10月

さち → よう子    よう子 → さち





10月31日

寝ながら、ぶどうを食べ、富弘さんの詩を読む母です。
   



10月25日

ひなたぼっこのお母さん
今日、自分の部屋の前にあるベンチの横で、ひなたぼっこしました。
母はまぶしいのかハンカチをかぶりました。
外がよく見えると言って喜んでいました。
雲がとてもきれいでした。

          



10月19日

お母さんの作品です。
最近のお母さんの作品です。
 
 1.雑巾
     
 
 2.ズボンの裾つくろい。
     
 
 3パジャマの袖口短くする。
     



10月19日

HPに写真が入って良くなったね。
写真がはいると とても説得力があり 見ても楽しいね。
わかりやすくなったと思います。一見は百聞にしかずですね。
母の肩が痛くて 腕もあがらず 今日マッサージのT先生に来て貰いました。
やはり五十肩と言われました。
動かさないとますますひどくなるようで、色々アドバイスしてくれました。
毎日リハビリやってみます。
T先生も母が元気になってることにびっくりしてました。
目は見えなくても 声や雰囲気で分かるようです。
先生は柔道でアジア大会に行くそうです。一度ついていきたいなあ。



10月18日

今が一番好きなように生きてるのかも
柳のように風にまかせ、自然体で、
今が一番好きなように生きてるのかも知れませんね。
父は全く来ませんが、「会いたいと思わん」って言ってました。
「商売もしたあない」って言ってました。
私の家では、何かしようとし、出来ないと寂しそうでしたが、
病院では好きなときに寝て、歩きたいときに歩き、
歌いたいときに歌って楽そうです。
西川さんにも 子供の家も気は使うと言ってたようです。
連れて帰ってあげるのは一月に一回ぐらいがいいかもね。




10月17日

お母さんの顔をスケッチしました。



10月16日

今朝のお母さん
今朝やってくると、習字の作品、テレビの下にはってあった
私の携帯番号を書いてあった紙をはがしてあり、
西川さんの介護日記を枕元に持ってきてありました。
眠れなかったときに、模様替えしたようです。
朝も「起こされるんがうるさいけん、今日ははよう起きた」と言ってました。
そのせいか、十時すぎから、イビキかいて寝てます。



10月11日

薬は嫌がるため、マミーやヤクルトに溶いて飲ませています。
少しぐらい効果が落ちてもいいです。
快の気持でできるだけ暮して欲しいです。
気持が今のように前向きなら 長生きするかもしれません。
ただやっぱり心配なのは病院を変わるときです。
その時は精一杯そばで支えたいです。
安心して来てください。



10月10日

天使のようなお母さん
西川さんは母のことを心の中で天使と呼んでいるといってくれます。
ありがたくて、本当に感謝です。
今日母にパソコンで調べた児島高徳の記事を持っていくと、
興味深げに見ていました。
鼻歌で児島高徳の歌を今日も何度も歌ってくれました。
ずっと付き添っているからこそ得られる幸せです。
昨日はK先生にも歌って聞かせたそうです。
「興味を持って勉強したことは、ひょかっと思い出すなあ。
ほかの事に興味がなくてこんなことに興味があったんよ。」
母は向学心のある人だったんですね。
「本はおもっしょいわなあ。出会いがあるけんなあ。」とも言っていました。
母に教わることが山とあります。
母はやはり天使です。今は特に最高に冴えてる母です。
この前の介護度更新の時の質問では、自分の名前、年齢、
生年月日、季節、病院の名前等なにひとつ答えられませんでしたが
名前など言えなくても、最高に私には魅力的な母です。
教師の仕事以上に、今は面白く、学ぶことが多いです。
4月に復職するかどうかは今の学校を出れるかどうかにかかっています。
手伝いの人に辞められてから 父がよく電話をしてきます。
父は母にも電話してきます。
タオルを注文するかどうか、そんなこと聞くなと言いたい。
自分で決めろ。決められないなら商売するな。
自分で決断することを全くしてきてない人の情けない結末です。
母は一生懸命答えてましたが、もう電話に出すのはやめようかなと思います。
病人をせめてそっとしておいて欲しいものです。



10月9日

外泊の件
いいですよ。OKです。飛行機予約とりました。
行 10/12(土)徳島着10:00
帰 10/14(月)徳島発15:00 



10月9日

母の外泊
やっぱり、母を一度外泊させてあげたく思います。
すし屋に和や祥もいきたそうだし、そのすし屋のすぐそばに私の家があるんだから、
ぜひ一度姉さんが帰ってきたときにつれて帰ってやりたいよう。
今日も「ああ、又長い夜がやってくるなあ。いややなあ。」といってました。
7時から寝かされ、起きるな、動くなといわれ、寝つきの悪い母には
相当夜が長いのでしょう。



10月9日

感動しました。
私もメール読みながら 涙がでてきました。
感動しました。



10月8日

今日は最高に母らしさを感じられ、うれしかったです。泣きました。
今日は最高の日でした。私が母から唯一もらった旅行土産があり、
そのキーホルダーを母に見せました。10年以上前のことです。
それは「児島高徳」という名前が書いてあり
裏に「天勾践を空しゅうする莫れ、時にはんれい無きにしも非ず」と書いてありました。
有名な人で、心に残る人だからと、母が私にくれたものでした。
母に見せ、大きい字でその名前や歌を書いてあげると、ものの見事に読み始めました。
「私はこの人の生き方が好きだったんよ。心に残る人よ。小学校3年ぐらいに習ったんよ。」
実はこの歌「児島高徳」という文部省唱歌だったのです。
しだいに母の声は大きくなり誇らしげな声に変わっていきました。
初めて聞く母の自信たっぷりの堂々とした歌声です。
私は感動して一緒に歌いました。
意味は良くわかりませんでしたが、とにかく母の歌声が最高によかったのです。
何度も何度も母は歌ってくれました。思いっきり感動した私は色紙にその詩を書きました。
母は「いい字やなあ」とほめてくれました。その色紙を見て、また何度も歌う母でした。
墨を出したついでに「井の中の蛙、大海を知らず、その深さを知る」と、
違う色紙に書きました。
母は「これは私が無言で示した人生の生き方やなあ」と言ってました。
もうひとつ「ありがとうのことばで人生をしめくくりたいものです」という色紙も書きました。
この言葉は「生き方上手」という本を母に読んでいたとき
母が「いい言葉やなあ」と共感していたものです。
母は自分では字を書きたがらなかったので、私が母の気持ちを代弁するつもりで、
母の心に近い言葉を選んで書きました。
すると母はそれぞれの色紙の言葉を自分なりにとてもわかりやすく解説してくれました。
作業療法士の先生にも、西川さんにも一生懸命歌ったり説明してくれたりしました。
とても誇らしげな立派な母で、私も西川さんも泣いていました。
児島高徳の歌を歌うたびに声が高くなり、上手になる母でした。
私ははじめて母のこんなに素敵な歌を聴きました。
今でも耳に焼き付いています。
母の歌声が聞けて、本当にいままで頑張ってよかったなあと思えました。
介護は大変ですが、母は最高です。
今までそばにいながらゆっくり母と話せなかったことを、いっぱい話せて最高です。
今日は最高に母らしさを感じられ、うれしかったです。
お姉さんも歌ってもらいなよ。とっても上手だから。
心に必ず残る母の歌声です。



10月8日

さちのメール読みました。
さちのメール読みました。素直だと思いました。
私にもすっとわかる気がします。そうだろうなぁと思います。

人間本当にやりたいことって そんなにあるものじゃないと思いませんか?
そうそうみつけられるものじゃないと 私は思うんです。
さちはそれをみつけているんでしょう。やったらいいと思います。
誰に遠慮もいらないよ。
お母さんの最期をできる限り共に過ごすことも さちにしかできないことです。
それをやりきる喜びはさちのこれからの大きな財産になるように思います。
もし お母さんの介護に悔いをのこしたら 
あなたは 後ろを振り返り 自分を責める時間をたくさん作るような気がします。
そういうことは もうやったらダメだと思います。ライフケアだけでたくさんです。
私も今を生きようと思っています。
仕事は敢えて退職しないで 給料なくても復職できる休職の形がいいと思いますが。
退職はいつでもできます。
長くなりました。それでもうまくいえてないと思いますが。
また 考える材料にしてください。



10月8日

母は施設には二度と行きたくないんだ。
介護認定の更新で、市役所の人が来たときの母の怯えた様子から、
母は施設には二度と行きたくないんだと言うことがよくわかりました。
ずっと可能な限り病院でみてあげたいと切に思います。
そのためにはどうしたらいいか。やはり私がまったくいなくなっても、
母は落ち込んでいくと思います。
西川さんに朝早くから来てもらうにも限界があるだろうし、費用もかなりかかるし、
やはり私はできるだけ母のそばにいたいと思います。
4月から復帰しても、又休めるような職場に行きたいと思います。
困ったときに一生懸命すがるような目で私を見るお母さん。
私といるときが一番ほっとしているんだろうなあと思います。
距離的なことを考えると、やはり車に乗るのは難しく、
近くS病院もじっくり考えてみようと思います。
やっぱりせめて近くにおいてやりたいです。
近かったら和や祥にも行ってもらえるし。
それに今の状態で私が仕事をするのは無理のように思います。
これ以上負担が増えたら、つぶれそうです。体力的にも難しいです。
母はいま一番調子がよくこれから又手間がかかるのではないかと思われます。
和も受験生になります。今以上家にいる時間が減るのはかわいそうです。
病院が変わっても今の介護の方法を極力変えたくないと思います。
来年も休む方向で考えようかなあというのが、
いまの私の自然な、納得のいく答えです。
お金はまだ、母のお金にほとんど手をつけてないので大丈夫かなと思います。
どう思いますか?



10月6日

ささやかな幸せ
お母さんが横になって起きてこないとき、一緒に横になります。
ベッドに一緒に横になるとお母さんの世界が見えてくるような気がします。
廊下で話をしている声、本当によく聞こえ気になります。
母は「あれ、何語でしゃべんりょん?」と聞きます。本当にそんな感じです。
それからいろいろと不思議なことを言います。
「Mの家はあんねとよしおとさちこと、ほかに誰がおったで?」とか
「私、よしおとずっとおおとらん。どないしよるん?」
(つい2日前、お見舞いに来てくれました)
「あの家は今誰がすんどるん?」などなど、なかなか答えように困ることを
たくさん言ってくれますが、それにも慣れてきて母との楽しい時間を楽しんでます。
一緒にベッドに横になってるときが一番いろんなことを質問してくれて、面白いひと時です。
そのときの母の表情が最高に豊かで、自然で、人間らしく、かわいく思えます。
元気な時には見たことのない、すなおでチャーミングな母です。
私が時々大笑いをすると、びっくりして、「どしてほんなにおかしいん?」
と真顔で尋ねる母です。何かをしてあげると、必ず「ありがとう」という母。
痴呆になっても本当にかわいい、いじらしい母で、感心します。
その反対に、父には一言もありがとうと言ってもらったことがありません。
何もかも、私がお金を出して当然とでも思っているのでしょうか。
二人のあまりにも大きな違いをあらためて知ります。



10月6日

元気になってよかった
姉さんの体調がもうひとつのようだったので、今回も帰れないかもと思ってました。
よかったです。私もいまいちで、消化器専門の先生に診てもらおうかなと思っています。
S病院にいい先生がいると聞いたので、16日に行ってきます。
やはり遠くても行けないので近くでいい先生がいたらなあと思います。11日は
和が修学旅行から帰ってくる日ですが、晩、知ってる先生に相談に行ってきます。
普段は夜出て行くとあくる日こたえるので、なかなか出て行けないのですが、
12日はよう子さんも来てくれるので、一度話をしてきます。
私も自分の気持ちをそのまま言える友達もほしいし。
13日の晩、母を食事に誘い泊まらせてあげられたらと思っています。
次の日は月曜日なので、父も午前中は絶対来ないのでゆっくりできるかなあと思います。
どうでしょうか?ふとんがあまりないので、風邪をひかないかなあと思いますが、
今ならなんとかいけるかなあ。カーテンを買いに行くことも、衣替えをすることも、
荷物をかたずけることも何もできていませんが、まあなんとかなるでしょう。
何かをするには、もう少し西川さんに来てもらわないとむつかしいなあ
と、思ったりします。今でも一月に12万ぐらいかかっていますから、きついですけど。



10月5日

私も元気になってきました。
安心してください。
またゆっくりメールしますから。さっきお父さんにも電話しました。



10月4日

よく笑うし一番母らしい
きょうはMのおっちゃんとおばちゃんがお見舞いに来てくれました。今までで一番
よく話ができると感心してくれました。でも突然おばちゃんが息子のTが死んだんよ
と言い出し、母はとてもびっくりしました。
でも母は、おっちゃん達が帰るとその話はしませんでした。
今母は、時々とてもよくわかっているので、わざと黙っているのかなあ、と思ったりもしました。私も忘れたふりをし
ました。昼ごはんはほとんど食べませんでしたが、
昼寝をしたあとは風呂にも入り、私のジャージのゴムを入れてくれたり、
ざぶとんに紐をつけ椅子にくくりつけたりして、元気でした。
        
         

痴呆の母がとてもたくましく思えました。倒れる前は、うつ病のようでしたが、
今はよく笑うし一番母らしく 感情も自然に出て人間らしいです。
今のような元気な状態ができるだけ長く続いてくれることを願います。
姉さん無理しないように。私も毎日ご飯を作り、洗濯をし、母の介護をし、
それだけでとても大変です。
庭には草が和の背丈ほど伸びてますが、刈る時間もなく林のような庭をいつもながめてます。今日は玄関にくもの
巣がはり、和がいやがってました。
部屋もなかなか掃除できません。でもできる時にしようと思っています。
余分なことができない毎日です。でも母が何かを楽しんでくれて笑ってくれたらいいです。
ぼちぼちやるしかないです。姉さんもゆっくりやりましょう。



10月3日

たくましい母
心配しながら今朝は行きましたが、母は思ったよりけろっとして、朝ごはんを食べていました。朝はよく食べます。
おかゆを全部食べ、西川さんが持ってきてくれた
夕食の残りのちらし寿司、果物、ゆで卵など全部食べました。
昼ごはんはいつもあまり食べませんが、果物やマミーなどは食べてくれます。
昼から、久しぶりに阿波踊り会館に行き、買い物を楽しみました。
よく歩いてくれ母も飾ってあるものを手にとり、とても楽しんでいました。
西川さんへのお土産を買いました。
母がパジャマの袖やズボンのすそを丁寧にあげてくれました。
リハビリの先生が見てびっくりしていました。
木曜日はやはりえらいですが、リハビリの先生とも話せる唯一の日なので、
大切にしたいと思います。母の夜の様子もわかります。
今日はご飯をよく食べてくれ、楽でした。
父は今日は来ずほっとしましたが、父も痴呆ぎみなので、話をじっくり聞いてあげたり、
相手の話にあわせてあげることが必要かもしれませんね。
怒ったり、相手を否定するとよけい悪化するかも。
私には父の話を聞く余裕がありませんが、痴呆と思って接してあげてください。
よう子さんしか父にはいないと思うので。でもしんだい時には無理しなくていいから。
今日は疲れましたが、疲れた分寝れるかも。自然にまかせます。



10月2日

お父さん来ないで
昼から父が来て、米が売れんとか金をくれんとか言いに来て、もう、いいかげんにして。
母は父が帰った後も、「あんなこと言いに来るけん、いつまでも帰れん。
死ぬまで入院しとらなあかんかも知れん。」と、とても不安そうになります。
もう、来るな!
せっかく命がけで元気になれるよう私も西川さんも努力してるのに、
踏み潰すようなことやめてほしい。
父の愚痴を聞くと母は食べれなくなっています。
父の顔を見るのもいやでたまりません。



10月1日

S老健施設に入所予約しました。
今日S老健施設に電話して入所予約しました。
入院という形で時間がかかっても待ってくださるなら、空き次第連絡をくれるとのことです。
安心しました。今のT病院とS老健施設を行き来するような形がベストかなあと思います。
6月に移転してT病院で待っていて、S老健施設から連絡があった時、
体調が良かったら入所も考えてみましょう。
その時のお母さんの状態次第ですが。
母は元気で昼から寝てます。





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