'02年 11〜12月の日記へ

'03年 3月の日記へ

Fevrier 24 (lundi) ---「再会」---

昼休みに、来ないと思っていたメールの返事が携帯を鳴らした。このメールは、これからしばらく私の宝物の1つになってしまうだろうな、って思った。
4年ぶりの友達が上京してきたので、会ってきた。4年前、彼女の結婚式に出席して以来のことだ。ご夫婦で二日間、東京の中華を食べ歩くのだそうだ。彼女のご主人は中華料理のコックさんである。ご結婚から4年、お二人は「家ではお互い好きなことをバラバラにやってます」なーんて話していたけれど、お互いがお互いの友人関係をすごくよく知っていて、素敵なご夫婦だな、って思った。彼女は私より2歳下、ご主人にいたっては私より8歳も下である・・・
4年前の彼女の結婚式で、私は「彼」と再会した。「彼」は彼女のお兄さんである。「彼」は私の兄の友人であった。「彼」は私の青春の1ページ、いや、10ページである。「彼」は昼休みに来たメールの差出人でもあった。
メールには「せっかく食事に誘ってもらったけれど、仕事が忙しくてどうしても行けない。妹夫婦をよろしく」とあった。

彼女「のりりんさん(とは言わないが)、東京でうちの兄と会ったりしますか?」
のりりん「(ドキ・・・) うーん、こちらへ来て4年経つけど、1回会ったかなぁ。電話で何度か話したかなぁ」
彼女「そうなんですかぁ。うちの母が、兄がなかなか結婚しないのを心配して、ついには『あんたの友達で誰かおれへんの』って言い出したんですよぉ〜 はっはっは!」
のりりん「(グサッ・・・)そうかぁ。もういいトシだもんねぇ。でも、彼女いるんじゃないのぉ?いないわけないってぇ(必死)」

「彼」の結婚、というのは私にとってまだまだ、簡単に受け入れられることじゃないんだな、ということを痛感した。正直なところ、想像することさえつらかった。「彼」が彼女のお友達と、なんていう、現在はない話を聞いただけで、心の中では涙が滝のように流れてしまった。
いつかはそんな日が来るだろうし、そのことは「彼」本人からじゃなくても、お母さんか彼女のどちらかがきっと私に教えてくれるだろう。それまでに、それに耐えられる自分になっていたい、と強く強く思う。

彼女たちとの食事は、ご主人のお友達が働いているという中華料理店で。すごくシックな内装は中華料理屋のイメージとはかけ離れていて、バーみたい。お友達だから、と「スペシャルコース」を用意してくれ、「も、も、もう、満腹〜」と降参するまでいただいた。もちろんデザートは別腹なので、デザートはお代わりしたけど。だって、おいしい杏仁豆腐だったんだもん。焼酎のアイスクリームってのも、初めての味覚でおいしかったなーっ!
4年前の結婚式よりさらにきれいになり、表情も生き生きと、話題も豊富な彼女。つらい時期や大変な病気を乗り越えて、幸せそうで本当によかったな、と思う。どうか、彼女に大きく幸あれ。

Fevrier 22 (samedi) ---「行ってらっしゃい」---

久しぶりにぐっすり眠れた。私が起きたらすでにたくほの部屋には電気がついていて、どうやらゲームをやっていたらしい。私が起き出したとわかると「お腹すいた〜」とたくほも部屋から出てくる。朝食を済ませ「何時ごろ行くの?」と聞いても「わかんなーい」・・・っておい(-.-) でも、朝食後にリュックに自分の荷物を詰め始めた。新幹線の中で食べられるように、お弁当も作ってあげるね、と話していたので、焼きおにぎり(冷凍品)を温めて包む。(←全然「作って」ないけど(爆))
母から「算数・国語・理科・社会の教科書も持ってきてね」とメールがきたので、それらをリュックに入れさせる。ふとたくほの部屋を見渡すと、学校でもらってきたプリント類が散らばっている・・・げげっ!たくほのいない間、私はこれを見るたびにもしかしたらイライラするかも?「散らかってるプリントだけ片付けて行ってよぉ」と言うと、「イヤだ。ママが片付ければいいじゃん、ボクがいない間にママがこの部屋を使うんでしょ?」ときたもんだ(-.-)
「でも、たくほの物がおいてある、たくほの部屋でしょ。たくほがもらってきたプリントでしょ」と言っても「だって、先生が勝手に出したプリントだもん。もらいたくてもらったんじゃないもん」・・・ぬぁ〜にをぉ〜?
「とにかく出かける前にはプリントだけは片付けて行ってちょうだい!」と言い置いて、私は新聞を読む。
様子を伺っていると、読んでいた国語辞典(!?)を閉じ、ふてぶてしく、いやそーな顔をしてプリントをゴミ箱に捨ててる。
そして次の瞬間にリュックを背負って部屋から出てきた。

のりりん「プリント片付けてくれたんだね。駅まで歩いていくんでしょ?」
たくほ「いいや(-.-)」
のりりん「自転車?置き場に困らない?」
たくほ「自転車のカギないから、自転車じゃいけないもん」

!!!そうだった!!!たくほは自転車のカギをなくしているのだ。それゆえプールをサボったのではないかっ!

のりりん「カギだけ見つけてから行ったほうが、スッキリするよ。帰ってからだと忘れてるし」
たくほ「イヤだよ!!!」
のりりん「プールのカバンの中にきっとあるって。それだけ探して行きなよ」 
プールバッグを玄関に持って行ってやったのに知らん顔で出て行った。キックボードで。ムッカー!!!
しかし、そのときの私の格好はパジャマ。追いかけて行ける状態じゃない。もう!ムカつくけど、自転車乗れなくて困るのはたくほだ。知らん!・・・にしても、そのキックボードで駅まで行って、その先どうするつもりだ?新幹線に持って乗るつもりか?

たくほが家を出てから1時間後「今東京駅なんだけど、東海道新幹線南乗換え口ってところでいいのかな」と電話があった。・・・ケロッとしてるじゃん(-.-) どうやら徒歩10分の駅までキックボードで行き、みどりの窓口で新幹線の切符を買い、一人で電車に乗って、途中で乗り換えて東京駅まではたどり着いたらしい。
1週間学校へ行かないんだから、せいぜい電車に乗って社会勉強でもしてくれぃ。

Fevrier 21 (vendredi) ---「結論」---

今夜は、たくほと話をする日である。このところ、寝不足が続いているし、頭の中「どうしていいか、わからなーい」状態も多く、心身ともに疲労している。でも、大丈夫。自信を持って「2週間おばあちゃんちへ行ってきなさい。2週間したら必ず帰ってきなさい。お母さんはたっくんが大好きだから、待ってるから」と言える。自分の気持ちも固まって、落ち着いた気分で帰宅した。私が帰宅するやいなや、テレビをみていたたくほが

たくほ「今日ね、先生に『1週間ぐらいおばあちゃんちに行ってくる』って言った」
のりりん「・・・(驚き)・・・そうなの?1週間って言ったの?」
たくほ「うん、だって転校するわけにはいかないし・・・」
のりりん「そうなの?転校するわけにいかないの?今日はこのお話をきちんとする日だから、ちゃんと話そうか。たっくんは、いつおばあちゃんちへ行くつもり?」
たくほ「土日のうち」
のりりん「土曜?日曜?どっち?」
たくほ「うーん、わかんない」
のりりん「ちゃんと決めよう」
たくほ「んじゃ、土曜日」
のりりん「っで?帰ってくるのは?」
たくほ「3/1には絶対帰ってこなきゃ」
のりりん「どうして?」
たくほ「だって、3月からは体育がサッカーなんだもん」
のりりん「そう。3/1に帰ってくることにしたのね。これは決定ね。必ず帰っておいでね、お母さんは待ってるからね」

永住する気満々だったたくほが、自分で期間を1週間と決めてきた。今日学校で何かイイコトあったのかな。いずれにせよ、自分のホームはここだ、と思ってくれたんだな〜と考えると、すごくうれしい。意外な展開に私自身が驚き。
明日は、気持ちよく、そして「待ってるよ」をしっかり伝えて送り出そう。

Fevrier 20(jeudi) ---「校長先生登場」---

朝、駅の改札で携帯を家に忘れてきたことに気づいた。何度取りに帰ろうかと思ったけど、帰ってたら完全遅刻。思い切って電車に乗った。夕方私が社用(といってもみんなで食べるお菓子を買いに(^^;))で外出してる間に、たくほから会社に電話があったそうだ。「今日もスイミングだけど、友達と遊びたい」と話したそうな。それをきいて怒り心頭に達する。
帰ったら絶対に爆発する。それでなくても心臓がバクバクして、残り1時間の仕事が手につかないのに。許せないっ!でも、ここで爆発したらダメだ。絶対ダメだ。どうしよう、誰か私の怒りを静めて〜〜〜!
最近子育てのことで私にすごくパワーを送ってくださってる方に「帰ったら発狂しそう。どうしたらいい?」とメール。きっと家に着く頃にはお返事をくださってるだろう、それを読んでからだ、たくほの顔を見るのは・・・と思って、定時に退社する。
帰ったら案の定家にいない。でも、プールの用意もないしキックボードもない。あれ?ひょっとしてプールに行った?それにしては帰りが遅いなぁ・・・と思いながら留守番電話を聞くと、担任の先生から「学校にいますので、連絡ください」とのメッセージ。そうそう、忘れて出かけた携帯を見ると、すごーい・・・6〜7回学校から電話をくださったみたい。
急いで学校に電話をしたら、担任が「今日、たくほくんと話をしました。そのことを今日お電話でご報告します、って昨日お約束したのですが、学校でお会いしてお話できませんか?」と。急いで学校へ向かう。担任の先生は玄関で待っててくださり、スリッパに履き替えて会議室へ。

担任「やっぱり岡山へ行きたいという意思は固いみたいです。お母さんとケンカしたときがイヤなんだそうです。でも、ケンカしてないときは、おばあちゃんよりお母さんのほうが好き、って言ってました。じゃ、どうしてケンカになっちゃうんだろうね、ときくと、ボクが嘘をついたりするから、ってよくわかっているみたいでした。岡山へ行くことについて、子育ての経験のない私ではわからないことも多かったので、校長に報告させていただいてます。今から校長とお話ししていただけませんか?」

そして校長室へ移動して、校長先生と向かい合う。私がこれまでのこと、家でのたくほの言動、私もすごく疲れてしまった、おばあちゃんちへ預けることについて私の考え、たくほの考え、などをお話しする。校長先生は、「そうかぁ。そりゃお母さんも大変だねぇ。子供もそれはわがままだし、やっていいこといけないこと、していいこととしなくちゃいけないこと、をきっちり教えていかないとね」と。

校長先生は、岡山行きが1ヶ月にも及ぶなら転校手続きをとるべきだ、1ヶ月も学校へ行かずにブラブラしている状態は良くない、とおっしゃる。
担任の話によると、たくほは、転校して岡山の学校に通う気でいる、と。
私としては、できれば転校は避けたい。でも1ヶ月ぐらい私に命の洗濯をさせてほしい。
結論として「転校せずに行かせるなら1〜2週間。その代わり決めた日にはきちんと戻ってくるように伝える」ということになった。私は、岡山に永住する気のたくほに、どういえば決めた日に戻ってこさせることができるのか、その言葉が思いつかず、たくほの抵抗をも考えるとなんだか気が重かった。それはいずれにしても明日の金曜日に、たくほと話し合うことになっている。校長先生は、「おまえの将来のことを考えて、おじいちゃん・おばあちゃんそしてお母さんたち大人が決めたこと。おまえはそれに従わなくてはいけない」と譲らない姿勢で話をするように、とアドバイスをしてくださった。

学校で夜の8時すぎまで話し合いをし、帰宅したらたくほが「ママ、今日ね、キックボードでプールに行こうと思ったんだけど、地面を蹴るほうの足(右足)が痛くて行けなかったの」と言う。ムカムカ〜〜〜!そうだ、メールのお返事をくださってるかもしれない。あわててパソコンの電源を入れる。「それで?プールに行かずに何してたの?」と聞くと「ナイター(のサッカー)行ってた」・・・はーーーーーーっ???!!! キックボード蹴れないのにサッカーボールは蹴れるのか?ナイターにはキックボードで行ってたじゃないかっ!一体全体どーゆーことよーーーっ!と心の中で叫ぶ。そして、メールを開いてみたら。きちんとお返事をくださっていた。「たっくんがプールへ行かなかったことで、あなたが動揺しないで。冷静に『良くないことだ』ということだけ伝えて」。怒りはおさまらないけれど、アドバイスを請うたんだ、そのとおりにしよう。
「そう。プールへ行かずにナイターに行ってたんだ。たっくんが今日、しなくてはいけなかったことはどっちかな?プールだよね。休んでサッカーしてたことはよくないことだよ。お母さんは悲しいわ」
それだけを話し、時間も遅かった(もう8時半だ!)ので「バーミヤンにラーメンでも食べに行こう、時間が遅くなっちゃってお母さんもごはん作る元気ないや」と誘ったのに、たくほは首を横に振る。「いい、行かない。ママ一人で行ってくれば」・・・
おいおい(-.-)これ以上抵抗するなよ、疲れてるんだよ、私は。あんたのことで学校へ行き、おなかも空いてるんだってば。たくほがテーブルの上にのっていた「クリスピーチキン」(昨日の残り物)を指して「これ、食べるからいい」・・・
どうやら、外食などという「贅沢」を辞退することで、プールを休んだことの反省の意を表するらしい。そしたら私もこの寒い中、外へ行くのもめんどくさくなってきた。冷凍うどんがあるから、これでいいや。
たくほに「うどん、食べる?」と聞いてもノー。「残り物でいい」。とかなんとか言っちゃって、うどんを作ったら絶対に食べるぞ、コイツ。そう思って二人分作る。私がよそっていると「今日はうどんなの?ボクの分もあるの?食べていいの?」
あ〜、もう勝手にしてくれ。具も何も入ってないうどんだったのに、「ママ、このうどん、すごくおいしい。毎日このうどん食べたい」 はいはい。おまえほんまに反省しとんかぃ。

今夜はまだ私自身混乱中。とにかく寝よう。

Fevrier 19(mercredi) ---「苦悩」---

自分で書くのもナンだが、最近の私はよく頑張っている。本当によく我慢している。エライ!これで爆発しなければ、たくほの心をもう少し開かせることができるのかもしれない。
今日もまたスイミングだった。たくほは週2回のコースなので、1日休んでそれを振り替えると翌週は3日行かなくちゃいけない、ということになったりもする。そして今日はその振替の日だった。
今日は学校で4年生から始まるクラブ活動の見学会があったらしく、いつもの水曜日より遅く帰宅したみたい。プールは16:30〜なのに、16:25に電話してきて「水着がない」って。だーかーらーあなたがスクールに忘れてきたんでしょ?行ってフロントで聞きなさいってば。それでなければ昔通っていた別のスイミングスクールの水着でもいいからもって行きなさい。わかった?今日は行ってよ!とこちらが話してるのに、なんだか返事に覇気がない。・・・こ〜れは行かないかもしれないなぁ。しかしなんでだ?
帰りの電車に乗っていると母からメールがきた。「自転車のかぎがなくて、プールに行けなかったそうです。またママに怒られるとか細い声で話していました」・・・ムッカー!自転車のカギがないだぁ?歩いたって走ったって行けるだろーがっ!キックボードで行ったっていいじゃないかー!休むなよ、先週の金曜日も休んだんだろーが!電車の中でムカついて、ムカついて。
帰りがけ、たくほが岡山へ行くことになるかも、という相談で担任の先生のところへ寄って帰ることになっていた。
担任の先生は「岡山へ行くな、と引き止めてほしいのだと思います」とのこと。うーん、どうも先生は私が思いもつかないようなことをいつも言い出す。そうなんだろうか?私の次に長い時間をたくほと過ごしている人だし・・・という気もある。
とにかく帰って今夜もう一度話をすることにする。
帰宅したら、靴もサッカーボールもコートもあるのに家中の電気は消え、たくほの姿が見えない。おかしいなぁ〜と思ってたくほの部屋に入ってみると、いつもは閉まらない押入れが今日は閉まっている。ははん、ここだな。
開けてみると身体を折るようにして押入れで寝ている。なるべくやさしい声をかけ「ごはん食べよう」と促す。そしたら「今日ごはん食べないもん」だって。理由をきいても「おなかがすいてないから」としか言わない。
「今日プールにいけなかったから?ママが怒ってると思って、それで『ごめんなさい』という気持ちでごはんをいらないと言っているの?」ときくとうなずく。ここで「んもー、またスイミング休んでーっ!」と怒るのも大人げないもんね。
「じゃ、いいよ。今日はごめんねの気持ちを持ってくれてるんなら怒らない。けど今度からは自転車に乗れなくてもキックボードか走ってでも行ってよね」
・・・しかし、こうやって書いてると、またフツフツと怒りがわいてくる。なんで行かないんだよー!甘ったれるなー!!!
これで今月2回休んでる。ったく、習い事をなんだと思ってんだっ!

夜になって「お母さんはたくほのことが大好きだから、これから仲良し親子になれるように頑張って一緒に暮らしたいと思うんだけど」と言ってみた。答えは・・・予想はしてたけど「でも、もう行くって決めたもーん」。はいはい。大きく脱力。岡山に行けるなら、週末のサッカーの練習試合に出られなくても、ホームタウン優先販売でゲットした浦和レッズの試合観戦さえも、できなくていいんだそうだ。そりゃあんたはできなくてもいいかもしれないけど、私は苦労してゲットしたんだよ!その労力を一体なんだと思ってんだ!と心の中でつぶやく。でもとにかく、金曜日までは考える時間に充てるように話して、寝かせた。
たくほのこの憎々しい口のききようには、本当に疲労する。そりゃ解放してくれるなら、それがたとえ数日でも私にはいい充電期間になる。けれど、せっかく私が耐えに耐え、キレないように、怒鳴らないように、たくほの気持ちを受け止められるように、私としては200%の努力をしているのに、今やっとその波にのってきたところなのに、ふっと岡山へ行って、この波が止まってしまうことは怖い気がする。

私は一体どうしたらいいんだろう・・・

Fevrier 18(mardi) ---「昨日のその後」---

昨夜たくほに「今日はどうだった?」と聞いたら「楽しかった」との答え。そうか、それはよかった。でもそっから後がいけなかった。
のりりん「小学生のたくほの、今一番大事な仕事は学校へ行くことだよ。学校は勉強だけじゃない、友達と遊んだり、みんなで給食を食べたり、休み時間を過ごすことだって、家ではできない勉強だからね。でもね、学校へ行けないほどゲームをしなくちゃいけないんだったら、お母さんしばらくゲームをお預かりしてもいいよ」
たくほ(キッと目が釣りあがって)「そんなことしたら、もう二度と学校行かないからねっ!」
・・・しまった、せっかく穏やかにいい調子で話せていたのに・・・そうだ、話題を変えよう。
のりりん「今日はアルディージャの練習を見れて楽しかったんだよね。じゃぁさ、お母さんが会社を休んだことはどう思う?」
たくほ「ママが勝手に休んだんじゃん。ボクは休んでくれ、なんて、ひとっっっことも言ってないもん」
のりりん「でもさ、先生に『お母さんと一緒にいたいの?』って聞かれたとき、『うん』って答えたよね?」
たくほ「言ったよ。言ったけど、ママが休みたくないならそう言えばよかったんだよ。別に一人で家にいたってよかったんだし」
・・・絶句・・・あろうことか私は「ママ、今日は会社を休んでアルディージャの練習を見に連れて行ってくれてありがとう」などという言葉を期待していたのだ。本当に自分はおろかだったと思う。そしてそのままたくほの顔を見つめること30秒。
のりりん「そっか・・・それもそうだね」
それだけ言うのが精一杯だった。頭の中は混乱。この価値観はどうやって彼の中に育ったのか。やはり私の育て方が悪いのか・・・悶々と自問する。でもその後すぐお風呂に入りながら、一人でじっくり考えてみる。
そう。考えてみればそれが普通の感覚。私がたくほの立場でも同じように答えただろう。そうだ、今日は私が勝手に休んだんだ、誰のためでもない、自分で決めて自分で休んだんだもん。・・・そう得心したらなんだか楽になった。

そして今朝。朝出がけに「ママ、明日からおばあちゃんちに行っていいでしょ」・・・また朝から濃い話を持ち出すやっちゃなぁ。私は固まってしまう。時間もない。「考えさせて」と言うのだけが精一杯。
会社への道中、最近頼りにしてる人にメールで相談してみる。
「一人の時間が持てるなんて、うらやましいわよ。おばあちゃんに感謝〜!じゃ、ダメかしら?」とのお返事。
それもそうだな。私ここまでよくやってきたって。息子のことになったら精一杯糸を張りつめて、怒ったり怒るのを我慢したり。子育てはこの先まだ長い。ここで数日?数週間?数ヶ月?数年?子供から離れたっていいじゃん。頑張ってきた私への「時間のごほうび」。そう思うとそれでもいいかな、って気がしてきた。

帰宅したら冷静に「私はあなたを愛していて、大切に思っている。おばあちゃんちへ行きたいのならしばらく行ってもいいけれど、戻ってきたくなったらいつでも戻っておいで。私はあなたを待っている」・・・と言う「ハズ」だった。
のりりん「どうして岡山へ行きたいの?」
たくほ「学校に行きたくないし、ママと暮らすのがイヤだから」
・・・ガタガタガタガタ・・・私の理想の台詞が・・・うぅ・・・しばらくは落ち込みました。でも、こう言って岡山へ「留学」してくれればなんだか私も解放感に浸れるかも?という気さえしてくる。
のりりん「わかった。じゃ、あと3日考えて気持ちが変わらなければいつでもどうぞ」
たくほ「じゃ、土曜日か日曜日にでも行っていいんだねっ!?」
たくほ「ねぇ、どうしても土曜日か日曜日まで待たなくちゃいけない?」
のりりん「(ムッカー!!!)とにかくあと3日考えなさいって言ってるんでしょ!これまでだってコロコロ言い分が変わってきてるんだから、あんたが本当はどうしたいのか、私には全然わからないのっ!」

たくほが岡山へ行くと、冷蔵庫の中の有り余る食材をどうするかなぁ・・・今度生協で届く食材もいっぱいあるしなぁ・・・
たくほがいなけりゃ、一緒にごはん食べる友達もいなくなるなぁ・・・この3DKのアパートに一人で暮らすのはもったいないなぁ・・・もう少し狭くても安いところに引っ越そうかなぁ・・・などなど考えるとキリがない。

さて、本当に岡山へ行くかどうかは、週末のお楽しみ。私は今度こそ行くだろう、に一票。

Fevrier 17(lundi) ---「とほほ・・・言葉が見つかりません」---

なんでこう、次から次へと・・・どうして私ばかりこんな思いをしなくてはいけないの・・・ 本当に今日「も」苦悩の1日でございました。
今朝起きてみるとたくほの部屋に電気がついていて、ゲームをやっている。何時から起きているのか聞くと5時半からだという。私が朝食の支度をしていると機嫌よく起きてきて、朝からモリモリごはんを食べる。・・・ここまではよかった。
朝食後ヒーターの前で横になっていたなぁ、と思った次の瞬間、たくほは自分の布団に逆戻り。昨夜遅くまで友達のお宅で遊ばせてもらったのに、今朝やたら早く起きたから眠いんだ!それでなくても昨日はマラソンしてるし。そう自分に言い聞かせてひとまず自分の支度を済ませ、その後でたくほを無理やり着替えさせる。顔も洗わせず歯も磨かせず、とりあえず玄関に連れて行くけど「今日は学校行かない!」・・・始まったよ(-.-) その時点で私は遅刻覚悟。とにかく今日だけは休ませるわけにはいかない。私が遅刻したって説得して行かせるわよっ!と意気込む。
「ゲームしてて学校へ行けないなんて、許されるわけないよねぇ。楽しいことの後は『やらなきゃいけないこと』頑張らないと。『やりたいこと』と『やるべきこと』はいつもセットだよ、って話してるよね。サッカーだって面白くない練習をするからミニゲームがあるわけだし」
と説得を試みる。もちろん×。
「そんなふうにゲームを使うんだったら、もうゲーム捨てなきゃね。お母さんサンタが一生懸命働いたお金で、高いなぁと思いながらも、たくほが喜ぶのなら、と思って一生懸命買ったよ。捨ててもいいの?」
「いいよ、捨てれば?」
・・・ムッカーーーーー!!!ここで、ひっぱたいてケリでも入れたい衝動に駆られる。「つべこべ言わずに行け!」と怒鳴りたい衝動に駆られる。とにかく我慢。ひたすら我慢。ここでキレたら私の負け。それにしてもイライラする。それにどう説得すればいいのか、言葉が見つからない。時間を見計らって学校の先生に電話をしてみると、担任の先生が「迎えに行きます」との答え。よっしゃ、先生まで来てくれれば行ってくれるだろ〜!と大きく期待。
果たして先生が来てくれても「行かない」の一点張り。こういうところは本当に頑固で、憎たらしい。イライラする。
先生が「ゲームしてたから学校へ行けません、なんてダメだよ〜」と言っても効き目なし。そしたら・・・
「お母さんと一緒にいたいの?甘えたいの?」と先生が聞くではないか!そして、たくほはうなずくではないか!
私は「へっ?」という感じ。いくらそうでも、そんなこと聞いたら「渡りに船」とばかりにたくほに休む口実を与えるようなもんだよー!と思ったけど、先生は「じゃ、そういうことなのでお母さんよろしく〜」とばかりに学校へ帰ってしまう。
もう今日はダメだ、今日休ませることはどーしても自分の中で許せないけれど、もはや担いで連れて行けるほど小さくもないし、仕方なく休む旨を会社に連絡する。そしたら社長が「まぁ親があれこれ聞いても、言わないもんはしょうがないもんねぇ。今日は天気もいいことだし、二人でディズニーランドでも行ってくれば」と。子供のことについては、すごく理解のある社長なのだ。
結局、たくほは午前中「寝た」。お昼前にすっきりと起きてきて「今日は寝られてラッキーだった」という一言に私はムッ!
私は会社からもらえる休みも決まってるし、参観日にはどうしても行きたくて計算して休んでるんだから、こんなことは二度とゴメンだからねっ!と釘を刺す。

昼食後、「出かけておいでよ」という社長の言葉を間に受け、大宮アルディージャの練習を見に行くことに。電車とバスを乗り継いで行くように案内されているのに、電車を降りてみたら次のバスはなんと、1時間後。結局タクシーで2000円かけて行きました。なーんでこんなところで2000円も使うのよ〜!と思っているうちに、「そもそもなんで私は今日、こんなところでこんなことするハメになったんだっ?!」と怒りがぶり返し、でもその怒りをぶつけてしまってはいけない、という理性だけが働いてとにかく無口になってしまう。何か言葉を発したら怒り出しそうだったから。
練習を見ながら屈託なさそうに、自分のボールを蹴ってるたくほを見ているとなんだか余計に腹立たしく思えて。どうしたら自分のこの怒りや苛立ちを抑えることができるんだろう?それを考えようとしても、イライラしてくる。結局練習を見てる間じゅう、それに帰路もずーっと私はふてくされた顔をし、たくほの問いにもぶっきらぼうに答えることしかできなかった。
でも、これは私の中での最大の努力。こうでもしなければ、どこかで罵倒し、ひっぱたいてたかもしれない。本当は今日のような日は、私もニコニコ一緒に楽しむ「べき」だったんだろうけれど、私の気持ちがついていかなかった。感情をそのままぶつけなかったことについて、とにかく自分を褒めよう、自分にOKを出そう。

Fevrier 16(dimanche) ---「マラソン大会」---

市の少年団の「マラソン・駅伝大会」が今日だった。3年生以下は全員マラソンで、4年生以上はマラソン組と駅伝組に分かれて競う。花形はもちろん駅伝。昨夜、たくほが参加しているマラソンサークルのコーチから電話をもらい、目標タイムと激励を受けた。今日もマラソンコーチは(サッカーの友達のお父さんなので)来ていて、走りながらみんなを激励してくれてた。
・・・肝心のたくほの出来だけど・・・私は正直言って「もっと頑張れたはずなのに」と思う。3年生は人数が多いため、A組とB組に分かれて走ったのだけど、B組で走りながらたくほは、すでにA組で走り終えているチームメイト(伴走してくれてたらしい)に「Yは何位だったの?」とか話しながら走っていたらしい。やっぱりゴールで待っていても、全然戻ってこない(-.-) もうそろそろ全員ゴールするんじゃないか、と思ったところへようやくたくほが見えてきた。「最後だよーっ!がんばれーっ!」と叫ぶと猛スパート。・・・なんだ力残ってたんじゃん(-.-) マラソン大会の後はいつもこんな思いにさせられる。でもそれは親である私の勝手な思い。みんなが「たくほも頑張ったじゃん!」と言ってくれてるんだし、私もそう思わなくちゃ、と自分に言い聞かせる。帰り道、「今日は(以前から言っていた)かかとが痛かったけど、よく頑張ったと思う」と本人コメント。そうか、たくほが自分で頑張ったと言えるなら、それでOKだね。

なにせマラソン大会で朝が早かったため、一仕事したようでも帰宅したのは正午頃。私は疲れて昼寝してたけど、たくほは友達の家に遊びに行ってしまった。↓でチョコをくれた年中さんのコのお兄ちゃんたち(双子ちゃんなのだ)。彼らも今日は一緒にマラソンしたというのに、結局夕方まで遊び、挙句の果てには夕飯までごちそうになって帰ってきた。
たくほは、「母親」には恵まれなかったかもしれないけれど、友達のお母さんには本当によくしてもらってるよね。気軽に「たくほ〜」と呼んでくれて、いつも気にしてくれる。そしてそのことが私をも助けてくれる。本当にありがたい。

Fevrier 14(vendredi) ---「たくほのバレンタインデー」---

同年代の女の子から初めてチョコをもらいました。1つは同級生の子の年中さんの妹(^^;) いつも遊びに行くとたくほにまとわりついてくれるんだそうだ。イチゴやミカンの上にチョコがコーティングしてあって、かっわい〜!私は自慢じゃないが「手作りチョコ」をプレゼントしたことは、かつて、一度もない。
もう1つは同じクラスの女の子。転校してきた去年・今年と続けて同じクラスで、スポーツ万能少女。しかも、顔もすっごく可愛い。去年からたくほは「Hちゃんが好き」と言っていて、実家に帰省するたびにビーズアクセサリーなどをプレゼントしていた。そのアタックが功を奏したらしい。私が帰宅して新聞受けを見るとチョコが入っていた。そして、それも手作り。う〜ん、イマドキの女の子たちって、意欲もあるし手先も器用なのねん。
私の口には1つも入らなかったことは、言うまでもない。

私はこの日、「本当はあげなくてはならない人」を軒並みぶっちぎり、義理チョコ本命チョコともにあげることのない「節約(?)バレンタインデー」と相成りました。でもね、でもね、念願の「黒酢」をGet!成城石井(という名のスーパー)で370円の黒酢。私、ダイエットに励む〜〜〜〜〜!

Fevrier 10(lundi) ---「たくほのパソコンデビュー」---

ようやくパソコンが2台同時に使える環境が整ったので、たくほにもメールアドレスを取得してやり、1台はたくほ用ということにしてやった。すごい喜びよう(^^)
早速実家の両親にメールを送ったりしてる。私には永遠にできない(する気がない)カナ入力も、頑張ってます。ローマ字を習ったらローマ字入力を教えこまなくては。今のところインターネットでゲームのサイトを見たり、メールをしたり、ソリティアやったり、という程度だけど、そのうちアプリケーションも使えるようになることでしょう。

今は、旧パソコンが「データの蔵」で、新パソコンが必要なアプリケーションを「サクサク」動かせるアクティブパソコン、といったところ。画像処理などはメモリが足りなくてアップアップだったからこれからは快適だぞ〜(^^)
そして、「チャットやりたい!」というたくほに付き合って、メッセンジャーもやってみました。メールやメッセンジャーって、口に出しては言えないこと(そんなことが親子の間にあっていいのか?という問題はさておき)も、言葉にできる。これからは親子のコミュニケーションに役立ってくれ>旧パソコン

Fevrier 9(dimanche) ---「読書♪」---

私は社会人になってから14年も経つのだが、実は電車通勤は足掛け3年ほどである。通学も含めこの年数だから、いかに私が「地元に根ざした暮らし」をしていたのかおわかりいただけるかと思う。
電車通勤というのは「大変でしょ〜」とみんな同情してくれたり、「イヤだよね〜」と同意を求めてくれたりするのだが、体調さえ悪くなければ私はさほどイヤでもない。
例えば、朝出がけにたくほとちょっとキツイ言葉のやりとりがあって、心の中はムカムカイライラしていても電車に乗っていれば切り替わる。それに、何より本がたくさん読める。この4日間で文庫本3冊読破です。通勤電車の中だけじゃなく、おもしろいからついつい夜寝る前とか、夕飯の後とかに読んでしまうせいもあるんだけど。
私、中学とか高校の頃、毎日往復1時間でも電車に乗ってたらもっとカシコイ学生だったかも・・・と思うくらい、歴史小説なんかはおもしろく読んでいます。
あと、林真理子。私が言うのもナンだが、あの高飛車なモノ言いとか打算的な思考なんて、すごく私と共通する部分があるんじゃないかと思うのだけど、彼女のエッセイ「ウェディング日記」を読んで、私は「負けた〜」と思いました。「ウェディング日記」なんてノロケるためのエッセイだけど、私はどう自分をごまかしてもあんなふうにノロケたりすることはできないわ。
うーん、これが「幸せな結婚」を掴むかどうかの境界線だったのかしら・・・などと思ってみたりしてる今日この頃。

Fevrier 4(mardi) ---「脱走」---

午後一番に携帯が鳴った。たくほの通う小学校からだった。昨夜「ねぇ学校で頭やお腹が痛くなって、先生がおうちに帰ってもいいって言ったら、家で寝ててもいいんでしょ」とたくほが聞いてきたので、「たくほがお腹でも痛くしたかな?」と思い、電話に出た。
4時間目の授業で先生に3回注意され、3回目に廊下に立たされたそうだ。そのまま給食の配膳準備となり、先生がふと気付くとたくほが「いなかった」とのこと。下足がないので校舎の中にはいないらしい。結果的には、ランドセルもコートも教室に置いたまま家に帰り(カギだけは身につけてたらしい)、家でじーっとしていたようだ。
4時間目は習字の時間で、新聞紙を使っていたそうなのだが、持って行ってないたくほは他の子から譲り受け、それがあろうことかスポーツ新聞の「エッチなページ」だったらしいのだ。頼むからそんなもんを学校に持って行かせないでくれ。頼む、頼む。
そしてそれを見つけたたくほが切り抜いたりして、どうやらたくほの周りには人だかりができていたんだそうだ。それを3回注意してやめなかったたくほを、廊下に出す先生の気持ちはすごーくよくわかる。3回目はたくほがやめなかったばかりに、片付けが全然はかどらなかったらしいし。
その日はマラソンの練習の日だったので、マラソンの練習には行くだろうと確信した私は、「お仕事を切り上げて自宅に戻れませんか?」という教頭先生の質問に「今日は早退するわけにはいきません」と答え、マラソンコーチに練習に姿を現したら知らせてくれるようにお願いした。
学校から最初の連絡が入ってからおよそ3時間。マラソンの練習にたくほが来た、という報告を受け、学校には「居場所がわかりました、ご心配をおかけしました」と連絡をし、とりあえず私は定時まで仕事を続けた。その間、学校関係者の方は「不審者と何かあったら」「交通事故に遭っていたら」と大変ご心配をいただいたようで、申し訳なかったとは思う。

マラソンの練習時もコーチに今日の学校での出来事を、ぜ〜んぶ話したらしく、その話し振りをみていたコーチは「あんなふうにあっけらかんとしゃべれるんだから大丈夫だろ」と言ってくれた。私もなんとなくそう思う。帰宅後「先生に何回も注意されたのにやめなかったのはたくほが悪いし、大勢の人に迷惑かけたよね」と話し、明日はきちんと謝ることを約束した。脱走したことについては「先生に怒られてムカついてて、迷惑をかけるってことまで頭がまわらなかった」と言っている。
いやはや・・・先が思いやられます。

Fevrier 1(samedi) ---「母上京」---

1/29の電話で、いたくたくほのことを心配した母が我が家へやってきた。2日前から母が来ることはわかっていたけど、たくほはサッカーの練習後友達を連れてきて
「今日泊まってもらっていいでしょ」。
母が来ても全然お構いなし。友達と遊ぶほうが忙しい。母が何のために来たか、なんて考える余地もないんだろうな、たくほには。

Janvier 29(mercredi) ---「静かな爆発」---

夕食後、「これだけプリントを終えたらゲームをしていい」という約束でたくほは勉強をしていた。勉強したら自分で採点できるように解答もついている。「食卓でやっていいか?」と聞かれたのでOKし、やっているのを横目でみていると「それは違うやろ」という答えがいくつもある。まぁいいや、あとで採点するときに直すだろう、と気楽に構えていたら、なぜかプリントは全部100点がつけられ、ゲームを始めようとするたくほ。それでなくても勉強時間が少ないたくほに、間違いを訂正させずにゲームやらせるなんてっ!と私はいきり立ち、私が再採点をした。最初は素直に間違いなおしをしていたたくほだけど、何度なおしても×がつく問題に次第にイライラ。ゲームを早くしたい気持ちもあって、最後にはプリントを破り泣き出した。
私はカーッとなったけど、ここで私が怒ったらロクなことにならないのは百も承知なので、「わからないならおばあちゃん(私の母)に電話をして教えてもらえ」と言って、私は知らんぷりを決め込んだ。たくほは電話したけど母が留守でつかまらず、その間に私に「こんな勉強、やりたくてやってるんじゃない」とたてついてきた。
「うそつけ、あんたが毎日2枚ずつやるから、とプリントを送ってもらったんだろーが!」と言っても、「そんなこと言ってない!」の一点張り。最近ずっとそう。自分がした約束なんてきれーに忘れてる。私は私で「こないだこう言ったのはたくほでしょっ」と言い返す。証人となる第三者もいない我が家では、言った言わないの堂堂巡り。次第に家の手伝いの話にもなり、手伝うことがまるでソンなことのような言い方をし始めたたくほ。これには私もアタマにきたぞ。

冷静に。とにかく冷静に。「この家に一緒に住む限り、洗濯ものは出るし食事も作らなくてはいけない。ゴミだって出る。誰かが始末をしないといけない。全部私がやるには私も時間がない。あなたも協力してくれないと私は困る。それがどうしてもできない?そうか。それならどうぞお好きなところで暮らしてください。そんなことを一切せずに暮らせるところを探してください。どこへでも行ってください」
たくほは荷物をまとめ始め、養護施設の電話番号を電話帳で調べ始める。もちろん、そんなに簡単に調べられるハズがない。私は半分、出て行くなら出て行けばいい、という気持ちになりそのままお風呂へ。どうやらその間に母から電話があったらしく、家を出ることは母に引き止められたようだ。私がお風呂から出たところで「ごめんなさい。今日はこの家に寝させてください」とたくほが言ってきた。私は、母のやり方(ここには詳しくは書かないが)にも大いに反発を覚え、相当ムカついたが、家を出なくてもいいことに安堵した表情のたくほに、私ももちろん安堵した。
その後はケロっとして「ママ〜、今日一緒に寝よ」・・・
私にはキミの心がわからない。

Janvier 27(lundi) ---「またかよ」---

たぶん、あと30秒でも私が家を出るのを遅らせることができれば、たくほは学校へ行けたと思う。そう思うと悔やんでしまう。だってもう、玄関まで来てたんだもん。歯を磨いて、ランドセルを背負って、靴をはけば学校に行けたはず。
電車に乗ってちょうど半分ぐらいまで行ったところで、携帯が鳴る。もちろんたくほからで、内容も一瞬のうちに想像したとおりだった。「お腹が痛いから休んでいい?」
今更ダメと言ったって絶対学校に行かないのはわかっていたけど、「ちょっとおさまったときに学校へ行きなさい。痛かったら保健室にいたらいいから」と言ったけど、もちろん行かなかったみたい。2学期にも2回ぐらいこんなことがあって、3回目の今回はなんだか私のほうが「もう、いいや」って気になってしまった。
昼休みに会社から電話してみると、「お腹すいた。お昼ご飯何食べたらいいの?」って、おい(-_-) 帰宅してみたら「お昼ご飯」に、残り物のカレーライスを2杯きれーにたいらげていた。
腹立たしいやら呆れるやら。
深く考えたら自分がもたない。たくほも「あ〜あ、やっぱり今日学校行けばよかったな〜。だって家に一人でいてもつまんないんだもん」(当たり前だろーが)
明日は絶対早起きさせて、私より先に家を出す!と決心した。

Janvier 26(dimanche) ---「練習試合」---

久しぶりに、練習試合で学校のクラスメートたちと顔を合わせた。グラウンドで学校の友達に会うというのは、私にとって新鮮で、気持ちがなんとなくウキウキしてしまう。
たくほは久しぶりにフォワードを守らせてもらって2点を決めご満悦。
練習試合という気楽さもあり、私は途中でクラスメートたちの写真を撮りに隣のコートへ。いつかHPにアップできるといいなぁ。
自分の学校のチームに入団しなかったことについて、自分の学校の同級生・上級生・保護者・コーチ、自分のチームの同級生とにかく大勢の人から「なんで?」と尋ねられるらしい。そのことがたくほには負担なんだそうだ。陰で何か言われているらしいことも、なんとなく伝わってくる。でも、今のチームに所属していることには満足している。引っ越してきたとき、私は親として「少しでもいい環境でサッカーを」と考えたし、たくほもたくほなりに「少しでも強いチームでやってみたい」と思って二人で相談し、見学に出向き、出した結論が今のチームだった。でも、この質問がたくほ一人に集中してしまうことについて、私は少なからず責任を感じてしまうし、たくほを「かわいそうだな」って思う。
だからといって私がいないところで、たくほが質問されることについてはフォローのしようもないしなぁ・・・「二人で一生懸命考えて、こっちのチームに入るって決めたんだよね」と確認し、答えも用意してあるし、実際用意した答えのとおりに返事しているらしい。
もう少ししたら尋ねられなくなる・・・よ、きっと。

Janvier 24(vendredi) ---「泣きっ面に蜂」---

先週金曜日の大失敗以来、出勤時すごく緊張するようになってしまった。家を出るときの身体の重さといったらない(元々体重が重い話は別にして)。仕事をしていても、また何かミスをしているんじゃないか、と自分でも自信を喪失していることがよくわかる。っで、案の定上司に見られながら何か操作をすると、やっぱり緊張してしまってマヌケたりする。そしてさらに自己嫌悪。先週の金曜日から引きずっているミスが、今日も新たに発見され、打ちのめされる。
この世に自分ほど仕事のできない社会人はいないんじゃないか、と思う。元々の思考回路や脳みそのつくりが悪くて、どんなに緊張感を持って仕事をしてもどうにもならないんじゃないか、という気さえしてくる。今日一日、会社ではこんなことを考え、ガックリと落ち込んでしまった。

精神的なことも影響するのかしないのか、最近は肋骨もさらに痛み、かれこれ4週間は過ぎてるはずなのに治っているように思えない。それどころか痛みが乳房の下あたりまで拡張されてしまったみたいで、階段の昇降をしても響いて痛い気がする。整骨院へ行ったところで、肋骨に関しては電気を当てて、湿布を貼りかえてくれる程度なので、お金もかかるし時間もないし、を口実にこのところサボっていた。でもさすがに今日は痛むから、会社帰りに寄って行くことにする。先生に「ここも痛くなってきた」って言うと、「そしたらだんだん治ってきてる証拠。前は一箇所だけが集中的に痛かったでしょ。痛みが拡がって、元々痛かったところがわからなくなってきてるのは、治ってきてるんだよ」とのこと。でも痛い(;_;)

整骨院に寄った帰り、小学校のナイター照明がついているので「たくほ、いるかな」と思い、ふらっとのぞいてみると、やっぱりたくほが上級生と一緒にサッカーをして遊んでいた。「お腹空いてないの〜?Tくんが帰るときには一緒に帰っておいでね〜」と、いつもどおりに声をかけたつもりなんだけど、たくほの返事は「なんで?なんで家に帰らないといけないの?」とかなり挑戦的。こういうときは相手にしないに限る、と悟り、そのまま帰宅してみると玄関にはたくほの置手紙が。
「ママへ。今日でお別れです。さがさないでね。9年間お世話になりました。たくほ」
・・・またかよ。カーッとしそうになるけど、ここは冷静にならなくては、と思い直し、まずは一人で適当に夕食を済ませる。お腹がいっぱいになったらさらに冷静になれるはずだから。
っで。今日は「放っておく」ことにする。帰ってこなければそれまでだ。一緒に遊んでる子のお宅にあがりこむかもしれない。そしたら一晩泊めてくれるようにお願いの電話を入れよう、あつかましくったっていいや。

帰宅してから、たくほがいないので今がチャンス!とばかりに、会社でもらってきた液晶ディスプレイ(廃棄予定のものだったので、私がもらった)とパソコンをつないでみた。この液晶ディスプレイ、もらったのはいいんだけど電源コードと電源アダプタがなく、今日ようやくメーカーから届けてもらうことができたのだ。(10,700円也)
果たして。つないでみたはいいけれど、やっぱり廃棄予定だっただけのことはあり、完全にイカれてる。縦に6本、4cm幅の黒線が入り、画面なんて見られたもんじゃない。
あ〜・・・今日は仕事のこと、たくほのこと、肋骨のこと、そして極めつけはこの液晶のこと、どこまでツイてない一日なんだろう、なんてつらい一日なんだろう。つらくてつらくて涙が出てきてしまった。ここ数年の私は、どんなにつらくても涙が出なかった。なのに今日は一人家の中で縦じまの入った画面を見ながらポロポロ泣いている。

たくほが今日家出をした原因は「ルビー」と「サファイア」。この二晩、夜中に起きだしてはゲームで遊び、また寝る、ということを続けたらしい。単にそれだけならば、私は口頭で「やめとけばー?」と注意してすませていた。けれど、9歳の子が夜中に起きて遊び、翌日差し支えないほうがおかしい。当然のように、朝は起きられない、夕方起きてられないから宿題・時間割・食事・お風呂をすっとばして何もせずに寝てしまう、また夜中に目が覚めてゲームをする、という悪循環に陥った。何時に起きだすのか知らないけれど、朝まで電気はあかあかと点いているし不経済きわまりない。そこで私は、夕方寝入ったたくほを起こそうとした。夕飯を食べ、宿題&時間割を済ませ、お風呂に入って寝ろ、と。何度も言った。時間を空けて何度も言った。我ながら怒らず冷静に言えたほうだと思う。でもたくほは起きなかった。寝てるたくほに向かって「今起きないんだったら、GBAのせいだからGBAを捨てる」と宣言した。そしてGBAを私のエプロンのポケットに隠した。・・・これが気に入らなかったらしい。学校から帰宅して、私の部屋をいくら探してもGBAが見つからなかったものだから、置手紙を書いて外へ出たようだ。
ところで、子供が夜な夜なゲームをし、翌日の生活リズムが乱れるとき、あなたなら子供にどういう対処をするのですか???

「放っておく」と決めたはずだったけど、ナイター照明が消える頃「やっぱり見に行くだけ行ってみよう」と玄関を出たところに、たくほが帰ってきた。「私今迎えに行こうとしたんだよ〜」と言うと、たくほが一緒に遊んでた上級生に「Tく〜ん、やっぱり迎えに来た。すげー」とか言ってる。どうやら5年生のTくんは、たくほが家出するのなんの言っても「お母さんが迎えにくるぜ」と読んでいたらしい。う〜む、たのもしい。

ともあれ、たくほはやっぱり家に帰ってきた。もうこれからは「その手」には乗らないからね。私だってこれまで数回たくほの手紙に踊らされてしまったけど、もう学習したんだからっ!
たくほがGBAの話を持ち出してきたので、なぜ私が預かっているか、その理由をたくほはわかっているのかどうかを尋ねてみた。うまく説明できないようなのでその理由を質問しながら私が説明する。おおむね理解できたようだ。「じゃ、どうしたらいいと思う?」と聞いても「どーせママはGBAを捨てたんでしょ。謝ったって返してくれないんでしょ」と悪態をついてくる。この悪態、ほんと〜〜〜に憎々しいんだよね。こういうときのたくほを見ていると許せなく、ぶん殴りたくなる。ホント、ソンな子だなぁと思う。
けれど今日は、私もさんざん気が弱っていて声を荒げる気になれない。そんな元気がない。
だからといって反省の言葉もなくGBAを返すのも示しがつかないと思い、そこで相手にするのをやめる。

一緒にお風呂に入っていたら、「あのね、ファンブック買ったんだよ。でも、GBAを捨てられたらその本も無駄になっちゃう。」と言い出した。
「へ?ファンブックって何?」
「攻略本みたいなの。」
「へ〜そうなんだ。」
「うん、お菓子買うのをずーっと我慢してね、一生懸命お金を貯めたんだ。プールの後にアイス食べたいのも我慢したんだよ。」
「そうなの?いくらしたの?」
「税込みで500円」
「そうかぁ。ねぇたくほ、すごくいいお金の使い方ができた、とお母さんは思うよ。たくほのお小遣いも、そうやって使ってもらえて、今ごろお店のレジの中で喜んでいるんじゃないかなぁ」
「そうかな」
「うん、絶対そうだよ。いつの間にそうやって我慢してお金を貯められるようになったんだろうね、すごいなぁ。お母さんもすごくうれしい。その本、見せてほしいな」
「いいよ、お風呂から出たら見せてあげるね」
一足先にお風呂から出たたくほは、テーブルの上にそのファンブックを出して見せてくれた。お菓子を我慢してまでその本を買い、それを読んでゲームをする。・・・私には楽しそうとは思えない世界だけれど、その本の話をきいて、たくほにとっていかにこのゲームが大切なのか、がわかった気がする。

「ねぇ、やっぱりGBA返してよ」
「うーん、そうだね。どうしたら返せるだろうね」
「ボクが謝る。約束も守る。夜はしない」
「よし。じゃ、明日の朝一番に返すことにする。約束守ってね」

年明けから「天中殺」かと思うほどつらいことばかりが続き、たくほが帰宅するまでの間に「どうやったら楽になれるか」ばかりを考えていた。仕事も×、子育ても×、健康も×。生きてて楽しいことなんて、な〜んにもないと思った。でも。今日という日があと数十分で終わる、という頃になって我が子の大きな成長を知ることができた。我が子と平和的に仲直りをすることができた。私自身が怒る要素はたくさんあったにもかかわらず、感情的にならずにいることができた。すごくお母さんらしくできた。今夜の私を、私はほめてやることができる。
「つらすぎる」と数時間前に泣いたばかりだけれど、「たくほが成長した」とまた泣けた。
今日は、とっても長い一日だった。でも、終わりよければすべてよし!

Janvier 20(lundi) ---「長かった」---

金曜日の反省もあり、気持ち早めに出勤した。今日も一日トラブルの後処理に追われ、原因を作った私はどこか居場所のない思いで過ごした。午後、ひとまず社内(といっても3人)の反省会が持たれ、トラブルの原因、経過、反省点などが上司から説明された。・・・つらかった。涙が出た。今の仕事を始めて、泣くほどつらいことなんて、そういえばなかったな。反省会の後はトイレで声をあげて泣いてしまった。自分が情けなかっただけじゃない。フォローしてくれた上司の気持ちや、気遣いも身にしみた。8時まで残業して、トラブルが終結したことを確認し、少し安堵の思いで帰途についた。

今日は土曜日の代休でたくほは休み。昨夜からサッカーの友達宅に泊まり、昼間もサッカー友達宅を遊び歩き、夕方家に電話してもいないなぁと思っていたら、サッカー友達宅で夕飯をいただいていたたくほ。そのお宅に電話を入れると「なんなら母もごはん食べて行きなよ」といわれ、あつかましくもお鍋をごちそうになる。「お帰り〜。お疲れさま〜」って迎えてもらう心地よさ。私の仕事が大変なことになっても、たくほにご飯を食べさせ、お風呂にも入れ、私の帰宅まで預かってくれる友達がいる。たくさんの友達に支えられていることがうれしい。

どうにかこうにか、トンネルを抜けた感じ。金曜日のことを引きずって、週末も心から楽しめず、長い4日間だった。

Janvier 19(dimanche) ---「成長したねぇ」---

朝も暗いうちに家を出て、今日はまたもや3年生の大会。12チーム参加してて、結果は優勝。おめでとう、こどもたち。予選の第一試合から強敵と当たり、先制されたけど跳ね返しての勝利。そして決勝戦も、立ち上がりに2点をとられ母たちも心の中では「負けちゃうかもな」と思いながら応援していたという。けれど、2-2に追いついて前半を終了し、終わってみれば5-2という、スコアだけ見れば圧勝。
これまでのキミたちは、先制されるとどこかシュンとしちゃって、同じパターンで何点も入れられてしまうことが多かったけど、今日の粘りはすごかった。いつの間に?とびっくりするぐらい成長したことを感じたよ。
今日の大会は「だるまカップ」。その名の通り、参加賞も優秀選手賞も優勝カップ(?)も全部だるまだった。なんでも大会が催された地(越谷市)の名産品らしい。これからも七転び八起きで頑張っていこう!

・・・明日の仕事、憂鬱。でも乗り越えないと何も始まらない。

Janvier 18(samedi) ---「授業参観と歯医者」---

ここ数日、歯が痛かった。寝てる間以外は痛む。今日は土曜日にもかかわらず、午前中たくほの授業参観だったけど、たくほが「算数の時間は観に来ないで」というので、その時間を使ってうちの近くの「ドクターがハンサム」と評判の歯科医院へ行ってみた。レントゲンを撮って痛みの原因が判明したので、夕方出直して神経を抜くことに。

いったん学校に戻り、たくほの「パソコン」の授業を参観する。学校のパソコンって、もっと年代モノだと思ってたー!特にたくほの学校は「情報化教育」に力を入れているとかで、市内でも比較的早い時期にパソコンが導入されているはず。なのに。OSはWindowsXPだし、ディスプレイも液晶で薄い!へ〜!と感心しながら、たくほのそばに近寄って「どう?調子は」と声をかけたら、「大丈夫だよぉ。あっち行ってて」だって(-.-) なにさ、パソコンの授業は観に来て、と言っていたじゃん。
パソコンで「詩」を書き、いずれ詩集にするんだそうだ。「一太郎スマイル」というソフトを使って、ローマ字がわからなくても入力できるようになってる。ふうん、さすが。私は、ローマ字を習うまではパソコンは教えられないなぁ、と思っていたけど、そっか、そういう入力方法もあるんだ、とまたまた感心。パソコンを家でも触っている子はやはり手慣れていて、たくほなどは結構オロオロしてる。う〜ん、マメなお宅はちゃんと子供に触らせているんだなぁ。

午後からは相変わらず整骨院に行き、夕方歯医者を再び訪れ、麻酔をかけて神経を抜く。歯医者なんて10年は行ってないぞ。麻酔の注射も怖くて、うがいのときコップを持つ手が震えているのが自分でもわかった。やっぱり歯医者は「なんともない」うちに行くほうがいいですね。

え?歯科医?うーん、まぁ悪くはないけど、私の好みではなかった。

Janvier 17(vendredi) ---(>_<)---

会社で、大失敗をしてしまった。朝フロアに入っていくなり、上司が厳しい顔つきで私を見、「大変なことになっているよ」と一言。私の失敗は、たったひとつの確認を怠ったこと。当然なされると信じていた処理を、サーバがしてくれなかったのも事実だけど、サーバがしてくれたかどうかの確認を怠った私が悪い。言い訳のしようもなく悪い。
私が確認を怠ったがために、これまで露呈してなかったバグがバグを呼び、次から次へと不具合が報告されてくる。その不具合に対処できるほどのスキルが私にはまだない。私にできるのは、最初の確認だけだったのに、それを怠ったために私の手におえないトラブルとなってしまった。

この気持ちを、どういう言葉で表現したらいいのだろう。「情けない」とか「自己嫌悪」なんていう言葉では表現しきれない。「首を吊りたい」「電車に飛び込みたい」・・・気持ちとしてはそんな感じ。クビを宣告されたら甘んじて受けるより他ないよなぁ。

この日はお客さんに大変な迷惑をかけてしまったし、後処理もあり、帰宅は10時。こんなに遅くなったことはなかったから、たくほも心配してくれていたみたい。
あー・・・あー・・・あー・・・

Janvier 14(mardi) ---「教育相談」---

会社をズル休みしてしまった。連休前から会社でインフルエンザが流行しているのをいいことに、あろうことか便乗してしまった。朝は普通どおりに家を出て駅まで行き、改札の前まで行ったのだけれど、さんざん迷った挙句に家に帰ってきて、会社に休ませてほしい旨連絡したのだった。
昨夜また、些細なことからたくほとやりあった。家の中でサッカーボールを投げて遊び、それが階下や隣のお宅に迷惑だからやめろ、というものだったのだけど。そのボールは、つい先日「今後は外で使う」と約束したばかりだったのに、家の中で遊んでいる。私の部屋とたくほの部屋を仕切るふすまにもぶつかり、すごい音がした。だから私が「コラ〜!」と言ったのに「ごめんなさい」の一言もない。後から聞けば「外で使う」という約束を忘れてしまっていたらしいのだけれど。
一通り怒鳴り合い、話は大きく発展(?)し、「とにかく俺は家出したいんだ」と言い張るたくほ。「施設に行く」だの「I市(以前住んでいた)まで自転車で行き、公園に住む」だの・・・。あきれてモノも言えないやら、そんな言葉にカーっとするやら。その後、どういう経緯だったかお風呂に一緒に入り、「あのことはああだからこうなんでしょ。あんたの言ってることのほうがおかしいでしょ?」と理屈で対抗してみるが、とにかく屁理屈で返ってくるだけで、話しているだけ疲労倍増。そのうちに私もイライラしてきて「ホント、あんたにはムカつく」と捨て台詞を吐いてお風呂から先に出た。すると。
アパートの廊下で何やら人の話し声が。大家さんのご主人と奥さんの声、それにお隣さんの声も聞こえる。「この時間でも市役所に電話できるかも」とか「とにかく明日」という言葉が聞こえる。・・・我が家の声がうるさくて、市役所の児童相談か何かに通報されるのか?ととっさに思った。心臓がバクバク。その日はその後おとなしく寝た。

今朝になって駅まで行ったとき、やっぱり私が留守の間に市役所の人が来たらどうしよう?という不安が大きかったし、最近会社で精神的に耐えられないほどの悪言を浴びせられることがあり、もしも今日みたいに精神的に参ってる日に、そんな悪言を浴びせられたらとても普通の精神状態で帰宅することはできないだろう、と思ったので、大事な仕事があったのだけど、休んでしまった。
家に戻ってきて真っ先に大家さんに電話をしてみる。
「昨夜、うちがうるさかったからお隣さんが大家さんに来てもらってたんでしょうか」。
「あら、あれは違うわよ、お隣がね、急に水道が出なくなったんだって。だから大騒ぎしてたの。ごめんなさいね。お宅がどうなんて、誰も何も言ってなかったわよ」
ホッ・・・としていいものか?でもたしかに水道の異常なら市役所に連絡というのもうなづける。「何かあった?大丈夫?」と声をかけてくださった大家さんに少しだけグチって、励ましてもらって電話を切る。(たくほはかつて家出をして大家さんのお宅にお邪魔したことがあるので、大家さんも事情をわかってくださる)
それからしばらくボ〜っとした後、市の教育センターに電話してみる。「相談?じゃ13時にいらっしゃい」。午前中を何するとはなしに過ごして、13時に出向いてみる。50代後半ぐらい?の女性の相談員さんが話を聞いてくれる。
「反抗期かしらねぇ」
「反抗期ってもう出るものですか?もっと高学年の話かと思っていましたが」
「その子の成長に応じて、早かったり遅かったりするのよ。早い子は入学と同時ぐらいに出る子もいるのよ」
結局、母親としては言うことだけ言ったら、あとは子供がやろうがやるまいが放っておき、子供への口数を少し減らす努力をしてみてください、とのことだった。そして子供からの話も聞いてくださるとのことで、たくほを伺わせる日と、私の次回も予約させてもらって帰ってきた。

相談員さんに「学校で暴れたり問題を起こしたりするわけではないのだから、まぁまだマシだ、ぐらいに考えるほうがいいですよ」と言われ、うぅむそういう考え方もあるか、と思ってみる。いずれにせよ、たくほと私から別々に話を聞いてもらえる、というだけでもありがたく、少し心が軽くなった気がした。

Janvier 12(dimanche) ---「最近習いはじめたこと」---

まだ2回しか参加していないのだが、先月の終わりからたくほは「マラソンサークル」に参加させてもらっている。サッカーの子のお父さんでマラソンが得意なお父さんがいて、自営業のそのお父さんは毎週火曜日の放課後の時間に、子供たちを市のスポーツセンターに連れて行ってタイムを計ったりそれを記録してくれたりしているのだ。
前々からそんなことをしていることは聞いていたのだが、マラソンが苦手なたくほが行きたがらずそのままになっていたのだけど、先月の学校の持久走大会の練習でまぁまぁの手ごたえを感じたたくほは、それで欲が出たらしい。行く気になったようだ。どんな動機であれ母としては嬉しいことである。
まだ2回しか参加していないけど、おたよりをくださったり、走ってる様子を毎回写真に撮り、その日の記録と一緒に個人個人のカードを作って渡してくれたり、それはそれはこまめなのだ。毎月第一練習日には「寄り道」して帰ることになっているらしく、今月は銭湯&ごはんだった。それもこれも、子供が飽きずに頑張るための工夫なんだそうだ。頭が下がります。また、このサークルは「速く走ること」が目的ではなく、マラソンによる人格育成が目的だそうで、そのことも少しでもたくほの人生のプラスになってくれればいいな、と思う。

話は全然違うのだけど、昨日の親子サッカーの後たくほの友達Yが我が家へ直行して来て、そのまま今日の夕方5時まで泊まって遊んでいった。このYは、サッカーで会っている限り「お母さんはさぞや大変だろ〜」と思うような子なのだ。落し物・忘れ物はたいていYのものだし、試合などでのお弁当だってお母さんが同行していたら「これ、まじー(まずい)」と言って突っ返してきてる。私はほんとにもう、びっくりしてばかりで、同じコトをたくほにされたら発狂してしまう・・・と思いながら見ていたのだった。
ところが。少し前にやっぱり練習後我が家に直行してきて、お昼を我が家で食べ、遊んでいったときにも思ったのだが、「意外にも」お行儀がいい。好き嫌いの多い子と思い込んでいたけれど、「これ、食べられる?」と聞けば可否を答えて、食べられると言ったものはきちんと食べる。汚れた手を拭いたティッシュはきちんとゴミ箱に捨てる(これができる子はたくほの友達には少ない)。それに、これまで食わず嫌いだったらしい食べ物も、我が家で挑戦してみてくれたりして、とても素直な、いい子だった。
そして、たくほとよく遊ぶ。たくほは友達がきても遊びたいモノの意見が分かれたりすると別々に遊んだりしてしまうのだが、Yとは都合30時間べ〜〜〜ったり一緒だった。これには私も驚いた。喧嘩もしないし、大声を出してしまうのはゲームをしていて嬉しくて興奮したときだけ。一緒だったらお風呂にも素直に入るし、言うことをよく聞いて、私の精神衛生にも素晴らしくよろしい2日間でした。

Janvier 11(samedi) ---「た〜のしかった〜」---

今日はサッカーチームの「初蹴り親子サッカー」だった。年始早々炊き出す豚汁の準備のことなどで毎日のように連絡がまわり、今日も朝から豚汁の材料(私の担当は里芋と大根)を切ったり、鍋を用意したり、おにぎりを握ったりと大忙しだった。
この豚汁、とてもおいしくできて子供たちにも大好評だった。普段あまり食べない子まで「おかわり〜!」と器を持ってきたのは嬉しかったなぁ。外でみんなと食べる楽しさも、豚汁をおいしくしてるよね、きっと。

豚汁を食べ終わった午後、3年生vs3年生母の対決の時間がやってきた。母たちの集合がかかり、全員「私は出ない〜」と言ってるけれどお父さんたちに促され、どうにかこうにか11人が集まった。ポジションどうする〜?って言っても決まるわけないよね、まぁいいや、適当に。でもGKだけはいるよねぇ。誰がやるの?そりゃGKの母でしょ〜〜〜!ということで、なぜか私の手にはキーパーグローブが握らされている。私、マジで肋骨痛いんだけどなぁ。昨日の整骨院で「内出血してるね。内出血した骨折は治りが早いんですよ、あと2週間くらいかな」と言われ、「え?マジ骨折???」と思っていた矢先なんですけど・・・ 他のお母さんにも「私肋骨痛いんだけど」と話したのに、誰も助け舟を出してはくれない(T_T)
そんなこんなで、常日頃子供たちに「ダラダラせずに、ほら、しゃきっと!」な〜んて言ってる私たちがダラダラと整列し、キックオフ。今日はフォワードを守らせてもらっているたくほがいきなりドリブルで突進してきて、「負けるか〜!」と私も前に出て行ったところを、サラっと交わされ1点(-_-) かーっ!よりにもよってたくほにゴールされるとは、母として不覚だわい。
結局後半にお父さんが3人くらい入ってくれたおかげで、最終スコアは4vs5。もちろん母チームの負け。だけど、コートに立つって、すごく気持ちのいいことだ、ということがわかった。

キーパーをやりながら気をつけたことは「声を出す」こと。日頃たくほに「キーパーのときは声をもっと出せ」と言っているのに、私が実践できなかったらいかん!と思い、周囲には大勢の保護者がいるにも関わらず、思いつくままをとにかくでっかい声で叫んでいた。後半に入ったとき4年のコーチが「キーパー、声が小さいよ〜!」と2度ほど私に声をかけてくれた。「えー、まだ小さいっすか?」とさらに大声を張り上げてしまった私だが、後できいたところによると、4年のコーチ団が「よっく声出してるよなぁ。息子もあれくらい出してくれりゃいいのになぁ」と話しているそばで、私に「声が小さい」と言っていたとか。なんじゃそりゃ(-_-)

感じたことは、コート内にいてやはり声援を受けるのは気持ちがいい、ということ。短い時間だったけど自分なりに「積極的にボールを触りに行こう!」と思ってコートに立ち、自分で言うのもナンだが、ナイスカットも、ナイスクリアも、ナイスファイトもいくつかはあった。そんなときベンチから見学のお父さんが「ナイスキーパー!」なんて声をかけてくれると、嬉しいのなんのって(^^ゞ 思わず手を振ってしまいました。ハーフタイムには「のりりん、スゴイねぇ、いいねぇ、たくほのキーパーぶりは血統だったんだねぇ」と元日本リーグ(Jリーグの前身)ゴールキーパーのお父さんにほめられ(お世辞だってば)、私も大変ご満悦(^_^)v

実は今日が初参加の「親子サッカー」だったのですが、来年からは燃えるぞ!
たくほには「今日は肋骨さえ痛くなかったらあと2点は止めていたぞ」と負け惜しみを言い、息子のチームメイトたちには「次やるときは絶対に負けないからなーっ!」と宣言しておいた。みておれ、いつかリベンジ!

Janvier 10(vendredi) ---「おNew!」---

届いた、届いた〜、新しいパソコン。あ〜早く使えるようにしたいなーっ!でも何はともあれOSとディスプレイドライバをインストールしないと始まらない。血が騒ぐけれど、3連休のお楽しみ。連休中のサッカー行事の合間を縫って作業しよう。うっしっし。
たくほには「どうしたのっ?!買ったの?!お金ないのにっ?!」とか言われてしまった。しかしこれを自分で買ったと言うと絶対に「じゃボクにも何か買って!」とくるに決まっているので、「これはサンタさんからもらったのだ」と言い含めた。今使っているパソコンはいずれキミに使わせてあげるから、と。ふふふ、一体いつになるかな。
使えるようにしたら、パソコン自慢(できるのか?)をまたアップしたいと思います。

Janvier 7(lundi) ---「開業決意」---

年末に実家に帰っているときに、ふと思いついた。会社でやってるような仕事を、個人的に週末や平日の夜にやることはできないか。これまでも兄宅のサポートに出かけたり、ママ仲間とおしゃべりしている中で「それくらい、私がやってあげるよ〜」ということが多かったから、というのが理由(単純すぎ?)。会社の仕事一筋ではどうにも心もとないし、最近どうにもイヤでたまらないコトがある。ビジネスとして軌道に乗せるには時間がかかるかもしれないけれど「自分の世界」として始めてみるのも悪くないな、と思っているところ。
というわけで、グーな「屋号」を募集します。アイディアくださいm(__)m

Janvier 5(dimanche) ---「もうひとつの懸念」---

今年はもう一人闘う相手がいる。息子の父親だ。再婚を機に養育費の送金を停止してもらっていたけれど、再離婚して時間も経ったことだし再度養育費の請求をしている。昨年の5月に請求したけれど「年が明けるまで待ってくれ」と言われていた。年が明けたぞ。
これはかなり気が重い交渉になることは間違いない。先方の生活も激変している。最後は裁判所の手を借りることになるんだろうか・・・と思いつつ、できるところまでやってみよう。

Janvier 4(samedi) ---「嗚呼、肋骨」---

年末から肋骨が痛かった。なぜ痛いのか、思い当たる節はあるのだけれどそれはナイショ。でもとにかく痛い。ついでに12/30ぐらいから頭〜肩にかけて寝違えたかのように首がまわらず激痛!どうしたらいいんだ・・・!と思っていた矢先。
今日たまたま整骨院の前を通ったら診察をしているようだったので、出かけてみた。肋骨についてはどうやら「何かしら傷ついているようだ」とのこと。先生ははっきり言わないけれど、どうやら骨折もしくはヒビが疑われているらしいということがわかった。うぅ・・・ でっかい胸帯を巻かれ深呼吸もできない状態で(深呼吸しても肋骨は痛むのだが)これから3〜4週間過ごすのだそうだ。当面は毎日通院なのだそうだ。嗚呼・・・ なんだかすっかりけが人の気分。
頭〜肩にかけての痛みは単に「こってる」だけのような気もするけど、通院すればマッサージしてもらえるらしい。うむ、本当はもっと強くマッサージしてほしいけど、これは気持ちいい。

Janvier 3(vendredi) ---「おかえり」---

大晦日に私が一足先に自宅に戻っており、今日はたくほが帰ってくる日。あっという間に休息の二日間が終わっていく。夜も7時半頃到着するというので、お昼は兄夫婦と一緒にホテルでランチバイキング(このランチバイキング、味・値段・雰囲気・サービスとも最高に良く、今度誰かをご招待する機会があったら絶対ココ!と心に決めたのだった)。この最中に「帰りたくない」とたくほからのメールが入り(ばあちゃんの携帯を借りてメールしてきたらしい)、帰宅後が思いやられるなぁ、と思ったのだった。
東京駅でたくほをピックアップした後、再び兄夫婦と合流して近所に最近できたスーパー銭湯へ。兄がたくほと一緒に男湯に入ってくれ、背中の流しっこをしたそうな。私は湯上りの足裏マッサージなぞ初体験し、気分上々で帰宅したら11時を過ぎていた。さぁ、明日からまたここでの生活が始まる。
帰宅するなり「ねぇ、4月からおばあちゃんちに行ってもいいの?」と聞いてきたたくほ。私の両親もOKしていることだし、ここはひとまず「うん、いいんだよ」と返事。でもこっからが勝負。3ヵ月後には「やっぱりこっちにいたい」と言わせなければ。たくほの意思でこちらに残りたいと言わせるように頑張ることが私の当面の目標だな。でも正直なところ、「4月から実家に行かせるという選択肢もある」と思うことで、私の気持ちはずいぶん軽くなっている。

Janvier 1(mercredi)  ---「今年もよろしくおねがいします」---

あけましておめでとうございます。どんどんグチの温床になってしまっているこの日記ですが、私を励ましてやろうと思ってくださる方、今年もどうぞよろしくお付き合いくださいm(__)m

今朝一番で実家から電話があり、4月からたくほを実家で預かろうか、という話だった。本人(たくほ)もそれを望んでいるし、私もこの先どうたくほと接し、どう自分をコントロールすれば今の暮らしを続けていくことができるのか、自信がないので本当ならば「是非是非よろしく!」と言いたいところ。実際これまでも何度か「たくほとはもう一緒に暮らせない!」と思ったこともあるし、言ったこともある。私一人ならどんなにいいだろう、と思ったことも数知れず。けれど今回はそれが「現実」のものとなりそう、と思った途端に私の気持ちはくら〜く沈んでいる。
毎日時間に追われ、心身ともに消耗し、何のために生きているんだろう?と思うことも多々あるけれど、この先参観日や運動会を見ることもできない、サッカーやってる姿を見ることもない、たくほの友達関係から私の知人が増えることもない、怒ることもなくなるだろうけど笑うこともない、そう思うとずどーんと沈んでしまう。でも私の楽しみよりはたくほがまっすぐに育ってくれることのほうが大切。温かく愛のある暮らしの中で育ち、伸びていくことが何よりもたくほのためなのだ、と思えばそれはそれでいいような気もする。

ひとまず3学期の2ヵ月余りの間に、他に仲良く暮らせる方法がないのかどうか探ってみることにする。