Decembre 31(mardi) ---「とんだ大晦日」---
今年も最後の一日・・・というときになって、たくほと「書初め」をめぐって実家で大喧嘩となってしまい、私はいきおいで実家から自宅へ戻ってきてしまった。一人の大晦日。
一人でいることは苦痛どころか気が楽で、寂しいなんていう気持ちはないのだけれど、両親に心配をかけてしまったことだけが情けなくて、つらい。私たち母子の帰省に合わせてたくさんの食材を用意してくれたうえ、私が「食べたいな〜」と言ったものはなんでも食べさせてくれたこの二日間。そんな親心をすべてアダで返すかのように、悪態をついて帰ってきてしまった。
一人で家にいると、留守番をするたくほの気持ちや様子がよくわかる。だって私も同じだもん。一人だと思うから食べたものは食べっぱなし。お菓子の袋も食事の器も「そのまんま」。読んだ新聞はそのまんまだし、何も置かれてなかったテーブルの上はあっという間に満員御礼。こういうときは、些細なことでたくほのことを怒るものではない、とかた〜く心に誓うのだけど、どうしてこうカッとなったときに自分を抑えられないんだろうって、自分で自分が悲しくなってしまう。腹が立たなくなる薬とかないのかな。Decembre 28(samedi) ---「忘年会」---
サッカー3年生の忘年会でした。今年は大変お世話になりました。来年もどうぞよろしく。
・・・なのだけど、今日はたくさんの父母に言われました。「こないだスゴかったねぇ」って。そう、12/23↓のこと。「お母さん、コワいね〜」「スゴいね〜」「しばらくは話題になるね〜」。どれもうれしくないけど、私が蒔いた種なんだよね、仕方がないんだよね。かなりみんなを驚かせたみたいで、穴があったら入りたい気持ち。みんなに言われるんだったらもうサッカーには行きたくない気持ち。こんな大失態恥ずかしくて恥ずかしくて二度と顔を上げられない気持ち。私のトラウマになりそうだ。
でもみんなに「もっと気楽に考えないとお母さんが大変だよ、身が持たないよ」といわれた。どうやったら気楽に考えられるんだろう?どうやったらその気楽さを維持できるんだろう?どうして私はあんなに「許せない」のだろう?誰か教えてください。Decembre 24(mardi) ---「サンタからのプレゼント」---
ゲームボーイアドバンスと「ルビー」。たくほがサンタさんへお手紙を書いた「欲しいもの」。サンタとしては、これを聞き入れるべきかどうか、すーーーーーーっごく悩みました。だって我が家はもうゲームなし。ゲームというゲームは捨てた(ことになっている)。たくほがサンタ=ママということをわかっていれば「ゲームなんかプレゼントしないよっ!」ですむのだけど、サンタの存在が半信半疑で、まだ「ひょっとしたらいるかも」と思っている年齢。夢を壊すにはたくほはまだ幼すぎる、けれどゲームを買い与えるのは抵抗があるし、それより何より私はたくほへのクリスマスプレゼントにしようと思って、サッカーショップで新しいシューズとリフティング用のボールをゲットしている・・・
迷いに迷って、本当は誰かに相談に乗ってもらいたかったけれど、誰も相談できる相手もおらず、結局買ってしまった。あ〜これでまた来週からゲーム漬けの生活なのかっ?!けれど、実はこれには裏があって。私もパソコンを買ってしまったのだ。10月にキーボードを交換して以来ずーっと調子が悪かったこのパソコン。連休前に固まったときに「もう、ダメだ」と思って発注したのだった。結局その後キーボードをPS/2じゃなくUSBでつなぐことで現象回避し、新しいパソコンは「なくてもいい」状態だったのだけど、今更キャンセルするのもなぁ、と思って買ってしまいました。・・・そ、自分がデカい買い物したから、子供にもちょっと奮発してやらなきゃ、と思ったのでした。楽しみだな〜来年の1月8日。
Decembre 23(lundi) ---「やってしまったよぉ」---
とうとうきてしまった。平穏なこの3週間をぶち壊してしまう日が。
今日はサッカーの練習試合に出かけたのだけど、私、たくほをみ〜〜〜んながいる前で怒鳴りつけてしまいました。
原因は、たくほがすねあてが自分のカバンに入っているにも関わらず、それを見つけ出せずに「忘れてきた」と思い込み、試合に出る段になってMくんから借りていたこと。何かのついでにたくほのカバンの中をみて「なんですねあてがこんなところにあるんだろう?」と思っていた私は試合が終わったらたくほに聞いてみようと思っていた。・・・ところにMくんが交代出場することになり、すねあてがないことを指摘されたMくんは「たくほに貸した」・・・結局MくんはAくんのすねあてをひとまず借りて交代出場したのだけど、私の心臓はバクバク。
何に腹が立ったって、自分がよく探さなかったからって人に借りたこともだけど、その後のことがもっと腹立たしかった。MくんはAくんに借り、Aくんは私があわててたくほのカバンから出してきたすねあてをして出場し・・・と、チームメイトにすごく迷惑をかけたのに、たくほがすぐに謝りに行かなかったこと。ダラダラぐずぐずして、一向に返して謝る様子がない。それを見ていた私のイライラは最高潮に達し、みんなの前で怒鳴りつけてしまったというわけ。
後味サイアク。その場にいたお母さんには「まぁまぁ」となだめられるし、練習試合だから他チームもいたし、たくほにはイライラするし、誰も私に共感してくれないし。
みんなその場では何も言わなかったけど、これは当分陰で日なたで言われるぞ〜。
家に帰って冷静に考えれば、あの場面であそこまで興奮して怒ることもなかったのでは、と思うけれど、あのときはもう頭に血がのぼってしまっててダメだった。とにかく「友達に迷惑をかけておいて、猛ダッシュで謝りに行かないとは何事っ!?」という意識が先走って。他のお母さんは「まだ3年生なんだもん、しょうがないよぉ」と口々に言うけれど、私はそんなに無理なことをたくほに言っているのだろうか。・・・考えさせられた一日だった。でも帰宅後、やっぱり私が親として子に伝えたいことはもう一度冷静に話をしたし、みんなの前で怒鳴ることはなかったと反省している、ということも伝えた。けれど、やっぱりサイアクだな、この状況。家の中でなら少々のことは「まぁいっか」で済ませられるけれど、一歩外へ出て、しかも団体行動となると他人に迷惑をかけることは許されない。私はすごくそう思う。それでも私の今日の行動を誰もOKだと言ってくれないのは、やっぱり私が間違っているのか。Decembre 20(vendredi) ---「終業式」---
一番長い2学期、お疲れ様でした。病気は全然しなかったけれど、学校へ行けない日が2日あり、皆勤賞とはならなかったけれど、12月に入ってからは友達が朝誘いに来てくれるようになった(これも私がお願いしたのだけど)おかげで「学校へ行きたくない」と言うことなく、元気に2学期を終えることができたのは、感謝感激。
通知表も努力のあとが伺え、注文をつけるところもなく手放しで「頑張ったね〜」ということができた。
今日は会社の忘年会。たくほにスイミングが終わったら職場のある恵比寿まで電車で来るように話しておいた。恵比寿までは直通電車でおよそ30分。乗換がないからまぁ大丈夫でしょう。・・・と思いつつも、着きそうな時間にホームで待っていたら、「この電車には乗ってないだろ〜」(うちの最寄駅を通らずに来る電車だから)という電車から降りてきたたくほ。
「?」と思って「なんでこれに乗ってきたのぉ?」ときくと「渋谷に着いたとき、もう恵比寿を過ぎちゃったのかと思って一度降りたの。で、まだ先だってことがわかったから、これに乗りなおした」だって。
・・・なんだか素直に感動できました。「へ〜そんなふうに機転が利くんだ〜〜〜」って。実はすごく冷静でしっかりしてるんだなー。実は恵比寿まで来るのは初めてだったのでした。Decembre 12(jeudi) ---「また家出?」---
いつものように18時ごろ私が帰宅したとき、たくほは家にいなかった。今日は耳鼻科に行こうと約束していたのにな。帰ってくる時間が遅くて耳鼻科に間に合わなくても、怒ったらいけないな〜とぼんやり考えつつ食事の仕度を始めた。10分20分と時間が過ぎていくのに帰ってくる気配はない。もう外は真っ暗。友達のお宅にあがりこんでるのかな、と思って2〜3軒心当たりのお宅に電話をしてみるけれど「来てないよ〜」の返事。この1週間ほどは喧嘩もなく我が家にしては穏やかに暮らしていたつもりなのに、やっぱりイヤになって家出したんだろうか。置手紙がないかどうかたくほの机まわりを探してみたけど、ない。
とうとう19時。何度か家の外を見に行ったけど見当たらなかった。ちゃんと探さなくちゃ。玄関にサッカーボールが転がっているからナイターじゃないだろう、って思っていたけど、よく見ると先日人からいただいた新品のスパイクとアップシューズが、ない。とりあえず学校から探し始めよう。徒歩2分の学校へ行ってみたら中学生の練習をやってる。・・・とそこへ、いつもたくほが遊んでもらっている5年生のお兄ちゃんが「こんばんは〜」と挨拶してくれた。ちょうどいい、「たくほ、知らない?」って聞いたら「いるよ、そこでサッカーやってる」・・・ホッ!
私に気がついたみたいだけど「ママ〜先に帰ってていいよ〜!もうちょっとみんなと練習する〜〜〜」。
少し前まで、たくほに「ママ、たっくんのことだ〜〜〜い好き」って言っても「ママのうそつき」と言われていた。たくほは「ママはボクのことが嫌いなんだ」と本気で思っていたんじゃないかと思う。最近、といってもこの1週間ほどだけど、怒ることがなくなったら、「たっくんのこと大好き!」って言っても「うそつき」って言われなくなった。「ママ大好き」とも言われないけど(^_^;) きっとよっぽど憎々しげに怒っていたんだろうな、私。
立ち読みした本に「甘えさせることと甘やかすことは違う。甘えさせることは子供のペースに合わせてやること」と書いてあった。ふむふむ。たしかに私はこれまでずーーーっと私のペースにたくほを「合わせさせて」きたぞ。たくほがやることを否定せず「ふうん、そうなんだ」と思うだけで、私もラクだしたくほも素直になれる。もっともたくほに、「最近お手伝いも身の回りのことも素直にお母さんの言うこときいて、ちゃんとやってくれてるじゃん?」って言うと「こないだ、キーパーグローブ買ってもらったばっかりだからね」だって。それでもいい。たくほが素直でいてくれると、私も心の底から「だ〜〜〜い好き!」って言える。この平穏、いつまで続くのやら。Decembre 11(mercredi) ---「ボーナス」---
今日は、賞与の支給日でした。零細企業のわが社では支給日が決まっているわけでなく、社長の気分と会社の台所事情によるところが大きい。
今日の午後一番で明細をもらい、夕方社長が席を外した隙に金額をみてみた。
・・・・・・・・・がーーーーーーーーーーーん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夏の賞与をもらったとき「冬はもう少し出せると思う」と、具体的な金額を示してくれたのだが、その額に大きく及ばず。そもそも1ヶ月分の給料もないボーナス。ああ・・・
自分で、「こんなことにへこたれてはいけない。仕事があることに、毎月給料をもらえることに、現在の生活を維持できることに、職場の環境に、そしてそして賞与がもらえることに、感謝しなくてはいけない」 何度もそう言い聞かせるのだけど、しばし落胆から立ち直れなかった。年収という数字は増えても、税金は増え、児童扶養手当は減らされ、養育費は送られてこず、月々95,000円の家賃が我が家の家計を圧迫する。それでもなんとかここに暮らし、学校や習い事に通わせているけれど、将来の展望は開けないな。ところでもうすぐクリスマス。たくほはサンタさんに「ゲームボーイアドバンスとルビー」をお願いした。ちゃんと手紙に書いて。・・・今日調べてみたら、合わせて13,000〜14,000円くらいになってしまうんだね〜。それとは別に先日会社帰りにサッカーショップに寄った際、トレーニングシューズやリフティング練習用のボールを買ってしまった私。これをクリスマスプレゼントにまわそう!と思ってるんだけど、ゲームボーイアドバンスを心待ちにしているたくほを見ていると願いをかなえてやりたい気もする。ただ、我が家は現在ゲーム禁止。ゲームというゲームは「捨てた」ことになっている。ゲームのない生活は(私にとっては)快適。それを壊されるのもイヤだなぁ。どうしようかなぁ・・・
Decembre 9(lundi) ---「雪」---
12月だというのに今朝は起きたら一面銀世界。たくほが大喜びしたのは言うまでもない。ニュースで大阪や名古屋は雪が降ってないことを知るや「オレ埼玉に住んでてよかった〜〜〜」としみじみ言っている。学校へ行く仕度も超特急で済ませ、玄関を一歩出たところから雪だるまつくりが始まってる。夕方帰宅してみると洗濯物の山・山・山・・・学校で雪合戦、帰宅後も友達と誘い合って雪のある場所で雪合戦をしてきたのだそうだ。あちこちで何度も転び、びしょぬれなんだそうだ。楽しそうに話してくれ、私もほっと胸をなでおろす。
私は戸籍上独身である。だから恋愛するのも結婚するのも「自由」なんだけど、年齢のせいかつくづく最近の私はわがままだなぁ、と思う。最近思うことは「男は自分のことしか考えない」ということ。これって男性全般にあてはまるかしら?それとも私がハズレを引いてる?フルタイムワーカー・母・家事請負人の三足のわらじ(?)を履きながら、「女である時間」を持とうとするとどうしても優先順位が下がってしまうことは否めない。「それでもいい」って口では言っても、いざとなるとあーだこーだと文句を言われちゃってゲンナリするんだよなぁ。こうやってあっさりゲンナリしてしまうから結婚生活が続かなかったのかしら。・・・こんなこと考えるなんて私も疲れてるのかなぁ。
Decembre 8(dimanche) ---「これからの私」と「川島選手」---
私は今34歳で、今後転職となると年齢的にかなり厳しい状況にある。この先誰かに養ってもらうあてもなく、誰かに養ってもらう気もない私は、「どうやったら一生食っていけるか」を真剣に考える昨今である。たくほも本人が希望すれば進学させる必要があるだろうし。
今のままでは社内(お客さんの会社)のことしかわからない、「井の中の蛙」になってしまう?という不安と、出るところ(ってどこだ?)へ出ても通用するスキルが欲しい、と常々考えている。
さすが東京!と思うのだけど、IT人材(こんな言葉自体世にはばかっていいのか?という気がしなくもないけど)を育成する専門学校が新宿にあり、無料体験授業が受けられるというので土曜日の午後に出かけてきた。無料体験という言葉のとおり、その日教えてくれることはやっぱりほんのサワリ程度(^_^;) でもいろんな資格の話が聞けたし、ここの授業を受けたらどんな知識が得られるのか、ということもわかってこれはこれで得るもののあった時間だった。自分のスキルアップのために自己投資してみたい〜〜!じっくり腰を落ち着けて自分のスキルのこと、将来のことを考えながら勉強してみたい。でもたくほを留守番させることへの不安、経済的なこと、などから今は無理だ。あぁもう少し自分の時間がほしい。今日はすこぶる寒い一日だったのだけど、天皇杯(サッカー)の二回戦大宮アルディージャ vs Japan Soccer College の試合が大宮で行われたので観戦してきた。11/14の日記にも書いた「川島選手」がゴールキーパーの試合。私は初めて観るぞっ!
とにかくスゴイ!存在感が全然違う。声の出方が全然違う。積極性が違う。GKながらイエローカードをもらっちゃう選手なんてそうそういないぞ!若干19歳。私との年齢差よりもたくほとの年齢差のほうが小さい・・・なんて嘆いている場合じゃないんだけど、一流キーパーというのはこういうものなのか、と目を覚ましてもらいました。次も頑張れ!川島選手。Decembre 7(samedi) ---「生きるって?」---
よくわからないけれど、たくほには「生きる目的」を与えなければいけないような気がする。今の彼には「生きる楽しみ」なんてものもないんじゃないか。9歳にして。イヤなことから逃げるためには、どんな夢もどんな希望も彼の逃げ道をふさいでくれる状態じゃないなぁ。先日たくほが「死んでもいい」と言ったとき、世の中には生きたくても生きられない人、食べたくても食べられない人がた〜くさんいることを話した。たくほの反応は「いいよ、オレと代わってあげるよ」(-_-) たくほは生まれてから今日まで、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、保育園の先生、学校の先生、たくさんのお友達、お友達のお母さんたち、サッカーのコーチなど、多くの人と出会い、多くの人に励まされ、成長してきたんだよ。だからたくほはその人たちにしてもらったことを、今度は自分より小さい人たちにしてあげるべきだし、これまでたくほを指導してきてくれた人に報いるためにも一生懸命に生きて、恩返しをしなくてはいけないとお母さんは思う、と話した。しかし、我ながらおもしろみのない義務感だらけの「生きる目的」だなぁと話しながら思った。もはや「サッカー選手」とかそういう夢では釣れない今、たくほには何と言って生きる喜びや目的を伝えればいいのだろう?
Decembre 6(vendredi) ---「試練の1週間」---
月曜日・・・咳がひどくて周囲から「早退すれば?」と勧められ16:00退社。
火曜日・・・午前中休んだら出勤するつもりが、身体があまりにダルく結局欠勤。
水曜日・・・午前中出勤し、午後からは授業参観&懇談会のため午後半休。
木曜日・・・今週唯一フルで働いた日。
金曜日・・・学校の持久走大会のため午後出勤。
本当に、こんなことを許してもらえてる今の職場には感謝感謝。1週間に1度くらいイヤなことがあったって、我慢しなくちゃなぁ、と思う。
しかーし、今週も「公文」をめぐって親子のすったもんだがありました。
どーーーしても公文をやめたいたくほ。12月分の会費を払ってしまったし、公文をやめたら学校の宿題しか勉強しなくなることを危惧する私。本当に疲れました。だって、たくほったら「公文をやめられるんだったら、サッカーだってやめていい。スイミングだってやめていい。ママにどんなに怒られたっていい。死んだっていい」・・・そこまで言うか、キミ(-_-)
実際、たくほも私も興奮していたせいだろうけれど、「公文に好きで通ってるわけじゃない」とのたまうたくほに、「人生好きなことだけやって生きてる人が一体どこにいるっ!?そんなに簡単に『死んだっていい』なんていえる、あんたの9年間の人生って、一体なんだ???」と問い詰めたら「なんでもないよ。水の泡だよ」という返事がかえってきた。がーーーーーーんっ!
水の泡かよ。あんたの生きてきた9年間はすなわち、私の母としての9年間なんだよ。それさえも水の泡かよ。あんたは一人で生きてきたのかよ。これまでいろんな人と出会い、支えてもらって生きてきたんじゃないのかよ。その人たちの応援も全部水の泡だと言うのか・・・
ここまで言いきってしまうたくほの本当の気持ちって何だろう?本当に公文だけが原因とは考えにくい。たかだか9歳の子にここまで言われてしまう、ここまで考えさせてしまう私の母親業は、やっぱり不合格!ってことよね。
折りしも、たくほとの生活の悩みを訴え、12月の連休に預かってもらえないだろうか、とお願いしてあった元夫(=たくほの父親)から、「大変なのはわかるし、できることはするけれど、根本的に解決するにはあなたが再婚するより他ないんじゃないか」と言われてしまった。
わかってるさ、そんなこと。だけどね、あんたにだけは言われたくないのっ!どんな事情があるか知らないが養育費すら送金してこないあんたに、責任を「別のオトコ」になすりつけるような発言はしてほしくないのっ!まったく、腹が立つったらありゃしない。
公文は結局11月末で退会にしてもらえた。これでいいのか?とは思うけど、これでバトルの原因が1つ減ったと思うと心のどこかでほっとしているのも事実。
それから持久走大会は、長距離走が苦手なたくほにしてはよく頑張った。昨年より順位も上がったし、走りっぷりも安定していてよかった。エクレアでお祝いしました(^^)
・・・来週はいいコトありますように。Novembre 26(mardi) ---「スイミング」---
たくほを知る多くのお母さんからは「スポーツ万能」と思われているらしいたくほなのであるが、実は泳げない。1年生のときに1年間スイミングスクールに通ったのだけど、ぜ〜んぜん上達した気配がなく、挙句の果てには「3ヶ月間進級しないお子さんのために特別教室を開催しますので、ぜひご参加ください」などという葉書まで届いた。う〜む、たくほに水泳は向かないのか?元スイマーの母としては「泳げないオトコ」というのは魅力3割減。(だけど過去二人の夫は二人ともカナヅチだった)
今年の夏、学校の水泳でようやく「泳げないことは恥ずかしい(?)ことだ」と認識したらしいたくほ。2学期から水泳教室へ通い始めた。私としても、もう3年生でもあるし習い事に多くお金をかけるのも正直大変なので、思い切って短期決戦を挑むことにした。月々2000円多く払えば週2回通えるので、たくほは9月から週2回スイミングへ通っている。
効果のほどは・・・?上々です(えっへん)。今のところ毎月毎月進級してきて、本人も「サッカー選手がダメなら水泳選手になろうかな」と言うほど。単純すぎて笑えるが。クロールの息継ぎの仕方など、私にアドバイスを求めてくることさえあるぞ。スイミングの日は、いくら振り替えで曜日を変更していても、忘れずにちゃ〜んと行くもんなぁ。「楽しい、楽しい」って言ってるしなぁ。・・・ともあれ、この調子でいけばとりあえず「人並には泳げるオトコ」になってくれそうで、胸をなでおろしている母なのだった。Novembre 22(vendredi) ---「白髪」---
私の両親は二人とも40代後半まで白髪らしい白髪のない人たちである。だから私も白髪にはならないだろう、という自信があった。もともと髪質もやわらかめ、量も少なめだったから。・・・なのに発見されてしまった一本の白髪。ショックですねぇ。かなりショックです。でも「そうか、あなたも苦労してるのね」と、まるで他人事のように自分をなぐさめているもう一人の自分もいました。う〜苦労してるなら、白髪じゃなくて、体重の減少で表現したいぞ、自分。
Novembre 18(lundi) ---「もう、ダメだ」---
昨日の朝、サッカーに出かけようとしたら、自転車のカギがない。自転車で出かけるつもりで仕度をしているから、歩いて出たらとうてい間に合わない時間になっている。仕方がないからとりあえず歩いて出かけ、途中まで一緒に試合を観に行くお母さんに車で迎えに来てもらった。昨日帰宅してから探してみると、「私は絶対にここに置いていない」場所に自転車のカギはあった。問いただしてみるとたくほのしわざだった。そんなことをした理由は。土曜日の夜私は兄の家のパソコン修理をしに、兄宅へお邪魔していたのだが、サッカーの練習を終えてから兄宅へ来たたくほは、夕食をいただいただけでほとんど従姉妹たちと遊ぶ時間もなくおいとまするはめに。それが気に入らなかったから、という。
私は、自分を見失うぐらい怒りました。なぜおいとましなければならなかったか。それは翌日(つまり昨日ね)たくほもサッカーの試合があったし、姪たちはもっと早い時間から出かける予定があったから、なのだ。私の都合なんかじゃない!!!
そして昨日、サッカーの試合に行くのはいったい誰のためなんだ?たくほがサッカーやってるから私は役員を引き受け、重たい荷物をかかえて、毎週毎週サッカー漬けの週末を送っているんじゃないか。なのに・・・なのに・・・。
昨日怒り過ぎたせいか、今日、たくほは学校へ行かなかった。私が出勤し、たくほが学校へ行ったかどうかやきもきしながら電車に乗る。電車の中に「今日休んでいい?」とたくほからの電話が入る。電車の中で押し問答するわけにもいかず、会社の最寄駅に着いてから家にいるたくほへ電話をかけなおす。私がどんな気持ちで電車に乗っているか。心臓に重い石を落とされたようなそんな気分です。そんなことをして困らせるたくほに、怒りすぎる自分に、腹が立ってやるせなくて、どうしていいのかわからない。
今日は一日会社にいても頭がまわらず、何も楽しくないし、お昼ご飯だって全然おいしくなかった。私が先に家を出る朝はいつも、たくほがきちんと学校へ行けたかどうか心配になる。駅から電話をかけて、たとえ不在でも、居留守ぐらい平気でできちゃう子だから安心できないし。
毎朝毎朝こんなことを考え、家に帰れば「これ以上迷惑はかけられないので家出をします」などという置手紙が残され、夜7時ぐらいまで何の連絡もなく帰宅しない息子の心配をする毎日に、私は本当に疲れました。これ以上、精神力がもたないや。
これを読んでくれているお母さん、子育てって楽しいものですか?子供の成長って楽しみですか?生きがいになりますか?
私には重荷という言葉がぴったりのような気がする。この先私が生きていて楽しいことなんてあるんだろうか?たくほの学年が上がっていき、今の姿がどれほどまでエスカレートしていくのだろうか、と考えただけで、「もうこれ以上見たくない」という気にさせられる。Novembre 17(dimanche) ---「優勝&偶然の再会」---
3年生の大会のため、車で1時間かけて(しかも高速道路にまで乗って)、埼玉県鶴ヶ島市というところまで遠征してきた。はるばる遠征した甲斐あって、3勝して優勝できたのでそれはそれで充実した一日となりました。
っで、「偶然の再会」。いやはや。こんなところで13年前に岡山で同じ職場だった人と再会するとは。オドロキでした。ふっとすれ違った瞬間、お互いにわかった。私は名前まですぐ思い出せた。だって相変わらず「加藤茶」に似てたんだもん。
一度目が合ってすぐには声をかけられず、しばらくして「○○さん、ですよね?」と声をかけると「××さん、やんなぁ(大阪弁)」と。うぉ〜名前を覚えていてくれたぞ。その人はよそのチームの子のお父さんで、当日は家族そろって応援に来ているとのことだった。私はそこで働いていた4年間ず〜っと同じ職場にいた人だと思っていたのだが、彼の話だと私が入社して1年経った頃彼は大阪へ転勤していったのだった。そういえばそうだった、そうだった、と思い出した。結局1年しか同じ職場にいなかったわけだけど、あの頃は独身で、テニス合宿と称してみんなで旅行に行ったり飲み会をしたり、と本当に楽しかったなぁ。彼もその後大阪〜東京と転勤がありながらも、岡山でたった1年しか一緒じゃなかった私のことも覚えていてくれたことが感動でした。別に連絡先も聞かなかったけど、またいつかどこかでお会いするかもしれませんねぇ。
Novembre 14(jeudi) ---「県民の日」---
今日は「県民の日」で学校がお休み。毎年当たり前のように学童に預けて私は仕事に出かけていたのだけど、今年はふと「休もうかな」という気になった。
そして・・・出かけた場所は、大宮アルディージャの練習見学。
10:00〜の練習だとHPには出ていて、でも練習場に到着したのは12時少し前。
もう練習は終わっていて、残った選手がランニングやクールダウンをしていた。
私のお目当ての氏家選手もランニング。きゃ、かっこいい〜
次々と選手が帰っていくのを横目でながめながら、ひろ〜い芝生で拓帆とボール蹴り(サッカーとは呼べない(^_^;))をしていると、最後の最後に家路につこうとしたコーチらしき人が、話し掛けてくれた!!!
ボールキャッチの練習をしていると、「キーパーやってるんですか?身体大きいですね。何年生ですか?」と。
温厚そうなコーチだ(^^)。3年生であること、本人の希望でキーパーもやっていることなどを話すと
「そうか。キーパーというのは中学生ぐらいから専門の練習をするのが理想的なんだ。それでもこれからのキーパーというのはね、フィールドプレイヤーと同じだけフィールドができなくちゃいけないんだよ。ウチの川島(※)もね、センターフォワードをやらせたらレギュラーのセンターフォワードと同じぐらい動けるし点もとるよ。今はしっかりとみんなと同じ練習をすることが大事だよ」
と話してくれました。プロチームのコーチが、こんなに気さくに話し掛けてくれ、アドバイスまでしてくれるなんてっ!これが大宮アルディージャの良さよねーっ!と実感して帰路につきました。
家に帰って調べてみると、そのコーチは1軍のヘッドコーチで佐久間コーチとおっしゃる方でした。どうもありがとうございましたm(__)m
※ 川島永嗣選手・・・U-20の日本代表GKをつとめた選手。これからは大宮のみならず日本を背負って立つGKになってくれるはず。Novembre 4(lundi) ---「戦力外」---
「戦力外」だなんて言葉は遣いたくないけれど、ここは私の本音を書く場所だから許してもらうことにして。
4年生の今年度最後の公式試合だった。3年生は練習試合が入り3年生のメンバーは4年同行組と3年居残り組とに分かれることになるのはいつものこと。
はい。今回からたくほは3年居残り組になりました。4年の試合に行ってもキーパーで使ってもらえることは少ないうえに、フィールドやらせても親の贔屓目で見てもやっぱり動きがイマイチ。小技もイマイチ。4年生のレベルには遠いな。
というわけで3年居残り組でした。本人は何を感じたんだろうなぁ。まぁ私がとやかく言うことでもなし、3年に残って何が悪い!という話もあるし、たくほがたくほなりに考えて練習するんだろうな。
母にできるのは見守ることだけ・・・かもしれない。