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おいたち

生まれてからのことです。
二人目とあっておかしいと気づく前は細か記憶があまりない・・・その後もちゃんと覚えているかあやしいが・・・
   保育園年長時代
まさきの入園した保育園は以前も自閉症・・それも重度の子を受け入れていた経験のある園です。入園式は予定通り固まっていて無事、終了しました。園生活は、先生に慣れるのも早く、混乱もあまりなく溶け込んで?いきました。保育園に入り変わったことは、夏頃から絵を書くのが大好きになったという事です。今までは、大好きなヒーローの本やビデオを見ているだけだったのに、その絵を書くことが加わりました。とっても自閉症の子らしい絵ですが・・・。日々かいているので、今では随分上手になりました。(さくひんをみてね!)秋〜冬頃からは、歌が好きになり、いろいろ歌うようになってきました。歌って!とせがむこともあったようです。
 保育園での行事は年長という事、まさきにとって初めての経験という事もあり、大変だったろうと思います。でも、先生方が今のまさきに出来る状態と方法を考えてくださり、運動会・発表会など無事、参加できました。運動会では、かけっこでちゃんと?一周できたこと、発表会ではオズの魔法使いでたつまきの役がピッタリだったこと、思い出します。年長さんのうちゅう組のみんな、ホンとまさきを理解してくれて、ありがとう!うれしく思います。
 
更新日時:
2002/06/01
   3歳〜通園施設時代
3歳になり、単独の通園施設に入園しました。バス通園のところです。すごいな!と思ったのは、バスで1人で乗って行くのも慣れるのが早かったし、保育士さんに慣れて頼りにするのも、早かった。今でも、まさきは母命ですが、通園施設に入るまでは家族・親類以外の人に頼っているのは見たことがなかった。次に、すごい!と思ったのは、トイレが6月には出来るようになった事。(恥ずかしながら大便は今だちゃんと出来ません)
 ちょうど、トイレが出来るようなった3歳2ヶ月の時、とある病院のDr.に【自閉症】の診断を受けました。診断には、ショックはありませんでした。自分自身間違いなく自閉だと思っていたので。でも、Dr.の診察態度にショックを受けて帰って来ました。診断されたのを機に自閉症協会愛知県支部「つぼみの会」に入りました。
 園では、約2ヶ月に1度の言語訓練、年に3回の作業療法がありました。言語訓練は最初の1年間はひどいものでした。(先生が悪いというわけではなく)自分のしたいことばかりやりたくて、止める事が出来ない状態でした。しかし、2年目は人が変わったようでした。最初の1回目はマグレかと思ったけれど1年間通して成長?して行きました。(お母さんよく言いすぎ!)そのせいか、入園当初は言葉はほとんどなかったのが、4歳半頃からずいぶん増えました。多動は相変わらずですが、呼んだらちゃんと戻ってくる様になりました。
 まさきの苦手な事は非日常の行事です。運動会・・・通園施設は親子いっしょに行うせいか、予行演習もなし、入園式、卒園式等の時は固まってしまいます。多動でなくなるからいいと言えば良いけれど・・・するべき事も出来なくなります。
 通園施設は2年間通い、親の希望で年長の1年間、保育園に通う事にしました。運良く、学区の保育園です。
更新日時:
2002/06/01
   2歳〜
3月生まれということもあり、2歳になると市で行われてる療育に母子で週1回行く事になりました。最初はやはり慣れなく、帰りたがったり、やりたくなくて泣いたりしていましたが、だんだん慣れて上出来とは言えませんが活動が出来る様になってきました。内容は、自由遊び、体操や手遊び歌、課題遊び、シール貼り等でした。後から気が付いた事ですが、まさきはかなり無理をして療育にいる時間を過ごしていたようで、療育卒業後から6歳を過ぎたい今でも療育の行われていた福祉センターに行くと泣いてしまいます。(しばらくすると泣き止みます。)ここへは1年間通いました。まさきの住む町は、3年保育が主流なので3歳からはどこか通う場を決めなければいけませんでした。私は、身辺自立が全く出来てない、人の指示が聞けない、という点を考え、迷わず通園施設への就園を決めました。でも、この時は1年間通園施設に通い、次の年は保育園へ移れたら・・・と気楽に考えていました。
 この療育に通った1年間でも【自閉症】という診断は受けていませんでしたが、同じ療育に通っていて【自閉症】という診断を受けた子を見ていて、我が子も【自閉症】だろうと考えていました。
更新日時:
2002/06/01
   1歳半検診〜
1歳半検診は大変でした。とにかく多動のまさきを追いかけるのに疲れました。(今から思うと)普通の子は、おもちゃで遊んだりビデオをみたりしているけれど、我が子は待合室を中心とすると5部屋くらいに分かれてる検診の部屋と玄関ホールとトイレと2階に続く階段とあちらこちらへ大移動。私は何度「この子のお母さんは?」と探されたことか。動きは速いし、小さいのですぐ物に隠れて見失い、私もいつも探してました。
 検診での発達検査は何も出来ませんでした。代わりに連れて行ったお兄ちゃんがやらせてもらったのを覚えています。母子手帳の保護者の記録もこの頃から「いいえ」が増えています。検診で心理の先生の発達相談を受け、今まで心配していたことを全部聞いてもらい「ゆっくりだけど、ちゃんと発達していきますよ」と言ってもらい少しホッとしました。そこで、「月2回の1歳半検診事後指導会に通ってください。」と言われ、しばらく通いました。そこでの、まさきは、またまた大変でした。20組くらいの親子と保育士、保健婦さん達で行われていたのですが、自由遊びの後の親子遊び(手遊びやお遊戯ふうの体操)が始まるといや(?)で泣き出し最終的には寝てしまうという様子でした。まわりの子はお喋りが出来、人と遊べる子が多かったので、まさきのような子が、どうして通っているのか?親として何とも言えない気持ちになり、行った日は特に落ち込んで、夜涙を流す日々でした。
更新日時:
2002/06/01
   1歳〜
退院後、発育は順調、心配していた喘息も薬を飲まなくてよくなりました。「一生のお付き合いです。」と言われたので、いつ喘息がでるかわかりませんが・・・。
 かわりに心配になってきたのが知的なことでした。1歳をすぎても名前を呼んでも「は〜い」と返事をしてくれない。言葉で言わなくても手をあげることを覚えて誉めると繰り返しやってくれるはずなのに・・・意地になって呼ぶと10回くらい1回はやるので”気のせい”と深く考えないようにわざといていました。
 1歳半検診の通知が来た時に”もー、これはおかしい!”と思い勇気を振り絞り、保健センターに育児相談の予約を入れる電話をしました。「呼んでも、なかなか振り向かない。バイバイとかジェスチャーもしない。遊びも?という感じで私が相手になるような遊びは出来ず、外へ出れば親を無視して歩きつづける。砂場の道具を使わず砂を何だかいじり続ける。・・・」ホンと、どうして?ということばかりだったので、そのことを電話で言うと「耳が聞こえない可能性もあるので、ABRという検査を検診前に大きな病院の耳鼻科で受けておいてください。」と言われました。後に、わかったことなのですが、普通このように電話すると、地区の担当の保健婦さんが家庭に訪問してくれるらしいのですが、我が家には来ませんでした。ABRという検査も紹介状を保健センターでもらえば、大きな病院にかかると払わなければいけないお金かからないことを知りました。担当の保健婦さんによって対応が違うことが不思議です。
  1歳半検診の日の1ヶ月くらい前でしょうか?ABRという耳の検査を受け、「耳はきこえてますよ」と言われました。1回目は眠剤を飲んでも寝ることが出来ず、2回目でやっと出来ました。この時もまだ、【自閉症】という言葉はまったく知りませんでした。
更新日時:
2002/05/24

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Last updated: 2002/6/1