渡 米 編

20数年前、、、、まだ、1ドルが360円だった頃、、
何度も、悩み、諦めかけていた想いを
実現させるため決心した。

まず、考えたのは、全部自分でやろう、
旅行代理店に頼らず
パスポートもビザの申請も自分で、、、

友達の彼女が旅行代理店に勤めていたので、
すべての書類は手に入った
その時、その友達からもらった言葉を今でも憶えている

「オレは仕事にお前のように夢をかけれない、生活するために精一杯だ。
だから、お前の夢を応援したい、オレに出来る事は全部する」

頼もしい言葉であった。背中を支えられてるようである。
(あとあと、大変迷惑をかけてしまう事になるのだが...)
で、まず、その旅行代理店で、当時、1番安い、
日本ーロサンゼルスのオープン往復チケットを手配してもらい、
出発を7月27日に決めました。
(オープンチケットとは1年間有効の帰る日を決めていないチケットの事です)

平行して、パスポートの申請(これは簡単!)次にビザの申請、
これが1番の難関である。

とにかく、行き先はロサンゼルスと決めていた、
その理由は
当時、アメリカでの観光ビザは最長で3ヶ月である。

しかし、その3ヶ月のビザを取るためには、現地に住んでいる人からの
「遊びにいらっしゃい」と書かれた手紙が必要だったため
知り合いの知り合いのそのまた知り合いのロス在住の人にお願いして
(ゼンゼン、知らない、顔も見たことの無い知人)
「偽の招待状」を送ってもらっていたので、
とりあえずロスに、と言う事に落ち着いた。

当時は、今のように留学とか仕事のために渡米とかは、
さほど、一般的に受け入れられていなかった(どんな時代やねん!)
個人的に3ヶ月のビザの申請に神戸にあるアメリカ領事館に行った
ドキドキである。「ダメ!」って言われたらど〜しょ〜

領事館の受付で申請書と「偽の招待状」を提出し面接がはじまった。
英語で喋るアメリカ人(当たり前である)それを日本語に通訳する女性
緊張で頭から火花が散っている自分、の三者面談?

実際、数分だったのでしょうが、何を話したのかゼンゼン憶えていない
最後にぼそっと何か言って立ち去るアメリカン通訳の人の方を見ると、
「向こうでは働いてはいけないよ」と、、、、
見ぬかれてる、、、
でも、ビザは取れた、これでアメリカに行ける!
あとは当たって砕けるだけである!

                つづく、、、、
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