デパ地下ブームを中心に、時代をけん引する百貨店。しかし、そこに昭和30年、40年代からほとんど変わらず、時の止まった場所がある。デパートの屋上、略して「デパ屋」である。都心の一等地にありながら、採算性が悪いため、改装もされず昔のまま捨て置かれた不思議な空間。世の中が昭和懐古ブームへと傾く今、“本物のレトロ”を探してデパ屋に上った。 <2002年11月上旬>
デパ屋取材のきっかけは、ある夕刊紙の記事だった。
デパート屋上のペットショップが犬目当てのサラリーマンでにぎわっており、その数は「多い時で約10人ほど」に上るというのである。リストラ時代にストレスを抱えるサラリーマンがデパ屋で犬に癒やされている、というのは、ペーソスに満ちた話ではあるが、出来すぎてはいないか。
真偽を確かめたくて、伊勢丹新宿店の屋上にあるペットショップに出かけた。
結論から言うと、店にサラリーマンなど1人もいなかった。
「そんな話、ありませんねえ。10人? まさか。若い女性ならともかく、サラリーマン風となると、昼食の後、屋上に一服しにきた人が立ち寄る程度です」と店の人が笑う。
なんだ、都市伝説だったのか。
落胆と同時に、ほっとした。
本当だったらあまりに切ない。
ここで取材はおしまい、のはずだった。しかしながらその日は快晴。ポカポカとした小春日和に誘われ、屋上を散歩してしまったのが運の尽き。
デパ屋にはやはり、疲れた会社員の心を癒やす装置が潜んでいるのだろう。私自身がすっかり屋上で和んでしまったのだった。
なぜだろう?
そこにあるのは、お決まりのペットショップと園芸店。古ぼけた子供向けの遊具。擦り切れた人工芝に古びたベンチ。色のはげたテント屋根。金魚やコイ売り場では、風雪にさらされた水槽で、なぜか見事なニシキゴイやランチュウが泳いでいる。
寂れている。階下ではクリスマス商戦が始まり、あんなにきらびやかだというのに。デパ屋は時代からも、季節からも見捨てられているのだ。
だからこそ、30年前の記憶がよみがえる。
あれは昭和40年代。休日になると家族でデパートへ出かけた。最上階のレストランでお子様ランチを食べる晴れがましさ。休みの日なのに父は背広を着込み、母は一張羅のワンピースで着飾った。そんな「ハレの日」のクライマックスが、私の場合は、高島屋大阪店の屋上にある観覧車だった。
日本にまだ、ディズニーランドもユニバーサルスタジオもなかったころの話だ。
長い間なくしていた落とし物でも見つけたみたいに、デパ屋がただ懐かしかった。
見渡すと、私だけではない。10人近い会社員風の男女がぼんやりと和んでいる。買い物客とは明らかに雰囲気が違う。ベンチに座り、どこか所在なげに携帯電話でメールを打っている30代ぐらいのサラリーマン。時折空を見上げたりしている。
別の人は40代ぐらいで、パソコンのプリンターマニュアルを読みふけっている。職場では読みにくいのだろうか。
その人の背中に回ると、襟元から肌色の湿布薬がはみ出していて、ちょっと痛々しいのだった。
別の屋上にも上ってみた。
子供向け遊具のバリエーションで有名な西武池袋店の屋上。巨大なパンダやクマの乗り物は色あせ、もう何年も動いていないかのようだ。片隅にはひっそりとメリーゴーラウンドが一つ。看板に「日本の百貨店、屋上では唯一のものです」とあるが、乗っている人はいない。馬の目の部分のペンキがはげ落ち、馬が白目をむいているようで、ちょっと怖いのだった。
軽食コーナーのお好み焼きを食べていた男性会社員(30)は「外回りで百貨店に来て、時間があいたので偶然立ち寄った。屋上なんて久しぶり。驚きましたね。何にも変わってない。昔っぽくて懐かしい」。
「屋上和み系」のサラリーマンの答えは、どれも似かよっていた。
「何の気なしに偶然寄ったら、懐かしくなって長居してしまった」「昔の思い出がよみがえってきて……」。
結局、「犬に癒やされにくるサラリーマン」には出会えなかったが、「デパ屋和み系」は意外に少なくないのだ。
デパ屋の歴史は長い。約70年前に東京・浅草の松屋デパートが屋上にプレイランドを造ったのを皮切りに、次々に屋上遊園が日本中に広がったようだ。
小津安二郎監督の「東京物語」(1953年)で、原節子ふんする主人公が亡き夫の両親を連れて東京見物した場所の一つも、そういえばデパートの屋上だった。昭和30〜40年代は、デパートで休日を過ごすのが日本人のステータスだった。
しかし今や、デパ屋はどこも似たり寄ったり。
ペット売り場と園芸品売り場とゲーム機や遊具。あるいはビアガーデン……。デパート側が屋上に設備投資しないのは採算性が悪いからだ。雨が降れば客は来ない。寒くても、風が強くてもダメ。雨風にさらされるため維持費もかかる。かくして昭和の化石のような空間が、都心の一等地にぽっかりと残ってしまったのだ。
ところが、これがデパ屋に新しい魅力を生んでしまった。
「本物のレトロ」である。
時代は今、「レトロ」を求めている。
お台場では今秋、昭和30年代の商店街を模した「台場一丁目商店街」なるものが登場し、人気を集めている。そこでは大人たちが目をキラキラさせてブリキのオモチャや駄菓子屋のお菓子を物色している。「新横浜ラーメン博物館」しかり、「池袋餃子(ぎょうざ)スタジアム」しかり。日本のあちこちで、セピア色の町並みが再現され、増殖している。
しかし、それはみんな偽モノだ。昔風を演出した作り物に過ぎない。デパ屋は違う。
まさに本物。昭和30〜40年代に設置された遊具などの遺物がそのまま残されてい
るのだ。
もちろん、こんなデパ屋もまた、時代の波と無縁ではいられない。
古い遊具やゲーム機は次第に減っている。ガーデニングブームに乗じて庭園を充実させる動きもある。
「都心では高齢少子化が進み、子連れ客より年配の買い物客が増えていますからね」と高島屋本社広報室の山田優さんが教えてくれた。
さらに最近は、デパ屋を積極活用するデパートも出始めた。東急東横店が昨年7月、サッカー熱を当て込んで、それまでラジコンコースだった屋上をフットサル場に改装。これが当たって常時予約で埋まるほどの人気だ。今年1月には銀座プランタンの屋上にもフットサル場ができた。
また、松山市のいよてつ高島屋は昨年10月に大観覧車をオープンさせ、前年より入店者を増やしている。
博報堂生活総合研究所も昨年、デパ屋活用に焦点を当てた研究リポートを発表した。主席研究員の大田雅和さんはこの中で、さまざまな活用法を提案している。
「屋上全体を釣り堀にした『フィッシング・パーク』や、デパ地下で買った弁当を食べやすいようテーブルや日よけを充実させた『ランチガーデン』。屋上に必ずあるお稲荷(いなり)さんを店内の写真室とタイアップさせれば、初詣でや成人式、七五三の客の自然光スタジオにもなる。土を入れて家庭菜園をレンタルしたり、野外映画館や露天風呂施設も面白い。牧場を作り、搾りたての牛乳で作ったアイスクリームを販売してもいい。パリのあるデパートは屋上に砂を敷き、更衣室やビーチベッドも設け、夏はビーチに早変わりさせてます」
「デパ地下よりデパ屋」の時代がいつか、訪れるのかもしれない。
「本物のレトロ」が消滅するようで、少し寂しいけれど。
再び、新宿伊勢丹に上った。
ベンチに座るしゃれた男性(61)に声をかけてみた。「仕事のアポイントメントの合間にちょいと時間が出来たのでね。結構デパートの屋上って和むので、よく来るんですよ。庭のいい屋上が好きですねえ」。初めて会った「デパ屋常連さん」だった。
彼は言う。「若い人は、漫画喫茶で時間をつぶすそうですね。一度挑戦してみたいんだが、この年で1人ではねえ……。デパートの屋上はいいですよ。年代に抵抗なく来られるじゃないですか。気候のいい春や秋は最高ですよ。なんたって空がある」
話につられて、思わず空を見上げた。
驚いた。屋上の空はこんなにも広いのだった。
日本中が突っ走っていた高度経済成長期からもう40年もたつのに、デパ屋にはまだあのころの夢の落とし物が残っている。
屋上で心が和むのは、やっぱり空が広いからだろうか。