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| 私の口癖に「本当?」と聞き返すことがある。 若い人なら「マジ?」って言うことでしょう。 もうすぐ3歳になる娘が 「ジュース・飲む」とか言うと 「ジュースを飲むの?本当??」って聞き返すので 私が聞き返す前に 「ホ・ン・ト・ウ」と先に言うようになってしまった。 「本当?」って別にそんなに重たく意味のない言葉のように思って使っていたのだった・・・。 でも、「本当?」って聞くってことは =疑っている、信じていない と言う表れなのだと気が付いた。 夫に「本当って聞き返されると疲れる」と言われたことで気づいたのだった。 確かにこれはその通りだ。 私は、誰も信じていないのかもしれない。 何も本当のことだと思いたくないのかもしれない。 宮部みゆきさんの小説で「火車」という小説があるが、決着のつかない、解決のつかない、人間の想いの重さがズシーンと全身に覆いかぶさってくるラストを向かえる。 どれが本当で、どんなふうに進んで行くのか想像もできないラスト。細かく言えば、想像する力も奪われてしまうラストだった。 これは私個人の感想であるので、他の人はどのように感じるかはわかりませんが、私はこんな読後感は初体験でした。 真実好きの私は、軽く薄っぺらな正義感だけを掲げて生きてきたのかもしれない。 「本当??」って聞いて 「本当さ・・」って答えてくれればそれで終わりの繋がりしか、人と付き合っていないのかもしれない。 人の想いは言葉や真実でケリのつかないものだと頭ではわかっていても、ありきたりの忙しい毎日の中では人の想いの重さを見なかったことにして進まないとやるべきことが終わらないと言い聞かせているうちに、見過ごすことに慣れてしまったのかもしれない。 しかし、簡単に手に入れたものは簡単に手放すことになり何も残らないものなんですよね。 夫が欲しいのは、「本当??」って聞き返すのではなく、 「良かった、ありがとう」って答える私なのかもしれない。 立ち止まらせてくれて・・ありがとう。 でも、でも、「良かった、ありがとう」と言える気持ちにさせてくれる、幾重にも積み重ねられた「信じられる実績」がなければ、 「ありがとう」 って出てこないこともわかって欲しい。 |
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