My Catholic world - About my faith
べるの『カトリック』ワールド
(カトリックの皆さん、信仰生活で悩んでいませんか?)
【お断り】
このページは私の個人的なカトリック信者としての体験に基づいたページです。
決して全てのクリスチャンが同じ様な考え方や体験をしているわけではありません。
キリスト教には多くの教派があり、それぞれに違った教義が存在することを予めお断りしておきます。
また日々の生活を通して、いろいろなことに気付かされていますので、
時には矛盾したりしますが、それに対しても正直に書いています。
これらに納得ができない方は、このページを閲覧することをお勧めいたしません。
Last updated on 2004/09/14
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Last updated on 2004/09/02
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その時の気分で時々、内容を更新しています。 こっちの方がよっぽど『証し』っぽいかな?
『こんないい加減なカトリックもいるのか〜』と笑い飛ばしていただけると幸いです。
巡礼のサイトのご感想など、お聞かせ下さい(個人メールは現在、公開していません)。
| はじめに |
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偶然このページにたどりついた方、ようこそ! 日本では『クリスチャン』と呼ばれる人は人口の1%程度で、ちょっと不思議な存在と見られています。 その中でもカトリック信者はごく少数です(世界中で見れば、マイナーではないのですが)。ましてや、大人になってから洗礼を受けた者となると、多くの方から 『どうしてキリスト教を信じる様になったの?』とか『救われたと思ったから洗礼を受けたの?』などと質問されることも度々です (カトリックの国であるイタリアでも『大人になってからカトリックを選んだのは何故?』と聞かれました)。そこでこの場を借りて、どうやってカトリックを選び洗礼を受け、現在に至っているのかを話しちゃいます。びっくりするかもしれないけど、全てのことは現在につながってました。 |
| 『神様の種まき』 |
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私は通りカ トリック信者です。宗教に何も興味のない両親が、何故か選んだカトリック女子修道会が運営する幼稚園に通わせたために(噂によると近所の遊び仲間は男の子ばかりで、かなりおてんばに育ったので『このままだと小学校に入った時に女の子を泣かしてしまうのではないか』と心配したらしい)神様の存在を信 じることもマリア様と一緒に祈るということも、教義として考えるよりも先に自然のうちに身に付きました。『主の祈り(天にまします...)』や『天使祝詞 (めでたし...)』を暗唱したのもこの頃です。小学校に入ると全くキリスト教とは関係のない生活となり(卒園と同時に両親から『もうキリスト教のことは これでおしまい。日曜学校?あなたには必要ないでしょ。幼稚園のお友だちとは行く小学校も違うし。』と言われました)、大人になるまで全くキリスト教とは 関係ない生活を送っていました。神様という言葉を聞くと、キリスト教を思い出してはいたけど、全くキリスト教に触れる機会はありませんでした。 |
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『カナダ留学とNew Age』 |
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いろいろな
ことが起こって自分が嫌になり、突然人生にリセットをかけ日本を飛び出したのは大学を卒業して10年後のことでした。毎日自暴自棄になって悪態を付き『もう滞在先も学校も決めたんだから、反対したってダメだよ。』と全て事後報告した私に両親は『まだ若いからそういう経験もいいだろう』とカナダへと送り出してくれました。New
Ageという元ヒッピー達の新しい流れに影響を受けた私は、瞑想や座禅、菜食主義を実践し『私は今のままでいいんだ』という確信を持って帰国しました。カ
ナダへ行く前は、髪の毛が長く、いつもカチっとした服装や化粧ををしてあまりニコリともしなかったので、隙がない雰囲気だったそうですが、帰国した時は、ショートヘアにジーンズ、化粧もせず大声を上げて豪快に笑い飛ばす姿に変わっていました。後にあるプロテスタントの人から『イエス・キリストを信じる者と
して、New
Ageは悪影響である。何故なら神様以外のものを心に入れるからである』と言われましたが、私の考え方はむしろその逆。カトリックの黙想と座禅は『自分のことに囚われない』ための有効な手段として互いに影響し合っていること、New
Ageはヒッピーたちがキリスト教に代わる新しいもの(彼らはキリスト教は既成の宗教としてもう古いと考えています)としてもてはやされていますが、考え
方の根底はキリスト教とほとんど同じでした(違うのは『輪廻』思想くらいでしょうか?)。その後ある雑誌で見つけた座禅会に参加したことで、カトリックの神父から座禅の指導を受けることになります。 |
| 『あるカウンセラーとの出会い』 |
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カナダから
帰国後、大切と思っていた人が私を利用していることを知りました。裏切られたことは余りにもショックで、精神的なダメージは大きく、毎日泣き喚いて時には半狂乱状態になるほどでした。当時その人(後でクリスチャンであることを知りました)から『人を許すことは大切だ』と説教されました。私はとても屈辱的に思って『そんなこと言うなら、最初から傷つけるなよ!あんたなんか説教する資格はない!一生恨んでやる!』と怒鳴りました。その人は精神的に大きなダメー
ジを受けた私に責任を感じた様で、カウンセラーのところへ連れて行きました。週に1回のセッションでは足りず(当時1回のセッションは50分で1万5千円なので貧乏でした)、夜中に突然不安になってEnglish Life
Line(電話で悩みを聞いてくれるボランティア団体が運営するサービス。自殺願望がある人を食い止めるなど社会的な役割は大きい)に電話をしたりしてい
ました。ある日カウンセラー(スペイン人女性)に『こんなに長く心の痛みを抱えて生きるのなら命など要らない。』と言いました。するといつもは穏やかに
黙って私の話を聞いてくれていた彼女が突然怒り出したのです。『命は神様から頂いたものよ。どうしてそんな尊いものを自分から捨てようとするの!』と。そ
して彼女は付け加えました。『信仰を持ちなさい。神様を信じれば、死にたいなどとは絶対に思わないはず。あなたは幸いに幼稚園の時にキリスト教と接しているのだから、再び教会に行きなさい。キリスト教を学び他人や自分を許すとはどういうことかを学びなさい。』(彼女はスペイン人ですからもちろんカトリック教徒でしたし、私が知っている教会も同じカトリックでした)と。 |
| 『再びキリスト教と出会う』 |
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神様という言葉を聞いて、すぐに私は遠
い昔に幼稚園で習った祈りを思い出しました。それは長い間唱えていなくても不思議に忘れなかった『主の祈り』と『天使祝詞』でした。幼い頃に描いたマリア
様のイメージが浮かび『めでたし...(天使祝詞の文語の祈り)』を口にしました。だからと言って教会のミサに行ったことなど一度もなく、私は相変わらず
New
Ageという精神世界の中で漂っていました。しかし座禅をしてもちっとも無我の境地や心の平安には到達しません。以前ほどではないにしても、相変わらず怒
り、悲しみ、困惑、絶望の思いがグルグル回っていました。そしてある日、外国人向けの雑誌で『1週間の座禅合宿』の広告を見つけたのです。恐る恐る電話を
してみると、電話の相手はカトリックの神父様でした。神父様は静かな落ち着いた声で『座ったことありますか?』と聞くのです。『はい、瞑想を少ししていま
した。』と答えると、『どうぞいらして下さい』と言われたので申し込みました。合宿は武蔵五日市という東京の西の外れにある山奥の小さな村のカトリック修
道会が運営する座禅道場で始まりました。第1日目の朝、5時に起床し20分後に座禅堂に集合(もちろん着替えるのが精一杯で化粧をする時間などありませ
ん)、朝食前の最初のセッション(40分)が始まりました。すぐに痺れる足をごまかしながら長い長い40分を耐え抜きます。無我の境地などとは程遠いものです。そして6時の終了の合図とともに目を開けると、そこには司祭服を着た神父の姿が!座禅堂でセッションに続いて突然始まったミサに驚きました。この座
禅合宿は朝5時から夜10時まで何度も40分のセッションを繰り返すのですが、食前食後の祈りや禅についての神父への質問の時間以外は、一切の会話を禁止
されていました。何をするにも音を立ててはいけないとさえ言われました。食堂で全員が一斉に立ち上がったり座ったりする時に椅子を引く音を『あなたたちは
戦車に乗っているみたいな音を立てますね。ここには軍隊が来ている様です。』と注意されました。部屋は鍵のかからない和室の2人相部屋でしたが、ルームメートとは挨拶どころか目線さえ合わせてはいけないというのです。『自分を見つめる時間の邪魔になるから』だそうです。また廊下ですれ違っても同じ様に無
視をするわけです。私は友達を作ろうと思って合宿に来たわけではなかったので、この『人と話さない時間』を心の底から楽しみました。今考えるととても贅沢な時間でした。私が今でも集団にべったり属することを嫌うのは、この時の影響が大きいと思います。1週間後私はこの『沈黙の時』に別れを告げ、雑踏の中に
嫌々戻って行きました(この接心という修行?は洗礼を受けるまでの間、1回が1週間から10日間のセッションなのですが数回受けました)。 |
| 『座禅教室からカトリック入門講座へ』 |
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俗世間に戻り、過去のことは余り思い出さない様になりました。それでも完全に過去を克服したことにはならなかったのです。時々突然襲ってくる怒りに涙する日が続いていました。気功やヨガも始めました。嫌なことを忘れるためにできることは何でもやろうと思ったのです。最後には日常に座禅を取り入れたいと思い始めたのです。当時は現実を考えたくないための『逃げ場』探しでした。そしてその神父様が上智大学で週に2回座禅クラスを持っていることを知りました。そして通って
いるうちに『NHKに度々出演している有名な大学教授の講座が無料で聴けるらしいよ』という噂を会社の同僚(彼女もNew
Ageを学んでいて、当時私たちは『前世療法』などの本を読んでいました)から聞き、『たぶんこの人よね…』と手に取ったパンフレットは、私が洗礼を受け
るきっかけになった神父様(上智大学哲学科の教授)の講座紹介でした。同僚に見せると『ふ〜ん、キリスト教入門講座か〜。私たち宗教は関係ないから途中で
宗教っぽく感じたら止めようね。』というコメント。私も『宗教なんていらないも〜ん。New
Ageやってるんだから。』それに100%同意し、ふたりで有名人見たさに講座に参加することになったのです。 |
| 『許しとは、相手のために祈ること』 |
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ある講義の
時(既に前述の同僚は講座を止めていた)、隣に偶然座った同年代の女性に話し掛けられ、講義の後の『受講者の分かち合いの時間』に参加することになりまし
た。その日の講義のテーマは『許し』。スペイン人のカウンセラーから『人を恨むということは、自分を傷つけること。あなたの恨みの一番の犠牲者は恨まれた相手じゃなくてあなたなのよ。許すとは相手が勝つとか自分が負けるとかじゃないの。許すことによって自分を解放するのよ。怒った時に胸が痛いでしょ?心が
痛がっているサインなのよ。こんな状態続けていたら病気になるわよ。自分を痛めつけてはダメよ。』と言われていたのを思い出し、同席していた神父様に『どうしても許せない人はいないですか?許したと思っても、また恨んでしまうことはないですか?』と質問してみました。すると『許そうという意思と自分の感情
が一致しないことは、当然のことです。許そう、許したいという決断だけして下さい。心で完全に許さなくてもいいですよ。人間は完璧じゃないから無理です。その代わり神様にこういう風にお願いしてみて下さい。-
私はある人のことが嫌いですが、神様はその人を大切に思っていると信じます。私が彼(彼女)を無視しても神様は無視しないと信じます。許しとは相手のため
に祈ることです。』と答えて下さいました。そして同時進行で進めていたカウンセリングのセッションである本を薦められて読んだ時に、愛についての定義が聖書から引用されていることを知りました。Love is patient, love is
kind...あのコリントの手紙の有名な一節でした。この時初めて聖書を買いました(私はこの箇所は英語で読む方が今でも好きです)。これはカトリック
教会では『愛の賛歌』と呼ばれていて、結婚式でよく使われる聖書箇所だと知ったのはずっと後のことでした。これ以上愛のあるべき形を的確に表現したものはないだろうと言われています。 |
| 『放蕩息子のたとえ』 |
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有名な神父
様のキリスト教入門講座に通い始めてすぐ1日練成会がありました。聖書のある箇所を読んで分かち合いをし、祈るという勉強会でした。私はその日のミサで入門式(キリスト教を勉強するという決意を宣言するもので、必ずしも洗礼に結びつく必要はない)を受ける予定でした。せっかく幼稚園で経験したカトリックに
再び巡り会ったのだから、今度は勉強くらいはしてみようかと考えた程度の軽い気持ちでした。それなのに気分は最悪でした。少しの間落ち着いていた『恨み』
と『許し』の間の葛藤がまた始まっていたのです。そんな日に与えられた聖書の箇所は『放蕩息子のたとえ』。最悪でした。こんな日に何故『いい加減なことを
した息子を許す父』の話から、神様の愛を学ばなくてはいけないのでしょう?そんなこと無理でしょう!と考えながら座っていました。どうしても真面目に過ご
してきた兄がかわいそうだとしか考えられないのです。その時にグループディスカッションで『どうしても兄の味方しかできません。こんな弟を許してしまう話
はずるい生き方をした弟に対して甘すぎます。父は許すことによって弟は勝ったと勘違いして付け上がりますよね。兄は正直な生き方をしたのに敗者になるんで
すか?かわいそうです。』と言いました。この放蕩息子は神様から許されてとても幸せな弟ですが、兄はあんなにいつも神様の側にいたのにその恵みに気づかず、それに感謝できなかったという面でかわいそうだったことに気が付いたのは洗礼を受けてからずっと後のことでした(確かカルメル会の黙想の家で突然気が付いたのを覚えてます)。カルメル会とは男子修道会で、一般に黙想の家を開放しています。 |
| 『代母さんとの出会い』『信者になることについての葛藤』、そして『巡礼企画』 |
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それからい
ろいろな要理の講座に通いましたが、聖書の勉強は簡単なものではありませんでした。座禅を指導して下さった神父様とキリスト教入門講座の神父様の講座を掛け持ちして、約3年学んだのですが、どうしても聖書のいろいろな箇所が納得が行かないのです。女性は教えてはいけないだの、男性に従えだの、何かあると動物をすぐに殺していけにえとして捧げるなどというのは、当時英語学校でフェミニズムや環境問題についての討論をしていた私には到底受け入れられるものではなかったのです。それなのに他人の洗礼式を見る度に『私が万が一洗礼を受けるとしたら絶対に代母はこの人!』と勝手に考えている人がいました。とても落ち着いていて清楚で憧れていました。当時その女性は洗礼すら受けていませんでした。キリスト教入門クラスでは、よく黙想会の時に同じテーブルになりました。すると彼女が司会を担当するのです。話をしてみてますます彼女に憧れました。私は自分の洗礼よりも彼女が早く洗礼を受けないかと思っていました。すると彼女も『動物愛護団体に入っているので、聖書の全てを信じることに抵抗があって』と言うのです。しかし神父様から『聖書は今となっては現代にそぐわない部分もあるのは当たり前でしょう。しかし書かれた当時としては非常に革命的な教えだったでしょう。』と言われて洗礼を受ける決心がついたそうです。彼女の洗礼の日は私の妹の結婚式でしたが、披露宴の後、すぐにお祝いに駆けつけたのは言うまでもありません。そしてその年に続けて堅信を受け晴れて代母になれることになったのを見届けた時に『これで代母さんお願いできる!』などと考えていました。まだ洗礼の確固たる決心はありませんでした。 |
| 『神様のなされたこと』 |
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ある日の土曜の午後、気分転換にどこか
へ買物に行こうとしていましたが何となく気が向かず、数時間後ミサに行こうと思って外へ出かけようとしました。ちょうどその時、速達が届きました。差出人は苦しみの原因となった私を傷つけた人でした。中には『最初は何故あそこまで気が狂った様に自分のことを恨んでいるのか、そこまで傷つけたとは思っていませんでした。でもだんだん時が経つにつれて、あなたの心の痛みが自分の心の痛みになりました。今更謝っても遅いと思いますが、あなたの心の平安を祈っていることだけは理解して下さい。』という内容でした。それを読んだ時に恨みの気持ちがストンと落ちて行くのがわかりました。そして急いでその人の仕事場(学校の先生でした)へ行きました。その人はその日を最後に学校を辞め、田舎へ帰ることになっていたのです。授業中の教室の閉まったドアに耳をあてると、講義中の声が聞こえます。チャイムが鳴り授業が終わって最後の挨拶をしドアを開けた時に目の前に私が立っていました。『手紙読んだ?』と震えた声の問いかけに
『だからここにいるのよ。』と答えた時に、完全に心の痛みが消えていました。そして『恨んで傷つけてごめんね。』と私は謝りました。『私から許すことは絶
対にない。それは負けを認めて相手をつけ上がらせるだけ。』と豪語していた時の激しい感情がウソの様に心が晴れやかでした。私がミサでなく買物に出かけるためにもっと早く外出して手紙に気が付かなかったらこういう展開にならなかったのです。『神様はいたね〜。』と泣いた私を見たその人は、一緒にうれしそう
に泣いていました。そしてその感激を胸に秘め、ミサに出かけて行き、洗礼を受けたいと心から思いました。 |
| 『洗礼の恵み』 |
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洗礼を受け
たいと決心した時に、真っ先に例の憧れの女性に報告をしました。彼女は『ああ、よかった』と言ってとても喜んでくれました。そして私はすかさず『代母さん
になって下さい。』とお願いしました。彼女は非常に驚いて『クラスのヘルパーにはもっとふさわしい人がいらっしゃるから、その方にお願いした方がいいで
しょう。私は受洗して1年も経っていないのよ。』と辞退されました。私は『あなたが代母さんになって下さらなかったら、私は洗礼を受けません。初めてお会
いした時にまだ洗礼も受けていらっしゃらないのに、私の代母さんになる人だという堪があったんです。』と再度お願いしました。彼女の代母さんも同じ時に受
洗された方たちも『これはご縁だから』と勧めて下さったそうで、その年のクリスマスには代母さんを引き受けて下さる旨を書いたカードをいただきました。そ
して洗礼式は1999年のイースターと決定。キリスト教入門クラスの98年度の修了ミサで『洗礼志願式』を受け(司祭が代母と志願者に準備ができているか
を問い、教会に対して受洗を認めることを宣言する式)ました。志願式を受けたのが1月下旬。そこから復活祭の前夜までの約2ヶ月、洗礼のための準備をしま
した。その間講座もなかったので、ミサにできるだけ多く与ったり、洗礼名を選ぶために聖人の本を読んだりしていました。もちろんその年の秋に行なわれる巡
礼旅行の候補地のための打ち合わせも同時進行されました。その候補地のひとつであるフランスの小さなルルドという聖地で聖母マリアの出現を見たベルナデッ
タという少女の伝記を読み、『洗礼を受ける年に巡礼旅行というのは大きな恵みだし、マリア様は幼稚園の頃から好きだから』という理由で、洗礼名を『マリ
ア・ベルナデッタ』としました。 |
| 『神様に一番近かった日』 |
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巡礼旅行の
準備は大変でした。巡礼地を決めていろいろな旅行会社に打診してスケジュールやルートの案を出してもらうことから始めました。旅行会社はカトリック信者が企画と添乗をするところに決定しましたが、添乗予定の女性が赤ちゃんができた為、代わりに求道中のご主人が添乗することになったり、巡礼地でのホテルの予
約が取れなかったり...といろいろあり、毎晩の様にファックスで旅行委員が連絡を取り合っていました。思う様になかなか準備が進まず全員が一度は心労と
過労(?)で倒れるという経験もしました。巡礼旅行最後の日のパーティーの出し物として『主は水辺に立ちて』をスペイン語で歌おうと、こっそり準備もして
いました。 |
| 『初めての挫折』 |
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2000年8月にある修道院の導きで、ワールドユースデー・ローマ大会に参加しました。これはカトリック信者の若者のための2年に一度の集いです。この年は大聖年で
あり、カトリックの中心地であるバチカンのあるローマで開催されるという記念大会でした。大会は1週間でしたが、その1週間前からある修道院のイタリア国
内の施設に宿泊しながらローマを目指しました。この修道会は大聖年にアフリカ人のシスターが列聖(聖人に加えられること)されるということで、いろいろな
記念グッズを作ったり、修道院の建物を建て直したりと大騒ぎでした。その中で同行した私たち(全国から集まった女性)は修道会の無理なスケジュールにもみ
くちゃにされ、精神的にも肉体的にもかなり疲れていました。またこのワールドユースデーというのも、毎日のスケジュールが目茶目茶でした。早朝にミサがあ
るからと行って出かけてみるとその会場は土埃のするグランドで、ミサは実は集合時間の3時間後に行なわれるために、炎天下の中日射病で倒れる人が続出した
こともありました。それを同行のシスターが『体力の無い情けない人』と愚痴ったりののしったりすることもしばしばでした。またいろいろなイベントに対して
の準備不足のためにシスター同士が喧嘩する光景も目にしました。またローマ法王(教皇)との謁見のイベントでは、法王見たさに参加者の青年たちがお互いを
蹴飛ばし合い、終了後はペットボトルのゴミが会場に散乱し、それをボランティアの人が片付けることもありました。ある日本からの新婚カップルは地下鉄の中
でワールドユースデーの参加者と思われる青年(全員お揃いのバッグを持っていた)からスリに遭ったという残念な話も聞きました。そしてある日サン・ピエト
ロ大聖堂の25年に1度しか開かない『大聖年の門』をくぐるというイベントがあった時のことです。同じ時間にテルミニという地下鉄の駅に何万人もの若者が
集まることになりました。地下鉄のホームは人で溢れ一般の乗客を巻き込み、それでもどんどん後続の電車が入って来ます。ひとつ間違えれば将棋倒しになった
り、ホームから転落してそこに電車が入って来て事故が起こっても全くおかしくない状態でした。仲間の1人が貧血を起こして倒れました。私たちは警備のおま
わりさんの制止を振り切って、立ち入り禁止区域に倒れた仲間を連れて行き、それぞれが持っていた飲み物を飲ませたりしました。それでも『あなたたち何をぐ
ずぐずしているのですか!早く!』と怒鳴るシスターに、私たちは切れました。『行きたければシスター1人で行って下さい。私たちはこんなところで死にたく
ないので帰ります。』と言い、タクシーで修道院の寮に戻ったのです(これで死んだら『殉教』になるのかな?なんて冗談を言い合っていました)。 |
| 『超教派電脳クリスチャングループ(サイバースペースのクリスチャン)との出会い』 |
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私の中にキ
リスト教=カトリックという構図がありました。幼稚園の時からこれしか知らなかったのです。カトリックのミサというのは聖体中心の式次第が全世界同じで
す。しかし私の教会では月に1度、フォークミサという若者がフォーク形式の賛美の曲を演奏してミサを捧げます。ある時、聖書朗読が『タリタ・クミ』とイエ
スが死んだ少女に言うと、少女が起き上がって自分の足で立って歩いたという箇所だった時に、『タリタ・クミ』という曲に出会いました。ミサのパンフレット
の中に、その曲の紹介がありました。この曲が入っている『UNITY!』というCDを買い求めるためにインターネットで注文をしたのがきっかけで、CCMC(Cyberspace Christian
Media Communication)というグループと知り合いました。UNITY!とは電脳音楽集団で、あらゆる教派のクリスチャンが参加していま
す。そこで初めていろいろな教派があることを知ったのです。でも私は全く違和感がありませんでした。同じクリスチャンですから、共に祈り、いろいろな教会
でのコンサートの手伝いをしたりするだけではなく、ある時は(教義上飲める人と飲めない人が一緒に)アルコールOKの食事会も催したりもしましたが、非常
に和やかで楽しいものでした。私はこの仲間とCDが気に入って、教会のフォークミサで歌ったり、カトリックの友人にCDを宣伝したり、修道院のシスターに
CDを送ったりしていました。ある年の青梅市民クリスマスコンサートに出演してもらったりもしました。カトリックのミサでは最後に司祭が『行きましょう、
主の平和のうちに』と派遣の祝福をしますが、このUNITY!の活動は『主の平和のうちに派遣されること』を実践する機会を与えてくれました。 |
| 『喜びと困惑 - ゴスペルとの出会い』 |
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2001年夏の秋田でのワールド・ゲームズを通して出会った新しい仲間がゴスペルを始め、その秋に私も東京でゴスペルを体験しました。元々歌うのは大好きでしたから
この様な活気のある賛美に魅了されました。しかしすぐに教会との問題が出てきました。いろいろな教会の日曜礼拝に参加する機会があったのですが、ここで初
めて自分の知っているミサとの違いに直面しました。ミサは聖体を中心に信徒が集まりますが、礼拝は賛美のために信徒が集まりみ言葉を聞きます。聖餐式がな
い時もあります(カトリックは毎回のミサで聖餐式があり、ご聖体はミサの中心と考えられています)。ある時はカトリック信者として信じていたことが根底か
ら覆されたこともありましたし、カトリックを真っ向から否定されたこともありました。『カトリックである限り幸せにはなれない』とか『プロテスタントに改
宗しないのならゴスペルを止めろ!自分の教会が受け入れる歌だけ歌ってればいいじゃないか!帰れ!』と言われたこともありました。私の信仰が強くしっかり
していれば何も気にする必要はなかったのですが、キリスト教を止めてしまいたいと思うほどに悩みました。自分の心が狭いからいけないのだと、ちょっとした
教義の違いが受け入れられないことに自己嫌悪すら感じました。CCMCの仲間と長く付き合っていても今まで一度も起こらなかった『教派の違いのための葛
藤』を嫌というほど経験しました。CCMCの仲間に相談すると何故か『悩むな。今のままでいいんだから。突然僕たちの前で、ハレルヤ〜!なんて手を挙げて
叫ぶなよ。静かに祈ってる姿の方が似合ってるぞ。』と言われました。ある時は『ゴスペルを歌い続けるにはプロテスタントに改宗すべきか?』といろいろな教
会を巡ったこともありましたが、どうしてもピンとくるものがなく、自分の教会に残ることに決めました。そしてプロテスタントの教会のクワイヤで歌っていた
のを止めて、カトリック信者がディレクションをするクワイヤに移りました。私は自分でも気が付かなかったのですが、幼稚園の時に既に生活の中に神様という
存在を受け入れていた様なのです。信仰への歩みはずっとこのままなのだと感じています。これからもクリスチャンであるからこそ、迷ったり悩んだり悲しい想
いをしたりすることもあるでしょう。それでもゆっくりと自分のペースで神様を見つめる旅を続けて行こうと思っています。 |
| 『神様の望まれることとは?』 |
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幼い時から
自然に『神様はいる』と思えた経緯の為か、クリスチャン(実はこの言葉も自分を特別視している様で嫌いですが)になっても絶対に『クリスチャンらしくな
い』と言われたいと思っていました。確かに洗礼を受けるということは『神様の子供として生まれ変わる』ということを意味しますが、それ以上でもそれ以下で
もないと思っています。霊的に高められる体験をする人もいるでしょう。でもそれは『その人が偉くなった』ことではなく、ましてや器が変わったわけではない
のです。だから自分から社会的に隔絶したりしてバランスを失うことのない、神様だけが知っている『ちょっぴり』内的に変化が『あったかも知れない』自分が
時々感じられたらそれでいいと思っています。だから嗜好を『宗教上の理由』とか『教義に反する』などというのは、私の信仰のスタイルではありません。また
自分の感情を無理矢理抑える(感情的に乱れると『クリスチャンのくせに』と言われることが多いので)こともしたくありません。ある神父様が『み旨病(辛い
ことがあっても神様から試されていると考えて、耐えたり、無理矢理喜んでいるつもりになること)にならない様に...』と揶揄されていました。私は喜怒哀
楽を隠さないことこそ、自分だけじゃなく神様にも正直であることだと思っていますから、大丈夫じゃない時に無理矢理感情を殺して『主よありがとうございま
す。神様に感謝します。』なんて言うことも自分の信仰のスタイルじゃないので、できません。神様の望まれることとは正直に生きること...と信じていま
す。だから時々(いや、かなり頻繁に)羽目を外したり、失敗したり、怒ったり、泣いたりしても素直に生きたいです。ただニコニコいつも笑っている様な怪し
い信者でいたくありません。洗礼を受けて突然幸福になったり、完璧な人間になるわけじゃないので、クリスチャンって特別じゃないって思われたいです。 |
| 『何故、ゴスペルを歌うのか?』 |
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あるプロテ
スタントの教会で私の所属するクワイヤがソロライブを行ないました。その時に私のHPを見てコンサートを知り来て下さった方がいらっしゃいました。彼は目
がご不自由です。ゴスペルとは歌う側のエネルギーを聴く側に感じ取って、そこから神様のメッセージを伝える音楽です。ですから最初その方が来ると知った時
に『私たちの動きが見えなかったら、全てを感じ取って楽しんでいただけるかどうか』と考えました。しかし1曲目が始まった途端に私の不安は吹き飛びまし
た。彼がリズムに合わせてクワイヤや観客と一緒に手拍子をしているのを見ていると、まるで私たちが左右に揺れながら手拍子を打っているのが全て見えている
様でした。その顔はとても楽しそうでした。予定通り7曲の演奏が終わりバタバタとしていた為にお礼のご挨拶ができなかったのですが、翌日いただいたメール
に『コンサートを心から楽しみ、元気をもらい幸せを感じた』と書いてあったのを読んで、『本当に歌ってよかった』と思いました。ゴスペルを始めて1年以上
経ち、今まで多くのコンサートで歌っていますが、これほど『何の為に歌うのか』がわかった時は無かったです。お礼のメールに対していただいたお返事のメー
ルに『カトリックでは幸せになれないと言われたそうですが、さぞ悔しかったことでしょう。』と書いてありました。彼は『幸せとは自分で感じ取るもの』であ
り『宗教を信じなくても幸せだと感じることはできる』こと、しかし『キリスト教を信じることによって、感謝の心が芽生えた時に信じてよかったと思える』こ
とを話してくれました。とてもうれしいコメントでした。もし以前(他の教派の牧師や信徒さんから)言われた通り『カトリック=不幸』=『プロテスタント=
幸せ』という公式が成り立つとしたら、それは本当のキリスト教の教えに相反するものだと思いました。『もし...ならば』という条件付で神様は人を愛して
いるわけではないからです。幸せは自分で感じるもので、人から欲したり、教えてもらうものではないからです。他人の信条に対して『幸せになれない』という
のであれば、それはその人が幸せを内面ではなく、外面にあるものと思っていることになるのではないかと思います(私がちょっと体験したNew
Ageの世界でも、外の世界に幸せがあると考えてはいけないと言っていました)。この件をきっかけにして、私はあるクワイヤから離れ、大切だと思っていた
人たちとの交流も絶つことになりましたが、今は何が、誰が自分にとって大切なのか、本当に『あるがままにお互いを受け入れられる存在』なのかどうかが、
はっきりしたと思っています。今、所属している2つのクワイヤでは確かにいろいろな教派の人たちやクリスチャンでない人たちが一緒に歌っていますが、互い
の共通部分に目を向けています。同じクリスチャンとして(教義や生活習慣などに)違う部分を見た時に『クリスチャンでもいろいろあるんだね〜。』と笑って
受け入れてくれる仲間に居心地の良さを感じて、彼らと一緒に歌えること、またそんな仲間と作っていくライブが人を元気付けたり、人が幸せだと感じてもらえ
ることに心から感謝します。『カトリックの私がゴスペルを歌う』理由は、私の心の中にあるプロテスタントの人たちとの間に感じる葛藤から解放され『同じ神
様を信じる者』として、クリスチャンでない人たちとの間に『信じても信じなくても神様に平等に私たちは愛され、この世に生かされている存在』として喜び一
致すること、またゴスペルを歌わない人たちとの間に神様を感じる時間を共有すること、なんだろうな〜と今回のコンサートを機に感じました。だからこれから
もゴスペルを歌います。もっともっと人が幸せに感じることを自分の幸せとして感じることができる存在になれる様に祈りながら歌い続けます。 |
| 『神様の臨在』って本当にいつも感じるの? |
|
ゴスペルを
歌っている時、ミサや礼拝に与っている時によく聞く『神の臨在を感じる』という言葉。心から感心してしまうのだけど(もしくは心の底から思いっきり疑って
いる)、本当に皆いつも感じているのでしょうか?よく礼拝中に神様を思って泣いたり、叫んだり恍惚状態になったりするシーンを見て驚くけど、それだけが神
様を感じた証拠なんでしょうか?異言を唱えないクリスチャンはダメですか?黙って静かにしていて絶対に倒れたりしない人、感情の呻きの無い人、涙ひとつ見
せない人たちには神様は姿を見せないのでしょうか?神様を全く感じられない、感謝すらできない時があってはいけないでしょうか?神様から祝福を受けること
は素晴らしいこと。私もそういう時があるって信じます。でもそれって毎回じゃないはず。どんなに激しい賛美をしても心がしらけている時や、自分の心が鈍く
て何も感じない時だってあるはず。返ってそういう時の方が多いんじゃないかと感じます。でもクリスチャンになった以上、神様をいつも褒め称えて、愛され
て、祝福を受けなくっちゃいけないと思って、自分たちを感情的に追い詰めている気がします。『ここには神様がいない』という言葉を簡単に言ってしまう人た
ちは『自分が鈍くて何も感じられない時』を体験したことは無いのだろうか?『神様の臨在』を素早くキャッチすることが良いクリスチャンの印だろうか?礼拝
や聖職者の言葉にいつも感動することがクリスチャンである証しだろうか?...と大いに疑問の気持ちを持ってしまう自分がいます。かつてNew
Ageに夢中になっていた時に(今でも気持ちが冷めたとは思っていませんが)『自分にはHigher
Self(ハイヤー・セルフ)という自分より霊的に高い位置にいる存在がいて、その存在は私を100%理解してくれていて私を守るためにいつもメッセージ
を送っているけど、人間は鈍感なので残念なことに直感的や霊感的にそのうちたった2%しか受け取れない』という話を聞いたことがあります。神様を感じるこ
とができるかどうかなんてそれくらいのものだと疑って掛かっている私は本当にクリスチャンでしょうか?でも私が『神様が今ここにいる』って思った時なん
て、自分の人生のうちのほんの数分程度の体験でしかないんです。クリスチャンになったからってそんなに急に自分のアンテナの感度が良くなるとも思わないで
す。相変わらず鈍いからこそ祈るんだと思うんだけど違うんでしょうか? |
| 『教会ってどんなところですか?』 |
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教会に通う
ようになったきっかけは人それぞれだと思うけど、子供の頃から『ウキウキワクワクする様な楽しいところ』ではないと思っています。もしそういう所なら日本
人はもっといっぱいクリスチャンになっていると思います。私がホームステイをしていたカナダの家族も、もうすぐ成人になるという息子たちが教会に行ったの
は覚えているだけでも片手で十分に足りる...と言っていました。彼らは赤ちゃんの時からキリスト教文化の中で育っていますが、教会もお祈りも退屈だと
言っていました。楽しいものではなくて、親が習慣付けるものだと言っていました。じゃあどうして教会に行くのかというと、精神的に必要性なことが生じた時
に行き、それが習慣になる人もあればそうでない人もいるそうです。これって日本人が神社やお寺に行くのと同じじゃないか〜って思いました。日本の教会って
『楽しい』振りをしていませんか?わざとノリの良い歌を歌ったり、笑ったり、人を惹きつける様な話をしたり、すぐに親しく話し掛けたりして、良い雰囲気を
『わざと』作ろうとしていませんか?教会に如何に多くの未信者を集めるために『ここに来さえすれば、あっち(社会)で嫌なことがあっても楽しい気分になれ
る』みたいな世俗から切り離して特別なことしようとしていませんか?教会は神様と自分との関係構築のためにあるのであるから、『鈍い自分(直上の神様の臨
在についての箇所参照)』がちょっとでも神様を感じることができるかもしれない場所なのだから、楽しい必要なんてないと思っています。確かに日曜礼拝の
後、共同体の交わりは楽しいかもしれません。でも日本の教会の人の集め方って、皮肉っぽい見方をすれば下記の構図が成り立っている気がするのです。 |
| 神様の祝福とサタン |
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今、ある友人との間で話題になっている
のは、酒やタバコをする人は本当に神様の祝福を受けられないのかということ。クリスチャンになったら本当に世の中の欲から自分を遠ざけて模範的な生活を送
らなければいけないのだろうか?そうすれば、本当に神様からの祝福を受けられるのでしょうか?世俗的な欲を何故『サタン』の誘惑と呼ぶのでしょうか?また
本当にそれは『サタン』なのでしょうか?サタンだと誰が決めたのでしょうか?神様?それとも自分の所属する教会の聖職者?それとも教会の主力メンバー達?
キリスト教にとって酒やタバコが都合の悪いものだとは思わないのですが...(カトリックの神父様たちは人前で堂々とタバコ吸ってるし、パーティーでは必
ずアルコールで乾杯があるもの。お正月には樽酒をステージに上げて教会の主任司祭がお神酒割りだってやります)。もちろんこれらの嗜好品によって体を壊し
たり、人に迷惑をかけるのはよくないので、マナーは大切だとは思いますけどね。 |
| 他の宗教との関わり |
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あるホームページの掲示板でとても残念な書き込みを見ました。 |
| キリスト教に勧誘は必要か? |
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ゴスペルを歌っていると、宗教心の強い
クワイヤにいる信仰を持たない人が『私はクリスチャンでないのに、ゴスペルを歌っていいのか?』と悩んだり、歌うのを止めたりする人がいるという事例をた
くさん見ます。私はクリスチャンであるのに、時々ゴスペルを歌うのを止めようかと思う時があります。それは今まで書いた様な、激しい勧誘、極端な教義、社会的にその教会が排他的になっている、教派の違いによるクリスチャン同士の対立などを見た時です。だから、私はできるだけ教会との接点の薄い、勧誘・証しなどを練習中にしない、全てのメンバーに対して平等であり、教会の指導的立場にある人(牧師など)がクワイヤに対して宗教的な口出しをしない(『招き』や
教会に来るような場を『特別賛美』などとわざとらしく作ったり、強制するなど)、『歌っている時に神様が目の前に立っていた』とか『神様がこう言っていた』などの個人的で幻想的と捉えられる様な神様との体験を語らない(異言なども含む)というのを基準にしてクワイヤを選んでいるつもりです。もちろんゴス
ペルとは神様のことを歌っています。それだけで十分です。それ以上に何が必要でしょうか?何故、クリスチャンは、水が高いところから低いところへ流れる様な、自然の人の心の動きを待つことができないのか?何年かかったって、クワイヤを止めた後だって、この世での命を終える直前だって、いいじゃないのかな?
信仰を得るのに『ふさわしい時』は人間が無理矢理決めるのではなく、神様のみ心に適った時でしょう。それをクリスチャンが一番知っているはずだと思いま
す?ゴスペルを歌っている本人が信仰を得なくても、もしかしたらそのお友だちや家族がコンサートを見たりして、信仰を得るかもしれません。何十年後かに子供が何かのきっかけで教会に行って親がゴスペルをやっていたことを思い出して、それがきっかけになって信仰を得ることもあるでしょう。信仰の神秘とはどこで信仰の種が蒔かれているかは、人間がわからないものだと思います。自分の例を出しますが、私はカトリックの幼稚園に行きましたが当時は何も起こりません
でした。しかしずっと後になって大人になってから洗礼を受けました。キリスト教講座に通ってから4年もかかりました。でもキリスト教に対しての私の種まき
は幼稚園時代に行なわれていたはずです。私は『神様への信仰を得るのに遅過ぎ』という理由で私が洗礼を受けるまでに時間がかかったことを悲しむべきでしょ
うか?非難されるのか?今、あらゆるゴスペルクワイヤ(教会所属の)で行なわれていることは、満腹の人に無理矢理に食事をさせようとしているとか、習慣的にヘビを食べない国の人に無理矢理ヘビを食べろと言っているのと同じだと感じる時があります。無理強いはしてはいけないと思います。自分に良いと思っていることが相手には良いことに思えない時もあるのですから。 |
| 『神様を受け入れること』と『求道者となることを表明すること』 |
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最近、ゴスペルクワイヤである男性が神様を受け入れることを表明しました。これによって周りは『彼はクリスチャンになった』と大騒ぎしていますが(以前にもある女性に対して同じことがあって、
それによって彼女は神様を受け入れることを拒否する結果になりました)、私のカトリック信者としての見解を正直に言えば、彼は『キリストを神様として受け
入れ、彼の道について勉強を始めることを宣言した』だけであって、クリスチャンになったわけでは無いと思うのです。ある教会では何も聖書について教義につ
いて知らなくても『イエスキリストを信じます。彼は救い主です。』と宣言するだけで、その瞬間からその人はクリスチャンであると定義しているところがある
そうですが、私は何かが違うと思います。カトリックには、教会によって『キリスト教入門講座』が開かれ、勉強をしていく中で、キリストについてもっと学び
たいと教会に宣言する『入門式』によって始めて求道者としての一歩を踏み出します。まだこの時はクリスチャンではありません。そして次のステップとして
『洗礼志願式』というのを受けます。代父もしくは代母を立てて教会に『志願者が洗礼を受けることにふさわしい』ことを宣言してもらい、洗礼を受けることを
許されます(時によっては、勉強中に神父様から『まだ勉強が足りないから、次の機会まで待ちなさい』と言われる時もあります。普通は1年間勉強をします
が、人によってはもっと長くかかる場合もあります。また入門式を受けても洗礼までたどり着かない人も多くいます。そして洗礼式。これで晴れて受洗者はクリ
スチャンとなります。きちんと教義(要理)を勉強して納得した上でクリスチャンになる。クリスチャンとなるためには、ある程度の時間が必要だと思います。
神様を信じることは喜ばしいことですが、クリスチャンになるということはもっと重いことだと思っています。一度、洗礼を受けクリスチャンとなったら、そこからの道程の方が長くて苦しいことの方が多いのですから(私はコケまくり)。 |
| クリスチャンとしての傲慢さを見た日 |
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ある教会からのメーリングリストを見て、また『自分だけが正しいと思っているクリスチャンの傲慢さ』を感じました。まずは、そのメールの一部を紹介します(ちょっと日本語がおかしいと思う部分は勝手に直しました)。私は、この教会や牧師が好きで、何度か礼拝に行ったことも、ここの子供たちの託児を手伝ったこともあるので、大変残念な気持ちで
あることを初めにコメントしておきます。 *************************************************************** インターネットを賢く使う上で、一番大
切なことは『雑音に対するシグナル』-本当に使えそうなものとして私たちの目を引き付けるものはたくさんあり過ぎるので、私たちが必要なものを素早く見つ
ける為に不要な雑音を消し去ってくれるサービスのことです。『XXXX(ある検索エンジンの名前)』はとても良いシステムで、Web
siteのみならず、あらゆる情報が取得可能です。今日、私たちが何を信じ、どのように生きるべきかについての考え方はゴマンとありますが、どうやってこ
の雑音を取り除くのか、何が本物なのか?を見極めなければなりません。私たちがこの世の声に邪魔され、混乱されることなく、天から来るものに思いを寄せる
ことができます様に祈りましょ う。良い情報をもたらす発信源にチューナーを合わせることができる様に祈りましょう。 (途中省略) 主の御名を賛美します!洗礼を受けた
XXさんが、ある夜、どの様にして彼女の偶像を捨てたのか話してくれました。彼女が以前関わっていた仏教のグループや彼女の家族が、彼女に棄教しないよう
に圧力をかけ、そのうちの4人が彼女の家に来てクリスチャンにならない様に説得しました。彼女にはそれが本当に霊的な戦いで、肉体的にも弱っていました。
でも、神様はXXさんを助け、彼女のお父さんはその信仰の強さを見て、彼女の肩を持つ様になり、グループの人たちに偶像を彼女に押し付けない様にと説得し
てくれました。 *************************************************************** これって本当に良いことでしょうか?改
宗したのがそんなに喜ばしいことなのでしょうか?仏教は偶像でしょうか?仏教を捨てることが霊的な戦いなのでしょうか?それではその逆(キリスト教を棄教
して、他の世の中が一般的に認めている『良しとされる宗教』に行くことであって、俗に言う危険なカルト集団に走ることを言っているのではありません)に対
して、私たちは簡単に『あの人は堕ちた』と言ってよいでしょうか?キリスト教よりも、他の宗教に信仰の中に心の平安や喜びを見出したとしたら、それを喜ぶ
寛容さはないのでしょうか?私が求道中に指導を受けた神父様の中に、『カトリックと仏教との融合』を積極的に行なっている方がいます。カトリックは黙想
(沈黙の中で祈る、瞑想みたいなものかな?)と仏教の座禅に共通点を見つけたそうです。カトリックではこの座禅方式の黙想を接心と呼び世界的なホームペー
ジも作られました。その座禅中は仏教の作法に従い、説教では仏教の教えすら用いられることがあります(道元の話や本の紹介を神父様から聞いたことがありま
す)。カトリックの修道会が運営する座禅堂も建てられています。その他にも、ルーテル教会との合同ミサ(神父と牧師が一緒に祭壇に立って礼拝を進行する)
や奉仕グループ同士の交わりを定期的に行なったり、聖公会との共通の『主の祈り(口語文)』をミサで使うことにしたり、積極的に他の宗教や教派との和解や
一致を目指しています。純粋に神様を信じるならば、その思いや目指すところは一緒のはずです。ただその信じる『神様』の呼び方や求め方が違うだけなのに、
何故『信者の争奪合戦』をしなくてはいけないのでしょうか?私たちの母国語である日本語を話す外国人を見ると『私たちの言葉を話してくれてうれしい』とは
思いますが、まさか『人間として世の中に存在するならば、日本語しか話してはいけない。他の言語は邪悪だ!』などとは思わないでしょう(植民地になった国
にはそういう強制がありましたし、フランス人の前で英語を使うと嫌な顔をされたりすることはありますが)?何故、宗教についてだけ、こんなことが繰り返さ
れるのでしょうか?それでは、平和を求めるための信仰は、本当に『排他的な世間ズレした、自分たちと同じ考え方の人だけが幸せになればいいと思っている、
傲慢な仲良しクラブ』になってしまいます。政治家や知識人が差別的な発言をするとメディアによって叩かれ、その人の社会的な地位は下がりますが、聖職者は
許されるのですか?そんな考えの下に『世界平和』や『国際(異文化)交流』は成り立つと思いますか?こういう瞬間、キリスト教の『ひとりひとりが神様に
よって創造され、あるがままに愛されている』という教えはどこに行ってしまうのでしょうか?カトリックのカテキズムを読み直しましたが、『他の宗教にも救
いはある』としっかり書いてありました。 |
| 仏教と私 |
|
ここで何度も私は言っていますが、信仰
というものは生活の中にあって初めて成り立つものであって、その姿は自然体であるべきです。私の実家は普通の一般的な日本の家庭です。だから先祖代々受け
継いだ仏教のお墓があります。もし日本の熱心なクリスチャンたちと同じ様な態度で、我が家が仏教(ちなみにうちは座禅で有名な曹洞宗)にバリバリに従って
私を育てていたらどういうことになったか、想像してみたら面白いのです。まず、現在の私は在り得ません。私は4歳になる年の4月(誕生日が5月なので当時
はまだ3歳)にカトリックの幼稚園に入れられました。ここでもう両親はお寺から『うちの檀家として相応しくない!子供を異教徒のキリスト教の幼稚園に入れ
るとは!破門!』と言われていることでしょう。それに逆らって幼稚園に入ったら、他の檀家さんが私を『キリスト教から脱会』させようとして頑張るでしょ
う。両親は『邪教に洗脳されている』とお坊さんに言われ、毎日お寺に軟禁され、経文を叩き込まれて、曹洞宗の座禅堂で何ヶ月も修行。母は幼稚園のPTAの
集まりも、父兄に無料で行なわれていた子供の幼稚園教育の理解のためのキリスト教講座への出席も、幼稚園の日曜父兄参観日も、お遊戯会も、一切参加禁止。
夏休みの宿題である1日3回(朝・昼・晩)のお祈りもできず、先生に怒られ『悪い家庭』のレッテルを貼られる。毎年恒例のクリスマス会の出席はお寺の人間
を総動員してバリケード組んで阻止(代わりに、お釈迦様の日は幼稚園を休まされて甘茶をかける行事に参加させられ『十字架は偶像です』と教育される。近所
では『非国民』と非難され、私が何も知らずに幼稚園で習ったお祈りを唱えたり、マリア様の歌を歌ったりなんかしているのを檀家さんに見つかったら、叱られ
て追いかけられて、お寺に誘拐(軟禁?)されて、お坊さんに座禅のあの『棒』で叩かれるかもしれない。お寺では毎日『あの一家が邪教から救われます様に』
と祈祷会が開かれ、先祖代々のお墓には嫌がらせが続き、その嫌がらせの被害は幼稚園にまで及び、居たたまれなくなった両親はノイローゼとなり、私はわけも
わからず幼稚園を『強制退園』。両親はお寺に迷惑をかけたということで、財産を処分しお寺にお布施をすることで、何とか曹洞宗の総本山(どこ?)と和解。
それからは、バリバリの仏教徒に変身し、クリスチャンの知人のお葬式に行って賛美歌を歌ったり献花(仏教のお焼香みたいに思って下さい)をすることを『宗
教が違いますから』と言って拒み、参列している人たちからは『仏教って信仰の自由を尊重しない理解のない心の狭い宗教』と嫌な目で見られ、週に1回は必ず
お寺の檀家の家族とだけ過ごし、お経を唱え、座禅をして、お寺の言われるままにお布施をし、経文に書いてないことはご法度という生活をする。お寺の建立に
は積極的に参加し、布教のためと経文を唱えて、友だちを座禅会に招き、仏の道を聞いて感動した人を『死んだら極楽へ行ける人(救われたってこと)』とか
『これであなたの来世(輪廻という考え方がありますから)も安泰』とか言って喜び、その日はお寺は大騒ぎをする。さて、今までの文章の中で『仏教』と『キ
リスト教』に関係する言葉を全部入れ替えて読んで見て下さい。何か思い当たる節はありませんか?そうです。世間から見ると、日本のクリスチャンはこういう
風に見えているかも知れない。そう考えると、とっても皮肉っぽく思えて笑えます。私は今まで親戚や近所やお寺の誰からも『キリスト教なんて信じてはダメ
だ』と言われたことはありません。お寺に行くこともお墓参りとか法要以外には滅多にありませんが、家には仏壇があります。お寺にはお墓の供養料を払います
が、その金額は決して多くありません。曹洞宗だからと言って(もちろんお寺では定期的にお坊さんが一般に座禅を指導しているのを知っていますが)、座禅の
経験のあるのは一家で唯一のクリスチャンである私だけです。それもカトリック教会で指導してもらいました。祖母の法要にはお坊さんが『愛』について何と聖
書の言葉を例にしてお話がありました(私だけが目がテン状態)。こんな環境の中で育った私はクリスチャンという輪の中では、良い信者ではないかも知れませ
んが、あくまでもマイペースの自然体で、社会から疎まれない様にごく普通にこれからも生きて行くつもりです(聖書の『サウロの回心』の部分を考えながら書
いてます)。 |
| 信仰についての凹み再び |
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先日、ゴスペルを一緒に歌っていた仲間が若くして亡くなりました。突然の訃報に驚くばかりです。彼女が病気を知りゴスペルを始め、それを生きがいとしていたこと、本当は体調が悪かったのに、誰にも言わずに1人で病気と闘っていたこと、それを誰も知らずに彼女に何もできなかったこと...彼女の強さに胸を打たれました。黙って逝ってしまった彼女
の為に何ができるのだろう?彼女が生きがいとしたゴスペルを歌っている私たちの目標は?何としても彼女の追悼の為に残った仲間で歌いたい。コンサートを何
かの役に立てたい。詳しくはここでは語れませんが、色々考えてゴスペルを歌う意味、クリスチャンである意味を考え、歌う気力を失っています。今、何を考えているのか、一部の人にしか話せません。私の願いが叶う確立が余りにも現状では低すぎるのことに直面し、悩んでいます。ある方が『ゴスペルを歌えないかも
知れないという悩みは、時間をかけるに値する悩みだから、ゆっくり考えていいと思う』とアドバイスをしてくれたので、気持ちが自然にゴスペルに向くまで、
じっくり考えたいと思っています。 |
| 代母さんに感謝 |
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今回、私がHPを開設するきっかけに
なったあるサイトを閉鎖しました。善意でやったことがいろいろな人の誤解を生み、反感を買ったことは非常にショックでした(私はそのグループからは抜けま
したが、それでも続けていました)。それからゴスペル仲間が亡くなったことでの同じ神様を信じている人たちが『教義(たぶん、教会からやってはいけないと
言われているのだと思います)』に反するからということで、お通夜や告別式でお焼香や死者に手を合わせることができないのを目の前で見て、非常にショック
を受け、私がゴスペルを歌っている意味は一体何なのか本当にわからなくなりました。それらを代母さんに報告しました。代母さんとは、カトリックの洗礼を志
願した時にその妥当性(きちんと勉強をして、神様を理解し、洗礼を受けるにふさわしいか)を教会に宣言して、信仰の先輩として共に歩んで下さる役割を担っ
ています。代母さんとの出会いは以前に書いた通りで、彼女と私は教会に対する姿勢や、カトリック信者としての社会との関わり方に対して同じ考えを持ってい
るので、今回のこともとても心配して下さり、電話をいただきました。彼女は、どんな信仰を持っていても、『教会べったり』ではなく、社会人として常識をわ
きまえた行動を取り、周りに合わせることができることが大切であるといつもアドバイスして下さいます。私も同じスタンスです。今回私の周りで起こったこと
も、全て理解して下さいました。信じる神様が違っていても、冠婚葬祭では『主役』が誰であるのかを理解し、その主役のやり方に従うことができないのなら
ば、そういう場所に行くべきではない(強制されているのではないのだから)という意見で一致しました。江戸時代のキリスト教禁教令の中で生きているわけで
はないのですから、相手に礼を尽くすために教義にないことをしたからといって、捕らえられて拷問にかけられるわけでも死刑になるわけでもないのです。神様
が本当に寛容である方だと信じるならば、こんなことに細かくこだわる必要なはないはずです。心の狭い日本の一部のキリスト教の人たちに対して、今回は本当
に残念に思う次第です。それと同時に代母さんに感謝しています。 |
| 生活に根付いた信仰 |
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先週末、日本基督教団の方とお酒を楽しみました。とても面白いことに気が付いたのですが、この方はカトリックは懐が深くて豊かとおっしゃっていますが、私はプロテスタントのいろいろな教派に興味を持っていて(あまりにも私の知っているキリスト教と違いすぎて、迷ったりコケたりすることも多いですが)、彼らの特色を発揮して社会にもっと参加すれば豊かなキリスト教が日本にも広がるという風にも考えています。どこの教派にも共通して言えることだと思うのですが、各教団・教会が社会と如何に関わる
か、教会所属の信徒が如何に自然体で生活に根付いた生活をするか(=信仰を持たない人が見て、奇妙な集団だと思われないことや、教会が社会逃避の場にならないこと)によって日本のキリスト教はもっと広がると思うのです。何故、日本ではたった1%しかキリスト教信徒がいないのか?それは信徒が一般の人たちか
ら見て、社会生活に沿わない、排他的な、逃避的な、普通の人たちと違った生活を送っていると思えるからです。『ハレルヤ!』とか『主を賛美します!』とか言わなくても、私たちの生活が自然体であって、好感を持ってもらえたら、それで神様を伝えていることにはならないのでしょうか?『あの人の生き方って素敵ですよね。キリスト教信者なんですって。神様を信じているからあんな生き方や考え方ができるのかな?』という風に興味を持ってもらえる方が、人前で神を賛美して叫んだり、祈ったり、聖書について語ったりするよりもキリスト教の入り口はずっと広く見えます。そう思いませんか? |
| 偶像崇拝って何だろう? |
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プロテスタントの人たちに出会ってから
頻繁に『偶像崇拝』という言葉を聞くようになりました。最初はカトリックの『聖母マリア(これは、崇拝ではなく、神様の使いである天使の言葉に従ってイエ
ス・キリストを産み、彼が十字架に架けられて死を迎えた時もその下で最後までその死を見届けた信仰の厚い女性として尊敬しているだけです。私たちより先に
天に召された彼女が、今も私たちの為に祈っていることを信じて、一緒に祈ってもらえる様にと願うだけであって、これは神様に祈りを捧げるのとは全く違いま
す)』や『聖人(信仰の為に修道者になったり、殉教したりしたキリスト教信者の先輩としてのお手本として彼らに倣おうと思う態度であり、これも崇拝ではあ
りません)』を尊敬することに対して『神様以外を崇拝している』と批判する言葉だと知りましたが、どうもそれだけではないみたいです。そのひとつが『死者
に対して手を合わせて祈ること(特にキリスト教以外の宗教の儀式として)』やお焼香、村や町のお祭(村の鎮守様のお祭)、盆踊り(本来、霊を慰める目的だ
から)、神社やお寺で参拝すること(宗教が違うから)、などなどとにかくいろいろダメなものが多いことが判明しました。日本は昔からの伝統でいろいろな行
事を行ないますが、キリスト教を信じるとこれらへの参加が全てダメだということになるそうです。仏教のお葬式でお焼香をしないことは、現在はかなり周りか
ら『???』という感じで見られますが、これが普通のことになることが『キリスト教の勝利』となるそうです(ある牧師が教会信徒に対して、『自分の神様に
対して祈っていればいいでしょう。でもいずれは、こういう偏見に勝利したいですね。』とはっきりと言ったそうなのです)。私はだんだん、キリスト教がわか
らなくなりました。自分が生きていること、自分だけじゃ生きていけないとわかり他人を大切にすること、また人の死を悼むこと、風が吹いたり雪や雨が降った
りして季節を感じること、冬になって枯れた植物が春になると新しい芽を出し花が咲くこと、自然からの恵みに対して人が感謝して集いお祭をすること...こ
れらは全て普通の人間の生活です。どこに偶像が存在するのでしょうか?キリスト教を信じる人は、これは全て神様の偉大な業と信じて賛美を捧げるでしょう。
仏教だって他の宗教だって同じ心があると思います。何の宗教を信じない人たちでも命をいとおしむ心はあります。科学では証明できない何か大きな力が働いて
いることを信じている人だって多いでしょう。それだけでは何故いけないのでしょうか?何故キリスト教でなくてはいけないのでしょうか?何故キリスト教は
『勝たなくてはいけない』のでしょうか?信仰に『勝ち負け』はあるのでしょうか?世界中の皆がキリスト教に改宗したら、本当に『勝ち』なのでしょうか?こ
んな状態では、表面では平穏を装って心の中では『宗教戦争』を起こしているのと同じみたいな気がします。いつからキリスト教はそんな傲慢な宗教になってし
まったのでしょうか?人の心がわからない宗教なんて大っ嫌いだ〜!と叫びたい私がいます。心の狭いのは信仰の意味がありません。他人との違いを認めて、歩
み寄る姿勢がどうしてないのでしょうか?それでも胸を張って神様を愛しているなどと言っていいのでしょうか?そんな私たちは本当に救われているのでしょう
か?日本のキリスト教がこんなに心が狭く、カルト化しているなんて気が付きませんでした。私の信仰はどこへ行けばいいのでしょう?誰か教えて欲しいです。
私は棄教すべきでしょうか? |
| 仏教聖典を買って... |
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最近、旅先でホテルには聖書の他に仏教聖典が置いてあることに気が付きました。これが読んでみるとなかなか面白いのです。もちろん自分の心の中に受け入れられないものはありますが、目次をパラパラ見ながら、適当に拾い読みをしています。別に、仏教を勉強するという目的ではなく、本当に仏教を信仰するということは、どういうことなのかをちょっと
知りたいと思ったのです。日本人の思想や生活にどういう風に結びつき、どういう風にかけ離れているのかという点では、興味があります。キリスト教が何故日本に根付かないのか、知りたいという理由もありますが。 |
| 意外と知らない他の教派のこと |
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最近、私のHPを通して知り合った(ま
だお会いしていないのですが)プロテスタントの信者さんといろいろなお話をしています。先日の会話の内容は、『カトリックには断食があるか?その他守らなければならないことは何か?そして実際にそれらを信徒は守っているのか?』という質問から始まりました。私は『いろいろ教会の掟と呼ぶものは存在するけど、実際には守られていない。』という話をすると、彼は『プロテスタントと同じですね。カトリックの方が厳しく守っているのだと思ってました。』という返事が来て、びっくりしました。私は逆にプロテスタントの信者さんの方が、厳しい教義の中でアップアップになって生活しているものだと思っていたので、目からウロコ状態でした。やっぱりお互いを知ることなく、距離を置いて『あっちは、ああいうこと言ってるらしい...』なんていうのは嫌ですね。相手を知るこ
とは大切なんですね。カトリックって堅く見られますが、柔らかいですよ。プロテスタントもそういう教派あるんでしょうね。お互いを知り、違いを認めること
こそ、一緒になってキリスト教を日本に伝えていくことができるんじゃないでしょうか?まだまだ私の中にも、無知の上に成り立つ偏見があります。これをどれ
だけ取り払うかは、実際に目で見て体験することしかないでしょうね。来年もいろいろな教会に行ってみようと思います。 |
| クリスマスに寄せて |
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毎年クリスマスイブの教会は大変です。普段、なかなか教会に行けない信者さんだけでなく、『クリスマスは教会でロマンチックに過ごそう』などという雑誌の特集が組まれるので、デートコースになってしまうんです。確かにクリスマスというのは信者でない人に教会に興味を持ってもらう為には絶好の時ですが、一般のカップルのマナーの悪さには辟易と
してしまいますね。静かに祈らなくてはいけない時にベタベタといちゃついていたり、携帯電話が鳴ったり、献金の時に二人で1円入れて帰っちゃったり...
毎年唖然としながら過ごします。一番最低だった場面は、聖変化(パンとぶどう酒がキリストの体と血に変化する瞬間)の儀式の時に席を立って帰ってしまう人たち。これでは聖なる夜はぶち壊しです。教会が初めて来る人たちの為に何か小冊子を配ることができたらいいと思います。 |
| 人生の選択をしなくてはいけない時 |
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1人でなかなか決められない、それも大 切な人生について決定しなくてはいけない時に、どうしますか?自分を無にして祈りますか?それとも自分のできる範囲である程度選択肢を作っておいて、神様 に『どれがいいでしょうか?』と祈りますか?それとも自分の意思で決定し、それがうまく行く様に神様に祈りますか?神様に祈っていると、自分の心の中に 『あれ、やりたい』『これ、やりたい』というのがいっぱい出て来ます。でもこれってもう一度学生をやることとか、インターンシップで海外に行くとか、そう いう道ばかりで、就職というのは頭のどこにも引っかからないんです。最初から『何もプランがないんですけど、助けて下さい。み言葉を下さい。』という祈り 方はしたくないんです。『私はこうしたいんです。どうか神様のみ旨に沿ったものであれば、私を導いて下さい。』と祈りたいです。 |
| カトリック公教要理を読んで感じること |
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キリスト教会の中でどの教派が聖書に忠実な教義を持っているのか、そうでない教派は何を根拠に聖書に書いていないことを信徒に教えるのか?霊的なものを重視することで知られている教派は、自分
たちがどれくらい聖書に忠実だと考えているのか?それを知りたくていろいろな教派の信仰問答集や教義を読もうと思っています。どこの書物も必ずと言って良
いほど聖書の引用箇所を記して教義が如何に聖書に沿っているかを強調します。カトリックも他の教派もそれは同じです。ただカトリック要理は、使徒の伝承も
大切にしていると言っています。私は幼い時からカトリックしか知らない中で育って来たので、教義に何の疑問もありませんが、外から見るといろいろ感じるこ
とがあるのは周知のことです。十戒ひとつでさえ、カトリックとプロテスタントではちょっと違うんです。ひねくれた見方をすると、マリア様のことがあるか
ら、第二戒を偶像崇拝と定義しないで第一戒とひとつにまとめたのかと言われても仕方がないかな〜と取られかねません。こんな私でも、カトリック要理を読ん
でいて『???』と思うことさえあります。本当は、信じている神様が一緒ならもっとお互いに寛容になるべきなんですけど、なかなか難しいですね。 |
| カルヴァン派の主日礼拝に参加して... |
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日本基督教団に属する改革・長老派の日曜礼拝に参加しました。私の今までのプロテスタントのイメージは、牧師が賑やかな音楽を流して皆が立ち上がって手を挙げてワーシップソングを何度も歌い、
時には異言も飛び出し、いつまで経っても賛美が終らず、やっと終ったと思ったら、次は献金(多く納めるものは、多く恵みを受けると言われて献金かごが回ってきます)、牧師の説教に対して信徒は『アーメン!』『ハレルヤ!』を繰り返し、そして騒ぎの中で礼拝が終っていく姿です。私は今回の礼拝があまりにも静かに牧師や長老のプログラムに則った式で、賛美歌も『賛美歌21』を使い、聖書もカトリックと同じ新共同訳だったので、目からウロコ状態で礼拝を見ていま
した。聖餐式はパンに対する考え方が違うので、パスをしましたが、私の好きなタイプの穏かな礼拝の時間が流れました。良い礼拝でした。今度は余裕をもって穏かに礼拝に臨みたいです。 |
| カトリック教会の変遷 |
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同じカトリック教会の神父の中でも、いろいろ考え方が違ったり、信者さん(こういう言い方をするのは、カトリック以外にはいないそうです。つまりは教会員のこと)にも同じ様にいろいろな人がいます。最近知ったのは、昔は主日の午前0時から聖体拝領までは、断食をすることが掟だったこと、かつては聖人に対する崇敬の度合いが強かったこと、煉獄に
対する意識が強かったこと(死んだらすぐに天国に入れる様に、免償を求めて『主の祈り』『天使祝詞』を祈ったり、聖体顕示式に行ったりしていたそうです)、信徒は聖体拝領の時に手で聖体を受け取らない(口を開ける)などなど今の私ではカトリック信者としてとても着いていけないことが多かったと思いま
す。今はミサの1時間前から食べ物を控えること、聖人の記念日が典礼暦から減ったこと、『免償』があまり強調されなくなった、聖体は衛生上のことを考えて
手で受ける...となっています。これを書いたのは、ある神父の祈りの会でのミサに与った時に、同じカトリック信者として、少し違和感を覚えたからです。
カトリック信者には、それぞれ信仰の手本とする聖人の名前を洗礼名としてもらいますが、その人を通して神様への取次ぎをお願いしたり、ゆかりのある場所に
集まって聖人を偲んだりとかは、少なくなって来ています。今日のある祈りの集いの中のミサでは、特定の聖人絵を祭壇に飾って、その生い立ちなどをたどりな
がら祈っていました。福音朗読後の説教も普通のミサとは違っていました。聖体拝領の時も、ひざまずいて口で受けていた人が結構多かったし...これはカト
リック教会が『普遍=カトリック』という存在であっても、少しずつ変化していて、それを簡単に受け入れる人もいるけど、過去の自分のスタイルを変えない神
父や信徒がいるんだということです。きっと典礼の形式や祈りの変化に着いていけない場合もあるのでしょうね。確かに私もひよっこ信者ですが、幼稚園の時か
ら唱えていた『天にまします(主の祈りの通称)』や『めでたし(天使祝詞の通称)』は意味がわからなかったけれど、響きが良くて好きでした。それが近年口
語の祈祷文に変わってしまい、急に変えるのが大変でした。これからもカトリック教会はどんどん形を変えていくことでしょう。でも、その変化は他を排除するのではなく、交わりを持つ為のものになって欲しいですね。 |
| 信仰とは神秘的で個人的なもの...だから特別なもの...? |
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木曜日に通っているゴスペルクワイヤの練習中に、不思議な感覚が込みあがって来て、歌っている間にボロボロに泣いてしまいました。今まで、多くのクリスチャンから『証し』を聞いたことあるけ
ど、どうも感情的で、時には不気味な気さえしていました。そんな私がわけもわからずに50人以上の人の前で泣いたわけですから、最初は『不本意なこと
だ...』という意識があり、一生懸命『泣いちゃダメ!』と堪えていましたが、感情が勝ってしまいました。そんな日に限って、リハが始まる直前に、メン
バーが交代で書いているゴスペル・リハ報告の当番を引き受けてしまったから、さあ大変!それでも、信仰とは人間の意識よりももっと深いところで、静かに、
ジワジワと、ゆっくり、優しく、やって来ると考えているのを捨てたわけではありません。だから、できるだけリハの内容だけを淡々と書いたつもりです。で
も、この件については、クワイヤを立ち上げたご夫妻(ディテクターとその奥様)だけには、個人的に正直な気持ちをメールで送りました。『私は信仰は個人的なものだから、急に何かが襲って来る様な話を聞くのが嫌だったし、変だと思っていました。でもそれが自分の身に起こってしまったので、とても混乱して申し
訳ない気持ちです。今までの考えを改めなくてはいけないのかと考えますが、それにも躊躇し、自分の中に疑問や矛盾を感じます。他のメンバーの様には人前でこれを話したくないです。何故なら、ゴスペルを楽しんでいるけど信仰を持つまでには至っていない人に、キリスト教は怪しい雰囲気があるとは思って欲しくな
いし、彼らを混乱させたくないからです。信仰は個人的なことだと思っています。』と書くと、ご夫妻から別々にお返事をいただきました。彼らにとっても、ク
ワイヤの人たちに押し付けることなく、神様を知ってもらうことは難しいそうです。これはクワイヤを運営する時には、いつも配慮しなくてはいけないことなの
かも...というコメントももらいました。だから今回のことは、個人的に神様からもらったものとして、敢えてリハ報告にはせず、こっそり(ここに書いちゃったから、『こっそり』ではないか...)しまっておきます。彼らによると『こういう体験をする人ってあんまりいないんだから、自分が今回それに当
たってラッキーだと思う』と喜んでいればそれでいいそうです。その様にしておきます。 |
| 福音宣教について |
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ある講座を受けた時に感じたことをその
まま書きます。実は、ある日の『ぶつぶつ...(日記)』のキリスト教に関係する部分を削って、ここに持って来た(ちょっと加筆しました)のです
が...。講師は上智大学神学部の教授であると同時にイグナチオ教会の司祭でもあります。 |
| 信仰と情熱 |
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改訂版『カトリックの教え:カトリック
教会のカテキズム』(ドン・ボスコ社発行)を読みました。2004年1月改訂版初版発行という出来立てホヤホヤの本ですが、そこにあった『情熱の倫理性』
という箇所がとても気になりました。情熱とは『愛と憎しみ、望みと恐れ、喜びと悲しみと怒り』だと書いてあります。感情の動きとして見れば、情熱は倫理的に良くも悪くもないと言っています。しかしそれにどのくらい理性と意志が関わるかによって、倫理性が生じ、情熱は徳に昇華されることも、悪徳に堕すること
もあるそうです。信仰に情熱はあまり必要ないとずっと思っていて人を寄せ付けない程に固い壁を作っていたと思っていたのに、ゴスペルを歌っている最中にそれを一気に崩されて、嬉しいことだと考えると同時に、混乱して立っているのも危うい感じすらしています。自分の気持ちって全然アテにならないし、どういう
方向へ針が振れて行くのかも予測不能です。自分の夢中な気持ちを認めたり否定したり...精神的にとても忙しい(振り幅が大きすぎて疲れちゃいます)。情熱は徳にも悪にもなる...信仰にとっても情熱は徳にも悪にもなるってことでしょうか(うやむやな表現しかできなくてすみません)?バランス感覚が必要な
のかな? |
| ひよっ子信者 |
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ある人に言われました。『悩んだりコケ
たりしたって、どうせまだ洗礼受けて5年でしょ?5歳の子供が世の中で何の戸惑いもなく、スイスイ渡れるわけがない。洗礼受けた途端に、さあ1人で社会に
出なさいって言われてポイって外に放り出されたのと同じなんじゃないの?赤ちゃんは1人では育たない。ミルクが必要、面倒を見てくれる人が必要。支えても
らわないと成長できないでしょ。』そう考えたらまだまだ学ぶことが大切。見聞を広めることが必要。確かに代母さんや他の教会の人たちも、私たちにはまだ
『信徒のケアをしてくれる受け皿が教会内に必要』って言ってました。求道中の教会のケアはとても多かったのに『後は自分でやりなさい』って言われているの
と同じ状態なのかも。子供は好奇心だけで飛び出して危なっかしいところいっぱいあるし、一生懸命走っているのに前になかなか進まず、転んでケガをする時も
ある。視野が狭いから大切なことを見落とすことも、他のこと何も考えずに前だけ見てる時もあるし、ひとつのことに全く集中できない時もある。駄々をこねて
人を困らせる時もあるし、迷子になることもある。地図をもらっているはずなのに。神様の次元で見たら、人の一生なんて『まばたき』するよりも短いかも知れ
ないけど、その内のたった5年を大人の振りしてもがいている状態なのですね。神様は『危なっかしい?そんなの全部知ってるよ。』って言って笑っているで
しょうね。 |
| 四旬節中に... |
| 教会では『福音を信じて回心する時』と何度もミサで言っていますが、どうしてもそれがよくわからない。こんな自分を知られるのも嫌だし、イライラしている自分がいつもいます。毎日一瞬一瞬は幸せなのだけど、心の底の部分では平安を見つけられない穏かでない自分を発見しています。先日久しぶりにコンサートでお会いした(出演されていた)ご家族は全員が聖公会の信徒さんだけど、音楽を通して彼らの穏かさが伝わって来ます。私も音楽の楽しさを体験しているはずなのに何故こんなに違うんだろう?自分がじれったいんですね。そういう時もあるのは当たり前だと思うし、それはそれで私は『大丈夫』って思うし、『今のままで大丈夫。自然体でいるのが、一番輝いてるし素敵だから。自信持て。』って人も言ってくれるのに...大人の信者でいることは難しい。最近は泣きたいこといっぱい。 |
| ゴスペル以外の歌に触れる時 |
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ゴスペルはその曲が『何について、誰について(もちろん神様ですが)を知らないと歌えない』とある人が言いました。そして『他のジャンルの曲は、その必要はない』と付け加えました。確かにイエ
ス・キリストを信じる者にとって、ゴスペルの歌詞の意味を持つと思います。でも他の何気ないラジオから流れてくる曲の歌詞にだって何かを感じて涙すること
はあります。ベタベタのポップなラブソングは好きじゃないけど、『神様を信じていれば他には何も要らない』なんて胸を張って言えない。スローなバラードが心に沁みたりすることだってありますよ。 |
| 世界にみる『神』という言葉の意味 |
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先日、NHK教育テレビで小塩節(おしお・たかし)というドイツ文学者(ドイツ語を勉強していた時に、彼の文法書にはかなりお世話になりました)のインタ ビュー番組を見ました。彼は、ゴート語で翻訳された聖書の研究をしています。ゴート語での聖書翻訳は4世紀にされ、そこで文字の無い世界からどうやって文 字を作り出し、神様について定義していったかという話がありました。小塩氏によると、これはゴートの文字によると、神はGuthというアルファベットにな り、それはどこかのヨーロッパの言葉によると『相談相手=答えが返って来る』という意味になるそうです。それがドイツ語のGottになり、英語のGodと いう言葉になりました。第2次世界大戦後、ナチによる大量殺人に辟易とした彼は、ドイツでの勉強を止め、帰国するはずだったそうですが、ある礼拝に誘われ てた時に、『神よ、我信ず。信なき我を救いたまえ』という祈りを聞いて驚いて、ドイツに留まる決心をしたそうです。やっぱり人は信じられないことに悩んで いるのですね。この時に小塩氏にとって、神様はまさに『答えを返してくれた相談相手』であり、それは『ナイス・フォロー』でした。
電車の吊り広告で『ドコモのひと駅ぶん のケータイものがたり』というショートストーリーを読みました。タイトルは『すれ違うふたり』。なかなか会えない恋 人が携帯電話で話をした後に、男性がとても短いメールを彼女に送ります。彼女は心の中で『ナイス・フォロー』と思うという恋の話でした。
神様の『ナイス・フォロー』は私にとっていつ来るのか、復活祭を前に考えてます。いろいろ相談しているつもりなんだが、私に感じることのできる『ナイス・
フォロー』は今のところ返って来ていません。 |
| 2004年共同回心式 |
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今年も復活祭前に、この季節がやって来ました。カトリックの『懺悔』というのは、昔コントになったほどですが、やらなければいけない(最低年1回)信者としては、ちょっと気が重いものです。本当は個人的に『告解室』という小さな部屋に入って神父様と1対1で『罪の告白と赦し』をするものですが、今年もその前に共同回心式が来てしまいました。現在は我が教会では『和解の典礼』という名前になっていて、会衆が共同で『回心の祈り』を唱えます。今年の祈りについ ては、いろいろ考えされられました。特に心に痛かったのは次の2つの祈りでした。
(1)聖イグナチオ教会という大きな信 仰共同体に属する私たちは、共に祈り、共に奉仕活動等をしながら、共同体の一員という意識を新たにしてきましたが、教会全体についての関心の薄さや、建設的ではない批判など、不一致を招く要因も存在していることを認め、赦しを願います。
(2)ご自分のいのちを賭けて私たちの罪をあがなって下さった、イエス・キリストの愛を深く悟らせて下さい。出会う人々や出来事を通して、今も私たちを導き、呼びかけておられる声を、不注意や、心の頑なさの為に聞き入ろうとせず、福音の証しとして十分に生きていない私たちの弱さを認め、赦しを願います。
私は、母教会のミサに毎週行っているわけではないし、奉仕もしてないし、頻繁に『キリスト教って熱くなると怪しくなるかも...』と考えて、遠ざかってばっかりです。その考え方は、洗礼を受けてもうすぐ5年になるのに、どうしても変えられないです。と言うより、昔は奉仕に関わっていたのに、どうしても人
間関係がうまく行かなくて、教会にべったりしていると、『?マーク』ばっかり頭に浮かんで、信仰に自信が無くなってしまうのです。こういう矛盾をどうやって抱えていいのかどうか、本当にわからないです。 |
| やっぱり変えられない、私の信仰のスタンス... |
| 代母さんから電話をいただきました。近況報告や復活祭の話をしていて、色々考えましたが、私の信仰のスタンスはやっぱり『私らしく自然に』というところからは変えられないと思いました。昨日の枝の主日のミサの前に、偶然久しぶりに同年代の女性信者に会いました。彼女は、洗礼を受ける前から奉仕をずっと続けていて『私はクリスチャンじゃなくてもクリスチャン以上に奉仕をやっている。これ以上何か教会に奉仕するとしたら、シスターになる以外に道はない。』と断言していましたが、今も一般信徒として奉仕をしています。彼女から
『私のやっている奉仕は...(聖歌隊を含めて、全部で5個くらいあった)』と一方的にまくし立てられ、『一緒にやらない?いつからでも大丈夫だよ。よかったらこれから会議やるから...』と誘われましたが、『友人と待ち合わせだから...今日はちょっと。イグナチオは毎週来られるわけじゃないし、奉仕
はちょっと疲れちゃったので、やめておくわ。』とお断りしました。今日は枝だけもらって、これから待ち合わせ場所に向かうと言うとすかさず、『でもその枝、祝福受けてないでしょ?』と皮肉られてしまいました(確かに祝福を受けてないと、意味は無いかもしれないけど)。やっぱりダメです。私は、自分のペー
スを守りたい。 |
| 聖木曜日の典礼(最後の晩餐のミサ) |
| 復活祭前の1週間は聖週間の典礼ということで、夜にミサがあります。木曜日は最後の晩餐(洗足式を含む)、金曜日はイエス・キリストが逮捕されて十字架に付けられて亡くなることを聖書箇所を朗読して記念します。普通なら母教会に行くのですが、私の所属するイグナチオ教会は超満員になります(クリスマスみたい)。そこで、カトリック神田教会のごミサに与りました。比較的空いて
いて、ゆっくり祈りの時間を持てました。おまけに何と、カトリック東京教区岡田大司教様の司式のミサだったのです。ミサの聖書朗読箇所は、もちろん『最後
の晩餐』。信徒が弟子役に扮して、司教様が足を洗うという『洗足式』も行なわれました。
ミサの終わりには、聖体が聖櫃から移動され、いつも灯っている赤いランプも消えます。この司教様、元はプロテスタントの信者さんだったそうですが、あ
る時にカトリックに改宗され、司祭の道を選ばれたという経歴の持ち主です。洗礼名はペトロ。お説教の中で、何故、ペトロを洗礼名として選ばれたのかという
お話がありました。『最後の晩餐』の後、ユダはイエス・キリストを裏切ります。ペトロは逮捕されたイエス・キリストの『弟子』であることを3度否定しま
す。2人の弟子は裏切ったことを後悔し、ユダは自殺し、ペトロは悔い改めてローマで殉教します(その場所に、バチカンのサン・ピエトロ大聖堂がありま
す)。ペトロは、最初の司教=教皇となります。司教様は、カトリックを信じるということは、この教皇が
カトリック教会の頂点にいるということを信じるということを宣言すること、またこんな偉大なキリストの弟子も神様を裏切った...人間の強い部分と弱い部
分を象徴する信徒ということを理解すること、という2点の理由で『ペトロ』を洗礼名に選んだそうです。洗足式中に聖歌隊が歌っていた『私は仕えるためでは
なく、仕えるために来た...キリストの言葉』という聖歌を聞いていたら、胸がいっぱいになりました。久しぶりに良い典礼に与れました。神田教会に行くこ
とは予定してなかったのですが、行ってよかったです。
ここは、こんな私でも神様に感謝...です。 |
| 聖金曜日の典礼(受難のミサ) |
| 聖イグナチオ教会のミサに行きました。今日も聖櫃に赤いランプは灯って
いません。教会の鐘も鳴らないし、ミサの後も静かに帰宅する様に言われました。イエス・キリストが逮捕されて、十字架の上で亡くなるまでの聖書箇所を朗読しました。1年に1度のことなので、毎年ミサの式次第に慣れません。聖体が聖櫃に無いので、聖体拝領(聖餐式)も無いかな〜と思っていたら、ちゃんとあり
ました。今日は大斎(1食断食)を守る日です。私はお昼を抜きました。明日はいよいよ復活前夜祭です。洗礼式が楽しみです。また感動して泣くかも... |
| 復活徹夜祭ミサ(復活の聖なる徹夜祭) |
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聖イグナチオ教会の復活徹夜祭は初めて の参加です。洗礼を受けたのが上智大学のミサだったので、ずっとイースターはそっちに行っていましたが、今年は洗礼式が無いかも知れないと思ったので、教 会を選びました。何故徹夜祭(徹夜するわけじゃなく、土曜日の夜にミサをする)をするのかと言うと、初代教会時代に 『主の過ぎ越しの祝い』を徹夜でやったのが理由だそうです。典礼は下記の順序で行なわれました。 (1)火の祝福(復活のロウソクの為の 炭を祝福します。この時聖堂内は真っ暗です) (2)ロウソクの祝福(一般会衆に配ら れた700本のロウソクを司祭が祝福しました) (3)行列の入場(司祭が『キリストの 光』を歌いながら、入堂) (4)復活賛歌(ここで一斉に会衆のロ ウソクにリレー式で火を灯します。徐々に明るくなる聖堂は荘厳な雰囲気) (5)聖書朗読1:出エジプト記14 章、15章のモーセの十戒でイスラエル人が海を渡るシーン、答唱詩編と祈願 (6)聖書朗読2:イザヤの預言55章 1〜11節、答唱詩編と祈願 (7)聖書朗読3:バルクの預言3章 9〜15節、同32節〜4章4節、答唱詩編と祈願 (8)聖書朗読4:エゼキエルの預言 36章16〜28節、答唱詩編と祈願 (9)栄光の賛歌 (10)使徒書の朗読:使徒パウロの ローマの教会への手紙6章3〜11節 (11)アレルヤ唱 (12)福音朗読:ルカによる福音24 章1〜12節 (13)洗礼式(諸聖人の連願、水の祝 福、悪霊の拒否、信仰宣言、洗礼、聖香油の塗油、白衣の授与、ロウソクの授与、洗礼名の授与、共同祈願) (14)奉納(献金など) (15)聖体拝領 19時に始まったミサはたっぷり2時間
かかって終りました。会衆は1000人くらいいて、超満員。ロウソクは限定700本配布(消防署の指導だそうです)でした。私はしっかりいただきました。今回の受洗者は20人くらいだったかな?自分の時を思い出して、ウルウル状態でした。ミサの後は、皆で『おめでとう!』の声の嵐。ちょっとビール飲んで夕食でお祝いしました。やっぱり教会の典礼は荘厳で素敵でした。 |
| 復活の主日(日曜日の日中のミサ) |
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† 主のご復活おめでとうございます。 Happy Easter! Buona Pasqua a tutti!←イタリア語
母教会の10時半の復活祭ミサに行けま
した!今日も超満員状態でした(たぶん1000人はいたと思う)。こういう時は、何故かシルバー席(一番前)のすぐ後ろに『ドクター席(医者専用席?)』
ができます。私はその隣りに運良く席が取れました。レント中日曜日に歌っていなかった『栄光の賛歌』の時はパイプオルガンの前奏が通常より長くて荘厳でしたし、金曜の晩から止まっていた教会の鐘もガンガン鳴ったし、1年に1度この日しか歌わない『復活の続唱』も素敵だったし、それに続いて歌われた灰の水曜日以降止めていた福音朗読前の『アレルヤ唱』も感動的!お祝いモードのミサでした。代母さんや久しぶりにお会いした教会の人たちとも和やかに内輪でお祝いランチをして、ビールで乾杯!その後、教会に戻ると神父様の人事異動(イースターの後に毎年行なわれます)の歓送迎会で信徒会館は満員!その中でサングリア(スペインのフルーツ入りワイン)とその中で赤く染まった通称『酔っ払ったリンゴ』をいただき、こちらも酔っ払いました。毎年イースターは天気が良くてウキウキします。幸せな気分になれるのもこの日。クリスマスよりもイースターの方が、新しい命が神様の復活と共に芽生える感
じがして(春だから)すがすがしい気分になれます。1日お祝いモードで楽しかった。 |
| ヨハネ福音書20章29節を読んで |
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復活祭の次の日曜日は『神のいつくしみの主日』と呼ばれています。今日のミサでの福音朗読はヨハネ20章29節。イエス・キリストの復活の姿を直接見ることがなかった弟子の1人であるトマスが『見なければ信じない』と言ったことに対して、イエスはトマスの前に現れて『手を伸ばして傷跡(十字架に架かった時の釘の跡)に触れ、信じない者ではなく、信じる者になりなさい。』『見ないのに信じる人は幸いである。』と言いました。私はまさにこれと同じ状況に自分を
追いやっています。神父様は説教で『信仰とそれに対する迷いや疑いは、決して矛盾しません。』と言って下さったので、安心して帰って来ました。人間だからコケることもあるし、信じられない日もある。ただ、私にできることは、信じる心を下さいと祈ることだけ。それを理解してくれる神様に感謝します。 |
| ある詩の分かち合い |
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あるメーリングリストで、下記の詩が送られて来ましたので、紹介したいと思います。原文は英語の様です。
あなたは祝福されています。 |
| 何か変だよ、クリスチャンの『人として』のマナー&常識... |
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ゴスペルを始めてから、どうも心に引っかかることがいっぱいあるのが...『私にはどこかが合わない』ということ。クワイヤで、どんなに頑張って誰かが『証し』をしても、いわゆる『ノンクリ(キリスト教の信仰を持たない人という意味なんだそうですが、私はこの単語、ゴスペルを始めるまでカトリック教会では聞いたこともない言葉でした)』の人たちと同じ様に、心が思いっきり引いて冷めてしまっている私がいます。あるコンサートの後にちょっと聞いた話によると、『あの証を激しくすればするほど、ノンクリはキリスト教に対して心が引いて行くのをどうしてクリスチャンは気が付かないのかな〜?』という大きな疑問を持ったまま歌っている人がいるそうです。私も実は同じ状況にいるんです。一回試しに、何故そういう風に信じられないかについての『証し』のコーナーでも設けて欲しいと思っているくらいです。もちろん、ある歌に出会って心が大きく揺さぶられる時はあります。でもその時に『イエス・キリストを救い主として受け入れますか?』なんてたたみかける様なことをして欲しくないのが、本音です。信じたからと言っても、普段の生活はほとんど変わらない、きっと人生最大のピンチにでも遭って『追い詰められた』時に、何を支えとして生きるかという『決断』を求められた時にしか、信仰を持たない人との違いは自覚できないかも知れないと思ったりします。困難に遭った時、『祈りましょう』と言われても『祈れない』『祈りたくない』時がある。信じているのに、突然信じられなくなって教会に駆け込んで祈りの代わりに『神様のバカ〜!』って叫びたい時もある。他の人たちにはこういうこと無いの?そんなに突然、真っ直ぐな良い人たちになってしまうのですか?世の中から葛藤が無くなるの? 本当に神様さえいれば、他には何も要らないと思える様になるのでしょうか?信仰を持ってから、自殺などにつながる様な真の絶望は無くなりましたけど。押し付けるものじゃない。
それから、自分の教会から一歩外へ踏み出した時から、人間関係がうまく行きません。同じ信仰を持っているのに、それが故に、信仰だけじゃなく、普段の生活の中でもクリスチャンとうまくいかないことが多くなりました。理由はいろいろあるんだけど、最近感じることを挙げると... ◎クリスチャンとは、仲良くなっても信仰の話以外で、普通に気軽に話せなかったり、それを嫌う人がいる。 (聖書の話以外にも、日常の楽しい話、気軽にすればいいのにね〜。正直言ってすっごくつまんない。時間の無駄だとさえ、思ったりなんかする。せっかく西洋の文化がキリスト教に基づいて育っているのだから、そっちの方面の興味を持てば、本、映画、美術への関心が高くなって、話題が豊富になれるのに...もったいない。)
◎金銭的な感覚が、何となくズレていることが多い。一緒に食事に行ってガッカリすることが多くなった。これは教会への献金が原因?それともクリスチャンになったら、時々贅沢をするのはダメなのかしら?大抵、イライラします。誘った相手は私のテンポに付いて行けないんだろうな〜。別に、すごい高級なレストランにきちんと盛装して、エスコートしろとは言ってないのに。私は『立ち飲み焼き鳥屋』だって、会っていて楽しい相手なら問題なく楽しめるんですが..
◎喧嘩になるとムキになることが多い気がする。キリスト教の聖書研究会では、『ありがとう』と感謝することと、『ごめんなさい』と素直に過ちを認めることを教えていないのかな?これは信仰を持つ以前に、まず『人として』のマナーだと思うんだけど...(自分も含めて)。
こういうの見ていると、クリスチャンってどこか変です。社会の感覚からズレちゃってる。ある教会では、信徒に対して『結婚』を強く勧める牧師がいるそうだけど、今のままじゃ、クリスチャンは世間的にはモテないでしょう。私も世間から大きくズレたクリスチャンを恋人や結婚相手に選ぶつもりはありません。申し訳ないけど、ズレちゃっている信者さんは、教派に関係なく友人としても一緒にいたくないです。彼らはまるで、信仰を持っていることを『身元保証』みたいに思っているところがあるけど、絶対にそうじゃないし、クリスチャンであることを絶対条件にして、パートナーを選んだら、普段の生活で絶対に他の価値観が合わなくて、婚姻は破綻する気がする。それなら、普通のバランスの取れた、信念の強いものを持っている人の方が怪しくないから安心かもと思う。やっぱり特殊な世界なんでしょうか?この世界で一生閉じこもっているのなら、こういう生活も平和でいいでしょう。でも、外の世界に出て行かなかったとしても、教会が生活を保障してくれるわけでもないし、最終的に神様と自分との関係は1対1なんです。神様だけが知っている自分のこと...いっぱいあります。信仰体験は、あくまでも個人的なもの。教会は仲良しクラブじゃないんだけど、そういう傾向が見られます。私は『群れないタイプ』と認めて割り切っているので すが、それが許されているカトリック教会に在籍している私は幸せです。 これって奉仕をしないという訳じゃありません。近いうちに、病気が落ち着いたら、聖歌隊に復帰しようと思っています。 |
| 不思議なこと |
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人生には、自分の予期できないことがたくさん起こります。突発的なことが起こる度に、『神様からのメッセージは何なのか?』とか、『神様の選択なのか、自分の直感なのか?』と悩みます。自分の心の中で確信していたことと人生が正反対に動く時ばっかり。逆に予期せぬことにおまけが付いて来て、それに対して『どうして〜?』と思って感動して泣いて、自分の不完全さや偏見に気が付いたりすることもあります。ゴスペルって絶対に『プロテスタントのもの』って思っていたけど、突然行くことになったコンサートで歌われたHow Great Thou Artという歌に遭遇し、『これって私に洗礼を授けてくれた神父様がキリスト教入門講座で歌だ!』と途中で気が付いた(神父様の歌とはリズムが違ったのと、最初は歌詞が日本語だったから気が付かなかった)途端に感情が込み上げ、涙、涙(この曲はプログラムに歌詞がなかったので、私が泣いていること&その理由を知る人は隣りに座っていた友人 だけなのですが)。このライブ、『絶対に今回は行かない!』って開場直前まで思っていたのに...おまけに何故こういう時に、私がこの『証しページ』を開設のきっかけとなったゴスペルに対する考えを根底から覆しちゃうことが起こってしまったんだろう?こういう時って、気付かされたことに嬉しい反面、辛い気持ちもあります。神様、次は何が起こるのでしょうか?今までの感激とは反対に、信仰を持つことが少し怖いと感じ始めた日でした。 おまけに自分が周りに何か変な波風を立ててしまったと感じた時、生きているのが恐いと思ったりもしています。 |
| パッション... |
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見たい様で、見れない映画。クリスチャンじゃなくても、是非!と言われているけど、CMを見ていると残酷過ぎて私には堪えられないんじゃないかと...躊躇しています。幼稚園の時に、イエス・キリストは十字架の上で殺されたこと(処刑された理由と、死因が窒息死だということは、大人になってから知った)、先生(シスターたち)は私にどの様に教えたのか覚えていないです。いばらの冠をかぶせられて、十字架を背負わされたことは知っていたと思います。『かわいそうだ〜。』って思ったことは覚えているので。映画のシーンを想像するだけで、今の私には十分かと思ってしまいます。周りが静かになったら、DVD買って1人でこっそり見るかも... |
| 誕生日のミサ |
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せっかく誕生日に主日のミサに与れるのだから...とカトリック吉祥寺教会の土曜日16時のミサに行きました。司式は、新任のジュン神父(ベトナム出身)でした。説教の内容は、『電池が切れるまで』のドラマにまつわるある長野県の幼い女の子の『命』という詩と、クリスチャンの信仰の話。自分の体調に凹んでしまう時のことを考えて、ちょっと目がウルウルでした。私も自分の電池が切れるまで、毎日をちゃんと過ごしたいと思いました。昨日、母にも話したのですが、『私、今とても苦しい時や辛い時があるけど、それでも今の自分が好きだから。万が一、明日不慮の事故や急病で命が無くなっても、自分の人生は幸せだったって悔いないから、大丈夫よ。』と言いましたが、それを再認識させられたミサでした。神様は、私を見捨ててはいませんね。 |
| やっぱりカトリックでよかった... |
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カトリック東京教区司教座(カテドラル)のある関口教会では、毎年5月にインターナショナルデーというのがあります。様々な国の信者さんたちが集まり、国際色豊かな料理やお酒を楽しんだり、パフォーマンス(ダンス、歌、などなど)を楽しんだり、一緒に多言語でミサに与ったりする有意義な1日でした。あいにくの雨だったけど、楽しい1日でした。お腹を空かせて行ったので、好奇心いっぱいでいろんな料理を楽しみ(最後には、立っているのに疲れて、教会敷地内の『ルルド(マリア様の出現があった、フランスのルルドの洞窟を似せて作った祈りの場所)』前のベンチ(これは野外ミサ用の会衆席だと思うけど)に座って、ご飯食べてました。こういう普通なところ、本当に大好きです。しみじみ思いました。自由で気さくで、ありのままでいられて、世界のどの教会に行っても共感できる人たちがいることは、本当にいいことです。だからこそ、こんな私でも何とかつながっていられます。 |
| 『パッション・ガイドブック』 |
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映画を観る前に読んでしまいました。映画に関する100の質問の本です。さらっと読めました。しかも映画で何故、ある特定のシーンを作ったのか、それは聖書に書かれていることなのか...などなど詳しい解説付きでした。映画を観た人にもお勧めの一冊です。私は、これで映画を観た気になっているわけじゃないけど、やっぱり今は観れないと思いました。その本には『受難から目を逸らさないで』と書いてあったにもかかわらず。 |
| 意外なところで..(私の親戚にまつわるキリスト教の話). |
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あるカトリックの信者さんと、ロザリオの話をしている時に思い出した意外な事実(父親から聞かされた)私の親戚とキリスト教との関係を書きたいと思います。実は、私の親戚は(基本的には仏教で、法事などには一同が 普通に集まりますが)、意外とクリスチャンが多かったのでした。 父方に私より古い世代のクリスチャンがいました。それぞれ、父から伝え聞いた話ですが、ご紹介します。 (1)祖母の従兄弟:結核患者専門病院に入院中、看護婦(カトリックのシスター)を通してキリスト教に触れ、亡くなる間際に親族に内緒で洗礼を受けてしまいました。葬儀は故人の希望でカトリック教会で行ないましたが、遺族が仏教で再度葬儀をし(お坊さんがかなり不機嫌だったらしい)、お墓に眠っています。彼を看取った看護婦さんは長崎の出身で、数年前に偶然出会いましたが、近年お亡くなりになりました。 (2)祖母の兄弟のお嫁さん:昔、東京で大きなデパート火災があり、当時消防士だった祖母の兄弟が亡くなりました。子供が無く、残されたお嫁さんが修道院に入りました。当時親族の猛反対に遭い、『親戚と縁を切ること、絶対に戻って来ないこと』を条件に、聖ヨハネ修道院(祖母の従兄弟が入院していた結核専門病院の母体の修道会)に入りました。かなり高齢ですが、このシスターとも偶然に会いました。祖母とは若い頃に仲良しだったそうで、突然の私の出現に驚いた様でした。私がこの修道会の祈りの会に行く時は、朝から『いつ来るんだ?』と言い続けて、普段は歩くのも不自由なのに、私の前では廊下を小走りして元気な姿を見せてくれます。 (3)父の従姉妹:プロテスタントの信者さんがひとりいます。どこの教派かは知らないけど、カトリックじゃないとだけ言っているそうです。 |
| 最近の映画監督たち |
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『パッション』のメル・ギブソン監督ってカトリック信者だったですよね?でもプロテスタントの人たちに絶賛されてますね。映画では、マリア様のこと、どういう風に扱われているのでしょう?プロテスタントの人たちは、それを見ていてどう感じるのだろう?見て見ない振り?それともカトリックに対する考えを変える様な映画なんでしょうか? それからカンヌ映画祭で話題になっている『華氏911』のマイケル・ムーア監督。彼もカトリックです。ブッシュ大統領に対してとても挑戦的な映画を作り、発言もすごいですが(ローマ法王についても、かなり大胆な発言をしたそうですが、私は2000年にバチカンで死ぬかもしれないアクシデントに遭ったので、あまり 法王に対して個人的な思い入れはありません 。私はバチカンのイベントに対する不手際をいっぱい見て、棄教しようとまで思ったくらいだから。後日、告解をして何とか立ち直りましたが)、これは『キリスト教原理主義者(ファンダメンタリスト)』に対する挑戦状でしょうか?私はブッシュ大統領は、怪しい教派にはまっていると思うことは同感です。信仰は人の自由ですが、世界をメチャクチャにすることだけは止めて欲しいです。あんな戦争、神様のご計画は何?なんて考えるクリスチャンの方がどうかしてる。 クリスチャンとして、こんな発言は不穏当かも知れませんが、そういう人たちはこの世から消えて欲しいです。 |
| 信仰とは99%の疑いと1%の希望 |
| いろいろなことに迷って、本を読み漁る日々を送っています。昭和63年出版の遠藤周作氏の『私のイエス-日本人のための聖書入門』は、とても興味深い内容です。彼は『信仰とは99%の疑いと1%の希望である』と書いています。幼稚園の頃は別にして、大人になってキリスト教に再会し、勉強をして自分の意思で洗礼を受けたものの、私の信仰は、まさに遠藤氏の言葉そのままの気がする。私はここで言いたい放題だけど、実際に神父様に聞いてみたいと思う『ここでは書けない疑問』もまだ持っていますが、それを遠藤氏は『こんなこと書いたら、神父が怒りそうだけど...』と前置きしながら、バサっと気持ちよくコメントしていました。よかった、こういう信者さんがいて...(私の指導司祭は、遠藤氏の知人)と滅多に行かない母教会に感謝してます。 |
| 人は弱い時ほど、強い:病まなければ...という詩を知って。 |
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ある方から詩を紹介していただきました。榎本保郎著『ちいろば余滴』 (聖燈社刊)の中で紹介された詩です。
『病まなければ』
病まなければ、捧げ得ない祈りがある 病まなければ信じ得ない奇跡がある 病まなければ近づき得ない聖所がある |
| カトリックとゴスペル |
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私の所属しているゴスペルクワイヤで、ショックなアナウンスがあった。練習会場がカトリック教会から、他の教会へ移るとのこと。ゴスペルを始めてからプロテスタント教会との間で葛藤があり、逃げるようにしてカトリック教会で練習しているクワイヤを見つけて飛び込んだ私としては、残念でたまらない。小聖堂は狭く、これからの季節は暑くなるので、確かに広い練習場所は快適だろうけど私の気持ちは複雑である。黒人の人たちが全身全霊を込めて歌うゴスペルは彼らの信仰の全てであり証しであるのは理解できるけど、これはカトリック信者にとっては、全てではない。厳しく自分の信仰生活を律することもなく、泣いたり手を挙げたりして神様に賛美を捧げることもない自分にとって『ちょっと今日の賛美にはついていけなかったかな?』と感じたリハの後、ドアを開けるとすぐに感じられるカトリックの沈黙の世界は、私には『信仰に対するギャップを感じた時の戸惑い』から自分を解放するためには絶対に必要な空間。それを奪われてしまうのは、かなり辛いものがある。同じカトリック信者のメンバーと正直な思いを話し合った。彼らも同じく、相当ショックな出来事だとのこと。自分の信仰の核にあるものをゴスペルによって根こそぎ持って行かれる様な不安を感じながら、激しい賛美と祈り、それに心がついていけない時、これから私はどうしたらいいのだろう?カトリック信者として内に秘めた『プロテスタント教会とのギャップを感じながらも歌っているという矛盾』とどう向き合えばいいのだろう?これは、『もう歌うのは止めて、教会に戻りなさい』というメッセージなんだろうか?せっかくプロテスタント教会から逃げて来たのに。 |
| 最後のゴスペルのリハーサル@カトリック教会 |
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カトリック目黒アンセルモ教会での最後のリハでした。仕事で30分遅刻しましたが、意地になって行きました。これで、この教会で歌うことは無くなるんだ〜と思ったら、とても虚しい&悲しい。せっかく前に所属していたクワイヤの賛美が精神的にきつくて、逃げる様にしてやって来たのに...また同じことになっちゃうかも...と思ってます。クワイヤの練習日を週2回にして、スプリットしてでも、あそこでずっと歌い続けたかった。私のゴスペルのHPを見てクワイヤに見学に来てくれた人や、私が連れて来た友人の中から、『あの激しさにはついて行けない。』と正直に言われたので、本当にこれからが不安。同じクワイヤのカトリック仲間も不安と不満を隠せないです。私のゴスペル生活も、これで終わりか...?医者から『激しい運動と同じだから、精神的にも止めたほうがいい』とすら言われているのを、無理してでも行っていたのに...プロテスタント教会で牧師の説教付きの激しい賛美なら、医者の言うことにとっくに従って止めてます。説教がない=キリスト教への勧誘がないから、安心して宣伝もしたし、友人を気軽に誘っていたのにな〜。 |
| ゴスペルについて... |
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代母さんから、ゴスペルを歌うことは私の信仰生活に迷いと混乱を生じさせる元になってるんじゃないかという話があった。2年前、あるコンサートに私の指導司祭の妹さん(修道院のシスター)が見に来て下さったのだけど、会場になった市民会館で『招き』が行なわれたことに対して、『ああいうことは、教会でやるものであって、ノリの良い音楽の中で人を高揚させて行なうものではありません。』と不愉快な気持ちを言っていた。そもそも、私がカトリック教会に身を置きながら、スタンスの違う(今、信じないと救われないと強調する)プロテスタントの中で、異文化である黒人のゴスペルを日本人として歌うことに、周りがとても心配しているそうです。私は、クリスチャンだから余計に心の中に葛藤が生じるのではないか、神様を信じる内容を歌っていながら、実は心の中で正反対のことが起こっているとしたら、それは私にとってあまり良いことじゃないのでは?と疑問を投げかけられた。確かにそうかも知れません。もしこれが私に精神的なプレッシャーをかけ、病気を助長される原因であるのなら、取り除かなくてはいけないことかも知れません。ちょっとお休みして、考えようかと思っています。リハ会場が移転するのは、『そろそろ自分の場所に帰りなさい』っていう意味かもしれません。 |
| ニューヨーク大学リハビリテーションセンターの壁に書かれた患者さんの祈り |
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ある教会のBBSに紹介されていました。何も言えずにただ黙って読みました。
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| ゴスペルリハ会場移転についての投げかけられた波紋 |
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やっぱり、いろいろな所で、メンバーの中で移転に対する余波やメンバーの心の中に大きな葛藤が出ている様です。いろいろな意見をまとめると、主旨として、大多数が移転に反対です。プロテスタントのしかも、白人教会ではやらない『ブラック・ゴスペル(オーストラリアのヒル・ソングの賛美とは訳が違います)』を、教派の違うカトリックの教会で2年間もやらせてもらえたことの意義の大きさを充分に感謝せず、自分たちの『実力』(?)でメンバーが増えたから、他のプロテスタント教会に移ると、簡単に言い切るとは、感謝の気持ちが薄いことと、自分たちの力に『奢り』『過信』があるようにも見えてしまいます。アンケートを取った意味はどこへ行ったのでしょう?皆の意見はどうなったのでしょう?ある日突然場所を変えると一方的に発表して、多くのメンバーが心を痛めているのに、それに気が付かない振りをしているのが信じられないと言っている人が多いそうです。普段は皆、平等なファミリーと言っているのに、一方的に場所を変えて、今までと何も変わりませんから当然皆は『参加するべきである』と言う、高飛車な態度を見て多くのメンバーが心を痛めているそうです。私も心を痛めている者のひとりです。 |
| ドクター・ストップ |
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遂に、私が1年以上も通っている心療内科の先生から『ゴスペル』に対してドクター・ストップが出ました。私の所属するクワイヤの移転、代母さんや仲良しのシスターからの助言、そしてトドメは医者です。こんなに短期間にゴスペルについての環境の変化や、周りからの声が一気に挙がるとは、もう『カトリック教会に戻って、少し落ち着きなさい』と言われているのだと感じます。タイミングが良すぎますもの。ここで自分の枠から出たら、新しい何かが見えるかも知れない...このドアを閉めても、次のドアが開いて待ってるかも知れないので、今回は言われるままに時の流れに従うことにします。体調が良くなって、自他共に認める『元気印』が本当に復活するまで、本当に心から歌いたいと思う時が来るまで、お休みします。すぐに復帰できるか、このままずっと辞めてしまうのか、今のところはわかりませんが、全て時に任せます。 |
| のんびりした日々 |
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いろんな意味で無理をしない生活を始めたら、気持ちが本当に楽になって行くのがわかります。歌うことを止めたら、『今日はリハに行かなくては...』みたいなプレッシャーから逃れてのんびりしています。うちの教会の人たちは、ケルン巡礼に行くらしいことをいただいた暑中見舞いをいただいて知ったくらいです。日曜の朝ミサにも行けないくらいな状態です。気分が教会に向いて行かないことを反省しつつも...『私は所詮こんなもんだろう』と思いながら、再びその時が来るのを待つのみです。 |
| 戦争について...(NHKスペシャルを見ながら) |
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世界は混沌としています。アメリカがイラクへの戦闘を開始した時に、ブッシュは『人々に神の栄光あれ、アメリカに神の栄光あれ!』とキリスト教として神の名を叫びました。対するフセイン(当時の大統領)も『聖戦(ジハード)』とイスラム教として神の名を叫びました。お互いに神の名を叫び、戦う。本当の信仰に対する姿はどっちなんだろう?どっちにも『万歳』なんて言っちゃいけないんだと改めて思います。『戦争は人を滅ぼす。問題は解決しない。』とは、どこの宗教の指導者も声にしない。最近、バチカンが積極的に戦争反対を叫んでいるけど、本当の平和主義者は誰なのか、私には全くわかりません。自衛権の行使、テロの阻止...は理解できるが、このままでは米ソの冷戦時代の『核をもって核を制す』のと同じ気がする。真の平和を訴えることができるのは、戦争で家族や大切な人を失った人たちだけかも知れないとニュースを見ながら思う。カナダ留学中にホストファミリーが『メディアは危険。人間を一番洗脳しているのは、メディアだ。人に憎しみの心や不安を与えることしかしない。平和な出来事は人の興味を惹かないから、ニュースにならないんだよ。』と言っていたのを思い出す。ファミリーのおじいさんとおばあさんはこの世にいないけど、二人とも大人として戦争を体験しているからこそ、こういうメッセージを残された家族に伝えることができたのだと思う。日本だって、第2次世界大戦中、軍部のメディア操作で日本人は最後の最後まで『日本は、負けそうだ。』なんて知らなかった。50年以上だった今でも、世界は何も変わってないのかも知れない。カトリックが十字軍遠征をした時から、何も変わっていないと思う。クリスチャンとして頭の痛い問題だけど、これを『カトリック教徒が起こした悪事』と言って、他の宗教が単に片付けている姿を見て、それでいいのだろうか?とも考える。新しい団体を起こして、過去を既成団体に責任転嫁して自分たちは新しい戦争が起こっている中にいるのは、本当に平和を求める姿なのかな?こういうのを見ると、宗教について信仰について立ち止まってしまう自分がいます。『他の宗教を認めながら、自らも生きる』と宣言したバチカン公会議(1962年から4年間開催)の意志は世界に生かされるだろうか?いつか世界は同調するのだろうか? |
| 敬虔という言葉を聞いて... |
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ヨーロッパの長期赴任から帰って来た友人がボソッと言った。『ねえ、どうして敬虔なカトリックっていう表現はあるのに、敬虔なプロテスタントとは言わないんだろう?』と。そして、その人は自分から答えを出した。『わかった!カトリックはいい加減だから、敢えて敬虔な人にはその形容詞を付けて、他の信者と区別するんでしょ?』と言って笑っていた。確かに、私の周りを見渡しても『敬虔なカトリック信者』っていうオーラを出している人はいませんね。だって信仰はあっても、普通に生活しているから、わからないんだもの。酒やタバコを止めるわけじゃないし、大きな声で祈ったりもしないし...。プロテスタント教会の皆さんは、信徒として、教会のメンバーとして、生活がそれまでのものと一変する人が多いんじゃないのかな?教会の教えに従い生きていくのが当たり前であるのだろうから、敢えて『敬虔な』なんて形容詞は要らないんじゃないかと思う。だから、本当に『敬虔』なのは、我らカトリック信者じゃなくて、プロテスタント信者さんたちじゃないのかな〜と、いつも思うのでした。 |
| 使徒信条が変わっていた |
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7月に入って初めて日曜主日のミサに行きました。それも7月最後の主日ミサ。6月にお知らせが出ていたので知っていたけど、ミサ中に唱える『信仰宣言』が変わっていました。今までのものと対比してみます。
『信仰宣言』(文語訳) 天地の創造主、全能の神である父を信じます。父のひとり子、おとめマリアから生まれ、苦しみを受けて葬られ、死者のうちから復活して、父の右におられる主イエズス・キリストを信じます。聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、体の復活、永遠の命を信じます。
これは、文語訳なので、イエス・キリストがイエズス・キリストになっています。でもカトリック信者でもこういう風に言うのは、この祈りの時だけかな?それから聖なる普遍の教会が英語にすると『普遍=Catholic』となるので、私たちは、カトリック教会を信じるという意味になると教えられています。たぶんプロテスタント教会の信仰宣言では、この部分は別の言葉を使っているはず。聖公会では『聖なる公会』と言ってたし、他のプロテスタントでは『合同の教会』とか...いろいろ言葉が違ってました。カトリックでは、毎日のミサの福音朗読の後、洗礼式の時に必ず唱える祈りです。
そして、これよりも長いのが『使徒信条』。私が知る限りではカトリック神田教会では、普段のミサではこちらを使っています。 『使徒信条』 天地の創造主、全能の父である神を信じます。父のひとり子、私たちの主イエス・キリストを信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ、陰府(よみ)に下り、三日目に死者のうちから復活し、天に昇って、全能の父である神の右の座に着き、正者と死者を裁くために来られます。聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、永遠の命を信じます。
そして、最後が最近、教会で使う様にと言われている『ニケア・コンスターチノープル信条』。私は初めて唱えました。 『ニケア・コンスターチノープル信条』 わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。主は神のひとり子。すべてに先立って父より生まれ、神よりの神、光よりの光、まことの神よりまことの神、造られることなく生まれ、父と一体。すべては主によって造られました。主は、わたしたち人類のため、わたしたちの救いのために天からくだり、聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、天に昇り、父の右の座に着いておられます。主は、生者と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。その国は終ることがありません。わたしは信じます。主であり、いのりの与え主である聖霊を。聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、栄光を受け、また預言者を通して語られました。わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、死者の復活と来世のいのりを待ち望みます。
どんどんこうやって、日本のカトリック教会のお祈りは文語から口語へと変わっていきます。主の祈りと天使祝詞を覚え終った私たち、また新しい祈りを覚えなくてはいけません。カトリックの背景によると、一番短い信仰宣言では、祈りの内容が十分ではなく、諸外国の祈りと比べて短いというのが理由だそうです。 |
| 千の風になって |
私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています 秋には光になって 畑にふりそそぐ 冬はダイヤのように きらめく雪になる 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る 私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 死んでなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています 千の風に 千の風になって あの 大きな空を 吹きわたっています あの 大きな空を 吹きわたっています 新井満氏が作者不詳の英語の詩を和訳して、CD化しました。本にもなっています。最近、『世界の中心で、愛を叫ぶ』という作品が気になっているので、人が『死』とどう向き合うかということにも関心を持っています。この世から体の中に住んでいた『私』という意識が無くなる時。それを自分や残された人がどう考えるのか、考えてしまいます。ちなみに下の英文が原作です。
A
THOUSAND WINDS
この詩に関連したと思われる英語のペーパーバックを注文しました。そのうちここでご報告できると思います。 |
| この記事、とっても気になる |
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ある経由で、『ベトナムは社会主義国で、未だ宗教的な弾圧も存在している国ですが、縁あって、ミッション的なツアーを行う事となりました』...という前置きでゴスペルのツアーのお知らせがあったのですが、そのベトナムに対する背景を説明する内容が非常に気になりました。ひねくれた見方かも知れないけど、この記事、かなりまずい内容だと思います。 ******************************************************************************************** もし、日本のゴスペル伝道の背景が、仏教やその他の宗教(プロテスタントではないキリスト教も含む)の影で『肩身の狭い思いをしている...プロテスタント』のクリスチャンを救うためだとしたら、今までゴスペルを歌ってきたカトリック信者の私は、自分を否定し滅ぼそうとしている人たちの片棒を担いでいたことになりますね。プロテスタント教会は、排他的で、自分たちと同じじゃない儒教も、土着の信仰もダメってことなんですか?ベトナムのプロテスタント教会の人たち、別に肩身の狭い思いする必要ないじゃない。日本はカトリック人口の方が少ないから、プロテスタントにとっては、これでいいってことなのかな?とても気になる。 |
| 久しぶりに教会へ |
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8月になって初めて教会に行くことができました。まだ日曜主日ミサは無理だけど、もっと涼しくなったら毎週行ける様になりたいと思う。今度の9月で初めてスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラに巡礼に行ってから5年が経ちます。あの時はサンチャゴで与った巡礼者の為のミサは9月8日(日)でした。カトリック教会では聖母マリアのお誕生記念日です。今年もあの巡礼に参加した人たちで、9月8日(水)に集まります。また巡礼行きたいです。 |
| オリンピックで起きた事件 |
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アテネ・オリンピック最終日の男子マラソンの競技中に、男性が道に出て来てランナーを妨害した事件、驚きました。マラソンを見るのは結構好きで、よく国内の大会をテレビで見ますが、あんな事は初めてです。この人、自称『司祭』ですが、本当に『元』司祭なんですね。おまけにこれは初犯ではなく、F1レースでもレース中に出て来て車の前に立ちはだかったという前科もあるとは。犯行理由は『イエス・キリストの再臨の為』とか?犠牲になった選手の出身国を考えると、同じキリスト教徒だと思われるし、あの元司祭は病気なんでしょうね。テロ、戦争、選挙のネガティブキャンペーン、映画、スポーツ競技...と何処にでも宗教ネタは転がっているんだと思うと悲しいです。平和を願う為に信じるものではないのかな?教会では、これをどういう風に取り上げるんだろう? |
| やっぱり、もう歌わない&歌えない |
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今もゴスペルを続けている人たちと久しぶりに会った。話を聞いていると私のテンションとはかなり違って高いところにあった。私にはもう無理だと思う。一生懸命歌おうと思えない。歌っていても喜びは湧き上らないだろう。信仰のことでムカつくことも、必ず起こるだろう。クワイヤの伝道のスタイルに腹が立つこともあるだろう。やっぱり歌わない方がいいと思った。あのノリに自分の感情が巻き込まれるのが嫌だと思った。私には合わない。 |
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