4月1日

朝 37℃ 手足はよく動かす。


4月2日

朝父がいくと よくしゃべったらしい。
私をみて 「知っとる」「わかるよ」
昼いくと 少し眼のまわり 顔全体が腫れていて 眼が奥眼になっている
気がした。
今日からリハビリ開始。手を上に上げたり 足をまげたり のばしたりする。
痛くない程度にしてあげたらよいとのこと。
両手でゆかたで遊んだり 枕を抱いてたたいたりする。
右手で眼をこすったりもできた。
頭を少し持ち上げようとする。
「今日で何日になるん?」と聞いてくる。
「1ヶ月よ」と答えると「ほんまに」という。
初めて母の質問を聞き取れて感激。
私が母の鼻毛を抜くと「あ!痛い」といっておかしかった。
看護婦さんが 「河野さん 下の名前は?」と聞くが「わからん」
私をさして「誰がきてくれとるん?」と聞いても「知らん」「よう 来てくれる」
自分の名前や 人の名前は抽象的でわからないのだろう。


4月3日

朝父が病院に行くと「足もんで」と言ったらしい。
昨日腫れていた顔が少しましになっている。
目をつむっていたが「おかあさん」と声をかけると 「ええ」と起きてくれた。
「こんにちは」というと「こんにちは」と挨拶してくれる。
「手や足の力が強いね」と言うと「ハハハ」と笑う。
リハビリのK先生が始めてみえる。
母を担当してくれるようだ。
血圧・脈をはかって ベッドをおこしていく。座るくらいまで頭を上げてくれる。 
「いけますか?」と聞かれると「いけます」と返事 でも3分くらいして吐く
血圧は190ぐらいに上がっていた。ずっと寝ていたら 座っていても頭のほうに血が
いかなくなったりしてめまいがおこるらしい。
手や足の力は強いので 麻痺はそんなに問題ではないだろうが
痴呆は残りやすい とのこと
とにかく両手をはずしてあげると 寝巻きをもったり 顔をかいたり 手をあげたり よく手を動かす。
人の手を取って握ったり 私の顔を触ったりもする。
よく額をかいている・・・かゆいのかな。
左右の手の動きの差はあまり感じない。
体を拭いてもらうとき 蒸しタオルをもってはなさない。
自分でそのタオルをもって 首のあたりをふいていた。
鼻からミルクを飲んでいる途中で 鼻の管を10センチくらいぬいてしまう。
あわてて看護婦さんに入れてもらう。頭の包帯もとろうとする。
私が「管をとったり 包帯をとってはいけませんよ」と言うと
「わかりました。」と可愛い声で返事する。
何かを触ったり 持っているほうがおちつくみたい。
「ここは お家ですか?病院ですか?」と聞くと「病院」と答えた。
体をふいてくれてる時 オムツを替えるのに 自分で腰をあげて協力していた。
横に向いて寝返りを打つことができる。

私は母の手の紐をはずしてあげたいと思っても
父の様子でなかなか病院にいけない。
母を怖い父から離し ゆっくりと母と二人の時間を過ごせるのは嬉しい。
むしろ 今までのことは忘れて 記憶も戻らず 今を楽しんでくれたらとも思う。
私が お母さんに必要なことだけを 教えてあげるよ。
体が疲れて頭も重く 眠たい。
一日でも朝ゆっくり寝たい。
母も同じ気持ちだったのだろうなぁ。
朝起きるのが少しでも遅いと 怒鳴る父のそばで母は苦労したんだと身にしみる。

父は好きだった釣りにもいかず 日曜日も店を開けている。
意固地に店をあけ 仕事をしたがる。
テレビもみない。新聞もよもうとしない。
心が外に開かれていない様子。
米が売れないのをきにして あちこち電話して頼んだり 
店にしがみついているよう。
「疲れた 疲れた もう体がもたん」
「早う 退院してもらわな こっちが死んでしまう」と夜になると私に連発する。
相手していると 胸がしめつけられるようで 苦しい。
父が寝て やっとほっとする。
母もそうだった。
父が寝て 一人になってもすぐ寝られなかった母の気持ちがわかる。
父の相手で緊張して 疲れているから リラックスしないと眠れない。
チューハイを3本はのんでいるかな・・・。


4月4日

私の顔をみてにっこり笑う。
「来たよ」というと「ありがとう」と返事する。
リハビリの先生が 座ると血圧が40くらい上がるので ボチボチしていきましょうと言ってくれる。
くくられた手をはなしてあげると 右手で額をかこうとする。
頭の包帯を奥におしのけてかこうとする。
鼻の管を抜こうとする。
右手の指を口の中に入れる。
寝巻きで顔をふこうとする。
寝巻きをたたんで首の下にはさんだり 器用に遊ぶ。

夕方 初めて部屋の移動。
リカバリー室の隣の二人部屋だ。
母は最初 きょろきょろと不安そうだった。
「部屋かわるよ」というと「何階?」と聞いてくる。
「2階よ」というと 「真ん中やな」と母。
家が3階立てだから 真ん中といっているのかな。
「お母さん なんにも心配いらんよ」というと
「うん 心配せえへん」とこたえる。
鼻の管がぬけるまで 手の抑制がとれないらしい。
食べれるようになるまでは まだだいぶかかるんかなぁ。

父に何を言われても気にしないで
気分転換を早くしていかないと 私がもたない。
子供達がかわいそう。


4月5日

朝と夜母を見舞う。
母は不安そう。
表情も固く 不安げで あまりしゃべらない 笑わない。
部屋が変わったことにとまどっているのかなぁ。

病院から 夕方6時ごろ家に帰る。
帰るとすぐに 食事のしたく 洗濯ものをたたむ 店番も。
お客さんがくると 父は出て行かず 私にやらせる。
なかなか座れない。体がきつい。


4月6日

朝父が病院へ。
鼻からのミルクを飲んでないときは 手の紐をゆるめてもいいとのことで
紐をゆるめてきたと言っていた。
2:00頃いくとミルクをはいて シーツをかえたところだった。

手をしばる必要があるのでしょうか? 先生にきく。
鼻の管とおなかの傷が問題で できる範囲でゆるやかに縛るようにしますと言われた。
あまりに あっさりと答えてくれたので 気をつけてくれるかどうかわからないと思った。

母があまりしゃべらなくなっている。
首を振ってうなづく程度。
買ってきた車椅子用の靴をみせると 久しぶりに微笑んだ。
新しいパジャマもみせてあげると手をのばし つかんだまま放さない。
私が行くと 紐をはずしてくれるとわかっているようで 喜ぶ。
腕をくんだり 壁にさわったり タオルやおしめをひっぱったり
私の手をつかんだり 指を口にもっていってかんだり なめたり
ねがえりもうつ。
私が母の手や腕を両手でこすると 母が私の手をこすってくれた。
「ありがとう」というと 母が笑った。とても嬉しかった。わかるのネ。

私は朝4じから眠れず 明け方少し寝て やっとおきる。

父があまり笑わなくなった。
8日(月)からは 私も学校に仕事に戻る。
父は一人で昼間過ごすことになる。


4月7日

1:00過ぎにいくとミルクをだいぶ吐いていた。
苦しかったのか 疲れはてて しゃべる元気もあまりない。
しばらくしてから 「大丈夫で?」→「うん」
浣腸した後 「おなか痛かったら うんこしてええよ」→「ありがとう」
声が小さくて元気がない。
表情は苦しそうで笑わないし 疲れて目を閉じていることが多い。
ミルクがあわないのかなぁ。


4月8日

考えこんでいるような表情をしている。
夜父と二人で行くと 「来てくれたん」とうれしそう。
下痢をしていた。ミルクのせいかなぁ。


4月9日

昼行くと 寝ていた目をあけて 私に気がつくと
とてもうれしそうに笑って「来てくれたん うれしい」と
私の顔をさわってくれた。
こんな無邪気な嬉しそうな顔をみたのは 初めて。
頭の包帯をとっていたので 「包帯とれてよかったね」というと
「どないなったんか ようわからんのやけど」と答えてた。

寝ていて時々目を開けたときに 私の顔をみてケラケラと声をだして笑った。
こんなに声をだして 笑うのもはじめて。
まるで 子供みたいに笑った。
昼にまたミルクを吐く。一日一回くらい吐いている。
元気なときにも 牛乳はほとんど飲まない人だったから 
体質的にあわないのかもしれない。
看護婦さんにも伝えておく。
昼もよく寝る。
ベッドでおきていても(5分位)血圧もそうあがらなくなっているらしい。
お腹の写真をとった結果 胃が小さいので 
鼻からの管を十二指腸までいれてみるとのこと。
1階の診察室までいって 写真を見ながらいれるとのこと。

お年は?→ 「28歳よ」と答えた。


4月10日

朝 今までで一番大きな声で 「おはよう」といってくれた。
午後もやはり私の顔をみてにっこり。
縛られた手をはずしてあげると 手を口にいれたり 頭をかいたり 
横を向いたりよく動く。
リハビリのK先生の話では ベッドを80度にあげて 
30分間いても血圧はあがらず OKとのこと。
今日はベッドに座って 足を床につけてみた。
座っていると お母さんが別人のように見えた。
その時 ちょうどお見舞いにきてくれて
相手の話にうまくあわして 返事をしていたので 感心した。
「元気になってよかったですね。」→「ありがとうございます。」
店のお客さんに話すようにしゃべっていたので 
さすが商売していただけのことはあるとびっくり。
座ると血圧が30くらい下がり すぐに横になった。
その後 オムツかえると 痰のようなものを吐いた。
頭を自分で持ち上げることが多い。
突然に「朝 何時におきよんで」と聞かれた。
「6時よ」というと「ほうか」と言った。


4月12日

朝いくと鼻の管はなく 手は縛られている。
夜自分で手を動かして管を抜いたらしい。
これでは もっと強くしばられるのでは と心配しながら仕事にいく。
昼3時ごろもう一度いくと なんと鼻の管も 尿の管も抜いてくれてあった。
手もしばられてない。
もう びっくり。
昼から訓練食が出ているとのこと。
昼はパン粥はあまり食べなかったらしいが 
おかずは「おいしい おいしい」と全部食べたとのこと
お薬は水で溶いて 注射器で口にいれてのんだとか。 

姉から 脳の手術をした人は 食べることを練習するのに
相当時間がかかると聞いていたので 母の生命力にびっくり。
私の心配をよそに 「ごっくん・ごっくん」と上手に飲んでいた。
夕食はおかゆさんで あまり食べなかった。
「おまはんも いっしょに食べな」とか言う。


4月13日

朝 私の顔をみて 「あら さっちゃん」と言う。
「さっちゃん 知っとるん」と聞くと 「知らんよ」という。
「朝 和がハッピー(犬)を散歩につれていってくれたよ」というと「ほんま?」
「お母さん ハッピー知っとるで?」と聞くと「知っとるよ」
「和・祥は?」と聞くと 「知っとるよ」
「ちょっとづつ 思いださんとな」とも言う。
リハビリの先生に「河野さん 住所は?」と聞かれると ちゃんと答える。ビックリ。
先生が「河野さん しっかりしてきましたね」というと
「お上手いうて」と返事するので みんなで大笑い。


4月14日

東京からよう子・えり・あきが来てたんだよと話すと
「ほうでえ」と初めてわかったように言う。
三人のことを思い出しているのか・・・
母の口癖の「心配事はお神さんに預けてな」というと母が笑う。
自分の口癖を思い出したのか。

「ご飯はお家のほうがおいしいで?」というと
これも笑う。
家のご飯がおいしいのがわかっているようだ。

私が心配そうに顔をのぞくと
「心配せんでええ」と言う。

今日は一番いろいろ思い出しているようだ。
あまり思い出してほしくないと思ったりする。
あのお父さんと一緒にまた暮らすのは大変。
私が日々暮らしていて実感している。
母がよくなっても 家に戻していいのか 不安がつのる。
父の「疲れた・疲れた・死んだほうがましだ」を 母に聞かせたくはない。
もう二度と 父のことで苦労をさせたくない。


4月16日

東京の姉に携帯で電話する。
携帯を母の耳元にもっていってあげると お母さんはお姉さんの声に
「ほうか」「ありがとう」とうれしそうに 返事をしている。
本当に嬉しそうだった。
母の顔は一回り小さくなって あまり元気そうではないが
話しかけると 答えたり笑ったりしてくれる。
食事は半分くらいは 食べてくれている様子。
うれしそうには 食べないけど。
「ずっと 寝ていたら食べるのがたいそうやなぁ」とかいう。

部屋を変わるとのこと。3人部屋に移る。


4月17日

部屋が変わっていた。
朝新しい部屋に入るや否や 同室の人にすごい剣幕で叱られた。
「あんたのお母さんのお陰で 朝5時まで眠れんかったわ!」
「あんたも 一度でもお母さんに夜ついたら わかるわ!」
とかワーワー責められる。
辛くて お母さんには 一言も声かけてあげられなかった。
涙をこらえて じっと話を聞く。
時間がなくて そのまま仕事にいったが 泣いた。
母に夜もついてあげられるんだったら とっくにそうしてる。
一人でおいといたりしない。
でも子供もいる 仕事もある 父もいる。
これ以上は自分にはできない。
精一杯の私。
母も何かを感じたのだろう。母もあそこでいるのは 辛いだろう。

夜お詫びの菓子をかっていく。
少し機嫌をなおしてくれて 母の昼間の様子を伝えてくれた。
今日の母は 車椅子にのって病院内を散歩したそうだ。


4月18日

朝行くと 手を縛られていた。
隣の人がいうには 夜中にベッドに座ろうとして ふらふらしていて
看護婦さんに「縛っといてくれ」と言いにいったそうだ。
母は夜中に壁に向かって 独り言をいっているらしい。
「痛い」ともいってたらしい。
この3人部屋では 母は浮いている。
症状も母一人ぐっと悪くて可哀想。 暗い顔をしている。
私もこの部屋にくると のびのびできない。苦しい。

午後婦長さんにお話すると 部屋を元に戻してくれた。
ほっとした。
朝 姉に電話して 母と話をしてもらう。
母がそのときだけは とても嬉しそう。

車椅子をおして 母と散歩した。
初めて病院の外に行った。
40分ぐらいだったが 母は意外と元気だった。
外で久しぶりに笑う母をみて ほっとした。
部屋に戻ると「少し疲れたけどな」と言ってた。


4月19日
姉からのテープに反応

姉からテープが届いた。
姉とまさゆきさん えり あきの「おばあちゃ〜ん」とふきこんだ声がはいっている。
母の耳元にそのテープをもっていくと
今まで寝てたのが 目を開けてよく聞いていた。
母は商売で 電話をきいていたから 耳はきっと一番敏感なんだろう。
2回聞かせてあげる。
でも 電話と違うのはわかるのか 返事はしない。
「よう子が送ってくれたんよ」というと 嬉しそうな顔をした。


4月20日
母が一人で遊べるおもちゃないかな…

昼間できるだけ起こしておいたほうがいいというので 外へ散歩に行く。
でも外の景色があまり目に入らない様子。
花の横にいっても 花を見ようとしない。その意欲がない様子。
夜 父が行くと ベッドにすわって布団をずっとさわっているらしい。
寝つけないのかなぁ。
母が一人で遊べるおもちゃないかな…
写真 アルバム 本も見ようともしない。
目があまり見えなくなっているのかもしれない。
私の問いかけにもあまり反応せず 自分のなかに閉じこもっている感じ。
うつ的に見える。
姉からの電話にはなんとか反応し 返事しようとするが 
まともにしゃべるのは その時ぐらい。
電話のときだけ 表情が明るい。
食べることも意欲なし。いやいや食べている感じ。


4月21日
ぬいぐるみをお母さんに届ける。

8週間が過ぎた。
睡眠薬のせいか 10:00過ぎにきてもずっと寝ている。
母の慰みにと ぬいぐるみ2つと お母さんが好きだったお菓子を持ってきた。
靴下や 母のTシャツも持ってきた。


4月30日

病院のソーシャルワーカーRさんと話す。
母のこと 父のこと 家の事情話を聞いてもらう。
母も 病院にいても これ以上歩く練習もできないし
歩き始めたら 頭ももっとつながってくるだろうということで
リハビリをしてくれる入所できる施設をさがそうと言われた。
私も仕事に戻ることも考えたら そうするほうがベストと思う。


            


        
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