■入院生活■

 
■6月27日夜
夕飯が食べれず。ジュースを見てもヨーグルトを見ても吐いた記憶が蘇り、水しか飲めなかった。我が子は心拍が下り、念のため保育器に入っているらしい。
 

■6月28日
肩にうっ血をするほどいきんだのでこの日は筋肉痛などで起きれないかと思ったが、筋肉痛はほとんどなかった。ちょっと頭痛と、首筋の痛み。そして何よりも股の痛み。
子宮が縮んでいるのか動いているのか?胎動みたい。そして、胎動がないのに気付き、ちょっと寂しい。

朝ご飯からは食欲満点。完食。
病院の説明を受けていた時、たまたま我が子が保育器から出てきてたので、だっこをさせてもらうことになった。初めてのだっこ。ちょっと緊張しながらのだっこだったけど、だっこの間中私の顔を目を見開きじーーっと見ていた。私も我が子にごあいさつ。“ママだよ−。よろしくねー。”私のことを一生懸命見ている。助産師さんといる時とは違う。私ってこの子にとって特別なんだ〜。と感じる。
心拍もだっこしている間良くなっていると言われた。

コージが面会に来た。遠巻きに保育器を眺めていた。自分達の子なのに動物園で動物を見るように。複雑な気分だ。
そんな気持ちを察するように、助産師さんから“中(乳児室)に入って良いのよ〜”との声。保育器の中の我が子を二人でなでなでする。
足に心拍計がついておりピッピッピッと音がし続ける。これが時々音が止まり二人でドキドキする。足が動いて心拍を拾えなかっただけらしいけど、最初は心臓が止まったのかと思って、こっちの心臓が止まったよ。

お父さんだっこできますよ〜って言われたけどコージは保育器の中に入っている以上抱けない!と拒絶。私以上にかなりの心配をしている。と言うのも我が子が出てきたばかりの顔をコージは見ており、それが“紫色で息をしていなかった!”のがショックだったらしい 。(さらに、血と羊水にまみれ、しわくちゃで、頭がとんがっており、母子手帳に仮死産に丸ついていたから。おまけに自分に似てないのも気になっていた。)
後日、取り上げてくれた助産師さんに言うと、紫色なのは普通なんだって。本当にやばい赤ちゃんは白くなって出てくるんだってさ。

いろいろと助産師さんと話しをしていた私はほとんど心配せず。もうすぐ保育器からも出られるとのことでわくわくしていた。

夕方保育器から出てきて一時同室になれた。しかし、あんよに心拍系付き。相変わらず時々音が止まるのでドキドキしてしまう。

我が子をじーっと見つめ、この子がお腹の中にいたんだぁ...と思うとじわっと涙ぐむ。が、まだ客観的。お母さんなんだよなぁ〜この子のぉ〜う〜ん。実感ない〜。
と言うような気持ちをコージに言うと安心していた様子。私よりももっと父親の実感なんてわかず、複雑な気持ちだったのだろう。

その後、だっこ、おむつ、おっぱいなどなど練習。

消灯時間になり連れていかれてしまった。おやすみ我が子よ〜!

 

■6月29日
朝、保育器から出て他の赤ちゃんと同じベットに寝ている我が子。その上には胎内音のする羊のぬいぐるみが乗っていた。他人の子ならかわいー!って思うかもしれないけど、自分の子だと思うとなんかなぁ〜。

沐浴の見学。我が子は大泣きしていた。実習は明後日。ううっ...お湯の中に落としそう。

ゴンタファン(?)の若人達が面会に来てくれた。が、面会時間フライングのためまだ部屋に我が子は来ておらず会えないまま帰ることに。

その後おっぱい、おむつ換え練習。乳腺を開くためおっぱいマッサージ。これがなまら痛い。

コージ面会。名前を慶太に決める。慶太君パパにだっこされご機嫌だ。
顔が変わってきた。頭のとんがりも目立たなくなってきた。うれしい。

おっぱいの試練は続いている。しかし、どんどん出は良くなってくる。体重を計り何グラムおっぱいを飲んだか確認。3度目の授乳で6g。なかなか良い。

さてさて、ついについについに!わが子と同室、初めての夜を迎える。
夕飯の時間に合わせおっぱいを欲しがる。
おっぱい、うんち、おしっこ、ねんね、遊ぶ時間(まだ目を開けてるだけだけど)これがぐるぐる繰返される。トイレにも行けないし、自分が寝つく前に起こされる。もう、ふらふら〜。でもかわいいので見入ってしまう。

この一晩、慣れないことだけにものすごく大変だったのだが、おっぱいをあげる度に母性ホルモンがどんどん出てきたようだ。おっぱい飲んで満足顔を見る度に母である実感がわいてくる。実際、母性ホルモンは出産後、授乳により脳が刺激されて出てくるのだ。

 

■6月30日
深夜2:00〜
おっぱい、ねんね、遊び、うんち、おっぱい、ねんね、おっぱい、おっぱい、うんち、おっぱい、あそび、うんち、おっぱい、おっぱい、ねんね、沐浴、おっぱい、ねんね、おっぱい、ねんね、おっぱい、うんち、おっぱい、うんち、おっぱい、ねんね、おっぱい、おっぱい、ねんね、おしっこ、おっぱい、うんち、おっぱい、ねんね、おっぱい、ねんね、おしっっこ、おっぱい、ぐずぐず、ねんね、おっぱい。
これが1時間サイクル。うへ〜。

お昼のねんね中、これから結婚する二人、これから子供が欲しい二人、3ヶ月前に子供が出来た二人(三人か)。の3カップルが面会に。子供が欲しい二人と言うのはポーランド人夫妻なのだが、女の子を欲しがっている。名前はカロリーナ。うちと彼らで勝手に慶太の婚約者にしている。上手くいけば孫はハーフだ!

おっぱい沢山吸ってくれるのは良いんだけど、まだ乳腺が開ききっていないので胸が石のように張って硬い。乳腺を開くマッサージも痛い。おっぱいも熱をもって痛い。何故か脇の下にしこりが出来た。なぜか聞いたら、脇の下に退化した乳腺があるそうだ。脇の下から母乳がでる人もいるらしい。

 

■7月1日
初めて私が慶太を沐浴。両親教室で人形を沐浴させて以来だよ。人形は動かないけど本物はぎゃ〜ぎゃ〜泣叫び暴れる。耳に水が入らないように左手で押え右手で洗う。ああ、も〜どうしよう。とにかく水に落とさないようにしなくっちゃ。ただでさえ緊張するのに、サービスだろうか、ビデオ撮影までされている。こんな緊張してるの撮らないで〜。

助産師さんから退院後のお話があった。もう退院のことも考えなくてはならなくなった。実家の母が東京から来たので、足りなかった赤ちゃんグッズを買いに走ってもらった。初めて会ったばあちゃん。初孫のため、緊張しながら慶太をだっこすると、身体を硬直、口はまっすぐ強く結び、硬い顔でじっとばあちゃんの顔をみつめている。私が代わってだっこすると、緊張がほどけリラックス。こんな生まれたばかりでも人見知りしてるのね。

この産院の院長はクリスチャンで、その精神に則り中絶は行っていない産院なのである。この日の夜、院長から聖書のプレゼントとその中の胎児に関する節のお話があった。そんな堅苦しくではなく、赤ちゃんは出来たものではなく授かり物だと言うお話。<作る>という言葉でできるものは、人間のプランがあり、そこから大きくは外れない。例えばカレーを作っていてラーメンになってしまうことはない。赤ちゃんは違う。男を作ろうと思っても女になるかもしれないし、父親似の目にしたくても母親似かもしれない。そこには人間のプランが介在できない。それは人間の叡智を越えた存在が生み出している。だから授かり物なのだ。
そんなわけで、神様に恥ずかしくない育児をして下さい。と言うお話。

今は出産より中絶の方が多いぐらいらしい。なんと、6ヶ月の胎児でも中絶できるんだって。6ヶ月と言えば、毎日とんとんお腹を蹴られていた時よ。院長もちょっと感情的に胎児は生命があると思われていない...と嘆いていらした。

子供をつくる。とか、できちゃった結婚。って言葉、当たり前に使っていたけど使わないようにしよう。そうだよね〜子供の方が来てくれたんだよねぇ。

 

■7月2日
ねんねのサイクルが2時間ぐらいになった。私が休むタイミングもつかめ余裕がでた。おっぱいの出も良くなり、慶太の体重も増加。最初に保育器に入っていたとは思えない元気な子となった。

そうだ!もうお腹にはいないんだからうつ伏せになれる〜!!!この日それに気付きうつ伏せで寝転がってみた。わーん、久し振りのこの体勢。うれしい〜。

慶太を毎日見ているうちに、そのかわいさとおっぱいに対する執着に母性ホルモンが出まくったらしい。生まれて直後の客観的な赤ちゃんへの感覚はなくなり、もう我が子よ〜なんて愛しいの。あなたのためならママは何でもできるわよ〜。おまけにお産の辛さも忘れてきちゃった。すぐは勘弁して欲しいけど、もう一人産んでも良いわ〜。

股の調子も良くなったところだったのに、最後の診察で悪露の処置を受けたら、ばっか痛い!丸座ぶとんも座れないよ。そんなイターイ状況で入院最後のディナーは夫婦で食べる。私は股が痛いし、コージは論文提出の為ギリギリ生活。家族三人感慨にふけるはずがそれどころではなかった。

■7月3日
ついに退院。なんだか寂しい。お世話になった助産師さんに今後のことをいろいろ聞いておく。この助産師さん、陣痛から始まって慶太が出てくるまで10時間以上、ひたすら私の腰をさすり肛門を押さえていてくれた。(押さえて欲しくなるのよ!)普通の病院だと、こんなに助産師さんが一緒にいてくれることはないと思うとこの産院にして良かった。どの助産師さんも先生も良い人ばかりだったし、雰囲気も明るい。部屋も個室できれい。この産院を教えてくれたMちゃんに感謝!

会計を済ませ、さて、久し振りの我が家へ。

何も考えず、慶太を抱いて病院を出た。

病院へ行く前にいなかった子が増えて、新しいことが始まる感じがする。しかしそれは慶太にとって未知なる世界への旅立ちだった。
生まれて初めての外気、直射日光、ベビーシート、車、家に着いても見なれないものばかり。彼としては恐くて恐くてしょうがなかったのでしょう。ベビーシートで大泣きし、慌ててだっこで車で移動。私の胸に顔を埋め一端は落ち着いたものの、家に着いたら家の雰囲気に馴染めず大泣き。さらに、おむつを布に変えてみてしまったらお肌に合わずにさらに狂ったように大泣き。紙おむつに戻し、おっぱいをあげ、あやし、やっとこ眠りについたと思ったら、今度は寝床が合わないらしい。大泣き。
病院のベットに近い状態にし、またおっぱいで落ち着かせ、ぐっすり寝るまでだっこして…。はぁ、やっとご飯が食べれる。
慶太と同じことを私も思っているよ。“病院に戻りた〜い!”


家に来た日のケータ。目の辺に力が入っている。恐かったのね〜。


誕生


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