はじめまして、私は、今年、この中学に入学した、養護学級の輝(仮名)の母です。 輝のことを、皆さんに知ってもらおうとペンを取りました。 皆さんは、「障害」という言葉を聞いて、どのように感じられますか? 「五体不満足」の著者 乙武洋匡さん(おとたけひろただ)が、 マスコミに出るようになってから 世の中の障害者に対する目が 随分変わって来たように感じるのは、私だけでしょうか? 現在、12歳10ヶ月の輝は、障害児です。 2歳になる少し前に 「自閉傾向のある精神発達遅滞(せいしんはったつちたい)」と診断されました。 「自閉(じへい)」とは、周りの人に興味や関心を示さず 人間関係を結ぶことができなかったり、難しい状態をいいます。 「発達遅滞」とは、脳の障害により、運動面や言葉の遅れがあったり、 落ち着きがない、集中できない傾向がることです。 医師には、「一生、言葉は出ないだろう」と言われました。 「目の前にいる わが子と一生言葉を交わすことができないなんて…」 小学校教師として、これまで、たくさんの障害児を見てきた私も、 頭の中が真っ白になりました。 ショックのあまり、「障害があったら生きてても幸せになれない」と わが子の将来を悲観し、踏切りの前に立っていたことが、何度もありました。 そんな私を思いとどまらせてくれたのが、 輝の姉の希(のぞみ(仮名))の存在でした。 毎晩のように輝を連れて出かける私を見て、 希は、幼いながらも何か不安に思ったのでしょうか、必ず、「のぞみも行く」と 言って、自転車の後ろにちょこんと座りました。 「ママ、死んだらあかん。希と輝を ちゃんと育ててよ!」 と私を諭してくれたのでしょう。 その後、お友達や先生方、そして多くの方々の支援のお陰で 少しずつ言葉が出るようになってきました。 高学年になると簡単なコミュニケーションの仕方を学べるようになりました。 しかし、問題となる行動も いくつかあります。 「自傷行為(じしょうこうい)」と言って、自分の頭を拳でたたいたり、 目を指でつついたりする行為です。 また、パニックを起こして泣きわめいたり、走り回ったりします。 これらは、いずれも、輝の心の中に、何か不安なことがあったり、 予定が変わって先の見通しが見えなかったリ、 自分の思い描いていたことと違うことが急に起こったりした時に起こります。 障害児だからといって、理由もなくしているのではありません。 我がままと言われれば仕方ないことです。 しかし、自分自身も、そのように振る舞いたいと思ってしているわけではなく、 自分の気持ちを落ち着かせるために、そうせざるをえないのです。 皆さんと同じように不満や不安、悩みを持っています。 自分の気持ちや、思いを誰かに訴えて、それを 「うんうん、そうなんや」と聞いてもらえると もやもやが解消されて、 自身で解決の糸口を見つけることができます。 輝の気持ちに寄り添って、耳を傾けてやって下さい。 そのうえで、彼の言動に非や誤りがあれば、 「それは、おかしいで。」ときちんと説明してやって下さい。 親が言うのもなんですが、性格は素直で、 自分でも伸びようとする気持ちを持っています。 時間はかかりますが、理解はできます。 身勝手な母親のお願いではありますが、ご理解いただければ幸いです。 さて、前述の「障害」という言葉のイメージについてですが、 「気の毒」とか「かわいそう」「たいへんだろうなぁ」というご意見が 多いのではないでしょうか? 確かに、乙武さんが、著書の中で「障害は不便である」と書かれているように バリアフリーやユニバーサルデザインは、まだ、始まったばかりです。 しかし、「生きる」ということにおいては、皆同じだと私は考えています。 以前一度だけ、輝が、 「なんで僕を障害児に産んだんや!なんで、なかよし学級に入れたんや!」 と訴えたことがありました。 自分だけが、みんなと離れていることで、 おいてきぼりにされるという焦りみたいなものを感じたようです。 「何時の間にか、輝も、そういうことを考えるようになったんだ」と 彼なりの成長を感じつつも、 「障害さえなければ こんな思いをさせることはなかったのに…ほんまにごめん」と 涙が止まりませんでした。 しかし、彼は、この壁を自身で乗り越え 「あすなろで頑張る でも、お弁当や休み時間は、みんなと一緒がいい」 と先生方に伝えてくれました。 (*仲良し学級=小学校の養護学級。あすなろ=中学の養護学級) 先日の参観日での出来事です。体育の授業で跳び終えて砂場に立ち尽くしている輝に、 隣りで跳んでいたお友達が近づいてきました。 そして、そっと手を差し伸べて座る場所まで連れて行ってくれました。 2人の様子が、なんとも、ごくごく自然な光景で、 心の底から ありがたいなあ と感じました。 こんなお友達が 側にいてくれて、かわいそうなわけがないですよね。 不幸かどうかは、人が決める事ではないと思います。 ♪夢を見て 涙して 傷ついても 現実は、がむしゃらに来るし 自分の居場所 存在価値は失くせない Take my revolution 生きていこう現実は、がむしゃらに来るし 自分の居場所 存在価値を見つけたい ♪ これは、私の大好きなアニメのOP(オープニング)の一節です。 私達は、この世に生を受け、今現在、生かされているのですから 誰かに必要とされ、何かに役立つ存在でありたいものです。 これまでいただいたものを お返しすべく私も心を尽くしたいと思います。 たくさんの方々に支えていただいて 生かされている私達親子です。 感 謝 輝の母。 TOPへ Rain今日の出来事へ |