| 3歳のRain 療育センター入園当初 まず、教室のイスに座れないという所からRainの入園生活は始まった。 自分勝手に遊べる時間は良いのだが、手遊びなど、苦手な遊び(学習)になると パニックになり、泣き出す。(自傷、他傷行為は見られず、その場でさめざめと泣く) プログラムにそって授業が進むのだが、 Rainは前の時間の遊び(課題)をやめられず、 なかなか次の課題に移る事が出来ないで、ポロポロ涙を流して泣いていた。 他児の泣き声やパニックに反応して、一緒に泣き出す。(誰かが泣いていると落ち着かなくなる) 入園当初は、家で見せるような笑顔は無く、緊張していたようだ。 自分から何かを要求する事もなかったので、言葉はおろか、指差しもしなかった。 対人関係が苦手なRainは、クラス担任(看護婦さん、訓練士さんを入れて) 5人のどの先生にも、なかなか馴染めずにいた。 人に興味がないと言った感じで、無視し続けていた。 母子分離の時間も、 私と離れる事はなんとも思っていなかったRainは、知らんフリで、 私の事も無視して、教室内のオモチャで遊んでいた。 そんな中、クラスで一番の熱血先生が、大格闘の末、Rainの心を開いて下さった。 私は随分、嫉妬した。『私は母親なのに…』と落ち込みもした。 でも、先生は、何時も私を励まし、支えて下さりながら『まだまだ、手探りですよ。』と、 謙虚に笑って下さっていました。 「これからのRainくんにとって、何が大切か、何が必要かを一緒に探して行きましょう!」 この熱血先生の一言がなければ、『自閉傾向』がなんなのか、 Rainが何者なのかを探す為、Rainを検査漬けにしていたかもしれない。 小児精神科医は「軽度の自閉症と考えて下さい。」と言い。 自閉症の専門医は、『彼は自閉症ではありません.』と言いきった。 幾つかの検査をした後、『今の医学ではわからない障害』と言うような事を言われた。 もっと大きな検査機関を教えて欲しいと思っていた矢先、それを察した先生が、 この一言を言って下さったのだ。 先生のこの一言に、「RainはRainなんだ。」と気付かされ、 原因探し、障害名探しより、 前に進んで行かなければ! と軌道修正する事が出来たのだ。 ★初めての言葉。 初めて言葉らしい言葉として発したのが、「お母ちゃん!」 センター内にある歯科で虫歯治療の際、怖さのあまり叫んだ言葉です。 診察台から逃げようともがくRainを取り押さえて下さっていた5人の歯科助手の先生や 看護婦さんも、Rainの初めての言葉に、拍手喝采で喜んで下さった。 当の本人は、「なんで拍手やね〜ん!」と心の中で叫んでいたに違いない。 その次も、歯科で「あかん!あかん!」「いや〜!」の雄叫びが どんどん出て来ました。 言葉が出るのは、いつも追いこまれた状況下ではあったが、 少しずつ言葉の数が増えて行った。(三輪車に足を挟んだ時も、「痛いー!」などなど) ★★こだわりとパニック。 縁石を歩くなどのこだわりがひどい。 家では、風呂場のシャンプーやリンスの並び方が昨日と違うとパニックになる。 センターへの道順(自転車で通園)が前日と違うとパニックになる。 観察力と記憶力が凄いので、誤魔化しが効かない。 (記憶力の凄さを自慢していた無知な母でしたが、 この頃のRainは、視覚に頼って、記憶力に頼って生きていました |