正直な話、私は氷川さんの歌はもちろん、顔も知りませんでした。
取材に先立ち、まず写真でお顔を拝見。まあ、かわいい。テレビで歌も聴きました。底抜けに明るくてビックリ。演歌といえば「涙」「酒」そして「なさぬ恋」じゃなかったの?
ピンクのスーツ姿で「やだねったらやだね」「やっぱりね、そうだよね〜」と歌う茶パツの青年の姿に、演歌の「暗い」イメージが吹き飛びました。
まずはファンの声を聞こうと、所属事務所「長良プロダクション」に熱烈なファンの紹介を頼んでみました。
が、答えは「ノー」。
特定のファンを紹介すれば、「なぜ私ではなく、あの人なの」と抗議が殺到するからだそうです。
そこで、出掛けたのは日本武道館で開かれた氷川さんのユネスコ・チャリティーライブ。「24歳で武道館」は演歌歌手では最年少。地下鉄の九段下駅からの上り坂はオバチャンたちでいっぱい。
折しも当日はバレンタインデー。会場受け付けにはプレゼントが山積みです。
氷川さんのデビューは00年2月。映画監督、北野武さんが名付け親。
茶パツにピアスの22歳がいきなり「箱根八里の半次郎」、つまり股旅(またたび)ものでデビューしたから、一気に話題を集めました。
昨年のNHK紅白歌合戦ではCHEMISTRYと同率(52・4%)で瞬間最高視聴率も記録。2枚目の「大井追っかけ音次郎」の大ヒットを記念し、今年1月には静岡県大井川町に早くも歌碑が建ったとか。
写真集は公称5万部。「伝記」も近く出版される予定です。
確かにかわいいけど、それだけで演歌のCDを立て続けにミリオンセラーにできるのでしょうか。謎は深まるばかりです。
武道館で片っ端からファンの声を集めました。「僕のストライクゾーンは3歳から100歳まで」と氷川さん自身が語るように、ファン層は厚い。おばあちゃんがいます。女子高生がいます。子連れがいます。奥さんに引っ張られてきたのか中高年男性も結構います。
東京都板橋区から来た75歳のおばあさんは、氷川さんの写真を張った手製のうちわを手に、「きよしと同じ年の孫娘がいるけど、孫よりきよしがかわいいわ!」と話してくれました。足が不自由で、あまり外出しない彼女にとって、氷川さんの歌は生きがいだそうです。
「一日中、きよしの歌を聴いているの」。うちわの裏にはフェルトペンで黒々と「前進」の文字。「きよしの好きな言葉よ。いいわね〜」
「一番の彼の魅力は?」の質問に、ファンたちは口々に答えてくれました。
中高年女性が「今どきの子と違い、まっすぐでひたむき。息子よりいいわ」と言えば、隣の17歳が「素直で気取らないのがすてき。今の若い男の子なんかダメ。礼儀は知らないし、カッコばっかり付けてる」と、もう言いたい放題。
驚いたことに「外見」を一番に挙げた人は皆無。
異口同音にいうのです。「性格がいい。今の時代、あんな子はいない」
コンサートが始まりました。貴公子風のブラウスに青いジャケットの姿で登場した氷川さんの第一声は「みなさーん、お元気ですか?」。
やや緊張気味に「元気そうでよかったです」というと、「かわいい〜」と観客はもう身をよじって笑っています。
彼は熱唱タイプのようです。技や巧みではなく、ただひたむきに歌うから、「演歌が好き」という思いがストレートに伝わるのでしょう。
おまけに腰を振るのです。
その腰があまりに細いのです。
思わず仕事を忘れてしまいそうな私です。
氷川さんのトークで「語録」を作るなら「精いっぱい」「一生懸命」がトップにランキングするはず。おまけに、見ていて危なっかしいほど語り口が素人っぽい。これが女性ファンの母性本能をくすぐるのです。
「懐メロって、詞がとても温かいから好きです。演歌を一生歌い続けます」
「敬語をちゃんと話せるように勉強したいです」
「下積み生活3年半は苦しかったけど、生きていくために無駄な経験ってないですね」。
そんな発言の連続に、会場は拍手かっさい。老人キラーです。
そもそも彼が演歌の道を選んだのは、高校時代に老人ホームの慰問で「兄弟船」を歌い、お年寄りが感動して泣いてくれたからだといいます。「今の時代、こんな子いない」の内実は、まっすぐに夢を語り、お年寄りに優しく、礼儀正しいところにありそうです。
同プロダクションの長良じゅん社長(64)と日本コロムビア宣伝部に「氷川きよし誕生秘話」を聞きました。
「こけるか大ヒットかのタイプ。40年に一度の大勝負だ」。
長良社長は氷川さんを見て直感したといいます。
「電車で若者に注意しただけで殴り殺される時代だからこそ、若い人にも義理人情や親孝行を伝えたい」と、長良社長は「今の時代にない美徳」の集大成を世に送りだそうとしました。
意識したのは、元祖アイドル「御三家」の一人、橋幸夫さん。ロカビリーやアメリカンポップ全盛期にありながら、着流し姿に股旅ものの「潮来笠」でデビュー。時代に背を向けたカッコ良さが、中高年だけでなく若者の心までつかみました。41年前の話です。
氷川さんのデビューには、数々の準備と仕掛けが組まれました。日本コロムビア側はデビュー4カ月前から、異例の全国キャンペーンを開始。プロダクションは北野監督に名付け親を依頼。港区赤坂の氷川神社でのヒット祈願イベントには、北野監督や志村けんさんも駆けつけたため、翌日には全テレビ局に取り上げられました。
演歌低迷の時代の救世主「氷川きよし」誕生の陰に、実は周到な舞台演出があったのです。
さて、コンサートは続きます。
終盤に歌ったのは新曲「きよしのズンドコ節」。2月のオリコン総合チャートで初登場ながら5位。演歌界ではオリコン史上3作目の快挙だそうです。ズン、ズンズン、ズンドコと氷川さんが腰を振ると、老いも若きも「き・よ・し!」と合いの手を入れます。
「3番の歌詞が一番好き」という氷川さん。
その歌詞は「いつか必ず故郷に錦を飾って帰るから」「遠く優しいお母さん」です。泣けるじゃないですか。「母思い」こそ、彼のキーワード。「息子よりいいわ」「孫よりかわいい」とファンに言わせる魅力の秘密です。
実際に母親思いなのか、それともイメージ戦略なのかは分かりません。
それでも、コンサートが終わり、会場を出るファンの背中に、氷川さんは「気を付けてお帰りください」と何度も叫び、頭を下げたのでした。たとえ演出だとしても、やっぱり十分に優しいのです。
地下鉄の駅までの下り坂を、中年女性とセーラー服の女子高生が仲良く談笑しながら帰っていきます。静岡県から新幹線で駆けつけた51歳と53歳の姉妹と、学校をさぼってやってきた埼玉県の女子高生。聞けば「追っかけ」仲間とか。世代を超えた友情もまた、今時にない光景です。
コンサートの後、「取材はしない」を条件に楽屋に一瞬入れてもらいました。
Tシャツ姿の氷川さんは等身大の青年に見えました。
どぎまぎし、思わず口を突いた言葉は「精いっぱいいい記事を書きます」。
まるで氷川節です。
苦笑しつつも、心で「チョコレートを持ってくればよかった」と後悔しました。
演歌道という夢を語り、それをひたむきに追う青年像。礼儀正しく、親孝行で、周囲への感謝を忘れない謙虚さ。「時代にない美徳」こそが、氷川さんの人気の秘密です。
時代は今後、よりささくれ立っていくのか、それとも失われた価値観へと回帰するのか。氷川人気の行方が今、妙に気になるのです。