エプロン通信 
| 2003・5月 「新たな挑戦」 宜野湾市の皆様、始めまして。五年前宜野湾に越してきました。少し自己紹介させていただきます。出生時の黄疸がひどく脳性小児麻痺になりましたが、自分の可能性を信じて何事にも挑戦してきました。今では二人の子の親となり「命どぉ宝」をモットーに生きています。エプロン通信はまた新たな挑戦となり、心地よい緊張感を感じています。日常のでき事やいろいろな思いを書き綴っていきたいと思います。よろしくお願いします。 エプロン通信員 城間ちえみ |
| 2003・7月 「心の宝石箱(夏のアルバム)」 ♪麦わら帽子はもう消えた・・・・ それでも待ってる夏休み♪ どこからともなく聞こえるエイサーの太鼓の音が夏本番を告げて、もうすぐ子供達が待ちに待った夏休みが来ます。それぞれの家庭で楽しい計画を立てていると思います。 私の子供の頃はこの夏休みが、年に一度家族と過ごせる唯一の時でした。生後間もなく脳性小児麻痺になり6歳から中2年の9年間那覇の沖縄整肢療護園でお世話になっており石垣島出身の私はお盆をはさんでの約2週間の休みが、とても貴重な時間でした。私は只家に帰れるという嬉しさでいっぱいでしたが、親の負担は大変なものだったと思います。 母は、一年分の愛情を注いでくれました。鶏がらのだしで取った八重山そばが好物で家につくと必ず用意されていたことを覚えてます。一口サイズの砂糖てんぷらを海苔の瓶いっぱい詰めて土産にもたせてくれました。父は家族で八重山観光をしてくれました。玉取り展望台から見えるエメラルドグリーンの海、川平湾の通りにある琉球松並木、スクジビーチなどくっきりと心のアルバムに焼き付いています。「子供心になんてきれいなんだろう、世界一美しい景色だ」と思いました。家族で食事をした割烹、当時沖縄に寿司なんて珍しく高級な時代でしたが連れていってくれました。多分それは両親の精一杯の愛情表現だったのでしょう。そんな想いがひしひしと伝わって感謝の気持ちでいっぱいでした。 私が結婚して家庭を持つことが親にとっての目標達成のようでした。今は二人とも他界してしまいましたが、いつまでも私の成長を見守っていることと思います。今度は私が子供達に思い出を作ってあげる番になりました。私もまたわが子の成長を祈りつつ、心の宝石箱のアルバムを家族と共に飾っていきたいと思います。 |
| 2003・10月 .「何事も挑戦!」 . 先日連休を利用して、友人のKさんと二人で名古屋へ旅行してきました。Kさんは私と同じ障害を持っており、二人とも沖縄から他県へあまり行ったことがなく、今回初めて二人だけで計画した旅でした。少し無謀だと思いましたが、「何事にも挑戦!」と自分達だけで動きました。とはいえ内心不安でした。これまでの旅との大きな違いは出迎えがなかったことです。飛行機を降りると、早速冒険が始まりました。前もって、ホテルまでバスに乗ることは分かっていたものの、二人ともバス券の買い方も分からず、いろんな方に教えてもらいながら、やっとの思いでホテルまでたどり着きました。. 部屋に荷物を置くと友人のMさんとSさんが出迎えに来てくれました。二人とも私達よりもはるかに重い障害をもっていますが、車を運転してわざわざ会いに来てくれました。そして名古屋駅構内を案内してくれましたが、その広さに驚かされました。そして、名古屋名物きしめんをご馳走になりながら旅の無事を確認しました。. 次の日、私達が沖縄から来たと言うことで、各地から集まってくれて交流会を持ってくれました。皆さん障害を持っている方ばかりですが、とても、堂々として、人生に前向きに挑戦している方々でとても勉強になりました。なんだか皆生き生きとして凄いと思いました。 今回の旅は二人にとって、とても貴重な体験になったと思います。それにも増して、友情の大切さを教えられた旅でもありました。見知らぬ土地での人の温かさほど、心にジーンとくるものはなく涙が出るほど嬉しかったです。. 仏説に、「作礼而去」=仏の説法を聞き終えた大衆が礼をなしてさっていくとありますが、まさに、今度の旅は私の命の中に、一期一会に作礼而去した想いでした。 . . エプロン通信員 城 間 ちえみ. |
| 2003・11月 「5百号おめでとう」 実りの秋たけなわ、各地でいろいろな祭りや行事が行われています。市報「ぎのわん」も今月で発刊五〇〇号を迎え大変嬉しく思います。「おめでとうございます。」. 一九五七年八月の発刊以来、毎年市民の暮らしに役立つ情報や宜野湾で起きた、ホットな話題などが分かり易く掲載されており、生活には欠かせない必須アイテムになっていてある意味、宜野湾の生活歴史書といっても過言ではないでしょう。. 私は今年からエプロン通信員として日常の様々なことがらを書き綴り、勉強させていただかせていますが、毎回の紙面作りに真摯な姿勢で取り組んでおられる広報担当の方の姿には頭が下がり、改めて市民の一人として深く感謝しお礼を申しあげます。. これからも活力ある宜野湾市を創るため市民の目線にたった紙面作りをめざして唯一無二の市報にして頂き、一粒万倍に栄えゆくことをお祈り申し上げます。. . エプロン通信員 城 間 ちえみ. |
| 2004・2月 「ゴールそれは心のバリアフリー」 去る十二月十四日、第十五回ぎのわん車いすマラソン大会が「共走・共汗・共生を目指し力いっぱい走りぬけ!」のスローガンを掲げ、宜野湾市立体育館歓海門前をハーフマラソンの部・五qマラソンの部・一、五qトリムマラソンの部に別れ、それぞれの思いを乗せて午前十時にスタートをした。. 沿道には、市内の小学校の子供達や千人を超えるボランティア達の声援を受けながら、車いすのアスリート達が自分自身との戦いを開始した。ゴールを目指し一所懸命に車輪をこぎ続ける選手達。きっと今日という日を目指して日々練習に明け暮れた事だろう。私の友人も何人か参加していたが、いつもの顔とは違う真剣に取り組む姿がそこにはあった。. 私自身、車いすマラソンを見るのは今回が初めての事で、このマラソンにかける選手の熱気が伝わってきた。どの顔も真剣に只ひたすら、車輪をこぎ続けるその姿を見て、心が熱くなりいつしか頬にも熱いものが流れていた。ゴールをしたどの顔にも完走を成し遂げた自信に満ちたすがすがしい笑顔が!私は感動し心の中で「ありがとう」と合掌した。. 次々とゴールするその中に、三十年ぶりに会う同級生の姿を見た。私は嬉しくなり声をかけた。重度の脳性麻痺を背負って、このマラソンに出場しているのだ。幼い頃は同じ施設で姉弟のように育っていただけに、懐かしさを覚え写真に納まった。髪を染めすっかりおじさんになった彼。ふと我にかえり「彼がおじさんなら私は〇〇〇〇!」と苦笑してしまった。その彼は御両親が見守る中、見事完走。笑顔が誇らしく思えた。. 目標にチャレンジする人の心には障害者とか健常者という言葉はない。自分自身との限りなき戦いだ。自信とは自分の力を信じる事。諦めない勇気を持つ事。真のゴールとは心のバリアフリーだと彼らは教えてくれた・・・。. . エプロン通信員 城 間 ちえみ. |
| .2004・4月 「生きた言葉を目ざして」 万物が動き出す春、厳しい冬を耐え忍んで、奇麗な花を咲かせる桜に象徴されます。私の好きな言葉に「冬は、必ず春となる」という哲人の言葉があります。この時期に卒業式や入学式を迎えることの意義の深さを改めて実感します。エプロン通信員として二年目になり、私自身もっと視野を広げて生活の中から出土する「生きた言葉」をお届けしたいと思います。今年も宜しくお願いします。 エプロン通信員 城間ちえみ. |
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