ふたごな大腹妊婦 (7ヶ月〜)

 <妊娠7ヶ月目 24週〜27週>
 さすがにかなり大きなお腹になってきた。
 上を向いて眠れないのはもちろん、横を向いて寝ててもお腹の重さで皮がひっぱられて痛い。
 この頃からクッションをお腹の下にしいて休むようになった。

 診察でも 「今は単胎の人が9ヶ月のお腹の大きさだから。そのつもりで行動するように」と、
 かなり念入りに釘をさされたりもした。
 そして、お腹の張りが止まらなくなる、という状況にならないように、
 予防策として張り止め (ルテオニン)を 1日2回服用するよう指示も受けた。

 お腹の張りは、まだそんなに感じていなかったけれど、
 この頃しんどかったのは、立つ・座る、という一連の動き。
 イスを使わない生活スタイルだったので、常に床にペタンと座っているわけだけど、
 立ち上がるのに 誠にしんどい。
 お腹をかばいながらお尻をつけて座るのも かなり腕の力がいる。
 何より、お腹がつっかえてテーブルにヒジをつくのも難しくなってきた。
 そのせいか、肩が凝って、背中がガチガチになって、しまいには眠れなくなってしまった。

 あまりのしんどさにU一郎に 「いすがほしい。イス買ってよう」 と懇願。
 早速 購入したリラックスチェアは、まさに極楽イスだった。
 背もたれによりかかっているだけでかなり楽ちん。うたたねまでできる。
 こんなに快適なら、もっと早く買えばよかったなあ。
 
 また、この時期は、先生に内緒であることをやってしまった。
 それは引越し。
 結婚して以来住んでいた2DKのアパートから、
 隣町にあるU一郎の実家近くの一戸建てに移ることになった

 一応、事前に助産婦さんにはこっそり聞いてみたところ、
 「何にもしなければ引越しも大丈夫。何にもしちゃダメよ!」 と言われた。

 …そこで、某動物的宅急便会社の 荷造り&荷解きすべてお任せパックを利用して
 引越し作業自体はほとんど手を出さずに済んだものの、
 カーテンやら何やら、生活に必要な細々としたものをそろえるのに、
 かなり動きまわってしまったように思う。

 引越しの最中には結果的に何もなかったけれど、
 引越し明けに受けた検診で、「赤ちゃんの位置がだいぶ下がっている」 と言われて
 内心 かなり焦った。
 とはいえ、その後も新居の片付けもそこそこに、
 おとなしくちんまりとリラックスチェアーに座って
 過ごす日々…はあんまりなかったかな… あはは。

 <妊娠8ヶ月目 28週〜31週>
 8ヶ月に入ると、それまで3週間おきだった検診が2週間おきになった。
 単胎の人の臨月のお腹の大きさになっている、とは言われてみてもピンとこない。
 ただ、布団に寝ていても、一人で起き上がれなくなってきた。
 テーブルとか台とか何かつかまる所があればいいんだけど、
 何にもないと腕の力だけじゃ身体を起こせなくて、コロンコロンと だるま状態になってしまう。
 夜もトイレに何回も起きるので、ベッドじゃないと寝てられなくなってしまった。 

 さすがに、いつ生まれてもおかしくないんだろうな、と早産のことがいつも頭から離れなくなってきた。

  ところがふと気づけば、引越しのドタバタにまぎれて赤ちゃん用品を何一つそろえていない。
 もし明日産気づいたら、やばいでしょ! 

 相変わらずのんびりしているU一郎をあおりたてて、
 肌着とベビー服の他、ほ乳瓶の消毒容器、布団マットなどを、
 退院初日をなんとかしのげるような物だけをとりあえず買い揃えた。
 その他にも双子サークルの先輩たちのおすすめだった
 60℃の調乳ポット、電動スウィングラックもGET。
 赤ちゃんがやってくる雰囲気が高まった部屋を眺めて
 どーにか気持ちも落ち着いてきたのだった。
 
 ふたごたちと私が一緒に退院できるかもわからない。
 何ヶ月も家に帰れない状態で生まれてくるかもしれない。
 新生児用の肌着すら、ぶかぶかで当分使えないかもしれない。
 考え出すと後から後から不安なことが頭をよぎったけれど、
 「これだけそろってれば何とかなるでしょ」 楽観できただけでも よかったのかもしれない。

  
それから間もなく、30週を迎えた検診の日、先生からいきなり切り出された。
 「かなり貧血が出てるね。 容連菌も出てるんだよね。
  …そろそろ家事をするのも大変でしょうから、入院して様子をみましょうか。
  明日からでもいいよ」

  
 双子妊婦友だちがだいたい33週ごろから入院していて、
 わたしもその位かなーなんて勝手に思い込んでいたので
 1ヶ月近く早く言い渡された入院の指示にかなり焦りまくった。
 だけど、ふたごのためならナンデモコイ! てな感じで
 そしてその2日後には、管理入院生活が始まった。

入院生活 前半
 <30週半ば〜31週>
 生まれてはじめての入院生活が始まった。
 個室が原則の産院だったけれど、長期の入院になる人は2人部屋になる。
 ということで、相部屋は同じくふたご妊娠中のNさんだった。
 ベッドもパイプベッドじゃなくて家具調ベッドだし、一人分のスペースも広々。
 テレビも見放題。 シャワーはお腹が張ってなければOK。 食事もおいしい。

 他の病院で管理入院していたふたご妊婦友だちや先輩ママさんからは
 「トイレ以外は歩くの禁止だし、しまいにはポータブルトイレしか使っちゃダメって言われたー!」
  なんて 過酷な入院生活を聞いていたから
 特に禁止事項もなくて 拍子抜けした。
 入院環境としてはかなり快適だった。 

 入院初日、外来で忙しいはずの先生が 突然病室にやってきて、
 「何にもしないのが仕事だからね。
  退屈だろうけど、赤ちゃんをお腹で少しでも大きく育てるためにがんばりましょう」
 と 声をかけてくれた。
 看護婦さんたちもみんな、ふたごたちのこと一番に考えてバックアップしてくれてるのがよくわかった。
 病人としてじゃなくて、これはふたごたちに出会うための入院なんだものね。
 ちょっぴり心細かっただけに、すごく元気付けられた。
 
 
朝の検温と血圧測定、ふたごっちの心拍チェックにはじまり、
 貧血改善のための鉄剤と点滴、そして容連菌治療のための点滴、
 そして朝夕2回のNST(通称 モニター ※お腹に装置を当てて、お腹の張りの強さ、赤ちゃんの心拍をグラフにする装置)。
 ついでに言えば8時12時18時の減塩食。21時の消灯。
 
  最初の一週間はこのメニューに慣れるのに精一杯。
 看護婦さんから 顔をあわせる度に 「張りはどう?」 って聞かれるけど、
 張りがどんなモノかわからなかったので、強いのか弱いのかさえわかんない。
 あと
間食もダメ。18時の夕食の後は翌日8時の朝食までどーして過ごそう!?
 この2つが、入院当初 一番頭を悩ませたことだった。 今思えば、平和そのものだなあ(笑)。

 このころの目標は34週を迎えること。
 34週になると、赤ちゃんの肺の機能が整って、仮に生まれてしまったとしても自分で呼吸ができるようになるらしい。
 自分で呼吸できないなんて、すごく苦しいだろうなあ…それだけは避けてあげたい、ということで
 散歩大好きな私も 歩き回ることもガマンして、安静安静の生活を続けていた。 
 

 日中は、もっぱら読書。
 看護婦さんからは 「そのうち、横になってるしかできなくなる時期もくるよ〜」 っておどかされてからは、
 ベビー服やおくるみ作りにも精を出した (結局、ベビードレス×2、おくるみ×2 作りました!)

 この産院では出産に呼吸法を取り入れているので、
 最初の外泊日に その講習会に参加した。
 子宮口が開く様子や赤ちゃんが下りて来るのをイメージしながら
 深呼吸を繰り返す練習をしたんだけど、
 それがマズかったらしい。

  講習会後、病室に戻っていつものようにモニターを取っていたら、
 どうも看護婦さんたちの様子がおかしい。 急患かなーなんてのんびりしていたら、分娩室に連れて行かれた。
 え!?、わたし!!?? 晴天の霹靂。
 自分としては特にお腹が痛いわけでも苦しいわけでもなかったけど、どーもお腹の張り具合がよくなかったらしい。
 「なんか無理した? 動きすぎてなかった?」 「え、いや 特に何も…」 
 矢継ぎばやに助産婦さんに聞かれても、講習会以外は心当たりがない…。

 そしてあれよあれよというまに張り止めの点滴を打たれることになってしまった。
 「いつまでやるんですか?」と聞けないぐらい、なんか緊迫した雰囲気。
 とりあえずおとなしく 点滴につながれた。
 状態が落ち着くまではずーっと、24時間点滴を打ち続けるらしい。
 あああ。
 目標の34週にはまだ3週間以上あるのに…。
 ごめんね、お願いだからまだお腹にいてね、と祈るしかできず、
 ひたすらベッドの上でおとなしくする日々が続いた。
 
 とはいえ、トイレに行くにも点滴と一緒。 シャワーなんてもっての他。
 腕に刺した点滴針の違和感は消えないし、
 一気にブルー、病人モード発動だった。
 

 1週間後にはなんとか点滴をはずせる状態になったけど、
  張り止めの薬は1日4回必ず服用するようになってしまった。


 
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