加したのは、
安田火災のセミナーと、金融勉強会(学校主催)、商社勉強会、
松下電器産業講演会、などでした。損害保険のことが全くわかって
いなかったので、参加して良かったとは思いました。ただ、損保はあんまり
海外に繋がりそうにもないなぁという実感はありましたが。
■書類選考(1月)
就職活動も本格化して、エントリーシートやら、履歴書を送る段階にきました。
履歴書については、3回生の夏くらいから徐々に練習していたので、
だいたい書きたいことが決まっていました。後は、できるだけ沢山の人に
見てもらい、助言をもらいました。1月の頭にある外資金融A社の書類提出があり、
その書類を仕上げるのにものすごくあせったのを覚えてます。
また、一般に採用活動をしていない香港系の銀行にも知り合いの知り合い
の知り合いくらいの方を通じてレジュメを送ったりすることができました。
■セミナー本格化(1月〜)
このあたりから、セミナーは本格化してきました。三井住友銀行や、
総合商社がまとめて行う勉強会、また、P&Gがインターンシップの
選考会を開いていたのもこのあたりです。私は3月に読売新聞の
インターン(学部枠)が決まっていたので、P&Gとの兼ね合いをとても悩んで、
大学側との交渉をしている間に、希望部署のエントリーが
満員になっていました・・。涙
後半には、外資金融A社の説明会に当選して、(落選のため、一度は流れましたが)
東京にいくこととなりました。このあたりから、一年上の先輩で外資金融に
内定された先輩と面接練習を始めました。
■面接(1月末〜)
A社からインターンのための面接がありました。
受付がむっちゃくちゃかっこいい。ほれました。最初は集団面接。
2時間くらいの面接で、前半は雇用制度についてのディスカッション、
そして、英語で自己紹介が少し。後半はケーススタディで、
@日産とルノーの合併についてどう思うか、成功したか否か、そしてなぜか、
その理由
Aeコマースが進むとデパートはどうなるのか。たとえば店舗はなくなるのか。
という内容でした。
■セミナー(2月)
B社(外資金融)は大阪でも大規模にやってました。リッツカールトンの宴会場を1フロア
貸し切って、部門別に行うという形でした。私は午前の2コマ目くらいから色々な
部門を見ました。惹かれたのは、やっぱり投資銀行部門と、テクノロジーかな。
最初にB社の投資銀行の方とOBというかしりあい訪問でお話できたので
その後もイメージがつかみ安くなったため、それ以来投資銀行部門に興味を
持つようになりました。説明会が終わってから、部門の方とも色々話をしてみましたが、
ここからはお呼びはかかりませんでしたが・・・。
C社(日系商社)は、個別勉強会という形で、10人以下の勉強会をたびたび開いて、
学生の就職活動を把握していたようです。私は再び同じ人事の人と、色々
志望動機というか、なぜ商社か、ということを話すことになりましたが、
その時点ではかなり打ち解けていたので、楽しく時間を過ごせました。
D社(日系商社)では、学校別に勉強会を開いていました。ここでは、模擬面接が
あり、緊張しました。
会場が会社の中にあり、働くのがどのような雰囲気か、のぞけたので、
良かったです。特に商社では女性がどのように活躍しているのか、
気になるところです。
手に職ということで、SEも考えて、E社(日系商社系システム)の説明会も行きました。
ケーススタディがけっこうおもしろかったです。仕事をやる順序として、
どのように仕事を進めるのか、わかるようなケーススタディでした。
純粋に楽しかったのですが、3時間もあったので、さすがに疲れました。
F社(外資金融)は、全日空ホテルで、バイキング付きの説明会と懇親会
でした。気になったのが、懇親会で、名前を記入されるところです。
一生懸命、質問している人もいれば、ただ単に聞いている人もいて、
名札には学校名と名前を書かされたので、それを元に社員の人が
メモってました。このあたりになると、同じ外資系金融でも色々な
社風があることがようやく理解できてきました。
この会社に合うかな、社員の人と息が合うかなというのを確認
しながら色々回りました。
■CA(OB)懇談会(2月3日4日)
今回は、二日間ともしっかり参加しました。前にはいったことのない、
コンサルティング会社や、飲料メーカーなども回ってみました。
やはり、なぜその仕事がやりたいか、その仕事をやって、どのような
将来が描けるか、キャリアプランがたてれるか、等が選ぶ基準に
なっていきました。その時にも、最初に書いた、海外で働くという夢を
実現できるように、どうすればいいか一生懸命考えていました。
でてくる答えはやはり、手に職を持つということ、何かしら他人ができない
ことをやるということ、そういった職業に就きたいと思うようになりました。
■G社(日系メーカー)インターン選考 (2月半ば)
G社がこの年からインターンシップを採用過程として取り入れることに
なりました。私は香港で働くという夢があったため、香港、中国向け営業職で
応募しました。面接会場に行ってみると、半分はうちの大学の学生でした。
前の人の話を聞いてみると、けっこう人によってシビアな面接もあるよう
だったので、すごく緊張したのを覚えています。
エントリーシートがかなり大量で、それに基づいて質問されるといった感じ
でした。 具体的には、汚いところでも仕事ができるのか、(出張はだいじょうぶか)
や、英語をどうやって伸ばしたのか、また、他の就職活動状況などを聞かれました。
■スプリングジョブ(2月19日〜23日)
A社の投資銀行部門で、スプリングジョブに参加することが
できました。内容としてはケーススタディーで、それぞれ違うテーマに
ついて、グループで考えて、結果を最終日にプレゼンとして発表する
というものでした。私がやったのはある会社が日本市場に入ってきたら、
どうやって参入するか、というケーススタディでした。
会計や経済、経営について全くわからない私でも楽しめるジョブでした。
なんといっても関西出身の私には、ホテル暮らしという贅沢な環境も
提供してもらい、コーヒー紅茶、飲み放題、ご飯ももちろんJPもちで、
しかも日給を払ってもらえたり、すごかったです。
とにかく、毎日楽しくてしょうがなかったです。
■G社ウォーミングアッププログラム(3月1日から12日まで)
G社の面接は通過し、その後のインターンにも参加できることになりました。
私が行ったのは、海外営業部で香港・中国向け営業部でした。
内容は、部署によって違うのですが、私は中国のWTO加盟に向けて
松下のとるべき行動は何か、というプレゼンを作りました。
けっこう会議などに参加させてもらって、日常の業務がどのようなものか
体験できて楽しかったです。A社とは違い、一つの部署に一人配置だったので、
自分専用デスクが与えてもらえ、社員の気分でした。
一番驚いたのは、最初の日の身だしなみチェックでした。
小学校入学式さながらの、「ハンカチもっていますか?」とか
「おじぎの方法」の練習は、G社がいかに日本の会社か、メーカーか、
といった印象を私の脳裏に焼き付けました。
更に、朝礼での、巻物を読む姿。「○○の遵法すべき精神、ひと〜つ」から
始まり、担当社員の小話。けっこう楽しかったです。
あまりにA社と違うので、なかなか比べられないと思いました。
■最終面接(A社:3月7日)
いきなり、最終面接に呼ばれました。G社のジョブ中だったこともあり、
ちょっとあせりながらも、またとないチャンスだと思い、また、松下が
ジョブについて、学生の囲い込みではないと明言していたので、
「最終面接に行かせてください」と申し出て、一日休暇を頂きました。
東京に行って、A社の受付へ。
さっそうと歩く社員の姿が本当にかっこよく見えました。
あと少し、でもすごく遠いような社員の方々の存在・・・。
最初に面接をしていただいたのは、人事部の方でした。
なごやかに、かなり人間的な部分についての質問が
多かったように思います。東京で働くことについてどう思うか、
また、将来の目標についてなどを聞かれました。
そしてマネージャー。もう緊張してしまい、何がなんだか覚えてません。
最後には、やる気の一言を言ったように思います。
どれだけA社が魅力的なのか、どれだけそこで働く自分を夢見ているかを
ありったけの言葉を並べて語ったように思います。
すると「あと10分ほどでまた、部長が来るから、待ってて」といわれ、
待っていました。
すると、ジョブでお世話になった方二名が、「おめでとう」とドアを
あけてくれました。
力がす〜っと抜けて震えてしまいました。
A社の投資銀行で第一号だよ、と言われて、余計感動が身にしみて、
それでも涙は出てこず、「あれ、どうしたの?泣かないの?」とか
聞かれてしまった・・・。
この時点で私の心は決まっていました。
一度は無理かと思い始めたこの業界で、しかも部門で最初に内定を
もらえるのが本当に嬉しくて、たまりませんでした。
その日はフライトを変更していただき、ホテルもとっていただいて、
お世話になった部長にディナーをご馳走になりました。
松下電器には悪かったけれど、もうこの時点では心が決まっていました。
そして、G社のインターンは途中で辞退を申し出ました。
■ まとめ
ここで、私は完全に就職活動を終えました。
結局面接を受けたのは3社。とっても少ないけれど、私の中で
色々な会社を見てきたつもりです。OB訪問などで、色々な話を聞き、
人生設計をして、描いてきた夢を見つめなおし、そして切り開いていった道。
最初に就職活動を始めて、悩むことは沢山ありました。
香港でrejection letterがメールに入る日が続いたときは、
毎日落ち込んで、なんでビザをおろしてくれないのか、悩んだこともありました。
アポをとったOBが、「女の子なんか、うちにきてもしょうがない」と言い放った時、
こんな話を聞きに東京まで来たんじゃないとか本気で切れそうにもなりました。
外資系を受けるなんて意味がないと先輩に言われたときも同じ気分でした。
確かに、学歴で色々差別をする会社もあって、それはいい勉強になりました。
有名校に入れるのはそれなりの努力をした人だから、そういった敬意を示すのは
とても理解できます。だからなんともいえない。
だけど、こんな私でも、あこがれの外資金融に入れたという満足感。
信じられない気持ち。とっても嬉しかったです。努力が報われたと思ったし、
認められたと思いました。あとは、これからどれだけ頑張れるか、それが勝負どころだと
思っています。
今は、活動中の苦労から、後輩に色々な情報を見てもらいたいと、
就職活動の支援活動を行っています。自主的な活動ではありますが、
なかなか規模が大きくなっています。今後も頑張っていきたいと思います。