タマちゃん騒動って、何だったんだろう。1日に5000人を集めた真夏の大騒ぎから約4ヶ月。夏が終わり、秋が過ぎ、いつしか「タマちゃんって、まだいたの?」という人さえ現れる始末だ。しかし、タマちゃんは今も、コンクリートに3方を塗り固められた都会の川に生きている。知っていましたか。タマちゃん、冬の章――。(2002年師走、帷子川にて)



 タマちゃんが帷子川に居着いて2カ月半以上が過ぎた。
 不思議だ。
 多摩川の時はニュースになって10日後、鶴見川でもわずか5日間で姿を消したのに。多摩川や鶴見川は、川辺に草花の咲く郊外のオアシスだ。かたや、帷子川はコンクリートで塗り固められており、土手さえない。人の眼にはあまりに殺風景なこの川を、タマちゃんはなぜか選んだ。泳ぎ疲れた身体を休めるのに、コンクリート護岸の決まった場所に戻ってくるのだ。

 JR横浜駅から相鉄線で2駅目。西横浜駅の改札を出ると、そこはもう帷子川だ。黄色い落ち葉に混じって、ペットボトルや空き缶が流れてゆく。川下に10分ほど歩くと、約20人の集団が見えてくる。
 タマちゃんの「追っかけ」である。

 日本中の人々がタマちゃんに飽きて、次の「癒しキャラ」であるノーベル賞サラリーマン、田中耕一さんに夢中になっていた時も、彼らはタマちゃん一筋だった。

 「毎朝5時半に家を出て電車で30分かけて通っています。タマちゃんは早朝に現れるから」とは横浜市に住む内村雅則さん(68)。動物写真が趣味だ。
 「都会のど真ん中で一生懸命に生きようとする姿が感動的なんだよね。地図で確かめたら、タマちゃんって5000〜8000`も泳いできたんだ」。別の男性(72)が地図を広げると、たちまち人だかりができた。

 ここの面々の多くがカメラ愛好家だ。そこに動物好きの主婦やビデオ好きが集まって、いつの間にやら「タマちゃんコミュニティー」が出来上がった。最近は「タマちゃんを見守る会」まで立ち上げ、横浜市のホテルのロビーで写真展まで開く勢いなのだ。

 「今日は出ますかねえ」。つぶやく私に、みなは「無理だよ」と言う。
 何でも法則があって「最近は1週間に1度程度しか出ない」「早朝出なければ、午後から出ることはまずない」という。

 でも、「今日は出ない」と確信するなら、なぜみなここに集まっているのだろう?
 これは最大のナゾなのだった。







 「タマちゃんコミュニティー」は実に仲がいい。タマちゃんが現れたら、仲間に電話する手はずになっている。「自然発生的に連絡網ができちゃったんです」と町田市の男性(34)。毎日、誰かが菓子や果物を持参し、配って回る。この日の人気のお菓子は「タマちゃんクッキー」だ。

 会社を退職し、第二の人生を送る者から、現役の勤め人や主婦まで。「タマちゃん」という共通項がなければ、縁もゆかりもない人たちが今、タマちゃんを案じ、互いの自然観を語り、写真を見せ合っている。「みんなと一緒だとあっという間に時間が過ぎる」と内村さん。タマちゃんが現れなくても、彼らがここに通う理由がかいま見えた気がした。




 タマちゃん騒動は動物学者らの間でも関心が高い。
 動物行動学と科学社会論が専門の堂前雅史・和光大専任講師は「アザラシが日本に迷い込んだ例は過去30年間に30例以上ある。しかし、タマちゃんだけが騒がれ、まだ弱ってもいないのに保護論議が盛り上がった」と指摘する。
 事実、昨夏には愛知県三河港にアゴヒゲアザラシが住み着いたが、名前も付かなければ、保護論議も起こらなかったという。

 「タマちゃんの場合は首都圏の川だったので全国ニュースになりやすかったのだろう。また『都会の川にアザラシ』と聞くだけで反射的に『かわいそう』と思うのは、現代人の自然観の現れではないか。自分たちの暮らす都市が手付かずの自然環境ともつながっている、という事実を忘れているのだろう」というのが堂前氏の分析だ。

 保護論議は落ちついたが、今も「毛が汚くなった」と心配するファンは少なくない。
 鴨川シーワールドの荒井一利・海獣展示課長は「毛の抜け変わる春には灰色い毛も、この時期には茶色っぽく、汚れた感じになるのは普通の変化だ。弱れば保護も必要だが、自由に泳げるタマちゃんは自分で選んで帷子川にいる」と説明する。「一人ぼっちはかわいそう。仲間のもとに戻して」という声にも、「アゴヒゲアザラシは繁殖期以外、単独で暮らすのが普通」(荒井課長)という。

 さらに今回の騒動に欠けていた視点に、野生アザラシの危険性がある。
 ニュージーランドの保護局のホームページには、陸に上がった野生のアザラシについて注意を呼びかけている。曰く、アザラシの噛み付く力は犬の3倍で、人にも動物にも感染する病気を持つケースが多く、アザラシの咳からも病気は感染する。

 つまり、タマちゃんに近づくのは「かわいそう」以前に、人間にとって危険なのだ。堂前氏は「この視点が欠落していたのは、人々もメディアもタマちゃんを『かわいくてかわいそうな存在』に留めたかったからではないか」という。

 そうかも知れない。

 8月下旬、鶴見川で観客たちのこんな言葉を聞いた。
 「タマちゃんは、人間に川をきれいにしなさいって神様が遣わしてくれたのかも」
 「タマちゃんがいるだけで川が浄化されていきそうだね」

 都会の人間にとって、タマちゃんは単なる野生動物ではなく、「希望」とか「祈り」とか、そんな存在だったのかもしれない。




 タマちゃん騒動が9月下旬、急にしぼんだ理由は何か。
 理由はいくつもあるだろう。飽きられた。出没頻度が減った。
 それに帷子川の環境も大きい。鶴見川や多摩川では、見物後にお弁当を食べたりデートする人が多かった。しかし、帷子川には散策できる土手さえない。

 また、9月下旬から北朝鮮拉致事件が注目され、世の中からノンビリしたムードが消えた。10月10日にはノーベル賞サラリーマンという「癒しキャラ」の強敵も現れた。

 そして今、帷子川は静かである。
 今の面々は「ターマちゃーん!」などと叫ばない。護岸を走ったりしない。対岸からしか観察しない。夜や早朝、街灯がついている時は護岸に乗らない、という自主ルールさえある。人影が街灯の明かりをさえぎり、水面に届く光が揺れるからだ。

 タマちゃんが多摩川や鶴見川ではなく、帷子川を選んだのは、このあたりが原因なのだろう。人の背ほどもある高いコンクリート護岸は、人間の目には無粋に映るが、実は自動車のライトや人影から川を守っている。タマちゃんはやっと、「静かな川」を見つけたのだ。

 帰り道、橋から帷子川を望んだ。川の向こうに、横浜の繁華街が見えた。
 2002年夏の騒動は、日本にいったい何を残したのか。それが、商標権を持たないタマちゃんの関連グッズだけなら、あまりに悲しい。

 段ボールが川面を流れていく。
 この川の先にあるはずの、見たこともない北極海を思った。