さらば、コーンフレーク編
全米で「将軍」というタイトルのドラマが、放映された頃ボクは、
一人でアパートを借り、本格的に、一人暮しを始めていた。
部屋にはじめて自分名義の電話もひいた。自分の名前が、電話帳に載っているのは少し感動である。

カリフォルニア州の電話帳に自分と同じ苗字が三軒あるのは興味があったが、
電話しょうとは、思わなかった。

それまでは、3人ないし2人で一部屋の家賃を払っていたのであるが
一人で家賃を負担するとなれば、経済的にも、よく考えなければならない。

しかし、アメリカは暮らしやすい、給料日は、1ヶ月に2回ある。
その1回を、家賃にあてるので、滞納することは無い。給料以外に、チップが入ってくる。
厨房チームは、カウンターのお客様のチップを1ヶ月分まとめて、みんなでわける。

ホールチームは、自分担当のテーブルのチップを、その日のうちに、もらえるので、
働きはじめた日から「日銭」が入ってくる。
アメリカのルールは、労働者のためにある。

でも、やはり、経済的な事を考え、今までコーヒーショップでの朝食
コーヒーにトースト、スクランブルエッグ、カリカリベーコンだったのをやめ、
自宅で、コーンフレークと牛乳にした。

アメリカのスーパーに売っているコーンフレークの箱は、デカイ。
1番小さい箱でも、日本で売っている1番デカイ箱よりデカイ!
毎朝、毎朝、コーンフレークに牛乳をかけて食べていた。
でも、減らない、無くならない、、、、
毎日、毎日、朝は、コーンフレークから始まる。

一箱食べ終わる頃、ボクは、コーンフレークに別れを告げた。
「さらばコーンフレーク、ボクは2度と君を口にする事は無いだろう」

あれから22年、、、ボクは、コーンフレークを食べていない。

一人暮しをはじめて、ボクは勉強机に座ることが多くなった。
FMを聞きながら、単語、文法、のチェック
外食で食べた料理のレシピ作り
カクテルのレシピのチェック、一人でいると何もする事が無い。
この部屋は、まさに「勉強部屋」になっていた。

しかし、発音の勉強は、やはり実戦である。
のちにシュワちゃんで有名になった「アイ ウイル ビィ バック」は
ボクにはどうしても「ハッピィーバック」に聞こえる。
「パードン ミィー」は「パーミィー」になる。(いいんだろうか?)
英語はカタカナにおきかえてはいけないと思う(ようは音だ)

ドラマ「将軍」のおかげで、ロスに「日本ブーム」がやって来て
ダウンタウンの広いイベント会場で、「日本フェア」が開かれた。
協会からの依頼で、ボクが勤めているレストランも「そば屋」を出店する事になった。

初日、会場にいるKマネージャーから「そばが足りない」と連絡がきてボクが届けることになった。

私服に着替えて首から「パスカード」をかけて会場に入った。
入るなり「そばがあがったよーー」Kマネージャーの威勢のいい声が会場内に響いていた。
「これじゃあ、足りなくもなるは、、、」そう思いながら急いでそばを運んだ。

運び終えてから、ちょっとだけ見ていこうと思い、会場内を見てまわつた。
懐かしいと言う思いは無かったが、隅の方に置いてある「インベーダーゲーム」に引っ掛った。

1ゲーム 50セント、当時で180円、インベーダーゲームも海を渡ると高くなる。
日本にいた頃、イヤちゅうほど、やった。
仕事中であるが、ま、1ゲームだけなら、、、と思い、コインを入れた

まだ、体が覚えていた、空打ちをしてUFOを打つ、色々な裏技も覚えていた。
3面ほどクリアしたところで、ギャラリーに気がついた。
技を使うたび、クリアするたび、UFOを落とすたび、歓声が大きくなっていった。

アメリカ人は、ほめるのがうまい、ほんのチョットの事でも、かなりオーバーにほめちぎる、、、、

ゲームが終って立ち上がると、そこは黒山の人だかりになっていた。
そこら辺から「グッジョブ、グッジョブ!」
「ベリーエキサイティング!」などと声が飛んでいる。

そうか、ボクは首からパスカードをかけていた。
どうやら「インベーダーゲームの日本代表」みたいに思われているらしい、、、、、

早くこの場を離れないとヤバそうである。遠くで
「そばがあがったよーーー」Kマネージャーの声が聞こえる。
人ごみをかきわけ、背中をバンバン叩かれながらそこを離れた。

後ろから「さっきのテクニックを教えてくれよ、ジャパニーズボーイ」と声がしている。
ボクは聞こえないフリをして「21歳だっーの!」と言いながら会場を後にした。

その後、どんな騒ぎになったのか、ボクは知らない。  
1