気ままに

2月25日
頭に白い包帯をまいてはいるけど
やけに頭がちいさく 異様な感じでした。
それは 手術は成功したものの 脳の腫れがひどくて
頭蓋骨をいれられなかったということでした。
頭蓋骨がいれたりはずしたりできるということを
初めて知りました。
ベッドの頭には「骨なし」の張り紙がしてあり
小さな頭と むくんだ顔が別人のような母でした。
そういえばずいぶん長いこと 母と会ってませんでした。



3月2日
母の体は頭から足まであちこちに管がはいり 
それを無意識に引き抜こうとするため
両手 肩をしばられるようになりました。
縛られているのを見るのはつらいです。
妹か私か どちらかがそばにいる時はそっと紐をゆるめ
紐がくいこんだところを 何度もさすってあげました。
看護婦さんのなかには 荷物を縛るように
しっかりと縛る人もいて 
「荷物じゃないよ!」
無念でした。
この頃のお母さんにしてあげれることは
紐をはずしてあげることだけでした。



3月20日
高熱が続き 手足もほとんど動かさなくなってきた母
そばにいて 何がしてあげられるのか・・・
体をふいてあげて 手足をさすってあげて 
後何をしてあげたらきもちいいんだろう。

妹から問われて私は看護婦のあや子さんに相談しました。
「お母さんがたとへ 何にも返事してくれなくても 耳は最後まで残るよ。
聞いてくれていると思って 話しかけてあげて。それが一番だよ。」
一方通行にみえても お母さんには聞こえている
そう信じて 話しつづけました。



5月20日
母は どん底を脱出し徐々に回復に向かう傍らで
父と妹が 疲れてきました。
父と母は町の小さなお米屋さんです。
母が突然倒れ 父一人になったとき 店をどうするか?が大問題でした。
もとよりこの状況で 今まで同様の商売をできようはずはなく
それでも 父はどうしても店をしたいといいはり
父が自分ひとりでやれる範囲で店を続けるということになりました。
でもわがままな父 
妹と妹の子供にやつあたりするようになりました。
母が落ちつきだして 妹は教師の仕事にもどりました。
学校に行く前に母の病院により
学校から帰ってきては 休むまもなく食事の支度
それでも父はいらいら 不機嫌な毎日。
妹から 「お父さんに早く死んで欲しい」のメールが届き
私はあわてて 徳島にもどりました。
5月にはいり 妹は体調をくずし 不眠を訴え 
診察をうけたところ「うつ病」と診断されました。
なんとか父のそばで がんばってきた妹でしたが 
これ以上 今の生活を続けていては自分も子供もだめになると 覚悟を決め
父の家を出て暮らすことを決めました。
妹が母のために車椅子で入れるマンションに引っ越したのは
5月の連休明けでした。
父と妹のそれぞれの出発となりました。



6月5日
サチから
   母の写真ができたので送ります。
   お姉さんのおかげで ずいぶん助かっています。
   同じように母のことを思ってくれる人が たった一人でも
   いてくれることが とてもありがたいです。
   ここまでこれたのも お姉さんのおかげです。
   ありがとうございました。
   母にどうしてあげたらいいか 暗中模索ですがやり続けてみます。
   自分のやれることを やっていきます。
   母と私の幸せを願ってくれる人が 一人いると思うだけでとても心強いです。
   ありがとう  また来てくださいね 待っています



6月10日
母の介護をするようになって 実感している
きってもきれない血のつながり
流れている・・ある〜のですね。
私は18歳で上京。
大学に入ってからは ほとんど家にはかえらなかったし
手紙も電話もほとんどしなかった。
結婚しても 数えるくらいしか実家に戻ったことはない
そんな薄情な娘でした。
だのに不思議
母が倒れ久しぶりに帰った徳島
30年間の空白が一瞬のうちに消えていく。
妹の二人の子供・・・和と祥が大きくなって なんとも可愛い!
本当に可愛い。
自然にわきあがる感情
きってもきれないもの・・・
私の意志や好みとは関係なく ある〜んだな。 



8月
母は徳島で 父と米屋を50年間続けてきました。
身体もそう丈夫でもなく おとなしい性格の母には
なかなかなじめなかった仕事だったことと思います。
さらに 父が9人兄弟の末っ子。
なんでも自分の思い通りにならないと気がすまない人で 
母への暴力も絶えませんでした。

妹は教師ですが
母が倒れてからは 休みをとり 
お母さんの介護を続けています。
どこまでやったらいいんだろう?
介護しながら 誰かにその答えを教えてもらいたくなります。
「じゅうぶんだよ・・」と言ってほしくなったりします。
やっても やっても 
先がみえてこない日々
どう介護をしていくかは 自分が決めていくしかないのかも・・・
でも それって難しい。自分のことなのに・・・





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