1年後納骨を済ませ、今は主人の祖父母とお墓で眠っています。
優希の命はたった5ヶ月と5日でしたが、私達はとても幸せでした。
今も悔やんでも悔やみきれませんが、このホームページに書いた事で
私自身が、これから挑んでいく体外受精に
新たな気持ちで向かい合っていける気がしています。
午前中の診察で少し足が見え出しているとの事でした。
それでも陣痛が起こることは無かったため、陣痛促進剤を使いました。
11時過ぎに、分娩台へ
なかなか出なかった為、器械を使っての分娩となりました。
あの時の痛みは、一生涯忘れる事はありません。
『12時死亡です。』頭の中にこの言葉が響き渡りました。
21cm・180gの女の子
産声をあげる事も無く、天国に旅立ちました。
後陣痛とともに、痛みだけが私に残りました。
出てくるまで1度も私を苦しめる事の無かった優しい子で
私達に希望を持たせてくれました。
二人で話し合って《優希》と名づけました。
原因ははっきりとは分かっていませんが
子宮筋腫があったらしくそれが原因ではないかとの事でした。
優希を連れて退院しました。
顔を見ることにとても抵抗がありましたが
主人に『二人がしっかりこの子の姿を見てあげないといけない』と言われ
涙を堪え、わが子に会いました。
肌もプルンとしていてとても神秘的でした。
私の両親や祖父母も会ってくれました。
平成11年6月21日
6月22日

