言葉の宝石

ここでは私の好きな詩や、聖書の言葉などを紹介していきます。
ここに挙げた詩は作者不詳の物ばかりで、えでんが日本語訳したものです。
英語の原詩はここをクリックして下さい。
聖書のみことばは「新改訳聖書」からの引用です。

私の好きな詩

ぼくの手型

ぼくが小さすぎるから
いらいらすることもあるよね
それにいつもぼくが
てがたを家具や壁につけるから

だけど毎日ぼくは成長していて
すぐに背も高くなり
この小さな手の跡は
いつか思い出せなくなる日がくるでしょう

だからこれは特別に
今日のぼくの手形
ぼくの指がこんなだったと
思い出すことができるように

えでんのコメント
幼稚園や日曜学校で、母の日のプロジェクトとして
この詩の上に子供の手型を押して
壁にかけるようにしてあるものを
何度かいただきました。
小さな手のかたを見ながら
この詩を読むと、うるうるしてしまいます。

ある人が蝶のさなぎを見つけた。
ある日小さな穴が開いた。
その人は座って、蝶を何時間か見守った。
それは懸命にその小さな穴から 体を押し出そうとした。
しかし、なにも 進んでいないように見えた。
それはまるで、行くところまで行って、
それ以上は進まないかのように見えた。
そこでその人は 蝶を助けてやることにした。
彼はハサミを取り、残りのさなぎを切ってやった。
蝶はすんなりと外へ出てきた。
しかしそれは腫れぼったい体と、
小さな縮くれた羽を持っていた。

その人は蝶を見続けた。
なぜなら彼は、今すぐにでも
羽が大きくなり、広がり
体を支えられるようになり、
今にはばたけるようになるに違いないと
思ったからだ。

しかし、そのどれも、起こりはしなかった。
それどころか その蝶は、
腫れぼったい体と 縮んだ羽のまま、
そこで這い回って 一生を終えた。
それは 決して 飛べるようにはならなかった。

彼が その親切心と 焦りのゆえに
理解していなかったのは、
さなぎの硬さと その小さな穴から 出るための
蝶の苦難は、
蝶の体から、羽へと 水分を送るための
神の方法だったことだ。
それは 一旦飛ぶ用意が 出来たなら、
さなぎからの 自由を 得たことだったろうに。

時に 苦難こそは、私達の人生で 必要な物なのだ。
もし私達が なにも障害物無く 生きることを
神が許されるなら
私達の羽は そこなわれることだろう。
私達は 私達がなりうる 強さに到達することもなく、
私達は 決して 飛ぶことも ないだろう。

えでんのコメント
子供の幼稚園でのオリエンテーションで、
毎年紹介される詩です。子供達もこのように、
神さまの時を待ってやれば
自ら花開き自由に飛ぶことができるのです。
しかし、親は期待と焦りのために
子供達に無理を強いることが、なんと多いことでしょう。
子供達の成長するペースで成長させてやることの大切さを
思わされます。

私は神に

私は成功を求め、神に強さを願ったが
自分を低くし 従うことを学ぶために 弱さを授かった。
私は偉大なことを行なおうと 健康を求めたが
さらに 良いことのために 病を授かった。

私は幸せを求め、富を求めたが
知恵を得るために 貧困を授かった。
私は人の賞賛を得ようと、権力を求めたが
神を求めんがために、弱さを授かった。

私は人生を楽しむために、全てのことを求めたが、
私がこれらのことを 楽しむために、命を授かった。

私が求めたものは 何も授からなかったが、
心に望んだものが 全て与えられた。
私のつたない祈りにも かかわらず、
神は私の言葉にならない 祈りに答えられ、
私は全ての人の中で、最も祝福されたものとなったのだ。



もしも明日がこなかったなら

もしも君が眠るのを
見るのもこれが最後だと知っていたなら
もっとしっかりと布団に入れてやり
主よ、この魂をお守り下さいと祈ったろうに。

もしも君がドアを出てゆくのを
見るのもこれが最後だと知っていたなら
君を抱きしめてくちづけ、
そしてもう一度呼び止めたことだろうに。

もしも君が賛美の声をあげるのを
聞くのもこれが最後だと知っていたなら
ビデオにその姿と言葉とを納め
後の日に何度も見ることができるようにしただろうに。

もしもこれが最後だと知っていたなら
君が知っているに違いないと 思い込むかわりに
ほんの数分だけ立ち止まり
「愛している」と言ったことだろうに。

もしもこれが最後だと知っていたなら
そこに共にいて、君と一日をすごしただろう。
もちろん確かにまだまだ時間はあるだろう
たとえ今日一日を逃しても。

確かにいつの日も
夕べの喧嘩をつぐなうために
「明日」は必ずやってくる
そしていつも全てをやり直すために
「第二のチャンス」はやってこよう。

そしていつでも「次の日」はやってきて
「愛している」と伝えたり
「次の機会」はかならず来て
僕にできることは何かと訊ねることができるだろう。

しかし もしかすると
間違っているかもしれないが
僕には 今日しか残されていないかもしれない
それなら僕は どれほど君を愛しているか伝え
決して忘れないでいようと望むだろう。

「明日」は誰にも約束されていない。
若い者にも老いた者にも。
そして今日があなたにとっても
愛する者を抱きしめる最後のチャンスかもしれないのだ。

だからもしあなたが、「明日」を待っているのなら
どうして今日それをしないのか
なぜなら「明日」は来ないかも知れず
とすれば後悔するに違いないからだ。

少し余分に時間を割かずに
忙しすぎるからと
誰かと笑顔を交わし、抱きしめ合い、
キスを交わさなかったことを。
そしてそれが彼らの最後の望みだったかも知れないのに。

だからあなたの愛する人を
今日しっかりと抱き寄せなさい。
どれほど愛しているか、
どれほど慈しんでいるかを伝えなさい。
「すまなかった」と言う時を設け、
「許してくれ」と言う時を設け
「ありがとう」や「いいんだよ」と言う時を設けなさい。
「明日」がもしも来なかった時に
今日を悔いずに済むために。

えでんのコメント
「一期一会」という言葉を思います。
つい忘れてしまいそうになりますが、この世での生活は
永遠に続くものではありません。
私達は神さまが望まれたように人に接し、
神さまが望まれたような関係を神さまご自身と
持っているでしょうか?
自分への戒めとして、心に刻んでおきたい詩です。



私の好きな聖書の言葉

第一コリント13章

愛は寛容であり
愛は親切です。
また人をねたみません。
愛は自慢せず
高慢になりません。
礼儀に反することをせず
自分の利益を求めず
怒らず、人のした悪を思わず
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし
すべてを信じ
すべてを期待し
すべてを耐え忍びます。
愛は決して絶えることがありません。


こういうわけで、
いつまでも残るものは
信仰と希望と愛です。

その中で一番すぐれているのは愛です。

えでんのコメント
自分の名前を「愛」のかわりに入れてみると、
自分にはそのような愛はないことがわかります。
「愛」とはあの人が好きだとかこの人が好きだ、
あの人はああだから、もう嫌いだ、
などというような好き嫌いの感情を
超えたものなのです。



詩篇121篇1ー3節、5ー8節

私は山に向かって目をあげる。
私の助けはどこから来るのだろうか。
私の助けは、天地を造られた主から来る。
主はあなたの足をよろけさせず、
あなたを守る方は、まどろむこともない。

えでんのコメント
先行きが不安な時代にあって、
聖書の言葉は希望を与えてくれます。
誰であっても、どこにいても、
天地を造られた神はより頼む者を助けて下さる方なのです。



詩篇23篇

主は私の羊飼い。
私は乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ
いこいの水のほとりに伴われます。
主は私のたましいを生返らせ
御名のために、私を義の道に導かれます。
たとい、死の影の谷を歩くことがあっても
私はわざわいを恐れません。
あなたが私とともにおられますから。

えでんのコメント
我が家の子供達も大好きなみことばです。
アルプスの少女ハイジが見て
山を思い出す絵がありますが
あの絵はたぶんこの聖句を絵にしたものでは
ないでしょうか。

ローマ人への手紙8章28節

神を愛する人々、すなわち

神のご計画に従って召された人のためには

神がすべてのことを働かせて

益として下さることを私達は知っています。

えでんのコメント
「すべてのことを働かせて益としてくださる」とは
決して何も嫌なことは起こってこない
という意味ではありません。そうではなく、
どんなことが起こってきても、
それを神は用いて、良いことのために用いて下さる
という意味なのです。

マタイの福音書12章28節

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は
わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを
休ませてあげます。
えでんのコメント
イエス・キリストの言葉です。
私達は自分の力で頑張って頑張って頑張りすぎて
それで疲れていないでしょうか?
イエス・キリストは私達の弱さを知り
また具体的な答えを持っておられる方なのです。

ヨハネの福音書3章16節

神はそのひとりごをおあたえになったほどに
世を愛された。それは御子を信じる者が
一人として滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。

えでんのコメント
聖書はイエス・キリストが来られる前に書かれた
旧約聖書とイエス・キリストが来てから書かれた
新約聖書の二つの部分からできていて、
約40人の記者によって書かれています。
しかし、旧約から新約まで、
一つのテーマが貫かれています。
この言葉にはそのテーマである
神の愛と、キリストを通しての救いが
端的に要約されている箇所だと思います。

ここには私の好きなみ言葉すべてをあげることは
できませんが、聖書の中には、すばらしい励ましの言葉が
たくさんあります。
どうぞ聖書を読んでたくさんの励ましを
発見してみてくださいね。

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