日本中がお祭り騒ぎだ。W杯サッカーである。サッカーには120%無関心だった私も、お祭りは好きなのだ。お祭りは何と言っても、参加するに限る。「踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら、踊らにゃ損そん」である。どうにか、観戦したい。ということで、2002年6月4日のベルギー戦を見に行った。ただし、場所は東京・国立競技場……。
2002年6月4日
度肝を抜かれた。
まだ午後4時である。キックオフの2時間前にもかかわらず、国立競技場のスタンドを埋めた青いユニホームのサポーターたちはもう「ニッポン」コールを始めている。時折ウエーブも起こる。
横18メートル×縦7メートルの巨大スクリーンにはまだ何も映っていないというのに。まさに狂喜の祭りだ。
東京での「パブリック・ビューイング」は大手広告代理店の電通が国際サッカー連盟(FIFA)から開催権を取得し、全試合のテレビ放映権を持つ「スカイパーフェクTV!」が映像、音声を国立競技場のスクリーンで流すことで実現した。このイベントの宣伝文句はこうだ。
「6月4日を皮切りに、日本の世界への挑戦が始まる。感動の一瞬を、よろこびの瞬間を、私たちはどこで過ごせばいいのか」
決まってる。
ビール片手に自宅でテレビ。それが一番だ、と普通なら思う。
いったい誰がテレビと同じ映像を見るために、2300円も前売りに金を払い、アルコール類禁止のスタジアムにわざわざ出掛けるだろう。
しかし、この日、国立競技場に集まったサポーターは何と4万8000人(主催者発表)。朝9時から並んだ人もいたという。せめてもの臨場感がほしいのか。ただ大きい画面で見たいのか。理由を探るべく、一番盛り上がっているゴール裏スタンドに移動した。
「家でビール飲みながら見るのと、違いますか?」。愚問に、目黒区の大学生(19)は力説する。「僕の手はビールを飲むためにあるんじゃない。みんなで一つになり、手をたたき、応援するためにあるんです」。会社を休んで長野県から友だち5人とはるばるやってきた男性(21)は逆に問うてきた。「みんなで応援するから意味がある。一人でテレビ見て何になるんですか」
なるほど、キーワードは「みんなで一緒に」だ。一体感が肝心なのだ。
そういえば、このイベントの宣伝文句にこんなのがあった。
「ここに来ればあなたも、日本サポーターが一つになった応援ができる」
事実、試合が行われている埼玉スタジアムはすべて指定席で、おまけにチケットはなかなか手に入らない。気の合った仲間が隣り合わせに席を取るなど夢のまた夢だ。
一方、ここ国立競技場はすべて自由席。「みんなで応援」の醍醐(だいご)味を自由に味わえる。
かくして、共に叫び、泣き、抱き合いたい筋金入りのサポーター4万8000人が集った。見渡すと6万人入る国立競技場のスタンドは、青、青、青。開催地のスタジアムや場外では、各国のサポーターたちが入り乱れて歌い、踊っているという。そんな国際色豊かな光景に比べると、ここ国立競技場はとことんドメスティックだ。
「赤い悪魔」ならぬベルギーの国旗も、ベルギーのサポーターの姿も見えない。ただひたすらに、どこまでも青一色なのだ。
キックオフと同時に、「ニッポン、ニッポン」のコールに合わせ、合計9万本を超える腕が振り上げられる。マスゲームのような見事さに頭がクラクラする。
この夜、一番迫力ある試合を見られるのはもちろん埼玉スタジアムだろうが、一番迫力のある、息のあった応援風景を見られるのはきっと国立競技場に違いない。
「チケット問題、どう思います?」と聞いたら、顔中に日の丸のフェースペインティングを施した青年が真顔で答えてくれた。
「悔しいですよ。(埼玉スタジアムに)行きたかったです。でも本当はやはり、そこでやってほしかった……」。彼が指さした方向には、誰もいない国立競技場の青い芝生が広がっていた。
「聖地ですからね」と彼は続ける。
そう。国立競技場は「日本サッカーの聖地」だ。
天皇杯、日本リーグ戦からJリーグ、W杯サッカー予選まで数々の名試合を支えた。W杯までの長い道のりの舞台も「国立」だった。サポーターたちの思い入れもまた格別だ。
前回フランス大会の日本戦では場外にテレビ持参のサポーターが集まり、応援したという逸話さえ残る。
だからこそ、彼らは開催都市主催の無料パブリック・ビューイングではなく、入場料を払ってまで「国立」にやってきた。
誰もいないピッチと、テレビ中継を流すだけのスクリーン。
その前で声をからして応援するサポーターたちは「『聖地・国立』でみなが一つになって応援することが僕らの感動なんだ」と口々に訴えたのだった。
これを日本人ゆえの集団主義と揶揄(やゆ)する向きもあるだろう。だけど、結局のところ、お祭りは一人より、みんなで踊った方が楽しい。
試合後半22分。稲本潤一(22)が会心の勝ち越しシュートを決めた。その瞬間、割れるような歓声。紙吹雪。にわかサッカーファンと化した私も、思わず立ち上がる。
「ニッポン、ニッポン……」。
埼玉スタジアムのチケットを得られなかった4万8000人のサポーターが叫ぶ。
世間ではチケット・空席問題が騒がしい。そんな混乱や悔しさをけ散らそうとするかのように、サポーターたちは手をたたき、足を踏み鳴らし続ける。
地響きのような大歓声は試合が終わった後もしばらくやまず、行き場を求めて東京の空に巻き上がるのだった。