海と空のあいだ


心の声
2004年9月 2004年10月 2004年11月 2004年12月 2005年1月 2005年2月

 ただひたすらに

毎日を生きている。
決して人付き合いのいい方ではない。
しかし、他の人と本当に仲良くなりたいという気持ちは人一倍ある。
だからこそ逆に自分はその他大勢の一人であると感じると、とたんに距離をおく。
その人の事が嫌になるわけではない。

ただ、自分の事が嫌になるだけ。
自分にはその器が無いと感じるだけ。

1度や2度ならそこまで感じないのであろう。
しかし、何度も何度も繰り返されると、自分自身に嫌気がさしてくる。
なぜ僕は他の人のように出来ないんだろう?

なぜ僕は他の人のように寵愛されないのだろう。
なぜ僕は。。。
原因は自分自身にあるのは間違いない。

しかしどうすればいいのか。
それがわからない。
欠点を指摘され、治せるのであればいいが、大概の場合頑張ってみても所詮徒労に終わる。
結局はその程度の器なのだ。
自分なりには一生懸命。
しかし相手にとっては不愉快極まりない。
こんなことは1度や2度ではないだろう。
一体何度同じ過ちを繰り返すのか。。
俺は変われるのか?
誰か教えてくれ。。

2004/12/14


 居場所

人は孤独ではない。
その人その人で自分の居場所というものを持っており、その居場所には自分とつながりのある人たちがいる。
人は自然とそう言うテリトリーを形成する。
そのテリトリーの外へ出て更に自分のテリトリーを広げていく。
それが知らない人との出会いであり、色んな人との交流である。

人には得手、不得手がありこの交流が上手な人と下手な人がいる。
顔が広い人というのはこれが上手な人であり、内向的と言われる人は下手な人である。

ただ、どんな人でもこのテリトリーが狭くなった時、得もいえぬ不安に陥る。
決してそれで生きていけなくなるわけではないが、それと同様の不安を覚える。
そんな時とる方法は3つ。

1.もう1度同じテリトリーを広げようとする。
2.新しいテリトリーを形成する。
3.テリトリーを作ることを諦め、孤独を選ぶ。

これは選択できる人もいるだろう。
しかし、多くの人が消去法によって自然に自らの進む道を決められてしまう。
かなり前、僕はある人の掲示板に書いた一言がある。
”僕は君ほど強くない”
臆病者のたわごとかもしれない。
しかし、自分が出来るからといって他人も出来るとは限らないと思う。
たとえ最高の選択がわかっていようとも、それを選択できない。
そう言う人もたくさんいると思う。

人を批判するのは簡単だ。
でも、何故その人がそう言う状態であるのか考えた上での批判だろうか?
自問自答の毎日。
今の僕には消去法によって”3”しか残されていないように感じる。

2004/12/14


 日常

毎日違った時間が流れてる。
もちろん色んなことが起こっているはず。
でも、その全てが何気なく過ぎ去ってると感じる時がある。

何故かはわからない。
ただ、ひどくマンネリでつまらない日々に感じてしまう。
朝起きて、仕事に行き、帰って風呂に入り寝る。
そんな日々の繰り返し。

そう感じた時、すべてのことに対して無気力になる。
不安や不満ばかりと言うわけではない。
ただ、なんとなく物足りないのだ。

これは自分の心の中の問題。
時間がたてばまたもとに戻るのだろう。
人生この繰り返しなんだろうか。。。

2004/12/6


 命

普段あまり気にならない。
でも、あるときふと考えてしまうと、忘れられなくなる。
考え込んでしまうが、何も結論は出ない。

命。
とても大切だけど、決してコントロールできないもの。
命を寿命ギリギリまで延ばすことは出来る。
でも、その寿命を延ばすことは決して出来ない。
その大切な命を僕らは握っている。
自分たちが飼っているペットの。
ちゃんと世話しないとなくなってしまう命。

小さな命。
でも、命の大事さに小さい大きいはない。
かけがえの無い命。
これを守る為に努力しない人はペットを飼う資格は無い。

自分はどうだろう?
毎日自問自答しながら生活しなくてはいけないと感じた。

2004/12/6


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