■ケータ誕生秘話■

 

■6月25日(火)
この日の早朝お腹の痛みで目が覚める。生理痛もしくは便秘の時のお腹の痛み。これはついに陣痛か!?
痛みはどんどん増しお昼からは15分間隔に。10分間隔になったら入院できる。陣痛の間隔とは、痛みは1分もなく残りはケロっとしている。(痛みが強くなると余韻が長くなる)

痛みは強くなっていく。内臓をぞうきん絞りされているかのごとく。しかし、なかなか10分間隔になってくれない。やっと10分間隔になったのが22時過ぎてから。堪えきれず病院に電話。なのになんと“病院まで近いので5分間隔になったら来て下さい。”って10分って言ってたじゃな〜い!!
25:30まで時間は縮まらず痛みの中眠りについた。痛みで起きるもののこの夜はまだ寝れた。(隣でうめき声を聞いているコージの方が寝れなかったであろう)
 

■6月26日(水)
陣痛にて起床。陣痛の度合い、間隔の縮まり具合からみて、今日は絶対出産だ!!と、確信しコージも臨戦体勢。論文の合間に陣痛の間隔をメモし、私の腰を摩る。
しかし、この間隔がまた思わせぶり。5分の時もあれば10分もあり、2分や3分の時もある。夕方になるといいかげんにしろ〜とばかりに、耐えきれず病院に行き診察してもらった。

この時の診察で子宮口2cm開いており、先生曰く出産は夜中の可能性あり。
エコーを撮らないので診察はとても安かった。気兼せずもっと早く来れば良かった…。

この後、助産婦さんの話しで陣痛ののがし方も覚え、うめき声をあげずに陣痛をやり過ごせるようになった。(鼻から息を吸って〜、お腹からフーっと息を吐く)それから数時間後、突如勢い良く5分間隔の規則正しい陣痛になる。これは!と言う時にかぎって、Wカップ準決勝トルコ×ブラジル戦だ!これが終わるぐらいが良いなぁと思っていたが、前半終了後耐えきれず病院へ電話。すると“家が近いから大丈夫!サッカー観てるでしょ?観てからおいで”だってさ。親孝行な息子だ。
サッカー終わったら行くと言いながらその後コージがダウン。30分ほど仮眠してから病院へ向かった。

23:45 病院へ着いての検診でも子宮口まだ2cm。まだ自宅待機でも良いと言われたが、胎児の心音を検査したら新たなことが発覚。へその緒が首に巻き付いているかも!?私は心配モード爆発で助産師さんを見つめていたら、胎児の半分ぐらいはそうやって生まれるから大丈夫!と安心はさせてくれたものの、念のためもう入院しましょう。と、やっと入院に漕ぎ着けた。

■6月27日(木)
1:00〜 陣痛促進とリラックスのためお風呂に入る。お風呂の中にいると痛みも軽減、お腹の重さも感じず快適。さらなる陣痛促進のためには歩くのが良いのだけど、眠くて堪らず陣痛の合間に寝た。
度々の心音検査でへその緒は巻かさってないかな〜とのこと。ホッと一安心。

5:00〜 陣痛がきつくなる。リラックスのためまたお風呂。ぬる湯で長風呂、寝てしまう。
朝ご飯を少しだけ食べる。

7:30〜8:30 陣痛促進のため院内散歩。外来が始まったため分娩室に入り、分娩室内をぐるぐる回る。ちなみにこの時のBGMはE o chan (のー天気系ブラジル音楽)

9:30頃 陣痛が進んできたので分娩室へ。その日のお産は私だけ。近頃話題のLDR分娩台を一人占めできる。しばらくすると義母も仕事を休んでやって来た。

陣痛はどんどん強くなる。

お昼になる。ご飯は気持ち悪くて食べれない。義母にお茶とゼリーを買って来てもらう。
少し食べる。

陣痛がさらに強くなる。こりゃきた!もう産めるぞ〜と心の中では喜んでいた。

この間4回ほど吐く。

しかし、横になったら眠くなり陣痛も弱くなってしまった。
とても弱くなってきた。なんで?どうして?もうイヤ〜!!!だってこの時点でもう午後3:00ぐらい。どんだけ続けば産めるのよ、出産ってなんなのよ!どうして私には産めないの?なんで出て来てくれないの?
お願い誰か助けて、コ〜ジ〜ィ〜〜〜とコージを見ても、俺にはどうしたら良いのやら…と言う顔。そりゃそうよね。いいの、あなたは見てくれているだけで。産むのは私なのよ〜私がするしかないのよ〜!!でもできないの。ってことはダメな私。母親失格だわ〜!!

と、かなりの弱気になって来たので、助産師さんも気付いたのか、人工破膜を提案。あぁ〜もう何でも良いわお願い!産ませて〜〜〜!
そんなわけで胎盤を破る。これをすれば陣痛が早く進むはず!!

17:00 もう産める!と思ったのに、陣痛は9分間隔まで延びてしまった。これが10分間隔越えてしまったらお産は1からやり直しだよ。双六のゴール直前のスタートに戻るだよ。お願い!陣痛よ!すすんでくれっ!といくら願っても、すすまない。痛くない8分間の方が、痛い1分より辛い。
その間に今までの妊婦生活を大反省。あぁ、もっと運動するべきだった。最後の週ぐーたらすごしすぎたからだ。さらには入院してから寝なきゃよかった、無理して歩けばよかった。あーすりゃよかった、こーすりゃよかった…。いくら考えても切りがない。それよりも、コージと義母の“頑張れ!”の声に応えられない不甲斐なさ。ごめんなさい義母さん。ごめんね−コージ、忙しいのに付き合わせて。立ち会いさせなければよかったよ〜。と二人に気を使い始め、増々陣痛が遠のいて行く。

何を考えているんだ!産むのは私。私がやらずに誰がやる!陣痛に集中しなくては!
と、ここでコージとお義母さんに出て行ってもらうことにした。

とは言えやはり陣痛は弱い。様子を見にやって来て励ましてくれた婦長さんに涙を見せてしまった。そして、もう限界。眠い。辛い。体力も限界。助産師さん、先生共に遅すぎると判断。陣痛促進剤を使うことにした。
しかし、陣痛促進剤の点滴を準備し始め、まだ効いてもいない早いうちから突然陣痛が促進して来た。薬を使うというと進むことはよくあるらしい。プラシーボ効果みたいなものだね。
いつの間にかコージがいた。もうかまっている余裕はなかった。(けど、いてくれてありがとう)
陣痛はラストスパートに入って来た。陣痛時に決して叫ばず、痛いとは言わず、呼吸法だけで逃して助産師さんに上手い!と褒められていた私も限界。言葉にはできないうめき声をあげている。
そして、また吐き気が。でも、ご飯は食べてないし、食べたものは全部吐いたはず。なのに大量に吐いている。あぁ、なんか赤黒い。もしかして血?血?血??
普通ならここで気を失いそうだ。が、そんなことより出て来そう!でも出てこない!出したい!けど出せない!!はうぅぅぅぅ〜〜〜!!!

外来診療が終わり、院長先生、担当以外の助産師、婦長とぞろぞろとやってきて、分娩台が分娩台へと変わり、薄暗い中から電気がついた。ついに産ませてくれるのね〜〜!

なんかもうよくわかんないけど、赤ちゃんの出ようとする頭の位置がずれていたらしい。(普通は後頭部から出てくるのに頭頂部から出ようとしていた)吸引にして良いですか?と聞かれたけど、判断力があまりない。とにかく産めるなら何でも良いデスゥ〜。

ついにイキめる。分かりやすく言えば踏ん張れる!はっきり言ってウン○と一緒。そのまえになんか銀色に光るものが先生の手に。ひえ〜ン、噂の会陰切開。切れてる感じがわかる〜わ〜ん。
いやもう、ホントよくわかんないけど“だんな様こっち!”って声が。あれっ?コージいるの?
もうコージを見ている余裕もない。(大きな病院だったら旦那さんは出て下さいと言われる処置だったのに)

さあ産むぞ!と、その時、痩せてるとは言えない婦長さんが分娩台に乗り、私の上を跨いだ。勢いで私の顔を蹴った。謝られたけど、それより早く産ませてくれェ〜!と、私は蹴られたことも気付いていなかった。
そして何をしだすかと思えば、腹を押すの〜!それは上から下に向かっての“かめはめ波”(ドラゴンボール)の様に。

おまけにはじめての酸素吸入。
“鼻から息を吸ってー!”
“止める!”
“口からもらしちゃダメ!”
“目は閉じない!”
目をあけると婦長さんの大きなおしり。
“おしりだから旦那さん見て〜!”
おしりでも何でもいいよ!とにかく産ませて〜!

“ンンンンンンーーーーーーーーー!!!!!!!!”
コージ曰く、この時の私の顔は欽ちゃんの仮装大賞で顔を赤くして「トマト」とか言う人みたい。

“もう一回!”
“ンンンンンンーーーーーーーーー!!!!!!!!”
(×7回)

どこでどう出てるのかよくわからなかったけど、最後のいきみの時の感覚だけは覚えている。
それは<巨大なゼリー状うん○が出て来て便秘が解消される時>みたいだ。

そして、出て来た!

 

へその緒を切り目の前に羊水に濡れ、血まみれたくしゃくしゃの赤ちゃんを差し出された。
心の中で(ここは感動して泣くシーンだ!)と、思ったものの、それよりも出て来た安堵間、ほっとする気持ちで一杯。大泣きするかと思ったけど涙一つなく、差し出された赤ちゃんと握手し、指に羊水と血がついた。
見ていたコージは感動していたらしいけど、冷静なフリをしていた様子。

そしてすぐ、諸処置をされホンギャ〜と産声をあげる。
その後、私の胸の上へ。大泣きも私の胸に乗ったら泣き止んだ。これがお母さんの力なのね。育てて行く自信がついたわ。

吸引とは、赤ちゃんの頭にカップをつけて引っ張り出す、トイレのつまりを取るようなもの。(例えが汚いものばかり…失礼)それは赤ちゃんにとってはとても負担。ストレスが高いために、泣き声の他にヒックヒックしゃっくりのような声をだし続けていた。
さらには引っぱり出した先生を、出て来た直後“なにするんだこのやろー!”とばかりに睨んでいたらしい。

その引っぱり出したせいもあって、頭の形がびょ〜んっと縦長。顔はクシャクシャおばあちゃん。あぁ、このまま大人になったらどんな顔になってしまうんだ。
あぁ心配心配心配…

おまけに、大事をとって保育器に入ることに。後から渡された母子手帳には第一度仮死産との記載。
あぁ心配心配心配…

出産した時点で点数がつけられ10点満点の6点以下は仮死産とするらしく、慶太は6点だった。後から聞けば先生がものすごい慎重派な人で助産師さんは7点と書くつもりだったらしい。(この母子手帳の記載、小学校お受験では提出する所もあるんだって)

胎盤が出てくるのは痛くなかったけど、会陰部の縫合の痛いこと。赤ちゃんで気を紛らわしているスキにとしているんだろうけど、赤ちゃんどころではなく痛かった。お産の痛みとは違う痛さよ。

そう言えば、いきなりお腹の上で真っ黒のうんちをされたっけ。

 
その後、しばらく分娩台で休む。その間コージは胎盤に興味を持ち写真やビデオにおさめている。
“そう言えばビデオは?”
“そんな撮っている余裕はなかった…。”
ってことは、陣痛の次にいきなり胎盤が写っているのね、そのビデオ。

その後、お産も初めてなら入院、大病もしたことない私は初めての酸素吸入、点滴、車椅子での移動…などなど、初めてのことが盛り沢山。産んだ興奮もあり、陣痛中はものすごく眠かったのに、深夜まで眠れず。

さっきまでお腹を蹴っていた子が今いないのがとても寂しく、自分の一部を持って行かれてしまった感じ。

あぁ、私が本当に子供を産んだんだぁ。その夜しみじみ思った。


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