『アメリカのスーパーエリート教育 : 「独創」力とリーダーシップを育てる全寮制学校 (ボーディングスクール) / 石角完爾著. -- ジャパンタイムズ, 2000,285,14p』(石角完爾 著)--->Amazon.co.jp

この本が、このサイトを立ち上げようと思った直接のきっかけです。

こんな学校に自分の子供達を通わせたい、と心底思いました。年間300万という授業料を工面できるだけの経済力があれば、ぜひ行かせたい。中学または高校から離れ離れで暮らすなんて寂しすぎるけど、これだけの教育を受けられるのであれば、、、。

でも冷静になってみると、アメリカのボーディングスクールは、アメリカという国の利益を守る/増やすことのできるリーダーを形成するための学校であって、人寄せパンダ的に外国人を受け入れることはあっても、結局は究極の人種差別を受けるはめになるのでは、という気もします。

それでも、万が一、自分の子供達がある才能に秀でていて、これらのボーディングスクールから奨学金を受けることができるほどであったら、やっぱり入れたいと思う。個人の才能を見極めてこんなに楽しく(楽ではない)導いて才能を開花させるなんてこと、ただの親にはできないもの。花を咲かせて実をつけるには、水と土と太陽が必要なんだろうな、というぐらいは分かるし、それぐらいはできるけど、どのタイミングでどの肥料を与えるのが良いとか、バランスとか配合とか、素人にはできないことって、たくさんあるもの。そういったことを請け負ってくれる学校に子供達を通わせたい。

アメリカでも、公立の学校にそこまで求めるのは無理だという。じゃあ、日本は?慶応が、それっぽいかもしれない。でも、私は東京に住んでないし、やっぱりお金が無い(アメリカのボーディングスクールへ行かすよりは安いだろうけど)。

この本から感じたのは、やはり、リーダーシップっていうのは大事だってこと。日本では、リーダーシップをとろうとする人を、「目立ちたがり」とか「ヒマ人」とか馬鹿にしすぎる。だから、あんな馬鹿政治家がうじゃうじゃ大量生産されるようになってしまったし、高級官僚も大企業も腐ってしまった。日本語の「エリート」は、受験勉強が得意な人、って程度だけど、英語のeliteは、「私利私欲のため(だけ)でなく、社会全体に奉仕することのできる人」っていう意味らしい(かっこ内の「だけ」は私の解釈)。

「自分からは目立とうとせず、与えられたことだけを真面目にこつこつこなす人」を高く評価する空気って、日本の太古からの美徳のように思ってきたけど、実はアメリカの陰謀なんじゃない?そのように、しこんだ方が、アメリカ人にとっては好都合だから。著者の石角さんが、「徳川幕府の鎖国時代、出島に通って蘭学を学び、(中略)、西欧の新しい息吹に触れたものはほんの数千名であったが、その中から高野長英、吉田松蔭、坂本龍馬、勝海舟、福沢諭吉、榎本武揚、伊藤博文、大隈重信、大久保利通、副島種臣など明治維新の原動力となった者たちが輩出した」とおっしゃっている気持ちに、いたく同感する。自分の子供達を出島(ボーディングスクール)へ送り込んで、倒幕活動(日本再生)をさせてしまおう、日本は外圧がないと変わらない、っておっしゃってるのね。できることなら、そうしたいよ〜。

本の内容    

アメリカには、人里離れた山奥にボーディングスクールと呼ばれる全寮制学校がある。そこでは、都会の喧騒(誘惑)から離れ、博士号級の教師達に真の勉強の楽しさを教えてもらうことができる。たとえば、歴史は「暗記科目」ではなく、過去の経験を未来に生かすための勉強。コロンブスが実際に書いた手紙と、後世に彼について書かれた伝記の内容(教科書)を見比べて、なぜ手紙から察するに「心やさしい」人物であったコロンブスが「攻撃的な人」と描写されるようになったのか、電話帳もの厚さがある膨大な資料から事前に予習しておいて、授業中は激しいディスカッションが繰り返される。

数学の得意な学生には、大学院レベルの数学まで教授することもあり、芸術の得意な生徒には、芸術の才能を十分に開花させられるようにする。ジョンFケネディとマイケルダグラスが同じボーディングスクールにいたというのも、このように個人に合わせた最高級の学問環境が用意される、ということを考え合わせればとても納得がいく、。。詳しくは、コチラへ。

 

 

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