10月の日記です

ちゃんと
ここにも書いてはなかったようですが、来年の夏までには長野人になる予定です。
なんて言っといていけないと恥ずかしいんで、宣言はしなかったんだけども。
なんだかいろいろめんどくさくて、すでに疲れ気味です。
普通の女の子なら、うれしくて楽しくて疲れたりしないんだろうな。
私ったらどうしてこうなのかしら。

あいまいな表現ながら、ここを見た友達が何人かメールをくれました。
ありがとう。
もう雪が降っているようなところで生きていけるかどうか、不安です。 2002年10月28日 23時32分00秒

ブライダルフェア
式場で、式に出るような食事の試食会に行ってきた。
私と、母と、彼ママと3人で。
行ってみると、やっぱりみんな彼と二人でくるものらしい。
食事の合間に、ケーキカットだの、キャンドルなんとかだのセレモニーの模擬があったりして、なかなか面白かった。
彼にメールで送ってあげようと思って、一人激写していた。
なぜか式場のマネージャーが、合間合間にキーボード生演奏とともに3曲も熱唱していた。
ディナーショーのようだった。
雰囲気作り?
楽しそうに歌っていた。
確かにうまかったんだけど、ちょっと笑ってしまった。
なんじゃそら、という空間だった。
本番で、僕が歌いましょう、と言われたら遠慮しよう、と思った。
友達の結婚式で、歌のうまい友達がアカペラで歌を歌ってたのはとてもよかったんだけどなあ。
とりあえず、豪勢な食事がタダで食べれて大満足だった。 2002年10月28日 23時25分36秒

長野つながり
私が研究室のあった市でバイトをするようになって、現役学生の時には出会わなかった研究室の後輩と話ができるようになった。
最近であった人には長野つながりの人が多い。
学年は一つ下にあたる大学院生は、一人は実家が長野、一人はおばあちゃんちが長野、もう一人は学部が信州大学、三つ下にも一人、実家が長野の子がいた。
同じ研究室にこんなにいたとは…。
っていうか、なぜみんな男なんだ…。
私はなかなか友達を作るのに時間がかかるので、長野で早く女友達が欲しいです。 2002年10月28日 23時16分09秒

カウンター
このHPのカウンターが、私の想像より恐ろしいほど早く回っている気がする…。
私が自分でこのページを教えた人は数えるほどなのに、リンクだって貼ってくれている人はほとんどいないのに…。
なんか、みょーな気持ちになります。
先日彼が、彼の友達に、「彼女のHP、引っ越してたね」と言われて、あわててここを見たらしい。
うむむむ。
日記しかないのに…。
無趣味やし…。
たいした事件もない日常なのに…。
毎日カウンターを見るたびに、誰っ!?とドキドキしています。
恥ずかしいのであんまり見ないでください(笑)
あっ、でもぜんぜん動かないのも寂しいので時々見てください…。 2002年10月22日 19時08分47秒

祝福
ホームページを久しぶりに見てくれた高校の同級生が、電話をかけてきた。
「おまえ、子ができたのか!?」
は?
私が会社をやめて長野にいくらしいということで、なにやら動揺していた。
それからその子がその夜のうちに仲間内7〜8人に連絡網を回したらしく、次の日は違う子から電話がかかってきた。
「ホントにホントなのか!?」
その子もなにやら動揺していた。仲間達で連絡を取り合い、どうしようと話し合っているらしい。一体何を…!?
高校生当時、彼氏を含めてみんなで遊んでいたので、当時からいつ結婚するんだと茶化され続けてきたけれど、いざ本当になると動揺するものなんだとか。
面白かった。 2002年10月21日 22時05分18秒

◆お好み焼き屋さん日記◆女子高生
最近バイト先の女子高生が携帯にメールをくれるようになった。
3人いるうちの2人なんだけど、私のメルアドをゲットしようと2人で話し合っていたらしいなどと聞くと、かわいくって仕方ない。
メールはさすが高校生は絵文字多用で、私もなんかハイテンションな返事をしてしまい、後から恥ずかしくなっていたりする。
配達要員は私を紹介してくれた後輩の男の子と2人だけだけど、私が彼の代わりにバイトにはいると、今日○○ちゃん!?やったー♪なんて喜んでくれたりしてとてもうれしい。
女子高生は、まだまだいろんな夢があって、純真で、私ったらいつのまにか汚れちゃったのね、としみじみしちゃいます。 2002年10月21日 21時57分39秒

古いパソコン
古いパソコンを、いらないものは捨てて、軽くして会社用に持って行こうと、いじっていたら、壊れた・・・。
どうしていいのかわからず、とりあえず学校に持って行って、後輩達に見てもらっていたら、大嫌いだった担当教官に遭遇。
先生は、うれしそうだった。
酔っていたせいか、饒舌だった。
パソコンをうれしそうに見て、僕が直してあげると言っていた。
いまだに目を見て話したくないくらい嫌だった。
4回生の後半、ほとんど会話をせず逃げ回っていただけのことはある。
なのにそのことには気づいてもらえなかった(笑)
うっかり断れずパソコンを研究室に入院させてしまった。
個人的なファイルは全部消したつもりだけど、残っていたら嫌だなあ。
また取りに行くのも嫌だなあ。
そりゃ、直ればいいけどさあ。
買ってから4年、ウインドウズを入れなおすほどのことはなかったのに…運がよかっただけかなあ。
こういうとき、自分でちゃちゃっと直せる人にあこがれる。
横で見てて覚えたかったけど、先生の横では3分くらいで耐えられそうにないな…。 2002年10月18日 23時30分17秒

お祭り
地元のお祭りに行ってきた。
なんだか、昔よりさわやかになっていた。
夜、薄暗いところで提灯のあかりがきれいだったところは、野球場みたいなサーチライトで照らされて昼間みたいだったし、時間に厳しくなっていた。
昔みたいに、道路のあちこちに泥酔した人が寝ていたり、割れた酒ビンが散らばったりはあまりしてなかった。
安全になったもんだ。
でも残念ながら、今年は一人亡くなってしまったけれど…。
祭りが大好きで幸せそうなみんなを見て、楽しかった。
懐かしい人たちが変わらずいることも少し垣間見えて面白かった。
毎年、休みを取って帰っていたし、いけない年はそわそわしてテレビの中継を見た。
来年からは見れないのかな。 2002年10月18日 23時18分45秒

ニューパソコン
今日、家に帰ったら新しいパソコンが届いていた!!
東芝のダイナブックを買いました。
以前のパソコンはなんとキャノン。
そんなの見たことないといわれ続けてはや4年。
今度はノートでは世界で一番使われているという東芝…メジャーだ…。
今までの7倍くらいかしこいくてかわいい子です。
14万円でした。
明日にはデジカメが届きます。
今までウインドウズ95を使っていたのに、いきなりXPになって戸惑い気味…。
でも、ネットもおかげでますます早くなりました。
秒殺、って感じです。
写真とかも早くアップできるようになりたいです。
2002年10月16日 23時13分09秒

彼の家族
彼の家族に会うたびに、羨ましくなる。
ご両親は、今でも二人でよく温泉に行ったりするし、年に一度は長野に車で観光に行っていた。
家族のお話に同席していると、ご両親はまず、
「あなたたちは、どうしたいの?あなたたちのやりたいことによっぽどじゃない限り反対するつもりはないから」
と穏やかにいう。
私が意味のないことや理不尽な理由で怒ろうが泣こうがわめこうが、決して逆切れせず声のトーンも荒げることなく穏やかに話をして、落ち着かせることができる彼は、こういう環境で育ったんだなあと感心してしまった。
私は「どうしたい?」と自分の親に聞かれた覚えがないし、私はこうしたい、と言って、すんなり賛成してもらったこともなく、あきらめたこともたくさんある。
親が正しいと言うことは、たとえ間違っていても正しいと言え、と何度も言われた記憶がある。
そんなことを言われるってことは、なにがしかの反抗をしたんだろうから、その頃の私は頑張ってたんだなあと感心する(笑)
なるべく、自分の意見を持たないようにしてきた。持っていても必ず潰されるのはわかっているから。
言うとおりにさえしていれば、何も文句は言われないのだ。
我が家では、話し合いのとき、誰もが誰かの言葉を遮って意見を言う。そうしないと話すら聞いてもらえないからだ。だから当然そのたびに声が大きくなる。
私は大きな声で怒鳴られるとすぐパニックを起こすので、自分の限界に近づいたらその場を静かにすることだけに集中して、自分の気持ちを伝えることは放棄してしまう。
何かをガマンすることは、怒鳴られるのをガマンするよりは簡単なことだった。
ガマンしなければいけないのが私だけなら、いつものことなのでかまわないけど、彼と、彼の気持ちを大切にしたいという彼のご両親の3人にもガマンをしてもらうのは辛い。
私が間でうまくまとめてあげられたらいいんだけど、自分の家族だけでもうまくまとめた試しがないのでたぶん無理でしょう。
ごめんね、彼。
愛想尽かさないでね。 2002年10月11日 19時43分40秒

◆お菓子屋さん日記◆最後のクリスマス
今年もクリスマスケーキのパンフレットが出来上がった。
それだけでもう憂鬱で仕方ない。
でも、今年でとりあえず最後だと思うとうれしい。
人に買ってもらうのって難しい。
友達に頼むといっても、なかなか言い難いし、ただでさえ少ない友達もだんだん愛媛を離れていくし、新しい知り合いは会社の人ばかり。
普段から売る仕事をしていれば少しは違うと思うんだけど、クリスマスの時期だけにわか営業をするのは苦しい。
去年は、100個売ったらしい。
なんでそんなことするんだ、去年の私!(というか母!)
これさえ終われば、あとは仕事のマニュアルを作り直して、引継ぎの資料作りながら辞めた先のことを考えてりゃいいんだけど、これから年末までの3ヶ月は精神的に苦しい。
一年に一度がこんなに嫌なら、年間を通してノルマがある仕事には就きたくないなあ。

さあ、これを見ている愛媛県内、または高松市、高知県宿毛市在住のあなた!!
これから11月にかけて、普段あまり連絡をしないかおるさんからおそるおそる電話がかかってくるかも知れません。
今年で最後なので、お情けでケーキ、いりませんか?
お安くは出来ないところが悲しいですが。
社割くらいつけばいいのに…。 2002年10月08日 00時04分25秒

久々
久しぶりに彼が愛媛に帰ってきます。
これで、今年は最後になりそう。
今年は彼が3回も帰ってきたので、私がむこうに3回行って、合計6回。
よく会えたほうだなあ。
年に6回で、1回が平均三日、一年に18日、7年で126日!?
最初の1〜2年は暇で、もっと会ってたけど、それにしてもまだ1年も会ってない計算…。
なるほど、どうりでまだ飽きないわけだ…。 2002年10月05日 07時16分50秒

◆お好み焼屋日記◆夫婦喧嘩
お好み焼き屋の夫婦はよくケンカをしている。
けんかの原因は、お互いが、自分が気がついていることを相手が気がつかないのが腹が立つらしい。
おいちゃんはちょっと気分屋で、機嫌が悪いときはおばちゃんに対してちょっとしたことですぐ怒る。
おばちゃんは聞こえるように聞こえないように、アルバイトに愚痴をこぼす。
他人から見ると、どっちもどっちで、どちらもいらつく理由は分かるけど…。
私はだいたいそういうときは知らん振りをして一人普通にしている。
ケンカ中は二人は口をきかず、バイトにだけ笑顔で話すのがなんだか居心地悪い。
でも時々、お互いを「一緒に店をやってきた同志」と認め合った会話を聞くと安心してうれしくなる。
店を始めて12年、あのときはこうだったねえ、なんてうれしそうに話している二人を見ているのは好き。
とにかく二人とも話し好きで、おばちゃんはよく私の上がる時間を忘れて(寮の門限の為に遅くまでいられないのに)しゃべくるし、おいちゃんは注文焼くのを忘れて、ついでに配達をおばちゃんに行かせてまで(配達はバイトとおいちゃんの仕事)自分のサラリーマン時代の話を熱く語っていたことがあった。だいたいおいちゃんは仕事の話を始めると長い上に熱い。
お店は商売としてどうなの?という疑問はいろいろあるけど、なんだか憎めない夫婦なのだ。 2002年10月03日 20時25分20秒

王様の耳はロバの耳!
大きな穴に、
「王様の耳はロバの耳!」
と叫ぶと、少しスッキリするらしい。

みんな、聞いてくれる人が欲しいんだな、と思う。
私は、どちらかというと、聞く側の方が多い気がする。
吐き出したい人、というのは、ものすごい勢いでしゃべる。
相槌なんて聞いちゃいない。
不謹慎ながら、ラジオみたい、と思うのだ。
でもたまに、どうですか、視聴者のみなさん!なんて言われるので、ぼんやり聞いているわけにもいかない。
ついつい感情移入もいしてしまうし、それなりに体力を使うのだ。
人の気持ちはバケツみたいなもんで、流れ込むだけでは溢れるし、溢れまいとがんばると弱いバケツは割れてしまう。
誰しも少しずつこぼす相手が必要なのだ。
でも私は特定の人に溜まったものを吐き出すのが恥ずかしくてできない。
恥ずかしくてできない、というのもあるが、たいていは聞くほうが忙しくて吐き出すほうにまわれないのだ。
だからといってこぼされるのが嫌でたまらないわけでは決してない。
そうして必要とされることに存在意義を感じてしまうから。
必要とされるナイスなバケツになりたくて、どちらかというと自ら聞き役に徹したくなる。
でもその割に私は容量が少ない上に貧弱なバケツなので、時々ちょっぴり吐き出したくなって、こうして日記を書いているんだろうな。
こっちのほうがよっぽど恥ずかしい気もするが。
独り言気分でつぶやいたことでも、誰か知らない人がそれを読んでくれる人がいると思うだけでちょっとスッキリするもんだ。
たまに、知っている人が読んでいるんだと思うと猛烈に恥ずかしいけれども。 2002年10月01日 22時16分00秒

親の介護
母方の祖父が入院、手術、退院した。
母とその弟妹は、献身的に看護しているようだった。
今まで入院などしたことのない祖父だったので、本人も祖母も、私の母もとてもショックだったらしく、久しぶりに会った母はひとまわり痩せて小さくなっていた。

自分の親が倒れたら、どうなるんだろう。
例えば思うようにならない自分の身体に苛立って当たり散らす父を、容易に想像できるけど、それに愛情と誠意を持って看病できる自信がない。

見知らぬ人が目の前で転んだら、反射的に助け起こすと思う。
でももしそのとき、大事な荷物を片手に持っていたら、私はそれを投げ出してまではできない気がする。
空いているほうの手しか使えない。

ちょっと冷たいようだけど、それでもそういう気持ちで介護が出来ればなあと思う。
ちょっとしたことですぐに子どもの頃の感情がよみがえってきて取り乱すようでは、そんなことはできないんだろうなあ。
早く大人になりたいものです。 2002年10月01日 21時46分46秒


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