子どもたちのまなざしの方向性 -私の教科書問題-
「サルマ、聞いててね」。
アクタバ・アラムは、ちょっと真面目な面持ちで私に念を押した。
アクタバ・アラムは、私の甥である。パキスタン在である夫の兄の息子で、今年、御歳10歳。政府のプライマリー・スクール(日本で言う小学校)の4学年である。
「パキスタンは、1947年…インドと分かれて…。その偉大な指導者は、ジンナー…」、と英語でそらそらと論じ始めた。
「どう? サルマ?」。
いつもは屈託のないアクタバ・アラムの顔に、ちょっぴり誇らしげな表情が見て取れた。
パキスタンの公用語は、英語とミミズのはったような(笑)ウルドゥー語である。また、夫の故郷である北西辺境州であるパシュトゥン人は、バシュトー語を日常使っている(美しい=コレレなどなど)。
したがって、まだまたウルドゥー語もパシュトー語も単語レベルである私にとって、アクタバ・アラムを始め子どもたちは頼もしい通訳!として、常に私の傍でその力を発揮してくれていた。英語は、小学校から必須科目でなのである。
「これは、英語のテキストの1節なんだ…。時々抜き打ちで暗記テストがあるの…」。
「…パキスタンは、4つの州にわかれていて、その1つは…」。
アクタバ・アラムがさっきの続きをそらんじ始めた。その目は、一点に集中している。
「…その1つは、…」。背後で声がした。
振り返ると、同じく甥のジャマール・フセインであった。彼は御歳11歳。栗色の髪と緑色の瞳がとてもチャーミングな甥である。アクタバ・アラムより1つ上の学年で、将来の夢は、アメリカの大学に留学し、医学を修めることなのだそうだ。
少しつっかえだしたアクタバ・アラムに、助け船を出しにきてくれたらしい。優しく微笑みながら、一度もつっかえることなく、私もほれぼれ(←叔母のひいきめ・笑)するような旋律でそらんじてくれた。
「僕も、去年は苦労したからね…」と、そのあどけない顔にちょっとテレ笑いの表情を浮かべながら…、アクタバ・アラムの肩を叩いた。
「ねえねえ、そのテキストってみせてくれる?」。
私はかわいい甥たちにおねだりしてみた。
「うん、勿論。ちょっと、待ってて、とってくる」。
差し出された問題(笑)の節のページをめくると、建国者であるジンナーの肖像画が挿絵として描かれていた。
すると、横にいたアクタバ・アラムがテキストを片手に再度挑戦、といった感で音読を始めた。アクラバ・アラムは、どうしても日本から来た叔母である私に、全章を読んで聞かせたいらしい(笑)。
…そして、そのやんちゃな甥が発する心地よい音読の旋律を聞きながら、以前、1年間勤めた公立中学校での社会科非常勤講師の体験が懐かしく思い出されてきた。
私を含めて、社会科担当の教諭は4人であったが、週1回予定されている検討会の主な焦点は、「教科書「を」教えるか、教科書「で」教えるか、のその一点につきていた。
私は当時、中3の公民の担当で、選挙の単元のときは、市の選挙管理委員会に行って投票箱を借り、子どもたちに選挙の擬似体験をしてもらうなど、身近な生活の中から子どもたち自身に「公民とは何ぞや」たる関心や課題をもってもらえるような授業づくりを模索していた。
そんな中、決まって指摘されるのが、同じく3年生を担当しているA教諭の一言であった。
「E先生は、いつも授業を工夫なさっているようですが、困るんですよね〜。私のクラスでもいつやるの、とか、E先生の授業はこうだよとか、生徒同士で情報が交わされているようなんですよ。いや、はっきりいって、やりにくいですな。
"教科書通り" に進めておれば、間違いはないんです!。わかりますか、私の言っている意味が!」。
そこで、いつも助け船を出してくれていたのは、教科主任のB教諭であった。
「でも、私はいつも教科書 "で" 教えることを念頭にして今までやってきましたよ。教科書
"だけ" の内容を教授するのではなく、教科書を
"使って" 、教科書に書かれていない行間の部分を今の子どもたちに伝えるのも、今日の社会科教師の努めではないでしょうか?」。
A教諭の主張が、教科書「を」教える姿勢ならば、後者のB教諭の姿勢は、教科書「で」教えると集約してもよいであろう。
…しかし、昨今の教科書問題をめぐる対応、特に、東京都の養護学校における教科書採択の経緯をみるに、何故、養護学校において採択されたのだろう…と、疑問に思わざるを得ないのである。
この疑問に対しては、大江健三郎氏が自らの体験を元に意見を述べているので、私の心境も氏に代弁していただくとして…。
私が今回、このコラムを読んでくださっている方々にお伝えしたいのは、甥のアクタバ・アラムのような子どもたちの真剣な眼差しの方向を私たち大人がいかようにも左右してしまう、という可能性と危険性である。
それは、前述した教科書「を」教えることイコール、子どもたちに無条件に教科書の内容を押しつけてしまうことの可能性と危険性、と言い換えた方がいいかもしれない。
そして、ジャマール・フセインのように、その教科書からの知識と体験は、子どもたちの心身に刻みこまれるのだ…ということも。
「先生、教科書何ページですか?」
「試験範囲は教科書でいうと、何ページからですか?」
よく子どもたちから投げかけられた言葉である。
子どもたちは、とてもとても素直なのである。
そして、子どもたちにとって、教科書は学校生活においてかなりの位置を占めていることも、私たちは自分の体験も含めて、思い出してみる機会なのかもしれない。