危ない!編
悲惨な状態ではじまった一人暮し、毎日ゴキブリとの格闘、
アメリカでは、すでに、水も火も使わない噴射型のゴキブリ駆除剤が売られていた。
毎日リビングに2本、キッチンに1本、出勤前にセットしていた。
夜はイスで寝る毎日。

1ヶ月後、仕事場の先輩に自分の部屋に引っ越してくるように薦められた。
「助かった〜!」

仕事場からバスで20分ぐらいの古いアパート、
エレベーターはむかしの映画に出てくる、手で開ける扉がついてる。
レトロである。

部屋に入って驚いた、靴は玄関で脱ぐルール、とても綺麗である
4階の窓からは、パームツリーが風になびいている。
部屋の中も広い、落ち着くスペースである。
ここが、第1のベースとなった。
ルームメイトは「山さん」と「いとはん」
二人とも関西人でボクより1年先輩である。

のちのち、この「いとはん」には色々教えてもらうことになる。

引越しして2週間ぐらいだったと思う
仕事が終り、帰宅途中、バスの中、、、

ロサンゼルスには地下鉄は無い、「アムトラック」と言う長距離用の
列車はあるが、ガイドブックにも「車がないと不便である」と
書かれている、だからバス通勤は避けられない。

深夜のバスにはあまり乗客はいない、ボクが後ろの席に座っていると
二人のメキシカンが乗り込んできた、
自慢じゃあないが、そのころのボクは、メキシカンにスパニッシュで
話しかけられる事が、多かった、
メキシカンに同県民のように思われていた。

その二人もボクの近くに座り、スパニッシュで話しかけてきた。
「判らない?」「ごめんね、日本人なんだ、ボク」
英語でそう答えた、、、、、それがいけなかった。

二人が、なにかボソボソ相談している、、、、ヤバイかも?、、、、
自分が降りるバス停が近づいてきていたので、席を立とうとした

塞がれた、、、座り直さされた、、、、かも?ではない、、ヤバイ、、
三つ先のバス停で一緒に降りろと言っている、、降りたくない!

でも、降ろされた。前に一人、後ろに一人、後ろでなんかジャラジャラ
音がする、路地を入った所で、前の人が止まった。
ボクが持っているズタ袋のようなカバンの中には、
全財産とパスポートが入っている。

これは、どう考えてもピンチである。
応戦??、無理! 謝罪? 意味がない、相談?通じない??
となると、残された手段は、、逃げ!である。

まず、素直にポケットから札束(10ドル札1枚、1ドル札10枚)を出して
前の人に渡した、すると後ろの人が確認のため前に来た。

そのすきをついて、猛ダッシュをかけた、瞬発力には自信があった。
路地を出たところの信号がボクが駆け抜けた時、
赤に変わってくれたのが、幸いであった。

そのまま走ってアパートまでたどり着いた。
今となっては懐かしい思い出である。

それからしばらくして、今度は出勤時のバスの中、また、後ろの席に
座っていたら、日系三世の30代の男の人が、となりに座ってきた
そして英語でどこから来たのか聞いてきた。

ま、朝だし、大丈夫だろうと思い「日本からです」と答えた。
びっくりしたのは、前の席に座っていた、メキシカンのみなさまが
全員、ばっとこちらを振り返った事と、もっとびっくりしたのが

その日系三世の人が、今度はたどたどしい日本語で
「次に戦争したら、今度は負けない!」とおっしゃった。
きっと、おじいさんから、語り継がれているのだろう。

ボクは調子を合わせて「イヤァーー!」と言っていた。

早く車がほしかった。


                   
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