2回目の妊娠
2000年11月27日の朝。生理がくるはずの日。ためしに妊娠検査薬を使ってみる。
時間をかけてうっすら陽性反応がある。そして茶色いオリモノもある。
前回のこともあるため、早速会社に電話して風邪のため欠勤する旨伝える。
次の日病院に行くが、妊娠してるかどうかは分からない。と言われる。
しかし、茶色いオリモノと下腹部の痛みはある。
11月29日。会社の上司に電話にて妊娠していることを伝える。
そしてしばらく、安定するまで休むことも。
11月30日〜ずっとリビングに布団を引いて寝て過ごす。
お医者様には何も言われていないけど、自己判断で絶対安静状態とした。
妊娠初期
| <5週> 12月6日。病院にて。本日の先生はO先生。 エコーにて内診した後、診察室の椅子に座ったとたん、O先生が拍手をして「おめでとう」って言ってくれた。 じ〜んときた・・・。その瞬間「この病院で産もう」と思った。 出産の時には違う先生かもしれないが、検診は予約制なのでO先生の日にすることに。 エコーにははじめて見る、赤ちゃんの入った袋(胎嚢)が映っていた。 「今回は持ちそうですよ」と言われ、心底ホッとした。 なんとなくつわりらしきものが、もう始まっている。 |
| <6週> 相変わらずダラダラ続いている茶褐色のオリモノ(出血)・痛み。12月13日。なんだか心配なのと2週間後の検診の日が 待ちきれなくて病院へ。 出血はびらんからのものと分かり少しホッとする。 今日のエコーで赤ちゃんの心臓が動いているのを確認できた。 赤ちゃん・・・まだお魚のようだけど、ちゃんと生きててくれてる。 つわりがつらくなってきた。12月15日から実家へ帰る。少しつわりが治まったような気がしたのだが これは一時的なものだった。 |
| <7週> 12月19日。病院の日。もうつわりが苦しいので、実家義姉に送迎してもらった。(往復40分の道のり・・・) エコーでは赤ちゃんがますますはっきりしてきた。 なんだか24時間船酔い・2日酔いの気分が続く。つわりがこんなにつらいものとは知らなかった。 目からウロコとはこのことか・・・。 世のお母さんたちを心から尊敬する気持ちになった。 吐けば楽になるよと実家母に、取調べの刑事のような言葉がけをしてもらったが、もともと吐くことが 大の苦手なワタシなので、いつものど元のところあたりを食べたものが占拠しているような感覚がある。 |
| <8週> いよいよ3ヶ月。 8週の終わりの大晦日のあたりからつわりが酷くなる。 もう身動きも出来ないほど。あらゆる世の中の臭いが許せない。自分の体臭さえも・・・。 ちなみに自分の体臭は「かつおだし」の臭いがした。 そしてついに吐く日々が始まった。 何も口に出来ず、眠ることもできず、まさに地獄だった・・・。 でも安定期にはいったら治まる。うん、いつかは治まる、そう信じて乗り切ろうとしていた頃だった。 年越の花火の音を布団の中で苦しみの涙を流しながら聞いて2001年を迎えた。 |
| <9週> 1月2日最近出てなかった茶褐色のオリモノが久々に出た。 病院もお休みだし来週には検診の予約も入っているので様子を見ることに。 つわりは、まったく良くなる兆しはなくますます悪化している。 気分はウツ入ってきて毎日暗い気持ちが続く。 |
| <10週> 1月9日。10週0日。病院の日。予定日は8月7日となる。 今日は赤ちゃんが、手をプルプル振っていた。つわりがひどいけどそれを見ると「頑張らないと」 という気になるから不思議。次回までに母子手帳をもらってくるように言われる。 いよいよ、本格的に妊婦だぁ〜。 お母さんになると言う実感が湧いてくる・・・。 このあたりの日記にはつわりの具合のことがびっしり書かれている。 ある日には「つわりがピーク。すごくえらい。気力も0パーセント」と書いてあった。 特に夕方から地獄のように気持ち悪さがヒートアップするのだ。 毎日カレンダーを眺め、このつらさも4ヶ月まで、と言い聞かせている。 |