3月

3月30日
今日は午前中学校に行って
残っている荷物を片付けてきました。
学校は私がいない間に ますます忙しくなっているようで
みんな不満だらけという感じのようでした。
私も知らない間に小学部に変わっていて
いつ復帰したらいいか迷います。
私はこの学校では負担も大きすぎ
やはり移動を希望します

母のところに昼から行くと
母はみんなと一緒に  琴の演奏を聞きに行ってました。
和の甲子園のお土産や 皇室の本を
母の部屋において帰りました。

私は肩がいたく睡眠不足で
お灸をしたり枕を変えたり工夫してます。
母でないですが 肩がいたいと何も集中して出来ませんね。



3月27日
2時頃行くと、
「私はどこで暮らしていたか、わからんのよ。
私はどこへ嫁に行ったんで?
どこで暮らしたらいいのか自分でもわからんのに
しょうがないでえなあ。」と、心細そうでした。
人間らしい暮らしを願うなら、やはり家族の愛情は必要ですね。
私か西川さんが 末永く少しでも行ってあげたいです。
私の顔を見て ほっとしているようでした。



3月26日
今日は父のところに行ってきました。
父は新聞をとることにしたそうです。
何もしらないでは お客さんと話ができないから・・・。
それも見事です。
父には店しかないのでしょう。
最後まで店をしていて欲しいと思います。
お父さんに お母さんのところに行くのは 控えて欲しいと
頼んできました。
お母さんが慣れるまで 邪魔しないでと頼んできました。



3月24日
二軒屋のじいちゃんのところにえりと行き、
クータンをとってきて、ばあちゃんのところに行きました。
ばあちゃんはよくしゃべり、よく笑いとても元気でした。
東京の話をすると、よく聞いてくれ自分の思いもよく話していました。
東京の写真もよく見てくれました。




3月23日
新幹線なんとか座れました.
鍼の先生の優しさにふれ、私も自分の体や心を大事にしてやることを
少しずつでも実行していかなくっちゃと思いました。
自分の事を真剣に心配してくれる人がまだまだいるんだから。
よう子さん色々アドバイスありがとう。
帰ったら少しずつ手探りを始めてみます。
楽しみに始めてみます。まずはお灸から。

やっと家につきました。
家では恵里が待っていて 話がはずんで 寝たのは二時を過ぎてました。
えりは頭のいい子 感性の鋭い子自分を持ってる子で 
婆ちゃんの事も良く分かってて感心しました。
優しい子です。付き合えば付き合うほど可愛くなる子ですね。
東京から帰ってきて 祥がはしゃいで 明るくなりました。
一緒に旅行に行ったからかな。又三人で行きます。
東京行きで変われそうです



3月18日
昼間はおとなしく無口だったえりが
夜いっしょにお酒を飲みだすと、喋るわ喋るわ
12時近くまで、機関銃のように喋ってました。
「さッちゃん、もうねるん?じゃあ今度は和!」
と言われ、和は「よう子さんの娘やなあ」とあきれてましたが
喜び精一杯もてなしていました。
えりは、じいちゃん・ばあちゃんの無条件な愛情が理解できなくて
どうしたらいいか分からなかった・・・と言ってましたが
「顔をみせてあげるだけでいいんだ!」と自分で気付いたようでした。
成人式の着物姿を早めにとって婆ちゃんにみせてあげると言ってました。



3月17日
今朝も私が行くと、朝7時すぎに起こされると
頑張っておきてご飯を食べたようでした。
入れ歯をいれてはもらえてなかったようですが、
頑張って普通のご飯を食べたようです。
ケアーさんが 入れ歯を忘れても 母が自分できがつけるように
朝することを 目につく所に貼ってあげようかと思います。
お母さんは字が読めるから 自分で読んで思い出すかも。
ぼちぼち負けずに頑張ってみます。
私ヘルパー2級とろうかな。



3月15日
私は今日バリウムを飲んで胃の検査をしました。
胃が殆んど動いてなく、食道に逆流しているようです。
腸に流れてないようです。
神経性胃炎とのことです。仕方ないね。
今の状態なら・・・
昨日は情けなくねつかれませんでした。
ただ普通に笑顔で接してくれたらどれ程嬉しいか。
今日お母さんに 金魚買っていったよ。



3月14日
母が一年ぶりに入れ歯を入れました。
上の歯、下の歯を間違わず上手に自分でいれました。
父が若く見えると喜んでいました。
久しぶりに入れ歯をいれた母をみて、大笑いしました。
       



3月7日
母が引っ越しを心配して、そわそわしてます。
昼のご飯も食べてくれません。
壁にはってあるものをはがそうとします。




3月6日
母とお風呂に入るたび、頭を洗ってあげるたび
痛々しい手術のあとや変形した頭を直にさわり
よくここまで生きられたものだと感心します。
一年間よく生きてくれましたね!お母さん
グループホームでも どうか
お母さんらしく 笑顔いっぱいでくらしてください!



3月5日
枯れかけている花を 「よしよし!」と言いながら生け直す母。
命あるものに優しい母です。

「ちょっとまあすわりな。花もきれいけど、あんたのほうがきれいわ!」
と、ケアーさんに笑顔で話しかける母
ケアーさんも母の言うとおり座ってくれ
一緒に記念撮影してくれました。
思い出深い病院生活も あと数日です。
皆さんに 大事にしてもらい 幸せな病院生活を送らせてもらえた母です。
        
     



3月4日
今日の回診のとき この前とったCTの結果を聞きました。
全く問題ないとのことです。
頭のパイプもよく通っているとのことです。
パイプがつまらない限り問題ないようです。
お母さん 長生きするかもよ!

   ようこ:了解です。体力をつけて お母さんに負けないようにがんばります!
        とことん 長生きしてくれて大丈夫!がんばります。。。フー。。。



3月3日
えり(よう子の長女 母にとって初孫です)が来ると話したら
母は大喜びです。
「えりの名前は私がつけたんよ!」と思い出していました。
母はえりが初めての孫だったから ずっとずっとえりのことを
心配していました。
母はえりに会えたら喜ぶよ 絶対に! 良かった!待ってます!



3月2日
ケアーマネージャーのMさんがチューリップの花をくれました。
母はたいそう気に入り、ずっとながめていました。
はさみで葉っぱを切ったりして生け直してくれました。
回診のとき、村山先生に「女学校の同窓会でもらってきたんです。
お盆に行きました。」と、チューリップの花の説明をしていました。
黄色のいろが、何ともいえず優しい、と気に入っていました。
黄色は幸せ色です。
  



3月1日
阿波踊り会館の二階に飾られているお雛さんを二人で見に行きました。
母は真ん中のひな壇が一番高いと言っていました。
一番小さいひな壇でしたが、母のお気に入りのようでした。
母は昔私たち娘のために、忙しい中おひな様をかざってくれていましたよね。
私は覚えています。今でも家にあるのかなあ。
    
お雛様をじっと見入る母
母は「子供は女の子で良かった。女の子が好き!」とよく言ってました
                 






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