「ちゃいどる」という造語が生まれて久しいですが、子供をテレビや雑誌に出したがる母親たちは相変わらず増えているようです。かつての「ステージママ」と違い、今では普通のお母さんが娘や息子の写真をせっせと雑誌に投稿しているといわれます。そんなキッズモデル最前線に迫ります。
                                                    (2002年8月)



 東京都内のホテルは妙な熱気に包まれていました。母親に手を引かれ、やってきた男児の頭が……みな丸刈りなのです。
 7月30日、みそメーカー「マルコメ」(長野市)が実施したCMキャラクターの最終選考会。全国8000人から選ばれた40人の「丸刈り」が「マルコメ君」の座を目指し、集まりました。

 わずか3〜6歳ですから、歩き回る子、母親にしがみついて泣く子、疲れて眠ってしまう子さえいます。親はカメラやビデオ片手に興奮気味。オーディションというから、もっとギスギスした雰囲気かと思っていたら違いました。母親たちはまるで、「ハレ」の場を楽しんでいるように見えたのです。




 子供をモデルにしたい母親が増え始めたのは、10年ほど前です。それまでは番組スタッフの親せきや劇団に所属する子供など、いわば「内輪」で間に合わせることが多かったそうです。最近は、子供服ブランドの台頭でキッズモデルの需要が飛躍的に伸びました。

 96年創刊の「キッズ デ・ビュー」(オリコン・エンタテインメント)は母親たちのバイブルです。オーディション情報などを掲載した専門誌で公称16万部。今秋には季刊から隔月刊化されます。同誌自体も読者モデルを公募し、年6回のオーディションを行っています。出演料を出すわけでもないのに、常に800件程度の応募があるそうです。
 田村未知編集長は「子供の思い出づくりのために申し込む母親が圧倒的に多い。昔の『ステージママ』とは違い、今は芸能界志向の人は少数派。お母さんにとってはイベントなんです。撮影会でも、子供よりお母さんの方がワクワクしています」と説明してくれました。

 「思い出づくり」。気になる言葉です。
 赤ちゃんや幼児が撮影会の体験を、将来覚えているのでしょうか。あれこれ考え込んでいた時、インターネットで面白いサイトを見つけました。




 CMキャスティング会社「プロシード」が運営する「キャストネットキッズ」。親が子供の写真とプロフィルをこのサイトに登録し、同社が認証したCM会社や出版社などがサイトに登録された子供の中からモデルを探し出すシステムです。登録料は1年1万円。モデル事務所に入るよりずっと安く手軽なためか、昨年5月の立ち上げ以来、登録者数はすでに約2000人。幼児を中心に2〜3カ月の赤ちゃんから小学生までが登録されています。

 登録用の子供の写真はお母さんの腕の見せどころ。でも凝り過ぎて、時には困った写真も。「赤ちゃんが裸で、隠すべき部分にシールが張られていたり、かわいさのあまり顔だけ大写しだったり、写真自体にフェルトペンで花やチョウのイラストが描いてあったり……」と、チーフプロデューサーの川元賢司さん。

 すべての子供に仕事が来るわけではありません。でも、お母さんたちは「HPに登録しただけでワクワクした」「オーディションを体験できただけで楽しかった」と、仕事が来なくても結構楽しんでいるようです。同社の母親対象のアンケートでも、登録理由のトップ3は(1)子供の可能性を広げたい(2)手ごろな料金(3)親子の思い出づくり――の順。ここでもやはり「思い出づくり」なのです。川元さんは「お母さんにとっては、緊張してテレビ局に入ったり、撮影現場に立ち会ったりする非日常的な体験がとても楽しいのでしょう」と話してくれました。




 母親たちの気持ちが、少し分かった気がします。我が子の一番かわいい時期だから、形に残してあげたい。その経験が平凡な子育ての日常にきらめきを与えてくれるのなら、何よりお母さんにとって良い「思い出」です。幼い子がいて普段なかなか出歩けない母親にとっては、なおさらでしょう。

 そう考えると、オーディションの書類審査にせっせと写真を送る母親たちが身近に感じられました。例えばNHKの「おかあさんといっしょ」に子供を出したい、と願う普通の母親たちと大差ないのかもしれません。

 子供が3歳になると、世の母親たちは「『おかあさんといっしょ』に申し込んだ?」
と、そわそわし始めます。あの番組、出演できる子供は「申し込み時点で3歳」と決まっているのです。実は私も息子が3歳の時、「テレビに出たい?」と本人に聞きました。引っ込み思案の息子は「やだ」と拒否。かくして「ステージママ」は私にとって、見果てぬ夢となったのでした。




 さて、今度はもう少しディープな世界です。
 子供を芸能界に入れたい母親の芸能予備校「マムズスクール」(東京都品川区)。昨秋にスタートし、延べ30組の母子が受講しました。オーディションで子供が泣いたり騒いだりした時、「なぜできないの!」と怒鳴って子供を余計に委縮させたり、逆に甘やかせ放題の母親も少なくないとか。ここではそんなオーディション時の母親の心構えや、写真の撮影法も教えてくれます。入会金5万円。レッスン1回1万円。

 スクールを運営するオーエヌ・ステージの長嶋俊彦さんは「今の20〜30代の母親は自分もスカウト番組に挑戦した経験があるなど、芸能界を身近に感じています。
 子供の写真が何度か雑誌に採用されると、『思い出づくり』だけでは物足りなくなり、芸能界への『公園デビュー』的感覚でここに来る人が多いです」と教えてくれました。

 つまり、ピラミッドを描くなら、一番下のすそ野が「おかあさんといっしょ」。その上に、子供の写真をあちこちの雑誌に送る母親たち。ここ「マムズスクール」はその上に位置し、頂点の「芸能プロダクション、タレント・モデル事務所、劇団所属」
の下に位置するわけです。




 いよいよレッスン開始です。
 静岡県函南町から通う小林絢華ちゃん(5)のお母さん(29)は「1歳のころから数々の雑誌のモデルなどに採用されるうち、私の方がはまってしまって」。絢華ちゃん自身も「モデルさんになりたーい」。東京都杉並区の神喰真美ちゃん(8)はお母さん(41)と初参加。小学校2年にもなると「NHKの『ひとりでできるもん』に出てみたいです」としっかり夢を語ります。

 プロのカメラマンが写真撮影法を母親に伝授した後、子供の模擬オーディションが始まりました。
 初めての真美ちゃんは緊張気味です。
 審査員役の田口紗千子先生(23)はわざと厳しい声で言います。「CMでもビデオでも笑顔のない子は使えないのよ」。子供相手の言葉とは思えぬ厳しさに、私の方が泣きたくなりました。でも、真美ちゃんは必死で笑顔を作ります。けなげさに胸が熱くなりました。

 レッスンの後、田口先生に疑問をぶつけてみました。「幼い子をモデルにしたい、というのは母親の身勝手ではないのですか」。すると田口先生、カラカラと笑っていうのです。

 「『思い出づくり』程度ならともかく、本気で芸能界入りを目指したら、母親の身勝手だけでは生き残れません。結局、子供がこの世界を好きで素質もないと」

 なんと厳しい世界でしょう。

 ちなみに、キッズモデルに一番必要な素質は「人見知りをしない」だそうです。物おじせず、知らない人の前で大きな声を出し、笑顔を見せねばなりません。

 世のお母さん方。やっぱりこの世界は、「思い出づくり」程度にしておくのが一番楽しいのかもしれません。